『「あの戦争」は何だったのか』読後メモ

近現代史研究者の辻田真佐憲氏が7月に出版したばかりの新著『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書、1050円+税、2025年)を読了しました。同氏の著書を手に取ったのは、『「戦前」の正体』(講談社現代新書、980円+税、2023年)、『ルポ国威発揚』(中央公論新社、2400円+税、2024年)に続いて3冊目になります。近現代史研究者というと、史料読み込みや当事者・関係者取材が主な手法になるかと思います。ですが、辻田氏自身が最近「週刊文春電子版」で告白していたように、歴史をA面(表)からだけでなくB面(裏)からも探求することを大切にしていて、その姿勢が著書では存分に発揮されています。
※「辻」:正しくは辺の「しんにょう」の「点」の数は1点。
前に読んだ『ルポ国威発揚』では、「偉大さをつくる」「われわれをつくる」「敵をつくる」「永遠をつくる」「自発性をつくる」という5つの国威発揚要素が存在する、国内外の約35カ所もの愛国スポットを紹介していました。今度の『「あの戦争」は何だったのか』では、東条英機が首相時代に繰り広げた「大東亜外交」で巡回した以下のアジア各地を著者もたどり、同地にある歴史博物館において、戦争の記憶がどのように継承されているのか、それぞれの「国民の物語」を明らかにしてくれています。
いずれの場所も日本から行けないことはありませんが。パック旅行で気軽に立ち寄れる観光施設ではありません。時間も経費もかかるので、よほど変わり者の個人でない限りおいそれと行けないところばかりです。それだけに、本書に書かれていた情報は貴重でした。
■シンガポール/シンガポール・ディスカバリー・センター
■インドネシア・ジャカルタ/国立歴史博物館
■インドネシア・バレンバン/モンペラ ※この地への侵攻作戦は高木東六作曲の軍歌「空の神兵」や鶴田吾郎の戦争画「神兵、パレンバンに降下す」としてプロパガンダの材料となった(p.172-173

■マレーシア・クチン/ボルネオ文化博物館
■マレーシア・ラブアン/ラブアン博物館 ※日本占領期の初代ボルネオ守備隊司令官を務めたのは、加賀藩主の家系を継ぐ侯爵・前田利為(駒場公園に今も邸宅が残る。陸士で東条と同期)。1942年9月、ラブアン飛行場開場式に向かう途上で搭乗機が墜落し死亡。事故後、ラブアン島が「前田島」と改称された(p.180)。戦争末期には2434名の英軍・豪軍捕虜を虐待した「サンダカン死の行進」があった。生き残れた者は途中で逃亡した6名のみだったという(p.195-196)。
■タイ・アユタヤ(東条が訪問した地はバンコク)/アユタヤ歴史研究センター別館
■中国・長春(新京)/偽満皇宮博物院
■中国・瀋陽(奉天)/九・一八歴史博物館
■中国・南京/侵華日軍南京大屠遇難同胞紀念館 ※資料掲示には、第一一軍司令官、北支那方面軍司令官、支那派遣軍総司令官などを歴任した岡村寧次の記録「派遣軍第一戦は給養困難を名として俘虜の多くは之を殺するの悪弊あり、南京攻略時に於て約四、五万に上る大殺戮、市民に対する掠奪強姦多数ありしことは事実なるか如し」(『岡村寧次大将陣中感想録』1938年7月13日)など、日本側の資料も積極的に用いられている(p.216-217)。南京事件の生存者の李秀英の言葉「歴史をしっかり銘記しなければならないが、恨みは記憶すべきではない」も展示されている(p.221)。
■フィリピン・マニラ/サンチャゴ要塞 ※フィリピンでは「許そう、だが忘れない」が戦争の記憶と継承を考えるうえで重要なキーワードとなっている(p.223)。「忘れない」という「物語」を共有し、そのことばを介して手を握るほうが、より健全な関係の構築につながる(p.226)
■ベトナム・ホーチミン、台湾・台北、台湾・屏東 ※これらも東条の訪問地だが本書では割愛。『ルポ国威発揚』に詳しい。
上記に限らず世界の多くの国々には大規模な国立の近現代史博物館があり、それぞれの国の「国民の物語」が明確に展示されていますが、日本においては国立近現代史博物館が「不存在」となっています。つまり、「あの戦争」をいかに描くべきかについて、いまだ社会的合意が成立していないと、本書は指摘しています。そのため、日本では民間の歴史博物館が公的な博物館に代わってはっきりとした歴史観を提示することが多いとも指摘しています。例として「靖国神社遊就館」と「東京大空襲・戦災資料センター」について触れられていますが、後者の展示構成は小規模ながら公立の機関のモデルになると受け取れました。著者は「あえて65点くらいを目標とする」(p.271)という言い方もしています。
本書を読むと、書名にある「あの戦争」は何だったのかということがA面テーマで、実は公立の歴史博物館と私立の歴史博物館の存在意義・役割を考えることがB面テーマだったのではと思います。どちらかといえば、このB面テーマについての考察の方が関心をそそられました。
ところで、本書p.213には、展示説明に接して「きたな」と思い、苦笑するというくだりがあります。ミュージアムフリークには必ずそういう沸点の瞬間があるものですから、案外そんな性分の面で著者とシュミが合うのかなという思いも受けました。