「港区立郷土歴史館」訪問メモ

「港区立郷土歴史館」の開館は2018年のこと。開館して10年も経っていない比較的新しい施設であるため、今回初めて訪問しました。同館が入居する建物自体は、1938年竣工の歴史的建造物である「旧公衆衛生院」です。展示室は有料ですが、無料で建物見学できるエリアもあります。建物は東大キャンパスの時計台をすべてデザインした内田祥三の仕事だけに、権威オーラをたっぷり放つ存在感は圧が強いです。この建物の6階には「白金台学童クラブ」が入っていて、いったいどんな子どもらが利用しているのだろうと、下世話な興味をかき立てられます。さすが1人あたりの納税額日本一の自治体である港区だなと感じさせられました。「旧公衆衛生院」の隣りには同じく内田がデザインした「東大医科学研究所」の建物があり、そちらも対で見る価値があります。
さて、その港区の歴史ですが、6000年前は温暖化により海面が上昇しており、海岸線は現代よりも内陸にありました。そのため、港区内には縄文時代の貝塚が8カ所あるそうです。江戸時代になると、伊皿山貝塚の上には寺があり、同時代のネコの墓石が出土しています。ほかに地方の各藩の屋敷が数多くありました。熊本の細川藩の中屋敷もその中にありました。明治以降は広大な藩屋敷の跡地が軍用地として使われました。戦後の1962年に漁業権が放棄されるまでは漁業も盛んでした。その後も自主漁業がおこなわれていましたが、PCB汚染問題が出てからは自主規制となりました。
企画展では、「おもちゃ絵」が開催中でした。展示されている絵を眺めると、明治というと近代化の時代と考えがちですが、人々の暮らしや風俗について言えば、江戸時代と大きな違いを感じさせないものがありました。
特別区の歴史館とはいえ資料が充実しコンパクトに見やすい展示が施されていて堪能できました。『常設展示図録』(1冊1000円)もいい作りなので買い求めました。
この日は、東大医科学研究所、日東坂を通って恵比寿の東京都写真美術館まで歩き、「W.ユージン・スミスとニューヨークロフトの時代」を鑑賞しました。さらにその後、渋谷へ向かい、國學院大學博物館で開催中の特別展「日本ベルギー修好160周年記念 美と知の交流の軌跡」とハシゴしました。これについては別稿をアップします。