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つなぎ美術館での贅沢時間

昨日(2月14日)、水俣での用件を済ませた帰り道に、つなぎ美術館へ立ち寄り、台湾・高雄出身のアーティストの陳漢聲(チェン・ハンシェン)さんと劉星佑(リュウ・シンヨゥ)さんの作品展を観覧してきました。これらの作品は、昨年8月から11月にかけて津奈木町や近隣地域に2人が滞在する中で制作されたものです。展示は、2人のユニット「走路草農藝團」としての作品展とそれぞれの個展の3部構成となっていました。
入館したときの客は私1人だけでしたので、貸切状態で贅沢な観覧時間を過ごすことができました。陳さんの「田の神」といい、劉さんのご両親が出演協力した写真といい、ほのぼのとした優しさを覚える作品で、自然が身近に感じられた郷愁のようなものも得られた思いがしました。
同館所蔵の常設展示のブロンズ作品であり、浜田知明氏作の「無聊」(1988年)もあわせて観覧しました。

宇城市内での戦争展観覧記

宇城市内で開催中の戦争展を2つ観覧してきました。以下は、その感想メモです。

(一社)くまもと平和ミュージアム設立準備会主催「戦後80年 うき戦争の記憶展 ~戦時下の暮らしと文化~」
会期は12月7~14日まで、イオンモール宇城のセンターコートで開催されるという情報を宇土高校のブログで知り、初日にさっそく訪ねてみました。高校のブログには同高の生徒がボランティアで会場に入っているとのことでしたが、11時台に立ち寄った際にはその姿はなく、展示スペースが予想以上に広い割に来場者はほとんどなく閑散としていました。展示品の多くは宇城市在住の退職教員の方が所蔵する戦時下の子ども向け出版物やおもちゃでした。何度か目にしたことがある資料がほとんどでした。
出品者の意向としてできるだけ多くのコレクションを来場者の目に触れさせたいのだろうと思いましたが、パーティーションに所狭しと掲出されてあり、雑然とした感がありました。資料の解説文の文字が大きい反面、サイズもA4と大き過ぎて、資料より目立ち過ぎていました。資料の並びも時系列なのかテーマ別なのか分かりかねました。
また、タイトルに「うき」と入っているので、地元の資料展示に重きが置かれているというイメージで来場しましたが、松橋空襲などの資料は会場奥の隅の方に展示されており、その点でもちぐはぐ感がありました。
このように国民をある方向へ追い込んでいった戦時下の社会の空気を伝える展示はたいへん重要ですが、あまりにも見せ方に工夫が足らず惜しい気持ちがしました。
ひとつ儲けものだったのは、この会場で宇城市立郷土資料館の企画展の案内チラシを得たことです。その足で行ってみることにしました。

宇城市立郷土資料館「終戦80年企画展 モノが語り継ぐ戦争」
この資料館は、宇城市豊野支所近くにある施設で、今回初めて訪ねました。入館は無料で私以外に来館者はなく、貸切状態でじっくり観覧できましたし、展示方法や解説も工夫が凝らされていてコンパクトでしたが、たいへんためになる施設でした。
こちらの松橋空襲の展示では、郷土誌『燎火(かがりび)』の第5号(1993年3月発行)・第13号(2006年3月発行)・第18号(2011年3月発行)掲載の証言手記が読め、たいへん実相を知るうえで役に立ちました。同誌を読んでみると、宇城市松橋町出身の故松浦豊敏氏の寄稿などもありましたし、市の文化財審議員の中に私の小学生時代の恩師が就いていたこともわかりました。なお、同誌バックナンバーは宇城市文化課において1冊500円で販売しているとのことです。
1945年8月7日の松橋空襲については、そのうちの1機(米陸軍中型爆撃機B25)が、現在の八代市鏡町の氷川河口に墜落し、搭乗員5名が捕虜となり、地元住民によって傷害を負わせられています。しかも、8月15日に捕虜虐待の証拠隠滅(表向きは日本の市民に対する無差別爆撃の罪)のため、福岡で日本軍(戦後これにかかわった軍人はB・C級戦犯として起訴)によって処刑されています。これらの日本側の加害の歴史も展示解説で触れられていました。貴重な資料も適切な説明があってこそその教訓が伝わります。

