岩波書店発行の『世界』(2026年1月号)の【特集1】は、「創刊80年 それでも人間を信じる」。特集の企画意図として次のように書かれています。「戦後の国際秩序が、音を立てて崩れつつある。▶大国による核の威嚇と法の蹂躙。かつて戦争の惨禍を経験した日本も、憲法9条が歯止めとならず、軍拡競争の一翼を担おうとしている。この現実を前になお、「人間を信じる」ことは可能か。「世界」初代編集長の吉野源三郎はこう述べた。▶「『人間に対する信頼』も、一つの大きな賭です。……しかし、この賭なしには、人間の世界は死人のようなつめたさにひえてゆくほかはない」(「ヒューマニズムについて──人間への信頼」)▶ 戦後の焼け跡からこの雑誌が生まれて80年。私たちは、ヒューマニズムに賭すことから始めたい。」(HPより引用、▶マークは改行を示すため追加)
NHK朝ドラ「ばけばけ」の主題歌歌詞にあるように「毎日難儀なことばかり」の日常生活において信頼できる数少ない人間に出会うことができるかどうかで、人間の生き方はずいぶん変わってくるのだろうと思います。
前記の同号p.70-74には、(一財)水俣病センター相思社の常務理事である永野三智さんの寄稿「いいとこ取りはできない――水俣が私に問うもの」が載っています。この記事には、水俣市長として初めて水俣病患者への謝罪を行った吉井正澄さん、水俣病患者運動のリーダーであった川本輝夫さん、母親の患者認定を裁判で勝ち取った溝口秋生さんが登場します。3人とも故人ですが、水俣の負の部分を隠さず、その部分から逃げずに向き合った人々です。永野さんは、これらのいいとこ取りをしない人々と出会ったことによって、自身も「では、私は?」と問われていることを明かした上で、この問いが「二度と水俣病を繰り返さない社会をつくることにつながると信じています」と結んでいます。
ぜひご一読を勧めます。