月別アーカイブ: 2026年8月

『環境と公害』(2026年夏号)読後メモ

○林美帆・除本理史「水俣病をめぐる継承の課題と公害資料館――百間排水口問題にもふれて――」
戦後81年、戦争体験者の減少により、戦争の記憶の継承が「ひと」から「もの」へ移っています。それと同様のことが、水俣病公式発見から今年で70年を迎えた水俣病事件を伝える公害資料館でも課題として浮上しつつあります。
しかし、公立か私立か、その設立主体によって同じ公害を対象とする資料館でも違いがあります。
たとえば、「市立資料館の展示を見ると、水俣市が一番アピールしたいことは、「過去」よりも、環境再生をとげた「現在」なのではないかと思われ」(p.23)ます。
一方、「(民間の相思社の)考証館の特徴の一つに、圧倒的な現物(モノ)資料の展示」(p.23)があります。水俣湾内に汚染魚を封じ込めるためとして設置された仕切り網、水銀ヘドロを封じ込める埋め立て工事が行われたときの看板、チッソ附属病院の細川一医師が動物実験で使用したネコ小屋、「怨」と染め抜かれた旗などの展示がそうです。被害者や支援者が運動の中で集めてきた、思いの詰まったモノだけに、公害を引き起こした側には居たたまれなさを感じさせる「圧」があるかもしれません。
ですが、この違いがあるからこそ見えてくるものがありますので、それはそれで意味があるように思います。
本稿では、2023-25年に保存をめぐって動きがあった、百間排水口問題についても取り上げています。この排水口は、チッソが1932-68年にメチル水銀を海へ流し続けた、水俣病の原点の地にあります。市が老朽化した樋門扉を撤去する予定でしたが、それを知った患者や支援者から保存を求める声が出ました。当時の県知事もこの問題にかかわり、最終的には公害発生当時の「形態」を残す新しい扉が設置され、決着しました。今回撤去した扉自体は1999年から交換設置されていた比較的新しいもので、逆流防止という機能もすでにないものでしたから、「ものの真正性」という視点からすると、レプリカ保存でしかありません。一種のオープンミュージアムの意味をもたせた保存方式に、関係者が合意した現れと考えられます。

○佐伯良祐「水俣病被害者互助会認定義務付け訴訟――福岡高裁判決の事例報告――」
本稿は、2026年4月23日の福岡高裁判決について未認定被害者の代理人を務めた弁護士が報告したものです。
2013年最高裁判決では、感覚障害のみであっても水俣病罹患を認める可能性を認め、1977年判断条件が要求する症候の組合せを満たさない患者を水俣病と認定しました。
ところが、今度の福岡高裁判決では「感覚障害が認められても他疾患の可能性が排斥されない限り、水俣病り患の証明力は減殺される」として最高裁判決の判旨を空洞化させる判断をしました。「これでは、水俣病以外には何の疾病にも罹患していない健康体の者でなければ、水俣病と認定されないこととなって」(p.29)しまいます。
さらに、裁判官らが当事者に不可能な立証を求めている点として、当事者が感覚障害の発症を覚えた時期の問題があります。「当事者らは、メチル水銀排出量のピーク時付近に出生しており、幼少期から水俣病(感覚障害)を発症していた可能性が高い。物心がついた時期から感覚障害を有する者は、成人後に感覚障害を発症した者と比較すると、自らの身体に感覚障害が起きていることに気付きにくい。正常な状態を認識したことがないからである」(p.30)という指摘を理解できる裁判官がいないという現実に慄然としました。

○高岡滋「水俣病の病態と広がり――民間医師団らによるその解明の成果と、求められる健康調査――」
寄稿者は、水俣にあるクリニックで永く被害者の掘り起こしを続けてきた医師です。
未だに救済されない被害者がいる理由の一つを、病像の矮小化を続けてきた医学界の重鎮たちに求めています。本来行うべき調査を怠り、医学的根拠のない診断基準を正当化し解明を妨げてきたとまで言い切り、不作為・隠蔽に関与した医学者の実名を挙げて批判しています。
学者が学問的信念を脇に追いやり政治権力にこびへつらうことの罪深さを思い知りました。

○「水俣病問題の現在地と将来への課題――支援者の視点から――」
司会を含め7人の座談会をまとめた記事です(実施は2026年4月11日)。
最も注目した出席者の発言を引用紹介します。それは、伊東紀美代さん(水俣病被害者互助会)のものです。「私が望むのは、国も県も市もチッソも水俣病問題でどこで/どう間違ったか、なすべき何をしなかったか、してはならない何をしたか、真摯に検証をしてほしい、そこは望みます。水俣病事件で悪いのはひたすらチッソであり、国、県だっていうことが水俣市民の常識になってほしい、誰もが何の疑いもなくそうなれば、もう少しみんなフランクに水俣病と付き合えるんじゃないかと常々思っています」(p.69)。
つまり、過去に対する反省としっかりとした後始末をつけないことには未来を切り拓くことはできないということだろうと思います。これは被害者・支援者にも言えることで、運動の中での過ちがないとは限りません。過去にどう向き合うかということはたいへん重要です。

