職業倫理と個人信条との衝突あるいは競合が生じることが世情ではときにあるものです。極端な例を二つ示してみてどう行動することに信義はあるのかを考えてみることにします。
一例めは死刑廃止の考えに立つ人が法務大臣の任に就いた場合、死刑執行のサインを求められたら応じるべきでしょうか。法務大臣の責務としては瑕疵がない決裁事項には原則応じる義務があると思います。役所のトップとしての職業倫理からは死刑執行を命じるのが正しい選択かもしれません。しかし、一人の政治家として判断するなら自らの信念、政治信条を役所の論理で曲げるのも職業倫理としてはどうなのかなという気になります。この場合、法務大臣を任命した内閣総理大臣がいますから、更迭される道を選ぶ方法もあります。そもそも論として組閣の前に法相のイスを受けるなら、首相にあらかじめ自分の信条を明らかにしておくのがより賢明な手続きだと思います。
もう一つの例は、個人としては原発廃止の考えである広告プランナーでありながら、所属する広告会社が原発の安全性をPRする広告を受注し、その広告制作に携わらなくてはならなくなったとしたケースです。サラリーマンの場合は結構、自分の意に沿わない業務に係ることがあります。プランナーの職業倫理としては個人信条とは真逆のメッセージを込めた最高の広告を制作するのが正しいということになります。立場上、鬼畜の犯罪者の刑を軽くする弁護人の仕事に近いものがあります。ですが、信条を曲げて最高の仕事が請負えるだろうかという考え方もあります。可能であればその仕事に限ってチームから身を退くという行動もありますが、経営が厳しい会社であれば退職を余儀なくされるかもしれません。
以上のように正解は何パターンもあります。生活のためその職業を続けなければならないこともあるでしょうし、正直に手を染めたくない仕事からは離れてみることもあるでしょう。私自身は、現在フリーランスということもありますが、信条を優位にした職業生活を送りたいと思っています。