宇田川幸大著『歴史的に考えること 過去と対話し、未来をつくる』(岩波ジュニア新書、990円+税、2025年)を読み終わりました。中高生といった若い世代が日本近現代史の流れをつかむには読みやすい良書だと思いました。著者は現在中央大学商学部准教授の任にいますが、研究は一橋大学社会学研究室で積まれたとのこと。同研究室と言えば、藤原彰-吉田裕の系譜をたどるだけあって、本書に接してすぐにそのレベルの高さを感じました。
著者は、「東京裁判」の研究で博士号を得ています。その筆頭審査委員は、やはり今月中公新書から『続・日本軍兵士』を刊行した吉田裕氏となっていて、「この裁判がアジアの民衆に対する戦争犯罪を軽視したことを具体的に明らかにしたことが指摘できる。その際、同じ帝国主義国である日本と連合国とが、ある種の共犯関係にあったことに注目している点に本論文のユニークさがある。」と評しています。ただ本人の言葉によれば、研究の原点は、祖父母から戦争体験を聴いて育ったことだと言います。上記書を手に取る機会がなければ、インタビュー音声もありますし、2024年7月27日の朝日新聞「交論」欄(聞き手は私の大学時代の先輩・桜井泉記者)もあります。
本書の内容は申し分ないのでここではあまり触れません。もっとも痛切に感じたのは、私たちが権力者に騙されずに平和に暮らしたいなら、優れた歴史家が必要であり、変(しばしばエセ歴史の構成作家である)な政治家や宗教家の声ではなく、確かな歴史家の考えに耳を傾けたが良いということでした。さらに言えば、そうした歴史家が生まれるには、それを導く優れた師匠の存在がなければ可能にはならないということです。私が大学生時分には、藤原彰氏が活躍されており、その名前は他大学の学生である私も承知していました。思えば、その頃は先生方も戦争体験者(藤原氏は中国戦線で従軍歴あり)が多く、まさにわがこととして研究していたのだと思います。一方で、1985年生まれという戦争体験がまったくない宇田川氏にあっても優れた研究が生まれるのですから、実に歴史家ってやつの仕事は尊いものです。
関連情報リンク
https://www.bookloungeacademia.com/283/
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/27136/soc020201400802.pdf
https://www.iwanami.co.jp/book/b458078.html
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2025/01/102838.html
※1993年8月4日の「慰安婦」制度に関する河野談話の問題点
著者は大きな進展と評価しつつも問題点を指摘している(p.171)
・主語が曖昧である。歴史学の多くの研究によって、慰安所を作り、「慰安婦」を集めた主体は日本軍であったことがはっきりしている。
・談話にある「軍の関与の下」ではなく、「軍が、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた」とすべき。
・軍だけでなく、総督府、外務省、内務省、警察などの官僚組織も「慰安婦」制度を支えていた。「慰安婦」制度が日本という国家が引き起こした組織的な性暴力であった、という点にまで踏み込む必要がある。
※「一国史などというものは本来成立せず、歴史の縦割りは、意味をなさない。歴史は輪切りにし、それを積み重ねてこそ真の理解ができる。(家近亮子『東アジア現代史』ちくま新書 p.18)