これもついでに。
12月5日のNHK総合で「時をかけるテレビ 池上彰 “医師の罪”を背負いて 九大生体解剖事件」という番組がありました。もともと戦時下の医師の倫理観に迫るドキュメンタリーとして2015年に放送されたETV特集「“医師の罪”を背負いて~九大生体解剖事件~」を取り上げた番組で、生体実験の現場に立ち会った当時19歳の医学生だった故東野利夫さんが、生涯をかけて罪と向き合い、語り継ごうとした記録です。生体解剖事件の対象となったのは、戦時中に墜落した米軍爆撃機B29の搭乗員たちでした。その墜落後の捕虜の扱いについても自決に追い込んだ例もありますし、国際法に照らして危害を加えなかった例もあったと紹介されました。戦後、東野さんは唯一生き残った機長に会い対話していますが、その機長も無差別爆撃の体験を家族にも伏せてずっと苦しんできたことが明かされました。東野さんの母校・九大医学部に歴史館がオープンした当初の事件の扱いはあまりにも小さく同氏を落胆させましたが、近年になって同氏提供の資料も含めて大きく取り上げるようになったといいます。歴史は多面的に見なければいけないことを感じました。
(熊本日日新聞ではこの事件に関連する「殉空に散る」が連載中です)
九大医学部出身関係者について言えば、12月6日のやはりNHK総合で放映された「新プロジェクトX 75万人命救った用水路~医師・中村哲 希望のアフガニスタン」で紹介された故中村哲さんの業績も凄いと感じます。本来このような人物がノーベル平和賞を受賞すべきでした。米国大統領は、同賞を切望するただの破廉恥な人物に思えます。せいぜいFIFA平和賞止まりであってほしいものです。
https://www.lab.med.kyushu-u.ac.jp/rekishikan/
https://www.web.nhk/tv/an/tokikaketv/pl/series-tep-WQGK99QWJZ/ep/2L7J19XXJG
https://kumanichi.com/articles/1932457
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-P1124VMJ6R/ep/8XWVR96MXN

ばけばけ関連展をハシゴ

NHK朝ドラで現在放映中の「ばけばけ」はあんまり視聴していないのですが、たまたまラフカディオ・ハーン(小泉八雲)関連の企画展が熊本市で2つ開催中なので、観覧してきました。昨夏、松江を訪ねる機会があり、当初は同地の小泉八雲記念館へも立ち寄る予定でしたが、松江城の堀を舟で巡ったり、天守閣まで昇ったりで、入館の時間がなくて記念館の前を素通りしただけでした。そんなこともあって、一種のリベンジの意味もあって足を運んでみた次第です。

