経済人による社会科学的な知見も必要だ

あまり触れたくはないのですが、J2ロアッソ熊本が勝てません。前節は順位が20位まで下がりJ3降格圏寸前の位置にいます。こういうときは、良からぬ感情を鎮めるのに限ります。幸い先日鑑賞した「憧れの東洋陶磁」展の図録(大阪市立東洋陶磁美術館・九州国立博物館共同編集)が手元にあり、眺めているとずいぶん落ち着きました。この図録は展示品の写真と解説もさることながら、東洋陶磁全般の歴史、技法についても学ぶことができますし、コレクション充実に至った経緯を知ることもできます。大阪市立東洋陶磁美術館の収蔵品の目玉は安宅コレクションであるのはよく知られていますが、故安宅氏に限らず昔は優れたコレクターであり経済人としても秀でた人物がいて、今日の鑑賞者はその恩恵に与っています。
経済人の誰もが優れたコレクターになれるわけではありませんが、少なくとも経済人として平和をもたらす術について貢献できる可能性はあります。最近読んだ、クリストファー・ブラットマン著『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』(草思社、3400円+税、2023年)においては、宗教的対立による紛争が起こりづらい都市の特徴として商業による相互依存の例を挙げていました。たとえば、ネパールの南に接するインドのアヨーディヤーという都市では1992年、ヒンドゥー教徒の暴徒がイスラム教徒に襲いかかる宗教的な暴動が起き、イスラム教徒を中心に2000人が死亡したと推計されています。しかし、同じ年に、あるいはほかの年でも、宗教的な暴動が起きなかった都市があります。インド西部の沿岸部に位置するソームナートという都市では、中世以来何百年もイスラム教徒とヒンドゥー教徒は社会的に統合され、経済的に相互依存しています。ヒンドゥー教徒が、インド洋全体とつながりがあるイスラム教徒の貿易商人に都市に定住するよう促し、そのために土地まで提供して、巨大な織物市場が生まれました。彼らは、長い間、診療所を共有し、宗教間の協力団体を作り、宗教を問わず災害や貧困に苦しむ人々を救済する組織を運営してきました。一緒にジョイントベンチャーを起ち上げたり、一方が商品を製造し、もう一方がそれを輸出したりするといった、相補的な経済活動を行ってきました。
商業が平和を促進することについては、古来さまざまな思想家も指摘していると、上記書では紹介しています。「商業は、最も破壊的な偏見に対する治療薬である」(モンテスキュー)、「(国際貿易は)戦争のシステムを根絶する」(トマス・ペイン)、「(商業は)戦争に対抗する自然な力である個人的利益を強化し、増大させることで、戦争を時代遅れにする」(ジョン・スチュワート・ミル)。宗教的対立だけでなく国家間にも言える論理となります。
経済的交流が盛んであれば必然的に人や文化といった社会的交流も促進します。今回の福島第一原発の大量希釈汚染水の海洋放出問題に関しても、政治的感情や科学的安全性論にこだわりすぎて双方が経済的損失を出すだけになっています。陸上保管を続けた方が結果的に国益になるということを冷静に考えたがいいのではないかと思います。
写真は上海市内(1997年撮影)。