人権なき世界の体験記

今月12~15日に鶴屋百貨店で「古書籍販売会」が開かれているということで、13日に会場を訪ねてみて、写真の4点(出展していたのはいずれも「古書汽水社」)を購入しました。どちらも日中戦争当時、大陸打通作戦に参戦した熊本編成の第五十八師団所属の従軍兵士の記録です。
『零の進軍』(2015年刊)の著者である吉岡義一氏は、1943年、国民学校の代用教員であった21歳の時に徴兵され、文字通り一兵卒(二等兵)から軍隊経験を積みます。終戦時の階級は伍長ですが、末端の下級兵士の体験は苛酷な戦闘にとどまらず、行軍の辛さや軍隊内における古兵による陰湿ないじめ、中国の民家への食料調達を目的とした盗賊行為などが強烈な記憶としてあり、これは繰り返し描かれています。一方において朝ドラ「あんぱん」に登場する八木上等兵のようないつも初年兵を気遣ってくれる人物(本書では谷口兵長。共に復員)の存在や終戦後の捕虜生活で出合った中国の民衆との交流体験についても触れられていて、救われる部分もあります。
『生と死の狭間をゆく』(第一部2004年刊、第二部2006年刊)の著者のである城武信氏の場合は、1941年の大晦日に九州帝大を繰り上げ卒業となり、翌年予備士官学校を経由して24歳にして第一線の小隊長として部下の指揮をとる立場になります。食事の調達や重い装備を着装しての行軍といった兵卒ならではの負担はないにしても、戦闘以前に体力・気力消耗を強いる上級幹部の能力のなさ、軍隊組織そのものが抱える欠陥といった点に批判的な目を向けています。ですが、こちらも直属の上司にあたる中隊長(本書では東大在学中に野球部で活躍した山脇中隊長。1945年7月23日戦死。著者はそれ以前に重傷を負い戦場を離れていたため終戦後に知る)が、部下からの信頼を集める優秀な人格者であったため、その点は恵まれていたとたびたび記述していました。
階級が異なるために体験に差がある点もありますが、共通するのは自分が置かれた戦場以外の情報とは隔絶されていたため、国策の方向に疑問を薄々感じていても全体がまったく見えていなかったことが挙げられます。それに抗して声を上げるとか考えが及ばないくらい、自分の人権は護られるべきであるという教育を、当時は一切受けられずにいたのだなと改めて感じさせられました。