WHAT MUSEUM

WHAT MUSEUM  https://what.warehouseofart.org/
「諏訪敦 きみはうつくしい」
本展についての記事が朝日新聞東京本社版の11月11日夕刊に載っていて、それで興味を覚えて行ってみました。場所は、天王洲アイル駅より徒歩5分、東京湾岸の物流倉庫が立ち並ぶ一角にあり、美術館の施設自体も運営会社の「寺田倉庫」の一区画を占めています。倉庫の特性を活かしてスペースが広く天井も高い展示会場でした。公立では大きなハコの美術館は珍しくないですが、私立のギャラリーとしては開放感があり大作の展示にも向いている会場だと思いました。
会場内では諏訪敦自身が登場した、2025年作の「汀にて」の制作過程を追った映像の放映があって、作家本人の対象への向き合い方の変遷が示され、作品に込めた意味が理解できる助けとなりました。
諏訪敦は、身近な人間の死に、人が物体化していく汀(みぎわ)を感じるのだと言います。死期が近まり病室に横たわる自身の父親や母親を間近に見て表現した作品もありましたし、満州開拓団の一員であり、帰国前に外地の難民収容所内で亡くなった、父方の祖母の場合は、現地取材して追想をつかみ作品化したものもありました。

福澤諭吉記念慶應義塾史展示館

福澤諭吉記念慶應義塾史展示館 https://history.keio.ac.jp/
2025年秋季企画展「北澤楽天と近代日本」
私が大学生時分に大学新聞の印刷所が田町にあったので、慶應義塾三田キャンパス正門の前を通った記憶はありましたが、敷地内へは今回初めて足を踏み入れました。展示館は東門に近い図書館旧館2Fにあるので、このたび晴れて東門をくぐって入館しました。この建物については、先日、NHKBSの「美の壺」で取り上げられていました。その番組で紹介されていたステンドグラスの実物を拝見すると、確かに見応えがありました。
ところで、企画展自体は、案内リーフレットで想像していたよりも、かなり扱いが小さく、ショーケース1台に収まる規模でした。その名の通り義塾の歴史の展示施設ということで福澤諭吉の足跡を辿る展示がほとんどでした。福澤諭吉の出身地である大分県中津市の記念館を訪ねた経験がありますが、中津に比べると三田の方がはるかに充実していることは確かでした。
展示を子細に見ると、福澤諭吉にとって青年期の三度の海外経験で触発されたものが大きかったのだろうと感じました。門閥を嫌い、無位無冠を良しとする福澤諭吉の気風が草創期の義塾にあったとされますが、果たして現在はどうなのかと思わないでもありませんでした。

東京都現代美術館

東京都現代美術館 https://www.mot-art-museum.jp/
開館30周年記念展「日常のコレオ」、開館30周年記念MOTコレクション「9つのプロフィール1935>>>2025」
今回同時開催中の2つの企画展を観てきました。
「日常のコレオ」展の出品アーティストは30名(組)超。初めて見る作品ばかりでした。最も印象に残ったのは、インドネシアのジュリア・サリセティアティ&アリ・“ジムゲッド”・センディのビデオアート作品でした。日本で働くことを希望するインドネシアの若者が出国前に日本語教育を受ける様子を収めた内容となっていました。タイトルは「振り付けられた知識」。
「MOTコレクション」展については、1935~2025年制作の国内作家中心の作品の展示となっています。時代ごとの社会の空気をどう作家がとらえたのかが、振り返れます。戦争の時代の中にあっても権力に迎合せず陰の部分を表現した作家がいたことが新鮮でしたし、基地を多く抱える沖縄をテーマにした作品が見応えありました。
都の施設ですが、学芸員たちの攻めた構成・作品解説文が心地よかったです。熊本関係では浜田知明の作品展示もありました。岡本太郎の戦後復員間もない時期の作品も見ることができました。

すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館 https://hokusai-museum.jp/
特別展「北斎を巡る美人画の系譜」
つい最近某ホームセンターのオーナーが北斎の肉筆画「雪中美人図」を6.2億円でオークション落札したことが報じられました。間が悪いことに直後の経済ニュースでは本業の業績でかなりの赤字が出たことも目にしました。確かに北斎の肉筆画を所有したい気持ちも分からないでもありません。それだけ魅せられる力をもった作品です。(前置きが長くなりましたが)ここを訪ねたときも、海外からの来館者が多く、世界的にも北斎の名声は高いのだろうと感じました。
であればこそ、北斎の作品は誰の目にも触れられるこのような美術館で展示されるのが望ましいと思いました(さて6.2億円の絵は陽の目を見るのでしょうか)。会場では、北斎の作品だけでなく、師匠や弟子、ライバルのそれも展示されていました。そのため、北斎の足跡だけを辿りたいのなら、特別展の図録よりも定番の図録『葛飾北斎 すみだが生んだ世界の画人」をミュージアムショップで買った方が値段的にもお得です。実際、それを買い求めたのですが、特別展にも出品されていて同図録p.23掲載の「風流なくてななくせ遠眼鏡」の構図は現代にも通じる斬新さがあって気に入りました。

+DA.YONE.GALLERY

+DA.YONE.GALLERY https://dayonegallery.com/
HA HYESOO&ERIKA NAKANISHI DUO EXHIGITION TORATOPIA
韓日の2人の芸術家が虎を共通のモチーフにした作品を展示していました。私の中高大を通じての先輩・米原康正氏がプロデュースしているギャラリーで開かれていました。場所は有楽町の阪急メンズ東京の7Fです。ポストカードをもらってきました。

物流博物館

物流博物館 https://www.lmuse.or.jp/
同館の前身は、日本通運(現NX)の通運史料室ということで、同社提供の史料が多く占めますが、鉄道・トラック・船舶・航空すべての貨物輸送の歴史と現状が学べる施設となっています。歴史の部分では牛馬や人力による物流の姿についても触れています。
場所は高輪台駅あるいは品川駅から徒歩で7分ぐらいの位置にあります。入館料が一般でも200円と激安です。映像教材が充実しているので子ども連れに向いているかもしれません。
働く人の29人に1人の割合で物流業界は成り立っています。平時も非常時も物流が止れば人は生きていけないわけですから重要な業界です。
ひとつ初めて知った意外な事実として戦前の日本ですでに電気自動車が実用化されていました。

山種美術館

山種美術館 https://www.yamatane-museum.jp/
特別展「日本画聖地巡礼2025―速水御舟、東山魁夷から山口晃まで―」
同館は恵比寿駅から徒歩で向かうとなると、次第に上り坂となり10分超かかります。駅前から日赤医療センター前行の都バスが頻繁に出ていて、これを利用すると、広尾高校前下車すぐの立地なので便利です。訪ねたときの往復とも美術館利用者がかなり乗車していました。館内も人が多く、すみだ北斎美術館と同様、海外からと思われる来館者の多さが目立ちました。
今回訪問の最大の動機は、同館が所蔵することとなった、山口晃の作品「東京圏1・0・4輪の段」との1年ぶりの再会を果たしたいからでした。前回は昨夏、佐賀県立美術館で開かれていた「ジパング 平成を駆け抜けた現代アーティストたち」で出合っています。この作品は、金栗四三が主人公となったNHK大河ドラマ「いだてん」のタイトルバック画として採用されたことでも有名です。ただし、山種に展示された作品は本年も手を入れた作品で、絵の中の東京の街中を走る四三たち人物は描かれていません。佐賀での展示ではガラス越しだった一方、山種では直に鑑賞ができました。そのため写真撮影は不可でしたので、特別展図録を買い求めました。
山口晃の活動が興味深い点は、こうした日本画制作のみならず、緩めの風合いのイラスト制作やエッセイ執筆もあります。館内のショップには、『すゞしろ日記』や再新著『ヒゲのガハク ごはん帖』(集英社)も販売されていました。後者は夫婦合作エッセイとなっていて、画が山口晃、文筆は妻の梅村由美によるものです。
特別展出品作のほとんどが東山魁夷や奥村土牛、平山郁夫など誰もが知る巨匠たちの中にあって、現役の山口晃の作品がそれに伍して輝くを放っているのを見ると、なぜかしら小気味いいものです。

