『侵食される民主主義』読書メモ

本書は、米国内に非リベラルのポピュリストの大統領を有した時期に執筆されています。著者の危機感は、ロシアの怒り、中国の野心による権威主義の台頭と並んで、民主主義の劣化をもたらす米国の無関心にあります。つまり国外からの権威主義の拡大を許してしまう背景には、国内の民主主義の衰退があります。ここでいう国内は米国のことですが、ヨーロッパや日本などにもいえることであり、リベラルな規範と憲法に立脚した民主主義の拡大は、世界の平和と安全にとって重要な基盤と訴えます。無関心への対抗として投票率を上昇させる選挙制度の改革を具体的に提言しています。メイン州の優先順位付投票制は初めて知った仕組みでした。一方、電子投票システムが晒されるハッキングの危険性も警鐘を鳴らしていて、監査や再集計が可能な紙の記録を残すことを強調しています。一見強靭に見える独裁者や一党独裁体制についても透明性の欠如は破綻に導くきっかけとなります。独裁者の政治体制は案外不安定であり、他の独裁者の没落には著しく狼狽するほど、心の底では自信ないと著者は見ています。最近では2018年5月のマレーシアの民主化が希望として紹介されてもいます。
下巻P.3-8 米国外交官ジョージ・F・ケナンが提唱した8つの戦略原則(1946年にモスクワからワシントンへ送った長文電報より)
第一に、脅威の本質を把握する必要がある。
第二に、専制支配者の脅威が持つ規模、動機、要素について、民主主義社会を教育しなければならない。
第三に、中国とロシアによる軍事力の急速な拡大と近代化を受け、民主主義諸国は軍事的決意と能力を集団的に強化しなければならない。
第四に、ロシアと中国の指導者と社会に、敬意を持って接するべきである。
第五に、可能であれば、腐敗した指導者を社会から切り離し、慎重にターゲットを絞った手段で専制的な政権を抑止すべきである。
第六に、民主主義の価値に忠実であり続けなければならない。
第七に、戦後の自由民主主義秩序を今の時代にあわせて再構想しなければならない。
最後に、自国の民主主義を修復・強化し、他国にとって模倣に値するものにしなければならない。
下巻P.26 アメリカが巨大な専制的ライバル二カ国と異なるのは、技術的な才能や創造的なエネルギーに満ち溢れた人々を世界中から惹き付ける能力があることである。このような才能や起業家精神の導入の流入に門戸を開いておくことが、アメリカが偉大な国であり続けることにつながる。
下巻P.41-47 クレプトクラシーからの回復――10段階のプログラム
クレプトクラシー(民の資金を横領し支配階級が富と権力を増やす腐敗した政治体制)と闘うために最も重要な条件は、政治的な意志である。クレプトクラシーは、単なる大規模な汚職ではない。国境を越えて盗まれた資金を移動させ、資金洗浄することである。クレプトクラシーが横行するのは、単に出身国の法制度や政治制度が腐敗しているからではない。世界の富裕な民主主義国における強力な利害関係者(アメリカ州政府は言うに及ばず、「銀行家、不動産ブローカー、会計士、弁護士、資産管理人、広報活動エージェント」)が、腐敗に乗じて金儲けをしようとするからである。この共犯関係は、民主主義を衰退させ、危険にさらしている。「推定千人ものアメリカのロビイストが外国勢力のために働いており、年間5億ドルの報酬を受け取っている」と言われている。
1 匿名のペーパーカンパニー廃止
2 匿名での不動産購入の禁止
3 外国代理人登録法の近代化と強化
4 外国の個人や団体による政治献金の禁止と監視強化
5 元アメリカ政府職員や議員による、外国政府のためのロビー活動や代理行為の禁止
6 マネーロンダリング防止システムの近代化
7 アメリカなど法の支配に基づく国々での、大規模汚職とマネーロンダリングに対する監視・調査・起訴のための資源増強
8 クレプトクラシーとの戦いと「ゴールデン・ビザ」発給停止のための、民主主義国間協力の強化
9 ロシアをはじめとする国々でのクレプトクラシーに関する市民の意識向上
10 世界中で汚職の監視・抑制のために活動する調査報道機関、NGO、公的機関に対する国際支援の拡大
下巻P.177 権威主義政権を崩壊させる2つの要因
1 長期的な変化・・・社会経済的な発展が、教育を受け、資源を持ち、要求の多い市民を作り出す。その結果、まず都市部、専門職階級、そして若者(とくに今日のスマートフォン世代)の間で反対勢力が結晶化する。
2 政権内の分裂・・・それによってリーダーシップが破壊され、新たな協力関係を築く道が開かれる。
写真は2000年5月撮影のニューヨーク上空。奥に世界貿易センタービルのツインタワーが写っています。