『世界』(2026年9月号)読後メモ

○「対談 真の名で呼ぶ 金城美幸×奈倉有理」
若者を軍に入らせやすくするために進めたロシア政府による教育制度の改変について奈倉氏が語っていました。それによると、日本でいう中学校卒業時に、特に成績のすぐれない生徒に対し、高校に進学せずに職業専門学校に入って就職するよう指導する方針がとられるようになったといいます。進学せずに就職すれば徴兵の猶予もなくなります。女性に対しては早く結婚して子どもを産むことが奨励されています。ほかにも地方から都会の大学への進学を制限して、教育の機会を減らし軍隊に入らせやすくしています。大学に進学した学生に対しても、契約兵として前線に誘導する方針がとられているとのことです。
軍隊があり、それを用いる権力があり、容認する社会があって人が殺されていることをもっと可視化すべきだという考えから、トルストイの『殺すなかれ』を紹介していました。
アルジャジーラによると、日本国籍とイスラエル国籍を持ち、イスラエル軍に従軍している人が65人、日本、イスラエルに加え3つ以上の国籍を持ち従軍している人が11人いるそうです。この情報は、金城氏が述べていました。

○武田一義「余白を胸に抱いて『ペリリュー』との10年間」
白泉社から『ペリリュー――楽園のゲルニカ――』の本編11巻、外伝4巻が刊行されているそうです。機会があれば手にしたいと思います。

○中尾知代「天皇オランダ訪問 不可視化されたデモ」
オランダの兵士慰礼塔があるダム広場へ同国訪問中の天皇が来場するということで、アジア・太平洋戦争期のインドネシアにおいて日本軍と戦ったオランダの軍人遺族たちが、サイレント・スタンディングを行う予定でしたが、現地当局はこれを許可しませんでした。代わりに、広場に面するホテルのカフェ内でサイレント・スタンディングが行われました。しかし、その撮影も現地当局は許しませんでした。過去の歴史と今回のデモの実態を双方の国民が知らなければ、和解には近づけないと、筆者の中尾氏は記しています。

○南彰「消された声 「不屈」船長性暴力問題」
悪天候の中、辺野古沖に船を出し、転覆事故により乗船していた高校生と船長の2人が亡くなる事故がありました。この船長は、北海道出身で、南城市の佐敷協会の牧師をしている人物であり、2010年に性暴力事件を起こした人物でもあったそうです。

○酒井朗「インタビュー 不登校35万人「学びの保障」と支援の市場化」
不登校支援の市場化の実態を知って驚きました。通信制高校のサポート校というものがありますが、これを利用するスクーリングを含めた学費は年間100万円前後になるのだそうです。
学習塾が朝から子どもを受け入れるフリースクールをつくりスペースを活用する動きも見られます。フリースクールから系列の通信制高校へ進学させるルートもあるといいます。
地域で学校教育そのものが成り立たないというのも十分あり得るため、オンラインでの学びが標準化・常態化すると、酒井氏はみています。

○荻上チキ「「学校に行かなくていいの」の、その先で」
不登校を選べなかった子どもだった荻上氏が、不登校児童の親になる体験を書いています。

○高坂康雅「不適応ではなく生存戦略 不登校でも人生は詰まない」
このタイトルのとおりです。

伊万里散策

先週末は国スポの九州ブロック大会で鹿児島県へ行きました。熊本地震のため九州の真ん中を通る交通が寸断され、鹿児島県の観光業が打撃を受けていると報道されていました。
そして今週は、佐賀県で開かれた日韓中ジュニア交流大会に参加しました。宿泊先が伊万里市内だったので、1時間ほど街中を散策して古伊万里などを鑑賞しました。