郷さくら美術館

郷さくら美術館 https://www.satosakura.jp/
「現代鳥獣戯画」展
現代日本画作家たちが鳥獣を題材に描いた作品を集めた企画展となっていました。
画家の名前から代々画家という作家もあって画風の異同も楽しめました。反面美し過ぎるというか整い過ぎていて面白みに欠けるところもありました。それと、ハコの問題もあって天井が低くてスペースが狭い都心の私立の施設だと、大作の鑑賞は難儀だなと感じました。
同館は中目黒駅から目黒川を渡ってすぐのところにあります。桜の花見シーズンはどうしているんだろうといらんことも考えてしまいました。

岡本太郎記念館

岡本太郎記念館 https://taro-okamoto.or.jp/
「TAROの空間」
同館は、岡本太郎の自宅兼仕事場をそのままメモリアル施設として一般開放されています。室内外ともに造形作品の展示が主で、絵画作品の展示は少ない構成となっています。
興味をひかれたのは1970年の大阪万博のおりに制作展示されていた造形作品のミニチュアで、岡本太郎の世界観が濃縮されて表現されている印象を受けました。とにかく岡本太郎がかつてここに住み創作活動をしていたのは事実ですから、その息吹きを感じたい向きには聖地的場所なのかなと思いました。

国立公文書館

国立公文書館 https://www.archives.go.jp/
内閣文庫140周年記念令和7年度第2回企画展「世界へのまなざし―江戸時代の海外知識―」、基本展示「日本のあゆみ」
江戸時代においても諸外国との交流があったことがよく伝わりました。
常設展示の展示物はレプリカがほとんどでしたが、ホンモノもあり、さすがという思いをしました。

見守り新鮮情報

関係先から回ってきた情報です。お役に立つならと転載してみました。
さすがに、国勢調査をかたる手口は先月までの話で、もう下火になって次回は5年後なのではと思います。
ちなみに国勢調査が初めて実施されたのは105年前。当時の調査員は、地域の名士が務めていました。調査される世帯側も訪問を受けるのは名誉なことだと戸主が正装して応じていたという時代でした。当時の人からしたら、政府統計を利用した詐欺なんて考えが及ばず信じられないでしょうね。
———————–
○見守り新鮮情報 第519号
「災害時にも活躍 携帯発電機やポータブル電源の取り扱いに注意」
https://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mailmag/mj-shinsen519.html
○見守り新鮮情報 第520号
「国勢調査をかたる不審な電話や訪問に注意」
https://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mailmag/mj-shinsen520.html
○見守り新鮮情報 第521号
「「見守り」と「気づき」で高齢者の被害を防ごう」
https://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mailmag/mj-shinsen521.html
○見守り新鮮情報 第522号
「海外事業者とのサブスク契約!?安易にサイトやアプリに登録しないで」
https://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mailmag/mj-shinsen522.html
○見守り新鮮情報 第523号
「無料動画を観ていたらいきなり有料登録に!」
https://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mailmag/mj-shinsen523.html
○見守り新鮮情報 第524号
「利用明細は必ず確認!意図せぬリボ払いに注意」
https://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mailmag/mj-shinsen524.html
○【緊急!】消費者トラブル注意報 第121号
「分電盤の点検商法トラブル」
https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/55/242994.html

まだ履修途中ですが…

#日行連研修 #専修大学大学院 #行政救済法 #行政不服審査法 #行政事件訴訟法 #国家賠償法 #災害対策基本法 #地方自治法 #国民保護法 #長射程ミサイル配備 #原発訴訟

