異能人材包摂力について

昨夜放送のNHKスペシャル「岐路に立つ東京大学 〜日本発イノベーションへの挑戦〜」を興味深く視聴しました。番組では、AI研究で著名で知られ、学生たちに起業を促し、イノベーションを生む人材を育成する松尾豊教授と、マッチング理論を使って人材がより生かされる社会を目指す、経済学者の小島武仁教授の二人を軸に、東京大学の取り組みを紹介していました。一方で、シリコンバレーと連携するスタンフォード大学やAI学部をわずか1年の準備期間で創設したマレーシア工科大学についても取り上げていて、規模やスピードで日本のイノベーション人材の輩出が立ち遅れていることが浮き彫りにされていました。それと若者の早期離職の高さや就労先に対する満足度の低さが世界と比較すると、「普通」ではない点が明らかにされました。このことによって、単に東京大学だけの問題ではなくて、日本社会における人材育成・活用の停滞ぶりに危機感を覚えさせる番組内容になっていたと思います。
社会にさまざまな才能をもった人材がいることは確かですが、適切な教育を受ける機会がなかったり、受け入れてくれる組織がなかったりすることは、容易に想像できます。スターアップにしろ、既存組織での新規事業立ち上げにしろ、そのワクワク感はそれを体験したことがない人にしか分からないことだと思います。しかし、それを可能にして成長軌道に乗せるには、資金や運営管理組織、取引先も必要になります。異能人材自身が必ずしも対人コミュニケーション能力に優れているとは限りません。場合によっては事業撤退・整理をせざるを得ない場合もあります。
ほとんどの企業からすれば大博打はせず、使いやすい人を雇用して組織を存続させることに重きが置かれると思います。
番組の最後の方では、元ヤンキーの中卒のIT技術者の若者が松尾研究室に出入りするようになったのを追っていました。イノベーション人材育成の入口がいくつもあるのはいいなと思いました。結局のところ包摂する側の器量次第なのかなという感想を持ちました。