空襲・戦災を記録する会が主催する「第44回空襲オンライン学習会」に初めて参加しました。今回は、今年ハヤカワ新書から出た『東京大空襲を指揮した男 カーティス・ルメイ』の著者・上岡伸雄学習院大学教授が報告者として自著について語る合評会となっていて、主催者の工藤洋三氏がコメンテーター、東京女子大学の柳原伸洋氏が司会を務める形で進行しました。上記著作は今年5月に読んでいましたが、やはり著者からネットを通じての対面ですが、肉声で伝えたかったことを聴けるのは貴重な機会でした。
書名にもある通り、ルメイはアジア・太平洋戦争期において民間人が多数犠牲となった数々の無差別空爆を指揮した米空軍の将軍です。著者が語るところでは、非常にまじめで合理的、「有能」な人物でした。部下には厳しい訓練を強いましたが、それも部下の命を守るためということが伝わり、部下からの信頼も厚い人でした。爆撃の精度を上げ、味方の損失を少なくした「成果」は、軍上層部や政府からも高く評価されました。戦争の論理では、味方の犠牲を極力出さずに戦争を早く終わらせる戦い方が望まれ、ルメイはその期待に「誠実」に応えたとも言えます。ルメイの前任者・ハンセルの「人道的」な爆撃ではあまり「成果」が出なかったので、ルメイの残虐性のイメージが日本では強いですが、どちらも民間人の死者を出したことには変わりはありません。著者自身もコメンテーターも、ルメイだけを非道な人物として特別視できないのではと考えているように受け止めました。
司会の柳原氏からも民主政の国家である米国だったからこそ、自国民を納得させるために、無差別爆撃や核兵器の使用を許容したのではないかという旨の指摘もありました。確かに現代においても石油産油国として裕福な国家では、教育や医療がタダであるために、国民の不満がほとんどないという例があります。政治的な自由が制約されていて、選挙がなくて政権交代が起こらずに権威主義的な政府が継続していても、まさに金持ちケンカせずの倣いで、戦争がなく安心して暮らせるならそれでいいじゃないかという国もあります。つまり、民主主義政体の国がポピュリズムで道を誤ることがありますし、権威主義政体の国民だから必ずしも軍事一色で苦しんでいるわけではないので、政体だけで判断すると間違うこともあります。
政府と国民の関係、政府や職業軍人が考える「正義」とはなんなのかと、思考がぐるぐるしました。
参加者からの質問では、対日爆撃のフォーメーションについてありました。学習会では明確な回答がありませんでしたが、基本は上岡氏が示した12機編隊のコンバット・ボックスだったと考えていいと思います。写真は1944年11月21日の2度目の大村第21海軍廠爆撃のときの米軍報告書の一部ですが、それをうかがわせる編成が記録されています。本拠地のインドからヒマラヤを越えて前進基地の中国・成都まで移動する間に機体の不調で欠落があるので、前進基地離陸時点では12機未満ということもあったと考えられます。