合志市議会が可決した「憲法の早期改正を求める意見書」の中で、「我が国を取り巻く東アジア情勢は一刻の猶予も許されない事態に直面している」というたいへん物騒な記載があることを紹介しましたが、この東アジア観には知性の欠片すらありません。たとえば、インターネットもない100年も昔、1912年に辛亥革命の指導者として清朝の皇帝支配を打ち破った革命家・孫文と宮崎滔天(寅蔵)や犬養木堂(毅)は、友人でした。中国人と日本人という言葉の壁はありましたが、目指す世界の理想があり、人間的なつながり、ダイナミックな交流がありました。
孫文がロンドン亡命中に英国社会に次のような言葉を送っています。「私は公徳をたっとび、正義をまもる貴国国民に予てから尊敬をささげていましたが、親しく身にその恩恵をうけてますます信念を深くしました。このことによって立憲政体と文明国民の真価値の認識をふかめ、さらに不肖の全力をつくして、わが祖国の進歩をはかるとともに、不当な圧迫をこうむるわが国の親愛なる同胞の解放を求める決意を新たにしました」(貝塚茂樹『孫文と日本』、1967年)。当時、孫文が日本の友人たちにも同様の思いを抱いたことは想像に難くありません。
対する滔天も自書『三十三年之夢』で孫文(逸仙)との歴史的会見の終わりを次のような絶賛のことばで結んでいます。「孫逸仙の如きは実に己に天真の境に近きものなり。彼何ぞ其思想の高尚なる。彼何ぞ其識見の卓抜なる。彼何ぞ其包負の遠大なる。而して彼何ぞ其情念の切実なる。我国人士中、彼の如きもの果して幾人かある。誠に是東亜の珍宝なりと」。まさしく大人(たいじん)の日中関係はかくありたいと願います。日韓についてもそういえるでしょう。
ともすれば、極度にある方向に作られたイメージの「日本人」「中国人」に向かって無益な挑発行動に誘導されかねない社会にいるのではという危惧を、今回の地方議会の意見書文面からは感じます。歪んだ東アジア観からは愚かな排外主義しか生まれません。これだけ人の交流ができやすい時代になって逆行する思考は悲しむべきことです。