 このたび、日行連の企画による専修大学大学院における令和7年度司法研修「法律学応用特論(高リスク到来社会に対応する行政救済法の研究)」を受講する機会を得ました。受講してみての感想などを記してみます。
 まず受講にあたっては出願動機についての課題文や最終学歴の卒業証明書などの用意と提出が必要で、その審査があり許可されます。そのうえ募集要項には「申込者が30名に満たない場合には開講されません」とあります。しかも、受講料48,000円を負担して都合5回もキャンパスへ足を運ばないといけません。いかに6万人近い会員を有するとはいえ、全国に30名もこんな物好きな行政書士がいるのかと、ちょっと気をもんでいました。
 しかし、全国から15名(うち九州からも3名)もの会員が集い、無事開講。おまけに年度末までは大学図書館も利用できるので、ライブ講義と合わせて担当講師の著作(例:山下竜一先生『行政裁量と原発政策』5500円+税)を読んだりすれば十分受講料は回収でき、安いどころかおつりが来る思いでした。
 次に、講義内容についてですが、最初は山下竜一教授による行政救済法分野の行審法と行訴法が6コマあり、続いて山田健吾教授によるやはり行政救済法分野の国賠法、加えて災害対策基本法とで9コマありました。最終回は「テスト」となっていますが、これは感想文の提出のようなもので受講者はそう心配する内容ではありません。
 講義のねらいとしては、現在の災害対策基本法なるものが十分なものなのか、その関連で地方自治法第14章の規定は役に立つのか、憲法に合うのかを考えるところにあったと思います。それと、学究の場からずいぶん遠ざかっている受講者のために、毎回詳細な講義資料が配布されて理解を助けてくれました。中には熊本地震後の熊本市の災害弔慰金不支給事件の認容裁決や水俣病被害者の国賠訴訟の最高裁勝訴判決など、熊本にも縁がある資料があり、なおのこと受講意欲がそそられました。
 受講を終えての感想としては、行審法、行訴法、国賠法のいずれをとってみても公権力を相手にした国民の権利実現にかかわるものであり、行政書士であれ、弁護士であれ、代理報酬で食べている専門職としてはやはりコスパ、タイパを考えてしまいます。現状、本研修を受講すること以上に奇特な法律専門家でなければ公権力相手の国民救済の仕事に手を出さないのではないでしょうか。
 たとえば現在、熊本では長射程ミサイル配備計画が注目となっています。仮にこれに異議を申し立てたい住民を支援するとした場合、配備の段階に応じてどのような手立てを講じることができるかは学びました。ですが、それを支援する法律専門家が見つけられるかはまったく別モノの話だなという思いもしました。
 長射程ミサイル配備についてもう一つ述べておくと、有事の際に発射部隊は駐屯地を離れて動くと、だから駐屯地周辺住民は安心してろと言わんばかりに、地元選出の元防衛大臣が先々月地元紙取材に答えていました。言い換えると、攻撃される可能性があるのは、駐屯地(弾薬庫)に限らないわけです。行政訴訟提起の際の原告適格については、駐屯地周辺住民に限らず部隊が動いた遠く離れた先(おそらく九州・沖縄のどこかの陸上部)の周辺住民まで広く含められるのではないかと考えます。そこのところはどう想定して政府関係者は、これからものを言っていくのか注目してみます。

