2014年」タグアーカイブ

景気回復と格差是正

今年7-9月期2次速報によると、実質GDP成長率は年率1.9%減でした。景気回復へは程遠い現実が示されました。
大げさにいえば資本主義の限界に来ており、従来型の景気回復策が無効になってきている感がします。国内人口は減少しており、まず量的成長の兆しはありません。世代的に増えている高齢者は消費しません。富裕層も消費はしません。企業も大企業ほどマネーを溜め込む一方で消費に回ってきません。マネーがなければ何の商品も買えないし、何のサービスも受けらない生活が浸透していますから成長の実感はないだろうと思います。
それではどんな対策があるのかということになりますが、稼ぎ手を増やすとなると、積極的に外国人に活躍してもらう必要があります。マネーでマネーを生む層からマネーを吸い上げるため、法人税や相続税の課税強化が求められます。世代を越えた格差是正のため教育にかかる経費は税金で賄うなど改革が必要です。マネーに頼らなくても生活できる仕組みも大切になります。自滅に向かうしかない資本主義に捨てられるのではなくて、こちらから捨てる覚悟で新たなシステムを築く覚悟が必要かもしれません。

写真は阿蘇山の灰が被った車。

職業倫理と個人信条との競合

職業倫理と個人信条との衝突あるいは競合が生じることが世情ではときにあるものです。極端な例を二つ示してみてどう行動することに信義はあるのかを考えてみることにします。
一例めは死刑廃止の考えに立つ人が法務大臣の任に就いた場合、死刑執行のサインを求められたら応じるべきでしょうか。法務大臣の責務としては瑕疵がない決裁事項には原則応じる義務があると思います。役所のトップとしての職業倫理からは死刑執行を命じるのが正しい選択かもしれません。しかし、一人の政治家として判断するなら自らの信念、政治信条を役所の論理で曲げるのも職業倫理としてはどうなのかなという気になります。この場合、法務大臣を任命した内閣総理大臣がいますから、更迭される道を選ぶ方法もあります。そもそも論として組閣の前に法相のイスを受けるなら、首相にあらかじめ自分の信条を明らかにしておくのがより賢明な手続きだと思います。
もう一つの例は、個人としては原発廃止の考えである広告プランナーでありながら、所属する広告会社が原発の安全性をPRする広告を受注し、その広告制作に携わらなくてはならなくなったとしたケースです。サラリーマンの場合は結構、自分の意に沿わない業務に係ることがあります。プランナーの職業倫理としては個人信条とは真逆のメッセージを込めた最高の広告を制作するのが正しいということになります。立場上、鬼畜の犯罪者の刑を軽くする弁護人の仕事に近いものがあります。ですが、信条を曲げて最高の仕事が請負えるだろうかという考え方もあります。可能であればその仕事に限ってチームから身を退くという行動もありますが、経営が厳しい会社であれば退職を余儀なくされるかもしれません。
以上のように正解は何パターンもあります。生活のためその職業を続けなければならないこともあるでしょうし、正直に手を染めたくない仕事からは離れてみることもあるでしょう。私自身は、現在フリーランスということもありますが、信条を優位にした職業生活を送りたいと思っています。

言論環境について

総選挙期間中の財務大臣の発言がいろいろ取りざたされています。いわく「大量の利益を出していないのは、よほど運が悪いか、経営者に能力がないかだ」「子どもを産まない方が問題だ」など。いつぞやの「ナチス憲法に変わってたんですよ。誰も気が付かないで変わったんだ。あの手口学んだらどうかね」もそうでしたが、じっさい本当にこの大臣はそう考えているのでしょう。しかし、ここまであからさまに言ってくれるおかげで当人の思考の本質が知れてどう対処すべきかわかりやすい指標になっています。
それに引き換え、よりタチが悪いのは、いわゆるネトウヨ連中のように匿名でウソを並べ立てたりヘイトスピーチに酔いしれている風潮です。あるいは逆にマスメディアおいてその傾向が感じられますが、立憲主義に則って当然の主張を封殺・自粛しようという権力へのおもねりがあります。
さまざまな言論を実名で戦わす自由が保障された陰湿さのない社会を守り続けたいと思います。

