読書遍歴で政治家の資質は測れる

思想信条の違いを理由にした選考差別につながってはならないとして、採用現場では応募者の読書遍歴を聴くことがありません。そのせいか他人と書籍について話をすることは日常めったにありません。しかし、その人がどのような読書遍歴を辿ったかは、確実にその人の資質を測る材料になります。
昨日、河合秀和著『クレメント・アトリー』を読了しました。同書のなかで、イギリスの首相を務めたチャーチルとアトリーがどのような書籍に親しんだかが紹介してありました。政治家になる前のチャーチルが愛読したのは、マコーレーの『イギリス史』(全5巻、1848-1861年)とギボンの『ローマ帝国衰亡史』(全6巻、1776-1788年)でした。ギボンの6巻については、アトレーも首相就任してから読了しています。アトレーがもっとも大きな影響を受けたのは、C・D・バーンズのエッセイ「政治的理想」(1915年)とする伝記もあります。アトリーは、同じくバーンズの遺著『第一のヨーロッパ、中世キリスト教世界の成立』(1947年)からも影響を受けたようです。ある人物を理解しようとするなら、それぞれの時期にその人物を作り上げていった精神世界を発見する手法は、きわめて重要に思えます。
『クレメント・アトリー』のp.276には以下の記述があります。「歴史とは、過去を比較することによって現在を理解しようとする営みであるが、ここで引照されている過去は、(地域的にはヨーロッパに限られているが)紀元前5世紀からシャルルマーニュの帝国まで、深く、長い。このことは、古い文化との継続性を保ってきた文化を持つ国にはよく見られることで、さして驚くべきことではない。日本でも、少なくとも明治期までの知識人は漢籍を読み、古代中国の歴史や道徳、詩に照らして日本を理解しようとしていたが、日清戦争に勝った後は、中国の国力を軽視するようになった。また一つにはマルクス主義の影響によって、近代とは資本主義の発展であり、帝国主義とは――レーニンの『帝国主義論』の原題がいうように――「資本主義の最新の段階」であると考えられた。中国の古代以来の帝国と、大日本帝国を比較することはなかった。」
また、p.277-278に次の記述があります。「日本の現代史は敗戦によって断絶しており、ヒットラーとスターリンによって分断されたヨーロッパ諸国の歴史記憶についても同じ断絶がある。ついでに指摘すれば、第二次大戦では英米ソのビッグ・スリーが帝国主義としての責務を担ったが、ソ連帝国はベルリンの壁とともに崩れ、今では中国が新しい帝国として興隆して、それぞれに帝国としての責任を問われている。」
このくだりを読むと、今の日本の政治家やジャーナリストに歴史から現在を正しく理解している人物がどれほどいるのかという思いに駆られます。たとえば、社会主義や帝国主義といった用語の上っ面だけを見て実相を見て考えていないことが多いのではと感じます。
ところで、ヤルタ会談やポツダム宣言といった日本の敗戦処理との係わりでチャーチルの名前は日本でも知られていると思います。労働党のアトレーは、第二次大戦中、保守党のチャーチルを首班とする挙国一致内閣で副首相を務め、戦後の6年半はイギリスの首相として労働党政権を担った人物です。その6年半は、日本にとって米国の占領下に置かれた時期、つまり国際社会の外に置かれた時期と重なり、アトリーの業績や考えについてほとんど知られていないと思います。
アトリー政権の政策は、正真正銘の社会主義でした。ソ連型社会主義その他は看板だけは社会主義でしたが、学問的思想的視点では専制国家による帝国主義であり、現在の中国もその傾向があります。第二次大戦で勝利したとはいえ、イギリスは疲弊しており、国民の生活再建が急務でした。1945-1946年のイギリス議会の会期では、国有化、国民健康保険、社会保障関連法、労働組合活動の規制解除の修正案など重要法案を含めて70の法案を可決させていて、この年間記録は今も破られてはいません。また、この政権下ではインドなど植民地を独立させました。
また、アトリー自身は、国際連合の役割に期待していました。特に核兵器につながる原子力の管理について熱心でした。中国については、中国共産党政権を承認することがソ連の衛星国から引き離すことだと考えていましたし、中国国民党政権の台湾については国連の管理下に置くことを望んでいました。もしそうした方向に動いていたら歴史がどう動いていたか、興味がそそられます。アトリー自身は、新中国を承認しておけば、朝鮮戦争は起こらなかっただろうと考えていました。
アトリーのことからは離れますが、日露戦争の時代の「ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とロシア皇帝ニコライ2世は、ともにイギリスのヴィクトリア女王の孫であり、互いに英語でウィリー、ニッキーと呼び交わして手紙をやり取りして」(p.280)いたのは、初めて本書でしりました。