長平の戦い

数は力であるのは確かですが、中国古代史上最大の戦いとして知られる、長平の戦いを振り返ると必ずしもそうではありません。紀元前3世紀の戦国時代、全国制覇を競った大国・秦と趙との戦いでは、数で劣った秦軍側による地形を生かした知略により、補給路を断たれた趙軍側が40万人の戦死者(その大半が餓死者)を出したとされています。現代のミャンマー国軍の勢力がやはり40万人といいますが、彼らの補給路は軍幹部を据えている多くの国有企業からの利益です。多くの公務員が職場放棄を行い行政が停滞していますが、それだけでは国軍の横暴を止めることはできません。軍へ資金を送っている企業との取引を止める国際的な制裁が必要ですし、それを抜け駆けしようとする者への監視も求められます。