『戸籍と国籍の近現代史』読書メモ

遠藤正敬著『新版 戸籍の国籍の近現代史 民族・血統・日本人』(明石書店、3800円+税、2023年)の帯には、「〈日本的差別〉の深層構造」とありますが、まさしくそれを理解するには極めて重要な書籍だと思います。米国社会やインド社会における差別の構造を考察するには、イザベル・ウィルカーソン著の『カースト』(岩波書店、3800円+税、2022年)を推奨しますが、いずれも値段的に4000円を超える書籍ですので、実際に手に取る読者は少ないかもしれません。このように優れた研究成果に触れる機会が多くないことは実に惜しいものです。これを補う役割がジャーナリストには必要なのですが、そうした人材も稀少になっているように思います。
さて、近代日本の戸籍とは、どのようなものなのでしょうか。冒頭の遠藤本の終章では、「必ず一つの家=戸籍に属し、家名としての氏をもつという「日本人」の定型ができあがったのである。それは、戸籍に載らなければ「国民」にあらず、という道徳的規範を醸成し、戸籍への自発的服従を引き出す力を発した。こうした「日本人」の定型のなかに職業、家族関係、風習、価値観なども多様な人々が押し込まれ、「臣民」へと画一化された。」(p.330)とあります。そして「「家族」の純血性と一体性を保持してこそ「正統」となるという家の統合原理は、「日本人」の法的資格を決定する国籍法においても貫かれた。」(p.332)として、戸籍と国籍の主従関係を指摘しています。しかし、戸籍の証明する「血統」とは、単に戸籍を同じくするだけの記号的な「日本人」の系譜としての意味にほかならず、それは信仰に近いものだと著者は見ています。じっさい、個人の市民権を保障する世界基準の趨勢は、国籍から定住地、国民から住民を重視へ移行しているので、戸籍制度は合わなくなってきています。
それと、生物学的な親子関係(父A・母B・子C)は認められながら、法律上の親子関係(母A・母B・子C)は認められないという矛盾例も発生しています。
・女性A(2018年、戸籍上の性別を男性から変更)
・Aのパートナー女性B(Aが男性であったときに凍結保存しておいた精子提供で妊娠)
・子C(2020年、Bが出産)
なお、AB間にはAの性別変更前に生まれた子Dもおり、Dの戸籍上の父はAと控訴審で認められています。