日別アーカイブ: 2025年12月24日

戦争の美術史

いま読んでいるのは、宮下規久朗著の『戦争の美術史』(岩波新書、1360円+税、2025年)。まだ第2章の最終節(第6節)の「ゴヤ登場――史上もっとも偉大な反戦画家」(p.68-76)までですから、4分の1ほどしか読み進めてないのですが、あらためて戦争を描いた作品をこれまで数多く見てきたことを思い浮かべました。あるいは見てきた作品の数量よりも、作品から受け取ったメッセージの強さが大きくて記憶にそれだけ刻みつけられているのかもしれません。
詳しくは本書で紹介されている通りですが、ゴヤ(1746-1828年)の作品はスペインのマドリードにあるプラド美術館で多数見ることができます。写真の「1808年5月3日」は、フランスのナポレオン軍によるスペイン侵略に対してマドリード市民が一斉に蜂起した後に鎮圧され、市民たちがフランス兵に銃殺される情景を描いたものです。ゴヤはスペイン側からフランス兵への残虐行為も版画集「戦争の惨禍」に記録していてこれらは東京・上野の国立西洋美術館にも収蔵されているので国内でも見ることができるかもしれません。
戦争を引き起こすのは人間です。ゴヤの作品は、その人間が持つ心の闇を絵画でとことん暴き立てます。死後200年近く経ちますが、人間の愚かさを今でも気づかせてくれます。
プラド美術館については1991年と1996年の2度訪ねたことがありますが、1991年のときにはピカソの「ゲルニカ」が同館に展示されていて、防弾ガラス越しに遠巻きに鑑賞した覚えがあります。「ゲルニカ」は1937年のスペイン内戦中にドイツ軍が行った都市無差別空爆によって引き起こされた地上の惨状を描いた作品です。日本の画家では岡本太郎や藤田嗣治が影響を受けたといわれます。
都市無差別空爆としては、先の大戦時の東京大空襲や広島・長崎の原爆をイメージする人が多いかと思いますが、日本軍も1937年の南京事件の前哨戦として南京へ無差別空爆を行っていますので、特定の絵画で特定の戦争だけしか想起されないものでもないと感じます。
歴史をひも解くとスペインなどヨーロッパ列強による米大陸進出の過程で起こした先住民弾圧と同じように、日本の台湾領有後の統治においても血なまぐさい凄惨な出来事を多数起こしています。得てして加害側はそれを隠そうとしますし、その後の世代も知ろうとしない、触れようとしません。徹底的に弾圧された側はその記録を残すこともできず、なかったこととされがちです。
以下は、山室信一著『アジアびとの風姿』(人文書院、2017年)からのメモ抜粋(※)ですが、日清戦争で受けた日本軍の人的損害よりも、台湾領有による台湾人の抵抗で受けたそれの方が大きく、殺害された台湾人がさらに多かったことを知る日本人は少ないのではないでしょうか。
※清朝統治時代から異民族統治に対する台湾における抵抗は間断なくあり、「三年小反、五年大乱」という言葉があった。日本による台湾領有から大規模な蜂起である西来庵事件(1915年=T4)までの日本軍の死傷者は1万1277人(戦死者527人、戦病死者1万236人、負傷者514人)に上る。これは日清戦争における戦病死者3258人を大きく上回る。現在の台湾には漢族のほか、16の先住民族がいる。清朝時代は約300万人の漢民族以外は、「蕃族」と呼ばれ、そのうちの農業に従事して清朝の統治に服する約10万人を「熟蕃」、山地で狩猟採取を生業として清朝に服さない約3万5千人を「生蕃」と称していた。日本統治になってから、抗日蜂起する「生蕃」を軍事力で「討伐」し「帰順」させる「理蕃事業」によって多くが殺害された。確定はできないが、死者数は約2万9千人に及ぶと言われる。