コンサルタントへの接し方

コンサルタントや社長業というものは、本人が自称すれば割と簡単になれるものです。社長というからには会社を作る手間がかかりますが、世のコンサルタントにいたっては個人事業者でもなれますから、より簡単です。逆に正社員であれアルバイト・パートであれ、雇用されるのは難しいことです。これはいくら本人が雇われたいと思っていても、雇う側がその気になってくれないと実現しないからです。
そのようなワケで自称コンサルタントは結構存在しています。問題はそれらの人たちが役に立っているかということです。まずそれを判断するには経歴や実績が大事です。専門分野や得意分野の知識や実務経験がどうなのか、資格免許といった看板だけに気を取られてはなりません。昨今はこうした本人の能力がSNSなどで手に取るようにわかります。課題を抱える立場の方は安易に解答を求めたい気持ちがあるのもわかりますが、願わくは悪質なコンサルタントに利用されないよう自らが研究を怠らないことです。

昨日は山沿いに降雪

写真ではあまりよく映っていませんが、対岸の雲仙の冠雪が昨日見えました。近くで「訳ありトマト」や「ドライミニトマト」のネット販売で好業績を上げられている生産法人の経営者にお目にかかる機会を得てこの空のような爽やかな刺激を受けてきました。

認知症予防対策

成年後見制度についての調べモノがあり、2年前に受講した市民後見人養成講座のテキストを読み返してみました。制度そのものの復習はもちろんですが、認知症予防対策のレジュメにも目が留まりました。一つは食べ物の注意、そして身体運動と頭脳の働かせ方がポイントになります。食べ物で注目したのは海苔です。適度な運動は当たり前で、問題は頭脳です。悩んだりストレスが高いと良くないそうです。暗算とかはいいのだそうです。2年も経つと、結構忘れているもので、その意味でもたまに読み返してみるのはいいなと思いました。

「基地と原発」読後感

矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル、1200円+税、2014年)を読み終わりました。日本における在日米軍の特権については時間がかかっても改めていかなくてはならない思いを強くしました。最終的には日本は米国の植民地ではないのですから基地を撤去してもらわなくてはなりません。一方、日本国憲法の成立過程についての記述は、憲法の内容が米国側の発案と昭和天皇の取引という記載に偏った感があり、もっと広く日本側の関係者の記録をあたってみたらそうとばかりとはいえないのではという印象を受けました。山室信一著の『憲法9条の思想水脈』を読んだ経験では、記録に対するアプローチが自己の仮説に捉われすぎて狭くなっているように思えました。

世界の世話やきでありたい

幕末の儒学者・横井小楠は、攘夷思想が盛んに唱えられていた当時、日本が採るべき外交は、偏狭な利己心を離れて仁政を実践することであり、「世界の世話やき」としての国際協調を主張していました。諸国民の平和的生存権を認める今日の日本国憲法の理念の先取りとして輝かしいものです。
一方、総選挙公示日の第一声で外国人の生活保護廃止に最も時間を割いた党首がいて、日本人としてたいへん恥ずかしく感じました。この政党は、在日韓国人・朝鮮人世帯の受給率が日本人世帯のそれより10ポイント以上高いことをあげつらねて彼らがあたかも不当な利権を得ているかのような世論誘導を行っています。
ですが、在日韓国人・朝鮮人受給者の多くは高齢者であり、元々は日本国民であったり、その子孫である特別永住者です。その人口は減少しつつあり、受給者全体に占める割合はわずかです。むしろ特別永住者を含む外国人のほとんどは国民と変わりなく住民として納税その他の義務を果たし、日本に貢献してもらっていると考えるべきです。
文明国として存在する日本にあって困っている住民がいれば国籍を問わず同じ人間として助け合うのが当然です。外国人であるということをもってこれを排外しようというのは、日本国民としての気概に反するたいへん不名誉な行為だといわざるをえません。
写真は、広尾から見た東京タワー。

12月3日はロアッソくんの誕生日

12月3日は、Jクラブチームのロアッソ熊本のマスコット、ロアッソくんの誕生日。7年前のきょう、J2入りが決定したのにちなんで設定されました。地域リーグから出発し、JFLを2シーズンで通過し、あの日、熊本市役所の14階の大会議室でJリーグチェアマンからの電話を関係者一同が待ち受けたのでした。そのときまでは割りと順調に行っていましたが、まだJ1への壁は厚く、J2のままです。おかしなものでJ2上位だと、J1でもいい線まで行くので、そこの違いが何かわかるまでが時間も資金もかかるのでしょう。当社も上のステージを目指し、ミニトマト生産に励むこととします。

