言葉は残る

柳美里さんの著書を初めて読みました。氏名の読みが「ゆうみり」さんということも初めて知りました。2002年4月から朝日新聞で長編小説『8月の果て』の連載をしていたことも記憶にないですし、その前に1994年9月号の『新潮』に掲載された『石に泳ぐ魚』がもとで出版差し止め請求の訴訟となったことも覚えがありません。不思議なほどに接点のない作家の一人でした。
今回読んだ作品も小説ではなく、著者の人生史となっていて、辿ってきた生活環境があまりにも違い過ぎるので、なんで記されたような言動をとるのかと、付いていけない部分もありました。
そんななかで、著者とかかわりのあった人物の言動においては、覚えておきたい部分がありました。一人は、著者がミッション系中高一貫校に在学していた中学3年の卒業間際のとき、素行不良を理由に高校への進学が認められそうにないところを止めた化学教師がいました。長くなりますが、著者が当時、担任教師から聞いた話を引用します。「結論から言うと、なんとか高校に進学できることになりました。今日の職員会議では、柳さんには高校でどこか他に転校してもらいましょうっていう先生方が多かったんだけど、木田先生が抗議をされたの。『聖書にはある人に100匹の羊があり、その中の1匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出掛けないであろうか。もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる99匹のためよりも、むしろその1匹のために喜ぶであろう。そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父の御心ではないとあります。聖書の教えを生徒たちに伝えるミッションスクールが、群れからはずれて苦しんでいる柳さんを退学にするのはおかしい』と温和な木田先生が珍しく強い口調でおっしゃって、それで職員会議の流れが変わったのよ」。
しかし、著者が高校1年の1学期に家出をして警察に補導され停学処分を受けます。このときも前述の木田先生が退学に反対しますが、もう誰も味方をする教師はおらず、校長室で退学の手続きをするよう告げられます。その翌日、著者が父親と校長を訪ねたとき、カーネル・サンダース人形そっくりの校長は、次のように言ったそうです。「お父様のお気持ちは良く解りますがね、娘さんは他の生徒に毒をばらまいているんですよ。段ボールの中に腐った林檎がひとつあると、他のなんでもない林檎まで腐り始めます。だから、腐った林檎は取り除かなければならないんです」。
3.5%の力をもつ化学教師と実は腐った林檎は校長かもしれないというところが、実に印象深いエピソードでした。