データつまみ食いの陥穽

エマニュエル・ドットの『西洋の敗北』を読み終わりました。本書の前に読んだピーター・ゼイハンの『「世界の終わり」の地政学』と比較すると、米国とロシアについての見方が対照的なので、その点がもっとも印象的でした。結論が異なるには必ずワケがあります。結論を補強する指標の集め方に違いがあるのか、同じ指標でも重視するポイントに違いがあるのかです。政治や経済、社会については、自然科学の実験とは異なり、再現して証明することができません。どうしても既存の指標をどう読み取るかで、対象の見え方が違ってきます。
トッドは、米国の実態を弱く捉え、ロシアのしぶとさ、したたかさを強く考えていますが、ゼイハンはまったく逆です。でも、どちらも首肯できる点があります。トッドは、実体経済、ことに工業生産やそれを支えるエンジニア人材の層の指標を重視しているように思えます。ロシアの人口は日本よりちょっと多いぐらいですが、2倍以上の人口を持つ米国よりエンジニア人口の絶対数は多いので、意外と工業生産力はあり、継戦能力が高いと、トッドは見ています。一方、米国内の政治家や弁護士、銀行家といった人材は、およそ生産性のない寄生虫集団呼ばわりしています。
しかし、ロシアのネックは人口の割に国土が広すぎる点です。領土を広げても安定的な統治管理は困難を極めます。その点、米国にはエリートの移民を引き付ける力があります。トッドの著書によれば、米ハーバード大学に占める学生の属性はかつてユダヤ系が高かったのですが、現在はアジア系が最も多くを占めています。米国人の学生がロースクールやビジネススクールへ向かう一方で、米国での2001~2020年の博士号取得者数のベスト10には①中国②インド③韓国④台湾⑤カナダ⑥トルコ⑦イラン⑧タイ⑨日本⑩メキシコとなっており、隣国のカナダとメキシコを除くとアジアの出身者が多いことがわかります(p.303)。しかもアジアの出身者は工学系あるいは科学系の博士号の取得比率が高いのが特長です。トッドが示す指標からむしろゼイハンの主張がより納得できる思いがしました。
ちょうどけさの新聞では経産省試算による2040年の発電コストを報じていて、それでは二酸化炭素対策コストがかさむLNG火力が原発より割高とされていましたが、核のごみ処理コストなどは考慮されていないようで、見掛け倒しの数字の疑念も抱きました。
同じように判決文も読み方次第でいかような主張もできます。やはりけさの新聞で、首相は八幡製鉄事件最高裁判決を引き合いに企業献金全面廃止は違憲だといっていますが、ある憲法学者は用途限定ない企業献金は禁止可能と判決文から読み取った旨を寄稿していました。
データつまみ食いの陥穽とならないよう気をつけたいものです。