それぞれの戦没者観

私自身は一度も参列したことはありませんが、昨日(8月15日)は日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式が開かれました。この式で追悼の対象となるのは、75年前のその日に終戦を迎えたアジア・太平洋戦争の犠牲者約310万人とされています。天皇の言葉にある通り「さきの大戦において」「戦陣に散り戦禍に倒れた人々」なので、旧日本軍軍人・軍属約230万人、市民約80万人がその内訳です。靖国神社に1978年以来合祀されているA級戦犯がその対象者に含まれるか、政府は明らかにしてはいません。会場は1965年以来ずっと日本武道館となっていますが、1964年に一度だけ靖国神社境内で開かれています。
ところで、「過去を顧み、深い反省の上に立って、」追悼する際に、310万人の犠牲者だけが対象でいいのかという疑問は残ります。外国の軍人や民間人の失われた命にも思いを寄せなくていいのかという思いです。逆に旧日本軍軍人・軍属の戦没者が祀られている神社の参拝だけをもってしてすべての戦没者を追悼しました、平和を祈念しましたという姿勢に、民間人の死や外国人の死を考えていない、戦争の惨禍への思いの欠如を感じてしまいます。
空襲、沖縄戦・南洋戦、外国籍軍人・軍属、抑留者など、戦後補償からもれた戦没者の問題は75年経った今も残ったままです。ほんとうに私たちはすべての戦没者を追悼してきたのか、まだそこから考えてみるべきです。