昨日のニュースから

元俳優の菅原文太さんが亡くなったことが、昨日ニュースで流れました。代表者の私事になりますが、高校1年生のときに青森国体出場のため向かう東海道新幹線の車中で、映画「ボクサー」封切り間もない文太さんにサインをしてもらった思い出があります。地方の高校生たちが連なる中、黙々とサインに応じてもらったのですが、俳優の風格とはこういうものなのかと初めて知ったものでした。その後の文太さんは政界へ進出しようとしたり、戦争や環境について発言行動するようになるのですが、人というのはある職業に留まらず、人生の中でどうしても行動したいことがあれば、動いたほうがよいという鑑であったようにも思います。もう一つのニュースとしては、流行語大賞の発表がありました。年間大賞は「ダメよ~ダメダメ」「集団的自衛権」でした。「いいじゃないの~」だったら「集団的自衛権」の受賞者も辞退しなかったかもしれません。

基地と原発から考える

矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル、1200円+税、2014年)を読み始めています。今年10月に出版された本ですが、11月30日に早くも第3刷を発行していますから、かなり注目度が高いかもしれません。今度の総選挙の争点とすべき集団的自衛権行使や特定秘密保護法運用、原発再稼動の問題を考える上でもたいへん役に立つ記述が盛り込まれているように思います。

監査基準

本日、当社の第4期末を迎えます。取締役1名の会社であり、監査役は置いていません。ところが、行政監査を受けることがある社会福祉法人においても、その会計基準はありますが、監査基準というものはなく、関係団体が検討して作成した要領が拠り所となります。一昨日まで社会福祉法人の監事専門講座に参加していましたが、健全経営を行っている法人では監事研修にも熱心ということがいえるかと思います。さらにいえば、監事監査だけでなく内部監査や外部監査についての取り組み具合も今後差が出てくるのではないでしょうか。自社の運営にとってもたいへん役に立つ研修でした。

ごんずい135号

当職が監事を務める一般社団法人水俣病センター相思社の機関紙『ごんずい』の最新号(135号)が届きました。相思社40周年第4弾の特集となっています。記念事業として開かれた「じゃなかしゃばまつり」や「三人委員会水俣哲学塾」の成果について語られている記事は、必読です。相思社の未来に期待しています。記念事業カンパも引き続き募集中です。

農業分野の知的財産経営

 農業法人における知的財産経営は追究に値する分野だと考えます。これまで農業法人における資産といえば、第一に農地、次に大型機械、収穫時期であればそれら収穫物であるわけですが、借地であれば農地はありませんし、施設園芸では大型機械を使いませんし、作付期間外なら農産物売上もありません。つまり目ぼしい資産が見当たらないのがほとんどです。
またこれまでいくら経験豊かな生産者であったとしても、そのノウハウが文書や数値でデータ化されていないため、本人がいなくなれば、たちまち行き詰まりかねないというのも大方の現状かといえます。そのことによりせっかく生産環境がありながら後継者を養成することができずに耕作放棄される例もあります。
逆にいえば知的財産経営が実践されていれば、当事者も持続経営できるし、他へ承継することも可能であり、その際は高く譲渡することも可能となってきます。
農業にあたっては環境に対応した管理が重要です。したがって環境計測技術と計測データ、環境制御管理はそのまま営農秘密となります。それらの効率的管理ができれば肥料・農薬・動力光熱費と、その作業に伴う労務費の削減をもたらします。あるいは種苗や各種設備。諸材料の仕入先選定も費用削減につながるのであれば、これも間接利益を生み出す知的財産といえます。
今後はこれまで売り物にならなかった規格外収穫物の商品化や海外展開もありえます。ますます財産的価値は高まってくるでしょう。
ただ残念ながら多くの金融機関や経営支援機関はこのような知的財産に目を向けようとはしません。旧来の思考でしか接しないために彼ら自身も成長のチャンスをつかみそこねています。そうであればむしろ知的財産に恵まれた経営者に近い人たちによる直接金融を活性化させ、当事者たちがうるおうことの方が、順当なのかもしれません。

