救済漏れではなく救済逃避・妨害

昨日、水俣病特措法に基づく救済が受けられなかった原告128人を水俣病と認める大阪地裁判決がありました。本日の朝日新聞の同判決要旨の見出しに「救済漏れを問う」とあったのですが、水俣病事件の経緯を多少知っている者からすれば、加害企業や国・県が続けてきたのは、「救済漏れ」ではなく「救済からの逃避」あるいは「救済の妨害」でしかなかったと思います。
彼らの「救済」の手口はいつも狡猾でした。カネを値切るために、公健法より安上がりな特措法を編み出したのもその一つ。なおかつ「救済」対象者を少しでも減らすために、居住地域や生年、症状に厳しい制限を設けてきました。その最たるやり口が、やり過ごす年月の引き延ばしであり、被害者が死ぬのを待つということでした。
判決要旨を読むと、水俣湾の仕切網が設置された1974年1月までの時期に、水俣湾またはその近くでとられた魚介類を多食した者についてはメチル水銀曝露が認められるとあります。現在50歳代の人であっても症状が遅れて現れることがありえるわけで、加害行為が終了しても当該損害の全部または一部が発生した時が除斥期間の起算点とも指摘されていることから、まだまだ救済は終わっていない進行中の事件なのだと改めて感じます。