人物評価は光の当て方次第

最近読んだラナ・ミッター著『中国の「よい戦争」』の巻末にある訳者による解説において和気清麻呂のことが触れられていました。戦前においては歴史教科書や紙幣肖像に載るほどの重要人物ですが、現代日本ではほとんど忘れられた存在として紹介されていました。和気清麻呂が活躍したのは、奈良時代、称徳天皇の御代。天皇の寵愛を受けていた時の権力者・道鏡が、宇佐八幡宮の神託を根拠に皇位簒奪を画策するのですが、正直者として信頼が置かれていた和気清麻呂が天皇の依頼で真偽確認に赴き、神託は偽物と報告して皇統を護った勤皇の忠臣とされます。
このように時の権力者に懐柔されずに公正な仕事に励む官吏として近しいものを覚えるのは、明治期の法制官僚・井上毅です。井上が起草した明治憲法や教育勅語の内容に郷愁を覚える向きがあることも知っていますが、現代において光を当てるべきところは、政治家におもねらないところ信念の人であった部分ではないかと思います。
ここのところの国会風景を見ると、内閣法制局長官が国葬の法的問題で首相の肩を持った発言をしたり、旧統一教会の反社会性を何度も全国霊感商法対策弁護士連絡会から申し入れられた文化庁が解散請求の不作為を続けたりと、官僚のだらしなさを感じることがありました。こうした風景を見せられると、その世界へ進みたいと考える人が少なくなるのも当然です。

以下は、2017年6月14日、熊本日日新聞「読者ひろば」掲載に掲載された、私の投稿です。
写真(1991年12月撮影)は、バルセロナのサグラダ・ファミリア。訪問当時は完成まであと200年(着工当時は300年)かかるといわれていましたが、今のところ2026年完成(コロナで遅れる見通し)を目指して工事が続いています。記事とは関係ありません。

熊本出身の官僚・井上毅が、明治憲法や旧・皇室典範、教育勅語の起草者であると、名前程度は知っていましたが、同じく熊本出身の山室信一京大名誉教授の最新著『アジアの思想史脈』を読んで、井上の人となりを知り、その思考や精神は今日にも通じるものがあると感じました。
本書によると、井上には「反時代的な天の邪鬼性」があり、「時勢が奔流のごとく一方向に流れているときに、そうでない立場に立とうとする」人物でした。私利私欲で動かされる政党や政治家に不信感をもち、清廉潔白な官僚が国家の永続性に責任=徳義をもつことを課していました。
実際、井上の家は粗末で、本だけしかない貧乏書生のようだったといいます。欧州の法律や歴史にも明るく、信教の自由と政教分離は近代国家が守るべき原則と考えていました。
戦争は政治力の無能と喝破していた井上は、日清戦争の終結前に53歳で亡くなってしまい、その後の国の誤りを見ることはありませんでした。政府や官僚への国民からの信頼が問われている現況を果たして彼ならどう見るのだろうかと思わされます。