知的財産経営の意義

どのような事業であれ、小規模事業者であればなおのこと、知的財産経営に取り組む意義は大きいものがあります。通常、優良企業といえば、それがしばしば大規模企業ということもあって不動産や機械・車両、金融資産の保有高で判断してしまいますが、資産はそのように必ずしも有形だとは限りません。人材やノウハウ、人脈・取引先などの無形の資産があり、どんな小規模事業者でも、何かしらの無形資産つまり強みをもっています。
しかし、小規模事業者の場合、さまざまな無形資産をもっていながら、その存在に経営者自身が気づいていなかったり、文書化されていないために社内での共有化、後進への承継がなされなかったり、対外的信用力アップの材料として活用されずに資金調達に苦労したりしています。
まさに大企業と中小企業の分かれ目は、知的財産という無形資産に対する接し方にあります。中小企業は限られた人材の脳裏にある経験に頼りきっています。一身専属となっているため、あまりにも特定の人材力に頼りっきりになっている点が危なっかしいといえるでしょう。
それでは何に着手すべきなのかということですが、これら無形資産をまずは文書化し、内容によっては権利化・保護化することにほかなりません。このことにより事業は承継され、まさに持続可能になってくるのです。
実際、企業は同じ業界に属していても会社ごとに仕事の進め方が異なります。つまり、営業秘密が異なるので社員教育も異なり、業界内での地位にも差が生じてくるのです。
したがって、基本的には経営者もしくは承継候補者が、自社の無形資産の見える化を行った方がよいと考えます。もっとも間違っているのは、社内の実情を聴くこともなく持論を押し付けてくる経営コンサルタントや人材教育インストラクターの言いなりになることです。ですから外部のヘタな専門家に頼むと、費用だけかかり、何も得はなかったということになりかねません。
どうしても社内の人材で見える化や権利化が困難であれば、そうした経験が豊富であって、経営者の伴走者となってくれる知的財産経営の専門家に依頼されるとよいと思います。
ただ、繰り返しになりますが、基本は社内戦力で進めたがよいと思います。当社代表者自身かつて勤務した企業の業務規定・マニュアル作成と社内教育、商標権権利化・著作権保護化等に携わりましたが、その経験は現在の企業経営実践や行政書士実務にあたりたいへん役立っています。知的財産経営は究極の人材教育・経営力アップにつながると考えます。

時間に使われない

哲学者の内山節さんの著書の中で、日本人が時計による時間を意識するようになったのは、明治時代に学校が創られるようになってからという指摘があり、以前読んだ記憶があります。私は元来時計やら携帯電話、ネクタイといった自分を縛ろうとするモノ、管理下に置こうとするモノが嫌いで、日頃できるだけ遠ざけるようにしています。その最たるモノは会社です。
そんなこんなで今は会社を持ってはいますが、基本的にフリーランスの身分を楽しんでいます。時間に縛られることはありませんし、電話に出たくなければ電話から離れる暮らしを送っています。
もっとも大多数の人たちは、学校を出て就社をしてというコースを辿ることと思います。これがきわめてふつうの、あたりまえの道だと思います。
ですが、たかだか150年前にそれが当然だったかといえば、まったくそうではなく、ほとんどの人たちが自立して生活をしていたように思います。
おもしろいことに時代が進んで寿命が延びてくると、たまたま会社中心の生活を送った人も、会社の外に出た暮らしの期間が増えてきます。そういう時期を年金が守ってくれるかというとあまりアテにできない時代になってきた感があります。
結局、根拠のないあたりまえのコースから150年前に引き戻されるというわけです。
自立といいますが、介護もどうだかわかりません。現在の高齢者のようなサービスが今の現役世代も将来享受できるか確証はありません。
となると、すべての人を社会制度で救うのではなく、社会が手を差し延べなければ生きていけない人たちだけを救うべきでしょう。縛られたくない人たちは、基本的に時間や空間の使い方を自分で決めたいのです。社会には最小限の義務を果たすから干渉しないでほしいと願っているだけです。

