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最後は独り

一昨日、昨日と親族の弔事に参列しました。葬儀場でのコロナ対策については見聞きしていましたが、火葬場への参列も10人前後に絞られる入場規制が設けられていました。親族の火葬の前の時間に近隣で起きた事件被害者の火葬もあっており、享年はさして違いがないのですが、最後の見送られ方の違いを感じました。一方でどのような人生であれ、最後は独りずつ逝くわけでそれはだれも同じなのを改めて感じる機会となりました。

我独恥天地

写真は地元市役所別館の一室にかかっている額です。似たような言葉で、和気清麻呂の「我獨慙天地」というのがあるようです。それだと、「我独り天地に慙ず(われひとりてんちにはず)」と読み、「国家の命運が誰と議論するでもなくただ自分の判断に懸っていて、とても畏れ多いことで不安で仕方ない」という意味があるそうです。写真の揮ごうでは「恥」の字と差し替えになっています。首長ともなると、そういう気持ちを持つのかと思います。

パブコメは重要

地方自治体等の行政が計画策定にあたり、素案を住民へ開示しパブリックコメントを求めることがあります。その素案があまりにも質が悪いものであっても、呆れて何も言わないのではなく、あえて指摘すべきだと思います。策定委員がいながらほとんどが民間のコンサルタント任せでどこかで見たようなキャッチフレーズだけの願望をとりまとめた実現性の見えない計画は単なる作文にすぎません。職員に襟を正してもらうためにパブコメは大いに活用したいと思います。

影響徐々に

16-17日の全九州高校選抜大会は無事終了した模様ですが、24日の全国高校選抜大会県予選は開催中止となりました。昨春の緊急事態宣言期間中の状況に近く徐々にさまざまな行事の予定変更が出てきています。人の往来の制限についてよりも無症状の感染者の存在にこそ要因があるので検査の充実が予防の本筋だと考えています。

次回は2月3日

本日午後は熊本市国際交流会館において行政書士による外国人のための無料相談に対応しました。といっても、さすがに緊急事態宣言が発令されている期間中のため、街中の人出も閑散としていて、相談者はありませんでした。次回は2月3日(日)午後に相談員として対応します。

明日は相談員

熊本県独自の緊急事態宣言が発令されて熊本市有施設の開館時間が短縮化されています。各種行事も中止が相次いでいます。明日午後に熊本市国際交流会館で外国人のための行政書士による相談に携わります。在留資格関係以外に生活福祉にかかわる不安もあるかと思いますから、そのあたりの支援制度の案内にも努めたいと思います。

生活福祉資金特例貸付等の支援制度

地元市の社会福祉協議会の評議員会に出席しました。その際に紹介があったのですが、社協が窓口となって新型コロナウイルス感染症による休業や失業等により一時的に収入が減少した世帯を対象にした生活福祉資金等特例貸付等の支援が実施されています。金額的には小口ですが、無利子で保証人も不要です。昨春から今年3月末までの受付となっていますが、本日までに熊本地震時並みの申請があっているということでした。

郵送対応について

一部都府県で緊急事態宣言となるなか、本県でも行政事務手続きが郵送対応となることが予定されています。たとえば建設業許可更新手続きが1月25日~3月31日の間は郵送でのみ受け付けとなり、窓口では受け付けてもらえなくなります。こうした動きは他にも広がるかと思います。

この一年の変容ぶり

一年前の今頃はまだ国内で新型コロナの感染者が確認されておらず、まだ対岸の火事という雰囲気でしたが、どこで発生しても不思議ではない感があります。とにかく密になる場所は避けていますが、医療介護現場など人と接する職場の苦労は並大抵ではないと思います。写真は昨年1月に訪れた東京国立博物館。

成人の日

本日は成人の日。今年は各自治体主催の式典が開催中止や延期となるなか、地元市では昨日開かれたようです。対象となる家族も出席予定でしたが帰省せず参加しませんでした。いろんな判断があったかと思いますが、地域の感染状況をふまえて感染対策が十分とられれば開催することはあり得たと思います。ともかく成人された皆さんはおめでとうございます。

