『環境と公害』(2026年夏号)読後メモ

○林美帆・除本理史「水俣病をめぐる継承の課題と公害資料館――百間排水口問題にもふれて――」
戦後81年、戦争体験者の減少により、戦争の記憶の継承が「ひと」から「もの」へ移っています。それと同様のことが、水俣病公式発見から今年で70年を迎えた水俣病事件を伝える公害資料館でも課題として浮上しつつあります。
しかし、公立か私立か、その設立主体によって同じ公害を対象とする資料館でも違いがあります。
たとえば、「市立資料館の展示を見ると、水俣市が一番アピールしたいことは、「過去」よりも、環境再生をとげた「現在」なのではないかと思われ」(p.23)ます。
一方、「(民間の相思社の)考証館の特徴の一つに、圧倒的な現物(モノ)資料の展示」(p.23)があります。水俣湾内に汚染魚を封じ込めるためとして設置された仕切り網、水銀ヘドロを封じ込める埋め立て工事が行われたときの看板、チッソ附属病院の細川一医師が動物実験で使用したネコ小屋、「怨」と染め抜かれた旗などの展示がそうです。被害者や支援者が運動の中で集めてきた、思いの詰まったモノだけに、公害を引き起こした側には居たたまれなさを感じさせる「圧」があるかもしれません。
ですが、この違いがあるからこそ見えてくるものがありますので、それはそれで意味があるように思います。
本稿では、2023-25年に保存をめぐって動きがあった、百間排水口問題についても取り上げています。この排水口は、チッソが1932-68年にメチル水銀を海へ流し続けた、水俣病の原点の地にあります。市が老朽化した樋門扉を撤去する予定でしたが、それを知った患者や支援者から保存を求める声が出ました。当時の県知事もこの問題にかかわり、最終的には公害発生当時の「形態」を残す新しい扉が設置され、決着しました。今回撤去した扉自体は1999年から交換設置されていた比較的新しいもので、逆流防止という機能もすでにないものでしたから、「ものの真正性」という視点からすると、レプリカ保存でしかありません。一種のオープンミュージアムの意味をもたせた保存方式に、関係者が合意した現れと考えられます。

○佐伯良祐「水俣病被害者互助会認定義務付け訴訟――福岡高裁判決の事例報告――」
本稿は、2026年4月23日の福岡高裁判決について未認定被害者の代理人を務めた弁護士が報告したものです。
2013年最高裁判決では、感覚障害のみであっても水俣病罹患を認める可能性を認め、1977年判断条件が要求する症候の組合せを満たさない患者を水俣病と認定しました。
ところが、今度の福岡高裁判決では「感覚障害が認められても他疾患の可能性が排斥されない限り、水俣病り患の証明力は減殺される」として最高裁判決の判旨を空洞化させる判断をしました。「これでは、水俣病以外には何の疾病にも罹患していない健康体の者でなければ、水俣病と認定されないこととなって」(p.29)しまいます。
さらに、裁判官らが当事者に不可能な立証を求めている点として、当事者が感覚障害の発症を覚えた時期の問題があります。「当事者らは、メチル水銀排出量のピーク時付近に出生しており、幼少期から水俣病(感覚障害)を発症していた可能性が高い。物心がついた時期から感覚障害を有する者は、成人後に感覚障害を発症した者と比較すると、自らの身体に感覚障害が起きていることに気付きにくい。正常な状態を認識したことがないからである」(p.30)という指摘を理解できる裁判官がいないという現実に慄然としました。

○高岡滋「水俣病の病態と広がり――民間医師団らによるその解明の成果と、求められる健康調査――」
寄稿者は、水俣にあるクリニックで永く被害者の掘り起こしを続けてきた医師です。
未だに救済されない被害者がいる理由の一つを、病像の矮小化を続けてきた医学界の重鎮たちに求めています。本来行うべき調査を怠り、医学的根拠のない診断基準を正当化し解明を妨げてきたとまで言い切り、不作為・隠蔽に関与した医学者の実名を挙げて批判しています。
学者が学問的信念を脇に追いやり政治権力にこびへつらうことの罪深さを思い知りました。

○「水俣病問題の現在地と将来への課題――支援者の視点から――」
司会を含め7人の座談会をまとめた記事です(実施は2026年4月11日)。
最も注目した出席者の発言を引用紹介します。それは、伊東紀美代さん(水俣病被害者互助会)のものです。「私が望むのは、国も県も市もチッソも水俣病問題でどこで/どう間違ったか、なすべき何をしなかったか、してはならない何をしたか、真摯に検証をしてほしい、そこは望みます。水俣病事件で悪いのはひたすらチッソであり、国、県だっていうことが水俣市民の常識になってほしい、誰もが何の疑いもなくそうなれば、もう少しみんなフランクに水俣病と付き合えるんじゃないかと常々思っています」(p.69)。
つまり、過去に対する反省としっかりとした後始末をつけないことには未来を切り拓くことはできないということだろうと思います。これは被害者・支援者にも言えることで、運動の中での過ちがないとは限りません。過去にどう向き合うかということはたいへん重要です。