まずは、熊本博物館の特別展「八雲とセツ 家族の物語」から見てみました。JR上熊本駅で降り、そこから熊本市電に乗り、杉塘電停で下車。城内へ向かって歩いていくと上り坂ですが、割とすぐ着きました。同館へ行くのは約20年ぶり。そのときは子どもらを連れてプラネタリウムや屋外展示のSL見学が主目的でした。その後、リニューアルもありましたし、今回の入館は初に近い印象でした。
特別展の内容は、小泉セツの回想を裏付ける八雲の書簡が中心となっていました。その書簡を通じて、八雲の家族に対する思いが伝わりました。なんといっても当時では国際結婚自体が稀有なことでしたので、家族とどのような関係を築いていくかいろいろ工夫しなくてはならないことが多かったとようにうかがえました。長男が生まれた頃は正式な婚姻ではなかった(八雲の帰化はその後)ため、セツにすべての財産を遺贈する旨の遺言を当時作成していたことも展示で知ることができました。先着1000人限定の特別展プレゼントのクリアファイルもまだ開催2日目ということでもらえました。
せっかくの機会なので、常設展もひと通り観覧しました。細川家の参勤交代に際しては現在の大分の鶴崎から大坂までは海路であり、そのために川尻の大工たちに御座船「波奈之(なみなし)丸」を造らせました。展示室にはこの船の御座所部分があります。参勤交代の経費は、現在の価格に換算すると12億円ということでしたから、相当な負担だったことが改めて理解できました。旧石器時代の出土品の展示では、この施設が熊本市立ということもあって熊本県が発掘を行った熊本市の「石の本遺跡」のものの展示がないのかなと思いました。一方、縄文時代の出土品の展示では、現在の宇土市の轟貝塚や曽畑貝塚のものがあって、そうした運営自治体と遺跡出土自治体との関係がどうなのか気になりました。なお、貝塚があった時代の海岸線の図も展示されていたので、その写真も示しておきます。時代が下って近代の熊本は軍都という面がありましたので、戦争関連の展示の割合をもっと多くあってもよいのではと思いました。アンケートに回答すると熊本城のポストカードをもらえました。
さらに、熊本博物館の近くにある護国神社の境内に、戦後復員した伯父が所属していた第三十七師団の「歩兵第二二五聯隊慰霊碑」があることを知っていましたので、こちらも見てきました。その隣に建つ同じく熊本編成の第二十三師団(ノモンハン事件の主力部隊)の碑には坂田道太氏の揮毫がありました。
https://kumamoto-city-museum.jp/

次に熊本大学黒髪北地区内にある五高記念館の企画展「五高教師ラフカディオ・ハーン」も観覧してきました。熊本大学のキャンパス敷地内に入ったことはこれまで何度もありましたが、五高記念館の館内に入るのは実は初めてでした。1階が常設展示室となっているため、そちらから見て回りました。五高の成り立ちから理解できるようになっています。ラフカディオ・ハーンは、五高教師としては夏目漱石(金之助)とともに著名ですので、常設展示でもハーンのことを多く取り上げていました。企画展示は、2階の2室を占めていました。ハーンが出題した英語の試験問題文を読むと、英会話的な試験ではなく、英文で書く論文試験の印象を受けました。嘉納治五郎とハーンがサインした雇用契約書が展示の目玉という気がしました。
ついでに、ここも初めての入館でしたが、やはり五高時代の化学実験場を会場とする「明治の地質学掛図と描かれている化石」の展示も見てきました。ここには、階段教室も保存されています。展示室には理学部地球環境科学コースの現役教授のコレクションの化石が多数展示されていました。大学自体が保有するアンモナイト化石の大きさには驚きました。化石が発掘実習を行った北海道では漬物石代わりに使われていたエピソードも紹介されていて、父方の祖母が戦後焼夷弾の残骸鉄くずをやはり漬物石代わりに使っていたことを思い出しました。
帰りに赤門と正門間の歩道で500円硬貨1枚と10円硬貨2枚を拾ったのですが、子飼交番までは距離もあり届けるのも面倒なので、少額でもあるので、五高記念館の募金箱に入れてきました。おそらく防犯カメラにも記録されていると思います。
https://www.goko.kumamoto-u.ac.jp/

2025年12月4日の熊本日日新聞2面「射程」欄にも同紙記者によるハーン展はしご記が載っていました。
https://kumanichi.com/articles/1932266

東京大学生産技術研究所S棟1Fギャラリー

東京大学生産技術研究所S棟1Fギャラリー https://sites.google.com/view/connecting-artifacts/05
「Connecting Artifacts05 つながるかたち展05」
開館日の時間に訪ねてみましたが、なぜか入口が閉ざされていたので、外からとインスタとで見ました。
駒場Ⅱキャンパスは、駒場博物館のある駒場キャンパスと異なり、教育拠点というより研究拠点という色合いが濃く、キャンパス内の人通りは少なく、オフィスビル風の施設が目立ちます。それでも、シンボルのイチョウの木があるのは共通で鮮やかに色付いていました。
写真はどちらかというと、先端研のが多いです。西門の前に太陽光発電の自販機が設置されています。

