山田重郎著の『アッシリア 人類最古の帝国』(ちくま新書、1100円+税、2024年)は、実に痛快な読み物でした。紀元前3000年頃から栄えた楔形文字文明が残した遺物や文書は空前の規模であり、研究によって解明された古代の事実にはさまざまな興味深いものがあります。117人の王名と統治年数が判明しています。旧約聖書の歴史書と預言書には、前8世紀から前7世紀のアッシリア帝国によるイスラエル・ユダ王国への侵攻の一側面が伝えられているとされます。
本書で知った史実のなかでも、「身代わり王」の儀礼はたいへん衝撃的な厄払いなので、メモしておきます。紀元前680年から前666年の間に8回の日蝕・月蝕が起きたそうですが、日蝕・月蝕はアッシリアとバビロニアの王の死を予見する最も深刻な凶兆とされていたそうです。通常の厄払いでは粘土の小像に厄を移す方法がとられていましたが、最悪の凶兆に対しては邪悪なものを王の代わりに引き受ける人物が用意されました。身代わりには、戦争捕虜、死刑囚、王の敵対者などが選ばれ、王の装備品を一通り持たされて、身代わり王妃に付き添われ、玉座に座らされます。天体蝕の程度により最長100日間、本物の王は、公の場から退き、「王」の称号を使うことを控え、「農夫」と自称して仮小屋に住み一介の農夫を装います。かといって、「身代わり王」に実際の王権はなく、本物の王である「農夫」が行政の実権を握ります。
やがて天体蝕の期間が明けると、身代わり王と身代わり王妃は殺され、本物の王と王妃のように扱われるとともに、玉座と装備品も燃やされます。凶兆は身代わり王らと共に消え去るというわけです。
現代人から見るとこのようなオカルト的な振る舞いは滑稽に感じるかもしれません。しかし、当時の為政者からすれば、自身の生命を脅かしかねない国の中枢での反乱や背信行為も警戒すべき事態であり、その予兆を知るために天体運行や天候変化を観察し、卜占を重視して、呪術・祈禱で念入りに対策を施しました。
そのため、帝国の王たちは、卜占や呪術に長けた知識人たちの意見を頻繁に求めました。その一方で、政治や軍事に優れた有能な在地エリートを政権内部から排除して、その代わりに王権に無批判で忠実な宦官を重用していきました。結果、有能な人材が王の周囲から離れていったことが帝国滅亡の流れを導いた可能性もあると、著者は考えています。
オカルトは別にしても政治のリーダーとブレーンとの関係については古代メソポタニアと現代に共通するものを感じます。現実の政治家やコメンテーター連中を指して「身代わり王(妃)」や「呪術師」呼ばわりしてしまわないかと内心ヒヤヒヤです。
写真はアッシリア帝国時代の粘土板や浮彫石板を多数所蔵する大英博物館。1993年撮影。
