進化論の誤用についての覚え書き

最近とある政党がSNSに掲載したイラストでダーウィンの進化論を誤用した表現があったことが話題になりました。同様のことは私も見聞した経験があり、昨年3月22日の本投稿でも指摘していますが、地元の小学校長が卒業式でこの誤用論を取り入れた式辞を卒業生へ贈っていました。その場に出席した私は、この無知な学校長に閉口させられました。いずれ卒業生へ対して当時の式辞について誤りを認めて撤回し、謝罪してもらう必要があると思っていますが、往々にして自称教育者にはこうした器量がないので、困難かなとは思っています。
そこで、この誤用問題のまとめを記して永く記憶に留めたいと思います。まず、1859年、ダーウィンが発表した「種の起源」の要点は、環境に適応したものが生き残る「自然選択」で生物が進化するという理論の提唱でした。ところが、1963年、米ルイジアナ州立大学の経営学の教授が、「種の起源によると、最も強いものが生き残るのでもなく、最も賢いものが生き残るのでもない。生き残ることが出来るのは変化できるものである」という誤った解釈を論文に書いたとされています。この誤用の始まりを指摘している、英ケンブリッジ大などの研究チームは、「変化するものではなく、たまたまある環境に適応したものが生き残る」「変化しない方が有利な時や、生き残りに不利な変化もある」「個人や組織の進歩や改善と、生物が世代を重ねる中で起きる進化は全く別の現象」が正しい解釈と示しています。進化論は障害者を抹殺したナチズムの優生思想においても悪用されてきた歴史もあり、人権教育を推進しなければならない学校現場における誤用はなおさらあってはならないことです。