日本近代文学館

日本近代文学館 https://www.bungakukan.or.jp/
2025年度秋季特別展「滅亡を体験する 戦渦と文学 1936-1950」
タイトルから期待して訪問してみましたが、思ったよりも1936~1950年の歴史解説に重きが置かれて、そのため展示資料も新聞・雑誌の方が目立ち、当時の報道ぶりは理解できても、肝心の同時代の文学人たちの発言や思いが何だったのかが伝わりにくい構成になっていたように感じます。原稿が掲載された雑誌や図書の実物が展示されていても、ショーケース越しに閲覧するとなると、文字も小さいですし、何か書いてあるよなあ程度にしかなりません。
せっかくのコレクションがあっても図画とは異なり発言が伝わらなくては…。なんだかもどかしい展示でした。

駒場博物館

駒場博物館 https://museum.c.u-tokyo.ac.jp/
秋季特別展「世界をビジュアル化する 未完の地図製作史」
当然のことですが、初期の地図は図も地名文字もすべて手書きでした。それと、影響力を行使したい相手先の詳細な地理情報を手に入れるのがいかに価値の高いものであったか、良く言えば交易、悪く言えば資源収奪の歴史と共に精緻化されていったんだなあと感じました。

ミュージアムめぐりの楽しみ

『忙しい人のための美術館の歩き方』(ちくま新書)という本が、今年7月に出て現在4刷1万9千部を数え、11月22日の朝日新聞読書面「売れてる本」欄で取り上げられていました。その本は書店で手に取ったことがあり、目次だけ流し読みしたことがあります。結局、私の場合は、読者として想定されているほど忙しないわけじゃないし、日頃から機会があれば美術館へ足を運んでいるので、いまさら必要ないかなと買いませんでした。
そこで、私の場合は、何が面白くてミュージアムめぐりを続けているかを振り返ってみます。突き詰めると、自分の好み・興味は何なのかを確認したい、自分の価値観を知りたいということなのではないかと思います。自分にはない才能の発露・知見の結晶を発見することで、より広く、より深く、自分を再発見する楽しさがあるのではないかと思います。それが世の中の役に立つかと言われれば、そもそも作品化・展示化した側だってそういう功利的な野心で表現・出品したとは限りませんから、観覧する側もそのつもりはありません。
それで、数あるミュージアムや展示の中からなぜそこを選んで訪ねるのかという理由もさまざまです。好きな作家の作品が出ているからというのが大きいですが、テーマ・企画意図が気になってということもありますし、ハコそのものへの興味ということもあります。同じ作家でも時期によって作風が異なることもありますし、さして好みではない作家でも題材次第では気になる作品があるということもあります。そうした点は文学その他の作家作品や日常の人付き合いでも同じなのではと思います。
今月後半だけもさまざまな会場を訪ねました。順不同ですが、葛飾北斎、岡本太郎、浜田知明、奈良美智、山口晃あたりが気になる作家だなと思いました。テーマでは、戦争や猫をけっこう気にしているなあというのが見えてきます。
写真(左) すみだ北斎美術館から見える東京スカイツリー。
写真(右) 清澄白河駅から東京都現代美術館へ向かう途中で見かけた石柱。「出世」を考えなくて済む気楽な稼業がいいねと思って撮りました。

調布市武者公路実篤記念館

調布市武者公路実篤記念館・実篤公園 https://www.mushakoji.org/
秋の特別展「細川護立と武者小路実篤 同級生、信頼の軌跡」
同館の成り立ちは実篤の死去後に遺族から愛蔵品や自宅建物・土地を調布市へ寄贈したことにあります。旧宅および敷地はそのまま公園となっています。今回の特別展は学生時代より実篤の活動を資金面で支援した護立との友情の歴史を辿るものでした。互いに信頼し合い、自由に文学と芸術に取り組んでいたことが理解できました。

