8月30日の熊本日日新聞読書面で、スポーツライターとして著名な澤宮優氏が、戦争の記憶を継承する著作(『モノに宿る真実 あなたの隣りにある戦争の記憶』弦書房、1800円+税、2026年)を刊行しているのを知り、さっそく読んでみました。同氏の新聞寄稿をこれまで何度か目にした覚えはありますが、著書を手にするのは初めてとなります。著者が宇土高校時代に「社会部」という考古学の部活動に参加していたのも同窓の縁で知っていましたが、進学した大学でも考古学を専門に学んだということは本書で知りました。同書の著者プロフィール紹介には「文化財保存全国協議会員」「肥後考古学会員」とあり、現在もその専門分野とのかかわりが深いことがうかがえます。
さて、本書のタイトルを象徴するのは、奈良県香芝市の屯鶴峯地下壕跡について触れた第三章の部分だと思います。この地下壕は、陸軍航空総軍司令所として使用するため、アジア・太平洋戦争末期の1945年6月に作られた戦争遺跡です。著者はこれを「戦争(戦跡)考古学」の視点から後世に伝えるべきと考えています。第四章では、広島市のサッカースタジアム建設が優先され、2021年に発掘された中国軍管区輜重兵補充隊施設の被爆遺跡の大部分が破壊された問題を批判的に取り上げています。
著者の姿勢は、あとがきの以下の部分に記されています。「これからは歴史を正しく伝えることの重要性がさらに増してゆくということである。近い未来に戦争体験者から証言を得ることは不可能な時代がやってくる。モノを通して戦争の真実や戦時下での人々の暮らし伝える方法が主流になる。しかしこれが政治的な力や時代の空気で別の歴史物語が作られていく心配もある。(中略)モノはありのままの真実を伝えもするが、何も言わない。だから目を光らせる必要がある。何かそこに秘匿されていることはないか、都合の悪い史実に触れずにいるのではないか、それを見逃さないことである。」(p.239)。さらにスポーツライターらしい表現(元ネタは水上勉の子息で無言館館主の窪島誠一郎氏)もあります。「(1964年生まれの著者を含む)私たち世代は戦争体験者からの話を聞いている。戦争体験者が外野手であれば、そのボールを内野で受け取り、ホームにいる次世代の人たちに投げる。私たちカットマンの責任は大きい。まずしなければいけないのは、モノから歴史を学ぶとき、秘匿や改ざんをあきらかにすることで、正しい歴史の真相を多くの場に伝えなければならないということである。」(p.241)。
冒頭紹介したように、澤宮氏は宇土高校卒業生ですが、本書の第一章では宇土高校の前身の旧制宇土中学を卒業した谷口睦生と美術教師だった佐久間修について記されていますので、同窓生にはぜひ知ってほしいと思いました。まず、現在の八代市鏡町出身の谷口睦生は、大学生時代の1936年ベルリン五輪に出場した陸上短距離ランナーであり、当時の200m走直走路の日本記録保持者(21.2秒)でしたが、兵役に取られて1943年10月2日にブーゲンビル島付近で戦死しています。なお、200m走は1968年以降、曲走路が公式記録となったので、現在も谷口の記録が直走路の日本記録となっているそうです。文政小の北隣りの八代市総合グラウンド正面には谷口の銅像が今も建っていて、八代陸上競技選手権大会には「谷口睦生杯」の冠名が残されています。次に、佐久間修は勤労学徒を引率した先の長崎県大村市で1944年10月25日、空襲に遭い命を落としました。妻の静子さんを描いた作品が長野県上田市の無言館に保管されています。佐久間は世界的に有名な版画家・浜田知明と同郷(御船町)・同窓(旧制御船中学、東京美術学校)であり、交流があったことも本書で示されています。戦後、北九州市で暮らした妻の静子さんは行政書士の資格を取って収入を得て子どもを育てたとも書いてありました。
最後に、出版社の編集者が気付いてやれよというレベルの、記述の誤りと違和感をメモしておきます。佐久間の引率先が「第二海軍航空廠」(p.55とp.56の2か所)となっていますが、正しくは「第二十一海軍航空廠」です。第二は千葉県木更津市、第二十一は長崎県大村市に設置されていました。本書には、旧満州や朝鮮半島からの引き揚げ者の歴史についての記述がありますが、「引き揚げ者は、ソ連や中国などの侵略に晒されたので犠牲者も多い。」(p.65)という部分も適切ではないと思いました。旧満州は実質的に日本が中国から収奪した植民地でしたから、ソ連(および衛星国のモンゴル人民共和国)の対日(満)参戦は侵攻といえます。しかし、日中間の戦争は日本による中国への侵略であり、その逆ではありません。日ソ戦争の全体像は、麻田雅文著の『日ソ戦争』(中公新書、2024年)が良好なテキストになると思います。
※9月2日の西日本新聞朝刊にも関連記事が載ったようです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b788b4a9f97c27305a81f09bfd9ea9e5aebe58f9
※9月12日の読売新聞オンラインに熊本地震後に実家を訪ねた澤宮氏についての記事がありました。
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20260912-GYS1T00031/