第6の大量絶滅期に生きる

「銀座 桃花源」が博品館ビルに移転してから行ったことがなかったので向かってみたのですが、あいにく当日は臨時休業でした。せっかくですから、博品館ビル内の売り場をひと通り見て、昨今の人気おもちゃについて知ることができました。それとなんといっても銀座です。並木通り沿いの居並ぶ高級ブランド店の外観だけを見て回りました。いくつかの県のアンテナショップについては入店してみました。そこでは、まだまだ知らない特産品がたくさんあるものだと驚きました。
そういう華やかな消費の世界、栄華の極みを垣間見た後、上野へ移動しました。ここもパンダや印象派絵画(国立西洋美術館で開催中)目当ての人出が多いように感じましたが、私の訪問先は国立科学博物館で開催中の「大絶滅展」。以下は、大雑把な展示の中身です。
この地球に生物が登場してから大量絶滅(種の約70%)が5回あったのだそうです。通称「ビッグファイブ」という出来事です。要因は火山活動によるものが4回、小惑星衝突によるものが1回となっています。寒冷化して凍結すれば海面が低下するとともに光合成生物は活動を停止し二酸化炭素吸収は減ります。そうした中で火山から放出された二酸化炭素が蓄積すると温室効果で温暖化が起こり凍結は終わります。寒冷化にしろ温暖化にしろ極端な環境変動は、二酸化炭素や酸素の濃度変化をもたらし、大量絶滅を引き起こすこととなります。
このようにこれまでは、生物それ自体が環境変動の要因ではなかったのが、第6の大量絶滅期の要因は人間活動それ自体に求めることができます。たとえば、核実験による放射性物質、化石燃料の燃焼に由来する微粒炭、鉛や水銀などの重金属、PCBやDDTといった化学物質、マイクロプラスチックなどは、人間活動によって生じていて、二酸化炭素濃度と気温の上昇にも連動しています。この人間活動が変えた地球環境の悪化をいかに食い止めるかも、まさにこれからの人間活動如何にかかっています。

書店沼とカレー沼にはまる

神保町界隈の書店めぐりとカレー店探訪はちょっとやそっとで終わるものではありません。
今回寄ったカレー店では、ビーフ&野菜カレーを注文したのですが、出てきたのはエビ&野菜カレー。値段が同じでしたから、アフリカではよくあることなのかもしれないとそのままいただいてきました。
おもしろいシステムとして、お通しみたいにまずふかしたじゃがいもが出てきます。じゃがいもはおかわり無料となっています。
それにしても、海外に行かなくても各地のうまいカレーが食べられるようになったんだから、在留外国人のみなさんの貢献に感謝していますね。

深大寺界隈を堪能

調布の深大寺そばをいただいてきました。そば店が20店ほどもあるとは知りませんでした。有名店では2時間待ちなのだそうです。七五三シーズンということもあってかなりの人出でした。
今回入った店へは、現在放送中の朝ドラ「ばけばけ」のヒロインの父親役の俳優さんがよく訪れるらしいです。だめオヤジにはうってつけの店なのかもしれませんね。

アート鑑賞と街歩きメモ

つかの間の都会滞在中、当日思い立って訪ねられる場所が多いのは愉快です。日に軽く10km超は歩いてしまいます。それと、目白界隈など高低差がある街並みもあるので、いい運動になります。車を運転しないことで環境的にも自分の健康にも適した過ごし方ができます。
以下はアート鑑賞と街歩きの覚え書きです。なお、訪問日順はランダムです。

■永青文庫 (最寄りバス停:目白台3丁目)
目白駅前からだとバスを利用し、目白台3丁目で下車するのがアクセスの常道ですが、今回は駅から徒歩で向かってみました。目白の地名の由来となる目白不動が面する「くらやみ坂」を下り、途中昔ながらの蕎麦屋「花月庵」を見つけ、「鴨南蛮そば」(980円)でランチを済ませました。他の来店客は学生風の常連っぽい感じでしたし、味や店内が時代に流されないたたずまいで、懐かしい気分も味わうことができました。それから「細川庭園」へ向かう途中に、長崎県諫早市の東京事務所があるのに気づきました。思わぬところで来季J1に近いクラブののぼり旗を見かけました。
永青文庫では、菱田春草の「黒き猫」がクラファンで修理を終えたのを記念した「近代日本画の粋 あの猫が帰って来る」展が開かれていましたので、じっくり絵画と対面してきました。入館当日はコレクターの細川護立生誕142年の日にあたり、特別に「黒き猫」のポストカードのプレゼントがあり、幸運でした。
鑑賞後は早稲田駅へ向かうため、神田川沿道へ向かって「胸突坂」を下りました。作家の村上春樹さんは、早稲田大学在学中にこの坂の上にある「和敬塾」に在寮していましたから、大学への行き帰りに利用していたかもしれません。
https://www.eiseibunko.com/index.html

