専修大学図書館の「図書・雑誌無料頒布会」で入手した、1972年生まれの台湾在住の作家・甘耀明著の『鬼殺し』(白水社、2017年)を読み終えました。著者の甘耀明が6歳まで3世代で暮らしたのは、新竹と台中の中間に位置する苗栗(ミャオリ)県獅潭(シータン)郷は先住民族のタイヤル族やサイシャット族が隣接して住む客家の山村でした。その地では、祖母からそれら先住民族の民間説話を聞いて育ちましたし、大学院時代はアミ族が多く住む花蓮で暮らした経歴を持ちます。この作品の舞台は、日本統治下で太平洋戦争が開戦した1941年12月から戦後の国民党軍による二・二八事件(1947年)までの台湾の架空の客家の村。そこで生きる元日本兵の少年(彼の義父はタイヤル族)と日本の台湾領有(1895年)に抵抗して独立を宣言した台湾民主国の義勇軍に参加したのち隠遁生活を続ける祖父との物語となっています。
特攻隊に対する風刺が上巻p.212にありましたので、一つ紹介しておきますと、客家の人たちが話す閩南語(びんなんご=台湾語)で「うどの大木」を意味する大箍呆の発音は、「トァクゥタイ」。本書で知り得たマメ知識です。(小説のあらすじを開陳するヤボなことはしたくないのでここまでにします。)
本書の魅力として知らしめたいのは、下巻巻末に掲載された訳者の白水紀子氏による解説にもあります。ここでは台湾における皇民化や戦後の国民党支配下での混乱といった歴史の流れ、多民族多言語(=多文化でもある)といった台湾の社会構造について概観できるようになっています。ちなみに2010-2011年の行政院客家委員会調べによると、大きく4つの言語グループがあります。古く福建など中国南方から台湾に移住した漢族で閩南語を話すホーロー人(福佬人)が67.5%、客家語を話す客家人が13.6%、戦後台湾にやって来て北京語を話す人が17.1%、16の先住民族が1.8%という具合。日本で受け入れやすい親日的な台湾人像でひとくくりにできない複雑な面を理解することができて有益でした。
明治大学平和教育登戸研究所資料館館長の山田朗氏が、著書の『兵士たちの戦場 体験と記憶の歴史化』(岩波現代文庫、2025年)で書いていることですが、歴史の記憶の継承において、ことに虐殺を伴う戦争の記憶においては、戦争の〈栄光〉や〈被害〉の部分といった〈表の記憶〉は比較的語りつがれやすいのですが、戦争の〈秘匿〉すべき部分や〈加害〉の部分といった〈裏の記憶〉は断絶しやすいと指摘していたのを思い起こします。加えて、〈戦争の記憶〉の継承が、ヒト(体験者)からヒト(非体験者)への時代が終わりつつあり、ヒト(非体験者)からヒト(非体験者)へ、モノ(書物・映像・遺跡・博物館など)からヒト(非体験者)へ移行してきているとも書かれていました。
それが、台湾のように多民族多言語で成り立つ社会であればなおさら消えていく記憶が多いと考えるのが当然だと思います。小説の手法で伝える力をもった作家が存在するのは、台湾にとって資産だと思います。
一方で、これは地元の動きなのですが、ノンフィクションを装ったフィクション記述のある出版物に寄りかかって地元と縁がある台湾人を英雄に仕立て上げて顕彰することが性懲りもなく続けられています。熊本県教育委員会が制作した高校生向けの「半導体理解促進ハンドブック」でも感じたことですが、とかく行政や報道は〈表〉や〈正〉については何度も伝えますが、半導体産業における地下水保全や排水処理など〈裏〉や〈負〉の情報については触れたがらないものです。地元の英雄伝説拡散についても、そういう話でもこしらえないと公職者らが公費で訪台し続けられない事情があったのでしょうか。そうだとしたら、なんとも嘆かわしい次第です。
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/230153_650958_misc.pdf
https://gkbn.kumagaku.ac.jp/minamata/wp-content/uploads/2025/08/e6e9d12972cf1ee954f680ed4d62fee9.pdf
https://jats.gr.jp/cp-bin/wordpress5/wp-content/uploads/journal/gakkaiho020_09.pdf
https://kumanichi.com/articles/1935853