府中市美術館

府中市美術館 https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
「フジタからはじまる猫の絵画史 藤田嗣治と洋画家たちの猫」
アクセスは、府中駅(あるいは東府中駅)から30分間隔で運行している、「ちゅうバス」を利用すると、館の目の前で乗降往復できるので便利です。運賃も100円で済みます。
藤田嗣治については、正直なところ大して好みの画家ではないのですが、猫には罪はなく、猫が描かれた絵には関心があるので、つい足を延ばしてみました。11月19日の朝日新聞1面のコラム「天声人語」でも本展について触れてあり、それも後押しになりました。
会場ではフジタの猫の前史として菱田春草の「猫」の展示がありました。春草の「黒き猫」は10月に永青文庫で観覧しましたが、やはり日本画の猫が、味があります。加えて言うなら江戸時代の浮世絵に出てくる猫たちの方がさらに愛らしいと思いました。2年前に太田記念美術館で観覧した「江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし」展は、今思い返しても至福の時間でした(図録も大切に保管しています)。
ただし、本展の企画実現の熱意は大いに感じました。各地から猫の絵を交渉して掻き集めてくるのですから学芸員が相当猫好きでないとできない仕事ではないかと思いました。それと初めての来館でしたが、セットで観覧できるコレクション展が充実していて満足しました。府中と言えば三億円事件の被害を受けた東芝の工場で有名ですが、これほどの収蔵品を持てるとは財政が豊かなのかなと羨ましくもありました。

WHAT MUSEUM

WHAT MUSEUM  https://what.warehouseofart.org/
「諏訪敦 きみはうつくしい」
本展についての記事が朝日新聞東京本社版の11月11日夕刊に載っていて、それで興味を覚えて行ってみました。場所は、天王洲アイル駅より徒歩5分、東京湾岸の物流倉庫が立ち並ぶ一角にあり、美術館の施設自体も運営会社の「寺田倉庫」の一区画を占めています。倉庫の特性を活かしてスペースが広く天井も高い展示会場でした。公立では大きなハコの美術館は珍しくないですが、私立のギャラリーとしては開放感があり大作の展示にも向いている会場だと思いました。
会場内では諏訪敦自身が登場した、2025年作の「汀にて」の制作過程を追った映像の放映があって、作家本人の対象への向き合い方の変遷が示され、作品に込めた意味が理解できる助けとなりました。
諏訪敦は、身近な人間の死に、人が物体化していく汀(みぎわ)を感じるのだと言います。死期が近まり病室に横たわる自身の父親や母親を間近に見て表現した作品もありましたし、満州開拓団の一員であり、帰国前に外地の難民収容所内で亡くなった、父方の祖母の場合は、現地取材して追想をつかみ作品化したものもありました。

福澤諭吉記念慶應義塾史展示館

福澤諭吉記念慶應義塾史展示館 https://history.keio.ac.jp/
2025年秋季企画展「北澤楽天と近代日本」
私が大学生時分に大学新聞の印刷所が田町にあったので、慶應義塾三田キャンパス正門の前を通った記憶はありましたが、敷地内へは今回初めて足を踏み入れました。展示館は東門に近い図書館旧館2Fにあるので、このたび晴れて東門をくぐって入館しました。この建物については、先日、NHKBSの「美の壺」で取り上げられていました。その番組で紹介されていたステンドグラスの実物を拝見すると、確かに見応えがありました。
ところで、企画展自体は、案内リーフレットで想像していたよりも、かなり扱いが小さく、ショーケース1台に収まる規模でした。その名の通り義塾の歴史の展示施設ということで福澤諭吉の足跡を辿る展示がほとんどでした。福澤諭吉の出身地である大分県中津市の記念館を訪ねた経験がありますが、中津に比べると三田の方がはるかに充実していることは確かでした。
展示を子細に見ると、福澤諭吉にとって青年期の三度の海外経験で触発されたものが大きかったのだろうと感じました。門閥を嫌い、無位無冠を良しとする福澤諭吉の気風が草創期の義塾にあったとされますが、果たして現在はどうなのかと思わないでもありませんでした。

