たかが読者だが

読売新聞については新年号だけ購入するぐらいで、普段は同紙から敵視される朝日新聞のたかが読者を永年続けている私ですら、昨日亡くなったナベツネ氏の存在は良く知っています。40年以上前になりますが、実物は一度だけ見たことがあります。青山学院大学で開かれた読売新聞のマスコミセミナーの挨拶かなんかで、当時専務だった氏が登壇した覚えがあります。当時は中曾根康弘政権で、その頃から氏が首相と昵懇だったのは公然の事実でしたので、「社会の公器」と言われる新聞社幹部でいながら、いわば権力の走狗となっている人物のツラだけ見てやろうという気持ちがあったのだろうと思います。
それとこれも同時期の読書遍歴からの記憶ですが、在日朝鮮人二世の小説家である高史明の著書『生きることの意味』のなかで、共に戦後日本共産党に入党歴のある高史明とナベツネとの接点が書かれていて、路線対立から高らが属していた山村工作隊にナベツネが拘束されて謀殺されかかったところを、高が救った逸話もあって、何かと印象が強い人物です。
本日の朝日や共同通信の評論を読むと、権力者・独裁者という側面に焦点が多くあたっています。資質的にそういう面があったのだろうと思います。逆にその源泉はなんなのだろうと考えます。氏も東京大学在学中に従軍経験があって旧軍内での初年兵いじめを受けています。開戦から敗戦にいたる政治指導者の責任に対する氏の厳しい言葉からも、エリートの知性に対する強烈な期待感、渇望がうかがえます。これもよく知られる逸話ですが、国立国会図書館を最も利用した中曾根康弘氏とナベツネ氏は、毎週読書会を行う仲でした。そのこともあって、他の政治家や新聞記者、ましてや読者がバカばかりに思えて仕方がなかったのだろうと思います。その結果が、たかが読者連中への憲法改正草案を示す驕りだったのではないかという気がします。読売新聞にとっては、今回ナベツネの重しがとれていくらかでも論調が自由になることを期待します。
それと、憲法改正草案を作成したエリートとして現在の自衛隊トップ・吉田圭秀統合幕僚長についても注目したがいいと思います。『世界』2024年12月号の水島朝穂早稲田大学名誉教授による論考「『軍事オタク』首相の思考法を読み解く」は、2004年の石破茂防衛庁長官時代に、現在の中谷元防衛大臣が、当時陸幕防衛班長の吉田圭秀二等陸佐に改憲案を起草させたことがあると指摘しています。その案には、軍隊の設置と権限が明記され、「集団的自衛権を行使することができる」という文言も含み、国家緊急事態の規定のほか、軍刑法や軍事裁判所、国民の国防義務まで明記されていたとあります。水島氏は条文としては未熟と評していますが、単なる軍事オタクの防大出にはできない、東大出の吉田氏だからこそできた芸当だと思います。幕僚監部の防衛班長(二佐)、防衛課長(一佐)、防衛部長(陸将補)とキャリアを積む幕僚長候補の超エリートを指して「三防」という言葉が自衛隊にはあるそうですが、吉田氏はまさにその後「三防」のコースを歩んでいます。
自衛隊については前防衛大臣が指示した特別防衛監察の結果がうやむやのままです。新聞が果たす使命は、そうした権力や組織への不断の監視しかないのだろうと、たかが読者、されど読者は考えています。