『気候紛争』読書メモ

関山健著『気候紛争 たった「2℃」が起こす戦争』(光文社新書、900円+税、2026年)は、気候紛争の研究が交流した2007年以降に国際的な学術誌に掲載された関連論文を主として参照し、その知見が分かりやすく濃縮されて解説されており、重宝する書籍でした。気候変動に伴う自然災害や社会混乱のリスクはかなりあります。例を挙げると、猛暑・熱波、日照り・干ばつ、豪雨・洪水、台風、高潮、海面上昇、水不足、食料不足、健康被害があります。雨が降らない一方、降る時は極端に集中して降るなど、その実感は確かにあります。さすがに最近はあからさまな地球温暖化懐疑の言動に接することが少なくなった気がしますが、そうした無知な勢力にあがらうためにも世界的に信頼できる最新情報に接しる機会を確保することが重要だと考えます。
本書で初めて知ったのですが、地球温暖化を防ぐために人工的に太陽放射管理を行う気候工学があるそうです。これはロケットを多数飛ばして成層圏にエアロゾルを散布(注入)するというものです。しかし、地球全体にどのような副作用をもたらすのか不明の点があり、実用には多大なリスクがあります。もしも国際的なルールやガバナンスを無視して強力にこうした施策を実現させようとする指導者がいたとしたら、たいへん怖ろしいばかりです。
他にも「風泥棒」という現象と国家間紛争の可能性についても初めて知りました。風が風車を回すと風速が下がるので、風下にある風力発電所の発電量を低下させるそうです。ノルウェーが北海に計画している100基近い洋上風力発電施設が稼働すると、約22km先の海上にデンマークが建設する発電所と風を奪い合う恐れがあるといいます。紛争を未然に防ぐ政治外交の視点が求められていることを痛感します。

り災証明書の発行申請

#マイナポータルぴったりサービス
#り災証明書の発行申請
#熊本県宇土市
このたびの令和8年熊本地震では直後に断水が続き生活が不便なため2週間近く県外に滞在していました。
それもあって室内散乱の片づけ作業は今月半ばからようやく着手した次第です。
建物被災は軽微でしたので、り災証明書の発行申請も15日に「マイナポータルぴったりサービス」から行いました。
熊本県宇土市の場合、申請状況の照会に対応していないため、マイナポータル上では処理状況の確認をすることができません。
本日現在、申請が提出済であることは確認できますが、処理完了までにはまだ時間がかかるのかもしれません。
担当部署も多忙でしょうから気長に待つこととします。
損害保険会社への連絡もインターネットから行いましたが、これも訪問の連絡待ちです。これも気長に待ちます。
地震前から予定に組まれていた、県外での競技審判の用件が近くまた控えているので、行政書士会の活動への協力がなかなかできず申し訳ないです。

2026.8.20 16時頃 記録のため投稿
18日付けで交付の「り災証明書」が郵便で本日午後に着信しました。マイナポータル上では「提出済」と表示され、「完了」まで日数がかかるのかなと考えていましたが、即日に近いペースで処理されたようです。担当課の仕事ぶりに感謝します。

【利用しての評価】
結果的に紙の「り災証明書」が手元に届いたので、処理は完了したのですが、19時半現在、マイナポータルで確認したところでは、単に「提出済」のままですし、交付に関するお知らせの表示も通知もありませんでした。
(戸籍名の読みの確認など他の過去の手続きは「完了」となっています)
行きだけ電子で、帰りは紙郵送という流れであるという説明がどこにもない点に正直戸惑いました。この運用が自治体ごとにもしも異なるなら、サポートにあたる行政書士のみなさんも困惑されるかもしれないですね。

実践ワークショップ(案内)

小中学校時代の同級生の泉憲二くんが、9月15日、XOSS POINTで「業務の見直しから組織を考える実践ワークショップ」を行います。特に医療や介護業界に精通して実績をもつ講師ですが、業界を問わず課題を抱えている企業担当者には役立つ機会となるかもしれません。以上、ご紹介まで。
なお、案内チラシには記載がありませんが、天草市河浦町の子どもたち向けの水泳指導も続けておられます。ビジネスだけでなく地域貢献にも熱い人物です。

『砕かれた神』読後メモ

『砕かれた神 ある復員兵の手記』(角川新書、1200円+税、2026年)の著者が渡辺清氏(1925-1981年)と知り、今夏手に取りました。同氏の著作との出会いは実に半世紀ぶりとなります。中学2年のときに中学校の図書室から借りて読んだ『海の城 海軍少年兵の手記』に、たいへん衝撃を受けた覚えがあります。『海の城』の舞台は、少年兵であった渡辺氏が実際に乗艦していた日本海軍の巨大戦艦「武蔵」。艦内での精神混入棒を用いたしごきにより、同年兵が亡くなる事件も描かれていました。敵軍との交戦だけでなく味方の上官の手によっても命を失うことがある軍隊という組織の歪さを知ることができました。著者自身の戦中の記憶が『海の城』であり、敗戦直後の20歳前後の記憶が『砕かれた神』となっています。戦後、著者の心の中で砕け散ったものは現人神であった天皇だけでなく、戦中までは沈黙していた学者であったり、権力に阿った言動を続けていた学校教師や地域の名士だったりが含まれます。少年兵たちは復員後、戦後にやすやすと手のひらを返した醜い大人の姿を知るのです。巻末の小熊英二氏による解説がいいです。