東京都現代美術館

東京都現代美術館 https://www.mot-art-museum.jp/
開館30周年記念展「日常のコレオ」、開館30周年記念MOTコレクション「9つのプロフィール1935>>>2025」
今回同時開催中の2つの企画展を観てきました。
「日常のコレオ」展の出品アーティストは30名(組)超。初めて見る作品ばかりでした。最も印象に残ったのは、インドネシアのジュリア・サリセティアティ&アリ・“ジムゲッド”・センディのビデオアート作品でした。日本で働くことを希望するインドネシアの若者が出国前に日本語教育を受ける様子を収めた内容となっていました。タイトルは「振り付けられた知識」。
「MOTコレクション」展については、1935~2025年制作の国内作家中心の作品の展示となっています。時代ごとの社会の空気をどう作家がとらえたのかが、振り返れます。戦争の時代の中にあっても権力に迎合せず陰の部分を表現した作家がいたことが新鮮でしたし、基地を多く抱える沖縄をテーマにした作品が見応えありました。
都の施設ですが、学芸員たちの攻めた構成・作品解説文が心地よかったです。熊本関係では浜田知明の作品展示もありました。岡本太郎の戦後復員間もない時期の作品も見ることができました。

すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館 https://hokusai-museum.jp/
特別展「北斎を巡る美人画の系譜」
つい最近某ホームセンターのオーナーが北斎の肉筆画「雪中美人図」を6.2億円でオークション落札したことが報じられました。間が悪いことに直後の経済ニュースでは本業の業績でかなりの赤字が出たことも目にしました。確かに北斎の肉筆画を所有したい気持ちも分からないでもありません。それだけ魅せられる力をもった作品です。(前置きが長くなりましたが)ここを訪ねたときも、海外からの来館者が多く、世界的にも北斎の名声は高いのだろうと感じました。
であればこそ、北斎の作品は誰の目にも触れられるこのような美術館で展示されるのが望ましいと思いました(さて6.2億円の絵は陽の目を見るのでしょうか)。会場では、北斎の作品だけでなく、師匠や弟子、ライバルのそれも展示されていました。そのため、北斎の足跡だけを辿りたいのなら、特別展の図録よりも定番の図録『葛飾北斎 すみだが生んだ世界の画人」をミュージアムショップで買った方が値段的にもお得です。実際、それを買い求めたのですが、特別展にも出品されていて同図録p.23掲載の「風流なくてななくせ遠眼鏡」の構図は現代にも通じる斬新さがあって気に入りました。

+DA.YONE.GALLERY

+DA.YONE.GALLERY https://dayonegallery.com/
HA HYESOO&ERIKA NAKANISHI DUO EXHIGITION TORATOPIA
韓日の2人の芸術家が虎を共通のモチーフにした作品を展示していました。私の中高大を通じての先輩・米原康正氏がプロデュースしているギャラリーで開かれていました。場所は有楽町の阪急メンズ東京の7Fです。ポストカードをもらってきました。

物流博物館

物流博物館 https://www.lmuse.or.jp/
同館の前身は、日本通運(現NX)の通運史料室ということで、同社提供の史料が多く占めますが、鉄道・トラック・船舶・航空すべての貨物輸送の歴史と現状が学べる施設となっています。歴史の部分では牛馬や人力による物流の姿についても触れています。
場所は高輪台駅あるいは品川駅から徒歩で7分ぐらいの位置にあります。入館料が一般でも200円と激安です。映像教材が充実しているので子ども連れに向いているかもしれません。
働く人の29人に1人の割合で物流業界は成り立っています。平時も非常時も物流が止れば人は生きていけないわけですから重要な業界です。
ひとつ初めて知った意外な事実として戦前の日本ですでに電気自動車が実用化されていました。