言葉の力

11月10日に亡くなった映画俳優の高倉健さんの生前エピソードが報じられるなかで、健さんからの手紙について触れる人が多い印象を受けました。私たちのふだんの生活で手紙を書く習慣は減り、せいぜい年賀状で一言添える程度です。筆マメな健さんのエピソードを知ると、相手を思いやる言葉の力を感じます。言葉によって励まされたり、自身の居ずまいを正したり、健さんの魅力は俳優としての佇まいだけでなく、言葉の表現者としてもあったのではないかと思います。
片や私は毎週、国民宛の手紙ともいうべき「首相官邸メールマガジン」に目を通していますが、これが何とも味気なさを感じさせられる代物です。たとえていうなら新聞の首相動静欄の抜粋ともいうべきもののように思えます。
今回の解散でも消費税以外の問題は争点にさせまいとする姿勢が見てとれました。首相の言葉には温かみが感じられないのです。追及されれば隠し通せない真の狙いから国民の目をそらさせようとしているのではと勘ぐってしまいます。
手紙でもメールでもよいのですが、自分が発する言葉について精進に努めようと、誓いました。

農地集積へ後押しを

耕作放棄状態にならないうちに経営力のある担い手へ農地を集積するという施策の実現はなかなか困難です。当社も熊本県農業公社が行う農地集積バンクに借り手として登録していますが、貸し手の情報は得られないでいます。聞くところによると、借り手1000haに対して貸し手はたったの17haとか。これでは機能不全です。
やはり農地を一種の公共財として捉え、耕作に供しないのであれば手放させる方向へ誘導する政策が必要です。所有であれ借地であれまとまった農地が確保できないことには新たな担い手は生まれてきません。
一方、これと相反するかもしれませんが、面積が狭くとも所有や借地がもっと簡便に可能となるような手続きの見直しも必要かと思います。
仮に新規で農業参入を果たそうと計画すると、現在50a(=0.5ha)以上でなければ許可されません。この条件を満たす農地を確保することが意外と難しいのです。なぜなら後継者がいないのは経営面積が狭い兼業農家が多数であるため、単独では売ることも貸すこともできないからです。
もっとも50a以上の耕作計画で認定農業者となり、実際には50a未満の農地を借り受け農業を始めることもできます。実際当社は認定農業者となった後に、一方の貸し手候補が法外な条件をつけてきたため、その貸し手候補からの借地を断り、50a未満の農地で事業を開始した経緯があります。
繰り返しますが、農地は公共財です。有効に活用されることによって雇用や税収が生じて活力ある地域が創られます。集積についての支援政策の強化が望まれます。

本業に寄与する6次産業化を目指す

儲かる農業へのシフト施策として第一次産業である農産事業に加えて保存食品への製造加工ラインといった第二次産業要素あるいは直販やレストランといった第三次産業要素を取り入れた6次産業化が推奨されています。行政書士でもある代表者は、この6次産業化補助金申請の支援を行うプランナー登録者の一員ですが、安易な6次産業進出には危惧を抱いています。
というのもプランナーの立場では補助金獲得ができれば成功報酬が得られるのでリスクはありませんが、当の事業者としては慣れない分野の事業に資金を投じることになります。補助金はあくまでも資金の一部の補助ですから、6次産業進出にあたって事業者は新たな負債を背負うこととなります。もしも本業の農産事業で展望が見えずに文字通り畑違いの分野に進出しようというのならたいへん危険なことです。それよりも本業の栽培方法を改善するとか、収益の高い作物や収穫サイクルを見直すことにパワーを振り向けた方が得策だと思います。
それと何よりも生産に専念してきた担い手が加工技術や流通の世界に飛び込んですでに基盤のある事業者に伍していけるかという能力的課題もあります。もし規格外農産物の収益化を図りたいのならそうしたノウハウを持つ加工場や販社を見つけてきて連携した方がはるかに賢明です。
あえて6次産業化を目指すなら本業の収益改善に寄与する視点に立つべきだと考えます。たとえば、ある作物の効率的栽培マニュアルやデータを商品化するとか、現場で使用する電力を小水力や風力、太陽光で発電したり売電したりするとかなどです。
売らんかなのコンサルタントに踊らされることなく、地に足をつけた堅実な6次産業化に知恵を絞りたいと考えています。