■霞会館記念学習院ミュージアム (最寄り駅:目白)
永青文庫に立ち寄る前に「貞明皇后と華族」の特別展を開催中なので訪ねてみました。大正天皇が使っていた食器が展示されていて、それが意外と質素な有田焼だったのが強く印象に残りました。有田陶器市で似たようなのを探してみると楽しいかもしれません。
https://www.gakushuin.ac.jp/univ/ua/exhibition/

■国立新美術館 (最寄り駅:乃木坂)
国立新美術館が開館したのは2007年、同年に近くにサントリー美術館が移転開館してからほどなくして両方訪ねたのが前回でしたから、ずいぶんと年月を空けての2回目の入館でした。今回見てきたのは、「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」という企画展です。同館では同時期に別会場で「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」の企画展も開催中でしたが、石ころには興味がないのでパスしました。ただ、若いカップルの来場者は断然「ブルガリ」に人気があるようでした。買うのはハードルが高いですが、眺めるだけなら安いものです。
さて、「時代のプリズム」展ですが、私のサラリーマン時代がほとんど含まれる時期の美術表現ということで、その時代の社会の雰囲気の変化を思い出しながら観覧しました。会場に入ってすぐの「プロローグ」コーナーの写真パネル展示が、共に1984年開催の「ヨーゼフ・ボイス展」(西武美術館)と「ナムジュン・パイク展」(東京都美術館)でした。1984年だと、まだ学生時代だったのですが、どちらも当時観覧したことがあったので、いきなり感慨深いものがありました。80年代初頭というと、ポーランド戒厳令とワレサの「連帯」運動、第2回国連軍縮特別総会と反核機運の高まりなど、世界が動く予感がありました。それが1989年のベルリンの壁による冷戦体制の終結、1991年のソ連解体という解放感からさまざまな批評精神を持った表現が登場してきたように思います。作品の国際化が進み、この頃までは経済も好調で、若い世代の海外旅行も盛んな陽が差した時代だったのではないでしょうか。ナムジュン・パイクの作品をソウル近郊やニューヨークの美術館で見た経験があります。
奈良美智さんのおなじみの少女の絵画のほか、2008年北京五輪に対抗した架空の「西京」オリンピックを形にした作品、野菜を武器に見立てて各地の女性に持たせた写真が、私的には最強でしたので、会場風景をアップします。
https://www.nact.jp/

■SOMPO美術館 (最寄り駅:新宿)
以前は安田火災海上本社ビル(現:損保ジャパン本社ビル)の42階に東郷青児美術館としてあったのが、同ビル脇に別棟を新築して2020年、館名も新たに移転オープンしてから初めて訪ねました。開催されていたのは、「モーリス・ユトリロ展」。モーリス・ユトリロ(1883–1955)は、20世紀前半のフランス美術界を代表する風景画家です。幼少期からのアルコール依存症で、その療養の一環として絵を描き始めたという特異な経歴をもっています。第一次世界大戦の際に兵士として志願したのですが、医学的理由で兵役に就くことができず、失意でさらに酒浸りになります。ですが、兵役を免れたおかげで71歳まで数々の作品を残したのです。若いときの「白の時代」、晩年の「色彩の時代」と、同一画家の作風の違いを感じられるので、人間の奥深さ・振り幅の広さに魅せられます。
https://www.sompo-museum.org/

ひな型コピペする能しかないのか

10月29日の地元紙に、高所得の外国人に帯同する外国人家事使用人材受け入れに反対する意見が、県へ多数寄せられているとの報道がありました。大半は、ひな型コピペする能しかない、移民問題に対するリテラシーが低い方々からによるものと思われます。家事使用人を必要としない所得の低い日本人がそれを言うのはみっともない限りです。
https://kumanichi.com/articles/1918438

