私と同窓の杉原志啓氏の著書『音楽幸福論』の中に、幸福について以下のような記載があります。
まずは三宅雪嶺の見方から。「ぼくの愛読する三宅雪嶺が、半世紀以上もまえに面白いことをいっている。たとえば、官庁の出勤のさまをみていると元気のある顔をしているやつと元気のない顔をしているやつがいるけれど、これは前者に高官が多く、後者はいかにもの下僚ばかりだとか。なぜかといえば、これはポストが上の者ほど自分の欲する仕事をしていて、下の者はただ命じられた仕事をしているからである。すなわち、「比較的にいって最も多く思う存分に働く者は元気があって且つ其元気は永く続くのである」。自分がやるべし、やらなければならないと信じたことをやると元気を増す。」(P.62)
次にフランスの哲学者・評論家のアランの見方から。「アランもまったく同じことをいっている。人はだれも、まったく単調ないわれたとおりにやる仕事よりも、困難でも自分の好きなように作り出し、まちがえる仕事のほうを好むだろう。(中略)なぜなら「人間が幸福であるといえるのは、何かを欲する時と、つくり出すときだけである」から。」(P.63)
先の衆院総選挙で与党は憲法改正発議に必要な3分の2以上の議席を得ました。首相も改憲に意欲を示しています。祖父ができなかった改憲をやり遂げ歴史に名を残すことに執心している首相は、雪嶺やアランが語っているように、今幸福感を噛み締めているのかもしれません。ですが、個人の気持ちだけを優先した仕事に大義はあるのかどうか。本来、ポストが上の者ほど自分が欲する仕事よりも弱い者の幸福を考えたつらい仕事をやらなければならない立場ではないでしょうか。改憲によって首相個人の幸福を満たすのではなく、国民全体の幸福を本当に増やすものなのかどうかを、考えなくてはならないと思います。