米国カリフォルニア州にあるダートマス大学の歴史学者である、1965年生まれのダリン・M・マクマホン著の『〈平等〉の人類史』(作品社、4500円+税、2026年)は、人類史というだけあって類人猿や原始時代まで遡って「平等」の概念のありようを辿った、日本語版では518ページに及ぶ大作です。原書では「Equality」とあり、訳者あとがきでは、日本語本来の意味では「同等」が近いとありました。それはともかく、通常「平等」といえば、日本国憲法第14条の「法の下の平等」を思い浮かべると思います。同条第1項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とあり、政治的、経済的又は社会的平等を保障しています。ここでは、すべての個人の機会の平等であって、結果の平等を指しているものではないとされます。しかし、現実の社会では、日本国内に限らず、ことに経済的な格差=不平等とそれに起因する序列化が問題になっていて、これはどうにかしないといけないという意識は高まってきているのではと思います。
著者によれば、霊長類の近縁種の研究から言っても、支配の序列の底辺にいる個体には、ストレス、炎症、免疫反応の衰弱など、健康に悪影響を与えるさまざまな変化が引き起こされることが明らかになっています。そのため、序列に抵抗することは、ヒトとしての本質の一部なのですが、序列を築くことにもヒトはどんな動物よりも長けています。いわば、ヒトの歴史は、築かれる支配とその序列への抵抗の繰り返しと見ることができます。その過程で国家や資本が生まれたり、さまざまな宗教や思想が形成されたりしたように思えます。ただし、平等の観念は非常に複雑で、平等を掲げながら新たな序列が作り上げられた歴史もあって、そう単純に時代は進んでこなかったことも理解できます。
本書を読む前に、柄谷行人著の『定本 力と交換様式』に接し、そこでは「交換様式」を手掛かりにさまざまな思想家が登場しました。それで、「平等」を手掛かりにした本書に登場する思想家との重なりが多い印象も受けました。その時代にあって「何をなすべきか?」と考える人こそ、ホモ・サピエンスそのものですから、注目すべき思想家が重なるのは当然と言えば当然かとも思いました。
加えて本書の読書期間中に、立教大学特任教授と一般社団法人UNLEARN理事である、西井開氏による法人向け脱ハラスメントプログラムの一つバイスタンダー研修を受講する機会に恵まれました。この研修では、最初にハラスメントが起こる背景には加害者と被害者間に優劣の力関係があることが示されました。力を持たない人が持つ人に対しては、忖度や我慢があります。一方、力を持つ人が持たない人に対しては、抑圧的な態度をついとる、相手から指摘されにくくなる、気づきにくくなる、好意を持ってくれていると勘違いしてしまう、となります。被害者は孤立状態になることからも、この場合、正確な知識を持った第三者による介入が大きな役割を果たします。ここでは紹介しませんが、介入の選択肢は豊富にあり、最終的には再発防止と加害者による謝罪を求めます。ハラスメントのことを考えたら、平等や力と交換様式の概念にも通じる話だなあという気がしてきましたし、実績ある学者が公表するまでに至ったモノの考え方にはその学者仲間による査読を経ているので、信頼度が高いと思います。何よりもハラスメントに抵抗することは、ヒトとしての本質の一部という見方ができると思いました。
以下は本書からの、ちょっとした豆知識メモです。他にもいろいろありましたので、ほんの一部です。
・1864年にヘンリー・ウィートンの『国際法原理』が中国語に訳されるまで、中国語に平等に相当する語がなく、代わりに「平行」という語が用いられた。仏教用語としての「平等」は遣唐使(804-805年)の最澄が日本に伝えた(1052年、宇治の平等院建立)。
・古代ギリシャ・ローマ時代の平等は市民の間だけに通用するもので奴隷(戦争奴隷)は除外された。
・宗教における神の前の平等も、異教徒や不信心者は同等に扱われなかった。
・イタリアのファシストが名称やシンボルに使ったのは古代ローマ時代の権威の道具「ファスケス」に由来する。斧の柄を囲むようにニレまたはカバノキの棒で束ねた形状をしている。法に違反した者を打ちのめしたり、断頭したりするために使われた。結束され分割されない絆のシンボルとしてファシスト以前は使われた。米国ワシントンDCのリンカーン記念堂のリンカーン像はファスケスの上に手を置いて腰かけた姿となっている。米国下院議長席の後ろの壁も飾っている。
・1919年、国際連盟規約の前文に日本が提出した人種的平等条項を入れる動議を握りつぶしたのは、英国や米国などだった。1944年、国連憲章を起草するダンバートン・オークス会議で「完全な人種的平等」と「すべての国家とすべての民族の平等」を力説したのは、当時、中国の駐英大使に率いられた中国代表団だった。