2024年時点での主要先進国(OECD)における外国人人口の割合は、以下の通り。
日本は現在3.0%です。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2070年の日本の総人口は約8700万人、外国人人口の割合は10.8%です。
ルクセンブルク 51.2%
オーストラリア 29.5%
カナダ     22.0%
ドイツ     18.2%
英国      15.4%
米国      14.5%
フランス    13.8%
イタリア    10.9%
フィンランド   8.6%
韓国       3.8%
日本       3.0%
ポーランド    2.2%
メキシコ     1.0%
50年近く後になっても現在のドイツや英国の水準に達しないので、移民受け入れ余力は十分にあります。
荒唐無稽な排外主義の話題に乗せられて、これから得られる人口ボーナスをみすみす逃すのは、およそ馬鹿げています。
日本経済の低迷や少子高齢化課題に対する不満を、3.0%しかいない外国人(納税などの義務はあっても政治参加の権利がない)へ向けるのは見苦しく、それこそ日本人としての名誉を棄損する言動です。
外国人が就労の在留資格を更新し続けるためには、入管当局による納税や保険料納付の実績などの審査にパスすることが必要です。高所得の高度人材外国人がもたらす国益を理解していないとしたら残念です。

戦争ミュージアムめぐり

戦争の記録や記憶を継承する上では、被害だけではなく、加害についても知らなくてはならないし、それがなくては戦争の実相を捉えることが一面的になり、継承の意味が変質してしまうと最近つくづく思います。
たとえば、長崎県大村市(幼少期に住んでいたので記憶はありませんが親しみを感じる土地です)についていえば、81年前の10月25日、第二一海軍航空廠に対して、中国・成都から出撃した米軍機B29による大規模な空爆があり、勤労動員されていた学徒が多数命を落としました。その中には旧制宇土中の生徒2名と引率の美術教師・佐久間修(妻を描いた「静子像」は長野県上田市の「戦没画学生慰霊美術館 無言館」が収蔵)もいます。
10月18日~11月24日の間、大村市歴史資料館では特別展「Never Forget 大村と戦争・その記憶と継承」が開催中で、10月25日には同市で「空襲・戦災を記録する会」事務局長の工藤洋三氏と「くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク」代表の高谷和生氏による講演会がありました。
このように、大村における空襲被害の継承は続けられていますが、当時からして国際法違反であった宣戦布告なき首都南京への渡洋爆撃を日本が始めた1937年8月15日の発進基地の地であり、南京事件前哨戦にかかわったことについても継承するべきだと考えます。初出撃は海軍木更津航空隊所属の九六式陸上攻撃機(中攻)20機でしたが、南京への空爆は同年12月13日の占領に至るまで各地から50数回、延べ900余機、数百トンの爆弾投下に及んでいます。
以下は、最近訪ねたミュージアムについてのメモです。

■東京大空襲・戦災資料センター(最寄り駅:住吉)
同じ戦争ミュージアムの一つに、「東京大空襲・資料センター」があります。こちらの館内には空爆に関する国内外の歴史年表が掲示されていて、大村からの南京への渡洋爆撃について、つまり加害の記録についても触れてありました。それによってその歴史検証拠点の信頼性も明らかになる感じがします。思うにそれは、その拠点の代表者の見識力によるのだと考えます。同センターの代表者は、『日本軍兵士』『続・日本軍兵士』を著した日本近代軍事史、日本近現代政治史が専門の研究者である吉田裕氏です(先代の館長は作家の早乙女勝元氏)。
https://tokyo-sensai.net/

