小茄子川歩・関雄二編著の『考古学の黎明』(光文社新書、1300円+税、2025年)は、デヴィット・グレーバー(1961-2020)とデヴィット・ウェングロウ(1972-)の共著『万物の黎明』の視座に刺激を得た、日本国内の気鋭の考古学者たちが、自らの研究分野を捉え直して語っている本で、たいへん面白く読みました。考古学というと発掘されたモノを通じて研究する学問というイメージがありますが、その時代、その地域からモノが発見される裏には、人類の自由な移動や交流があったワケで、海外の大学がそうなのですが、考古学と人類学はクロスオーバーする学問なんだなと、認識を新たにしました。そうすると、モノの発掘の手柄話ばかりして、人の移動や交流の歴史についての知見がない自称「考古学者」については、さてどうなんだかという見極め方ができるかもしれません。
ちょうど今月(2025年10月)から『考古学の黎明』の編著者がナビゲーターを務めて「3か月でマスターする古代文明」の放映がNHK「Eテレ」であっています。こちらのテキスト読書と番組視聴もあわせてしてみましたが、古代文明といってもその社会構造はさまざまだった(例:国土なき国家、王なき帝国…)ということを理解するには、こちらもおススメです。
1970年の大阪万博のシンボル「太陽の塔」を制作した岡本太郎は、戦前、パリ大学の民族学科で人類学を学びました。そのときに師事したのが贈与論で著名なマルセル・モースで、「移動することが人類の本来の姿」と語っていたようです。『万物の黎明』の著者である2人のデヴィットも、「人類は本来、自由に移動して交流していた」として、「移動の自由」は「交流の自由」と結びつくと捉えていました。人々は自由に、いわば遊びのように移動し合い、その結果モノが長距離移動したと書いています(『考古学の黎明』p.342)。
モノについてはその生産と消費だけを考えるのではなくその交換について考えることが重要です。その交換も贈与なのか負債を伴うかでも社会のありようが異なってきます。『考古学の黎明』p.380-381では、柄谷行人の交換様式論を手際よく紹介していました。
交換様式A 互酬交換(贈与と返礼)
交換様式B 略取と再分配(支配と保護)
交換様式C 商品交換(貨幣と商品)
人類史は当初から、この3様式の併存のもとに推移したが、社会構造の変化は、どの交換様式が前面に押し出されるかによって区分されるという歴史理論。人類が定住生活を選択した時点から3種類の交換が同時発生したと考える。
グレーバーと柄谷行人には相通じるものがあり、じっさい交流もあったことが、2025年6月18日の朝日新聞掲載の「柄谷行人回顧録」で明かされていました。
グレーバーの著書では『ブルシット・ジョブ』しか読んだことがありません。なんせ『万物の黎明』は大書なので、その点でも『考古学の黎明』や「3か月でマスターする古代文明」は便利でした。
人類史をモノの発達だけで見ると発展一辺倒ですが、人とモノの移動という視点で見ると、さまざまな社会構造が浮き彫りになります。「都市や国家がなくても自由と平等がある」と「都市や国家があっても自由と平等がない」が露呈した例をp.320より引用紹介します。
新大陸に進出したヨーロッパ人は、そこで出会ったアメリカ先住民から、絶対王政下にあったヨーロッパには「自由と平等がない」と痛烈に批判をされる。これがきっかけとなり、ヨーロッパ人は自由と平等に目覚めることになるのだが、同時に、このような批判は、ヨーロッパの社会を根底から覆しかねない脅威であった。そこで、ヨーロッパ人は自らの優越感を守るために、「社会が進歩すると、必然的に自由や平等が失われる」「一部の人間の貧困は、社会全体が繫栄するための必要条件である」という、ストーリーが考案されたというのである。