日本独自の国民管理制度である戸籍を政治学の視点で研究する遠藤正敬氏の著書としては、過去に『戸籍と無戸籍 「日本人」の輪郭』(人文書院、2017年)と『新版 戸籍と国籍の近現代史 民族・血統・日本人』(明石書店、2023年)を読んだことがあります。たいへん読み応えのある刺激的な本です。おそらく唯一の、そのマニアックな学究ぶりからどんな人柄なのだろうと興味をかねがねもっていました。そしたら、日本記者クラブにおいてつい一昨日、講演に登壇されている動画があるのを知り、普段なら2倍速で視聴するところを等倍でたっぷり90分聴き入ってしまいました。私よりも10歳若い方なので、事前のイメージでは生真面目で繊細な研究者を想像していたのですが、動画でお目にかかると語り方にも老成感があり昔風の大人に出会った懐かしさを覚えて不思議な魅力がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=LOiUjOgMz0E
今回の動画では冒頭司会者から2025年10月に集英社インターナショナル新書から刊行された同氏の著書『戸籍の日本史』について紹介されていました。上記2つの本は分厚い本なので、同氏の研究成果を気軽に知りたい向きにはそちらをお勧めします(ちなみに私は目次だけ見てこちらは購読していませんが…)。
さらに、今回の動画について言えば、ぜひ夫婦の氏姓を考える上でも必要な常識が得られるので、その点に限っても有益です。たとえば、選択的夫婦別姓制度の導入に否定的な国民の無知さが鮮やかに解き明かされます。たとえば、明治憲法施行以前の日本ではむしろ夫婦別姓が伝統でしたし、明治憲法の起草者であった井上毅自身に至っては、妻が夫の姓を名乗るべきではないとさえ考えていました。これは法務省も認めていることですが、夫婦同姓を法的に義務付けている国は世界で日本だけです。
他にも明治の戸籍制度が始まる以前、アイヌの人たちに氏姓はありませんでしたが、無理やり漢字表記の氏姓を創らされ登録されましたし、琉球人の氏名表記は元々ファーストネーム→ファミリーネームの順番だったのを逆に変えさせられました。制度の目的は臣民への画一化にあったとうかがえます。戦後の日本国憲法施行後は、GHQから戸別単位ではなく個人単位の管理制度に変えたらという提案(=もはやそれは戸籍ではない)もあったそうですが、当時の司法省の役人が紙不足を理由に棚上げしてしのいだという裏話にもビックリします。
結局のところ、個人の市民権を保障する世界基準の趨勢は、国籍から定住地、国民から住民を重視へ移行しているので、戸籍制度は段階的にあるいは選択的であってもいいですがもはや廃止してもかまわないのではないかというのが、これまでの著書や今回の講演を通じての遠藤氏の考えです。それに廃止すれば行政コストが削減できるメリットもあります。制度を所与のものと考えずに歴史的経緯・捻じれまで知って判断することの大切さを改めて感じました。