■明治大学平和教育登戸研究所資料館(最寄り駅:生田、向ヶ丘遊園)
研究者が拠点の代表者を務める戦争ミュージアムとしては、「明治大学平和教育登戸研究所資料館」もあります。館長の山田朗氏の著書『兵士たちの戦場 体験と記憶の歴史化』を読むと、兵士一人ひとりに被害の側面と加害の側面があることを理解できます。資料館が考察対象とする「第九陸軍技術研究所」(秘匿名「登戸研究所」)の目的は、秘密戦兵器・器材の研究・開発にありましたので、加害の部分に加えて秘匿すべきとされた裏の記憶(被害や戦功は表の記憶としてまだしも語りつがれやすい)そのものです。それだけにその裏の記憶を継承する意義は大きいと言えます。こちらも館長の見識力があるからこそ、風船爆弾(昔のドローン兵器?)や偽札、電波兵器など展示が充実しているのだと思います。
同館には「石井式濾水機濾過筒」の実物が展示されています。石井というのはあの731部隊長の名に由来します。1965年に熊本日日新聞社が出版した『熊本兵団戦史 支那事変編』のp.132には、上海派遣軍軍医部部員(戦後化血研勤務)の証言として「上海では臨時編成の防疫給水班が呉淞上陸地付近に車載衛生濾水機を置き、黄浦江の水を水源にして大量の浄水を作り、各部隊に補給し、防疫にも戦力増強にも非常に寄与した。第六師団には昭和10年4月15日熊本県医師会が5個の石井式濾水機愛国第一号を献納した。この石井式は発明早々の最新式で、おそらく第六師団が日本で一番最初の濾水機装備師団であったろう」が載っています。
https://www.meiji.ac.jp/noborito/index.html

■昭和館(最寄り駅:九段下)
「伝単」の展示の説明文では、伝単を拾った者は内容を読まずに警察へ届けろとあるのですが、内容を読まなければ届けるべきシロモノかどうか判断できないのではと、当時のバカバカしさに苦笑してしまいました。
遺族の戦後の暮らしを展示するブースには、熊本県の遺児たちが東京の靖国神社へ参拝したときの感想文が掲載された遺族会通信や原稿用紙の展示がありました。通信と原稿の両方に宇土在住の遺児の名前がありました。私の母も遺児団の一員で参加したと聞いています。
図書室には「半藤文庫」があり、半藤一利・宮崎駿の対談本『腰ぬけ愛国談義』(文春ジブリ文庫、2013年)があり、ジブリ映画『風立ちぬ』で描かれた零戦設計者の堀越二郎の住家のモデルは、玉名市小天の前田家別邸だと書かれていました。2010年11月にスタジオジブリの社員旅行で宮崎駿が小天を訪ねたそうです。
https://www.showakan.go.jp/

■しょうけい館(最寄り駅:九段下)
10月9日に公表された、「香淳皇后実録」には、傷病兵に対する慰問をたびたび行っていたことが記されているとありましたが、同館には香淳皇后が下賜した義眼や義足の展示がありました。
https://www.shokeikan.go.jp/

■吉村昭記念文学館(最寄り駅:町屋)
訪ねたときは「吉村昭と津村節子 戦時下で過ごした青春」の特別展の会期中でした。1942年4月18日、米軍が東京を初めて空爆したときのB-25ドーリットル機を目にしたときの体験を語る吉村昭の映像が放映されていました。
ところで、吉村昭の略年譜を見ると、26歳のときに学習院大学を中退していますが、75歳のときにそれが学費未納による除籍処分だったと知り、改めて未納の学費を支払い、昭和28年3月付の退学許可書を受ける、とありました。これだけの著名人ですら卒業が了とならなかったことに高潔さを覚えて清々しいです。
https://www.yoshimurabungakukan.city.arakawa.tokyo.jp/index.html

なお、冒頭の大村大空襲も東京大空襲も米軍側で指揮したのは、戦後日本政府から空自創設に寄与したということで勲一等を授与されたカーティス・ルメイです。上岡伸雄学習院大学教授が2025年出版した著書『東京大空襲を指揮した男 カーティス・ルメイ』p.134-135に、東京大空襲に加わった爆撃機搭乗員による次の回想が載っています。「上昇気流は気持ちの悪くなるにおいを一緒にもたらした。鼻について離れないにおいだった――焼かれた人間の肉のにおいだ。あとになって、乗組員たちのなかにはこのにおいのために息を詰まらせたり、吐いたりした者がいたという話を聴いた。気絶した者もいたらしい」。
被害とは「殺傷される」であり、加害とは「殺傷する」であるリアルに他ならないわけですから、人類が歩むべき道は絶対に「殺すな」でしかありません。