健診申込

市から健診申込案内が届いていました。健康づくり市政に関連した委員を務めていますが、自身が通院する機会がないこともあり、健診をしばらく受けてませんでした。2021年度は節目の年でもあるので、申込だけしてみようと思います。過去何度かあるのですが、検査日と用事が重ならないことを期待します。

どう学ぶべきか

昨日の首相の記者会見を聴いていたら、核兵器禁止条約への日本政府の対応を質問していた記者がありました。答えは予想された通りの後ろ向きの内容でしたが、いい質問でした。コロナと同じく全人類に対する危機への向き合い方、つまりリーダーとしての資質をあぶりだすことに成功したと思いました。翻って権力を監視するジャーナリズムの資質も示されたと思います。
ところで、緊急事態宣言によって首都圏の大学では休校こそありませんが、対面での授業や課外活動が制限され、異常な大学生活がやがて1年間となります。実際、私の家族もその弊害を受けています。私が大学生当時だった1980年代前半は今よりももっと反核運動が盛んだった覚えがあります。大規模な集会や原子力空母の入港についての社会の関心も高かったと思います。関連する場所を訪れたり、冷戦時代の旧ソ連から日本へ留学していて交流したことのある大学生が米国へ亡命したこともありました。そういうナマの体験や議論の機会が減っている中で学ぶことの制約はいかがばかりかと思います。一方で、技術の進展はありましたが、人の考える能力というのは当時と今とでもそう変わりはないのではと思います。

遊休農地解消に向けて

昨日は今年最初の遊休農地の現地確認を行いました。道路に接せず水路に囲まれて浸水の恐れがあるため宅地転用には不向きの荒廃地でした。耕作できるように復元するのにも相当の手間がかかりそうですが、なんとか解消に向けてのマッチングに努力したいと思います。写真は昨日の投稿で触れた鼻ぐりです。

丑年の鼻ぐり見学

丑年生まれの家族を空港へ送る途中、菊陽町の鼻ぐり井手公園に数分立ち寄りました。ヨナが堆積しないように流水を工夫した構造はたいへん興味深いのですが、一方で水理を理解しない後世の役人によって破壊された痕跡も残されているわけで、善政と失政の両方の見本を学べる場所だと、いつも思わされます。

 

成長や美が必要か

先日NHKのEテレである学者が写真の本をお勧めしていました。今度読んでみようと思います。それにしても『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』は、ずっと重いテーマをもたらしてくれました。時間をかけて考えていきたいと思います。反公害運動の中に潜む障害者を生んではならないという優生思想との指摘にははっとさせられました。成長や美を競うことを人はしがちですが、それらが必要なのかについても根本から考え直してみてもいいかもしれません。

何から手をつけるべきか

相変わらず『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』を読んでいます。何度も記しますが、重たいテーマです。本書では、患者認定された胎児性患者の自立について問うていますが、同じ世代の患者であっても行政が認定しないために、司法認定を求めて今も裁判で闘っている人がいます。認定されても救いにはならないのですが、同時期に同じような生活歴がある人が認定もされず棄てられたままとなっている現実もあります。支援に順番をつけるのはできませんが、問題を提起し一人ひとりの尊厳を回復するには多くの力を必要とします。これは誰かがやらなければ永遠に棄てられる話です。

障害者の自立

引き続き『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』を読んでいます。章ごとのページ数はさほど多くはないのですが、読みながら立ち止まさせられる重い本です。補償や支援が不十分なせいでそのことに目を奪われがちでしたが、生まれながらにして患者である人たちの声をどれほど聴いてきたのか、心もとなく思います。労働コロニーを目指してスタートした相思社も最初は患者も職員としていましたが、今は姿を変えてきています。胎児性患者も高齢化していていわゆる生産人口の世代から脱していくようになります。自立について取り組まないまま問題を消滅させることになりかねません。