山種美術館

山種美術館 https://www.yamatane-museum.jp/
特別展「日本画聖地巡礼2025―速水御舟、東山魁夷から山口晃まで―」
同館は恵比寿駅から徒歩で向かうとなると、次第に上り坂となり10分超かかります。駅前から日赤医療センター前行の都バスが頻繁に出ていて、これを利用すると、広尾高校前下車すぐの立地なので便利です。訪ねたときの往復とも美術館利用者がかなり乗車していました。館内も人が多く、すみだ北斎美術館と同様、海外からと思われる来館者の多さが目立ちました。
今回訪問の最大の動機は、同館が所蔵することとなった、山口晃の作品「東京圏1・0・4輪の段」との1年ぶりの再会を果たしたいからでした。前回は昨夏、佐賀県立美術館で開かれていた「ジパング 平成を駆け抜けた現代アーティストたち」で出合っています。この作品は、金栗四三が主人公となったNHK大河ドラマ「いだてん」のタイトルバック画として採用されたことでも有名です。ただし、山種に展示された作品は本年も手を入れた作品で、絵の中の東京の街中を走る四三たち人物は描かれていません。佐賀での展示ではガラス越しだった一方、山種では直に鑑賞ができました。そのため写真撮影は不可でしたので、特別展図録を買い求めました。
山口晃の活動が興味深い点は、こうした日本画制作のみならず、緩めの風合いのイラスト制作やエッセイ執筆もあります。館内のショップには、『すゞしろ日記』や再新著『ヒゲのガハク ごはん帖』(集英社)も販売されていました。後者は夫婦合作エッセイとなっていて、画が山口晃、文筆は妻の梅村由美によるものです。
特別展出品作のほとんどが東山魁夷や奥村土牛、平山郁夫など誰もが知る巨匠たちの中にあって、現役の山口晃の作品がそれに伍して輝くを放っているのを見ると、なぜかしら小気味いいものです。

郷さくら美術館

郷さくら美術館 https://www.satosakura.jp/
「現代鳥獣戯画」展
現代日本画作家たちが鳥獣を題材に描いた作品を集めた企画展となっていました。
画家の名前から代々画家という作家もあって画風の異同も楽しめました。反面美し過ぎるというか整い過ぎていて面白みに欠けるところもありました。それと、ハコの問題もあって天井が低くてスペースが狭い都心の私立の施設だと、大作の鑑賞は難儀だなと感じました。
同館は中目黒駅から目黒川を渡ってすぐのところにあります。桜の花見シーズンはどうしているんだろうといらんことも考えてしまいました。

岡本太郎記念館

岡本太郎記念館 https://taro-okamoto.or.jp/
「TAROの空間」
同館は、岡本太郎の自宅兼仕事場をそのままメモリアル施設として一般開放されています。室内外ともに造形作品の展示が主で、絵画作品の展示は少ない構成となっています。
興味をひかれたのは1970年の大阪万博のおりに制作展示されていた造形作品のミニチュアで、岡本太郎の世界観が濃縮されて表現されている印象を受けました。とにかく岡本太郎がかつてここに住み創作活動をしていたのは事実ですから、その息吹きを感じたい向きには聖地的場所なのかなと思いました。

国立公文書館

国立公文書館 https://www.archives.go.jp/
内閣文庫140周年記念令和7年度第2回企画展「世界へのまなざし―江戸時代の海外知識―」、基本展示「日本のあゆみ」
江戸時代においても諸外国との交流があったことがよく伝わりました。
常設展示の展示物はレプリカがほとんどでしたが、ホンモノもあり、さすがという思いをしました。