月別アーカイブ: 2025年11月

ルメイの人物像をどう考えるか

空襲・戦災を記録する会が主催する「第44回空襲オンライン学習会」に初めて参加しました。今回は、今年ハヤカワ新書から出た『東京大空襲を指揮した男 カーティス・ルメイ』の著者・上岡伸雄学習院大学教授が報告者として自著について語る合評会となっていて、主催者の工藤洋三氏がコメンテーター、東京女子大学の柳原伸洋氏が司会を務める形で進行しました。上記著作は今年5月に読んでいましたが、やはり著者からネットを通じての対面ですが、肉声で伝えたかったことを聴けるのは貴重な機会でした。
書名にもある通り、ルメイはアジア・太平洋戦争期において民間人が多数犠牲となった数々の無差別空爆を指揮した米空軍の将軍です。著者が語るところでは、非常にまじめで合理的、「有能」な人物でした。部下には厳しい訓練を強いましたが、それも部下の命を守るためということが伝わり、部下からの信頼も厚い人でした。爆撃の精度を上げ、味方の損失を少なくした「成果」は、軍上層部や政府からも高く評価されました。戦争の論理では、味方の犠牲を極力出さずに戦争を早く終わらせる戦い方が望まれ、ルメイはその期待に「誠実」に応えたとも言えます。ルメイの前任者・ハンセルの「人道的」な爆撃ではあまり「成果」が出なかったので、ルメイの残虐性のイメージが日本では強いですが、どちらも民間人の死者を出したことには変わりはありません。著者自身もコメンテーターも、ルメイだけを非道な人物として特別視できないのではと考えているように受け止めました。
司会の柳原氏からも民主政の国家である米国だったからこそ、自国民を納得させるために、無差別爆撃や核兵器の使用を許容したのではないかという旨の指摘もありました。確かに現代においても石油産油国として裕福な国家では、教育や医療がタダであるために、国民の不満がほとんどないという例があります。政治的な自由が制約されていて、選挙がなくて政権交代が起こらずに権威主義的な政府が継続していても、まさに金持ちケンカせずの倣いで、戦争がなく安心して暮らせるならそれでいいじゃないかという国もあります。つまり、民主主義政体の国がポピュリズムで道を誤ることがありますし、権威主義政体の国民だから必ずしも軍事一色で苦しんでいるわけではないので、政体だけで判断すると間違うこともあります。
政府と国民の関係、政府や職業軍人が考える「正義」とはなんなのかと、思考がぐるぐるしました。
参加者からの質問では、対日爆撃のフォーメーションについてありました。学習会では明確な回答がありませんでしたが、基本は上岡氏が示した12機編隊のコンバット・ボックスだったと考えていいと思います。写真は1944年11月21日の2度目の大村第21海軍廠爆撃のときの米軍報告書の一部ですが、それをうかがわせる編成が記録されています。本拠地のインドからヒマラヤを越えて前進基地の中国・成都まで移動する間に機体の不調で欠落があるので、前進基地離陸時点では12機未満ということもあったと考えられます。

先端研クロストーク受講メモ

#先端研クロストーク #戦争と交渉の経済学 #渡来人とは誰か #3か月でマスターする古代文明 #岡本太郎
2025年11月28日開催の第20回先端研クロストーク第1部「Why war? ひとはなぜ戦争をするのか?」をオンライン受講しました。以下は、受講メモです。聴きながら脳裏に浮かんだ情報(それらはトークでは触れられたものではありません)も記しています。研究分野や世代、育った文化環境がそれぞれ違う登壇者間の対話自体がすごく刺激的で、たいへん実り多いトークイベントでした。

「ひとはなぜ戦争をするのか?」という根源的な問いについて、主催者の先端研はこれまでに何度もそれを考えるイベント「高野山会議」を行っています。今年8月16日の朝日新聞社説欄でも取り上げられていますし、「高野山会議」のアーカイブ配信を私自身視聴したこともあります。
この「なぜ戦争をするのか」という問いは、「どうしたら戦争を起こさせずに済むのか(非戦)」、「どうしたら戦争を止めさせられるか(終結)」、「世界は一つになれるのか」、「世界政府をつくることはできるのか」という問いにもつながってきています。1932年の、フロイトとアインシュタインの往復書簡対話におけるテーマでもありました。
答えやヒントとなるものが、いくつかありました。
まず、「グローバルリズム」と「ナショナリズム」との間に位置する「インターナショナリズム」です。もっとも、歴史的に見ると、インターナショナリズムの考えは共産主義を標榜する国家の出発点にあったはずですが、それらの国家は権威主義体制へ変質しましたし、民主主義体制をとった国家からも権威主義体制へと転落し、戦争を始めた例を見てきています。したがって、口先だけで唱えればいいというものではありません。
次に、航空ネットワークの研究者から、欧米の路線は「メッシュ型」なのに対して、アジアでは「ハブ型」であることが紹介されました。米国のような多民族国家では他国に親類が住んでいて往来が多く、その交流の度合いの多さが国の強さ、国益でもあります。現政権下の米国はそれをわざわざ捨てる方向へ行っているようです。
そうした経済合理性の重視が非戦の選択にもなり、政治外交でどのような行動をとるべきかということになりますが、たとえばアートを通じた対話には、言語や宗教、民族を超える影響力がありますから、多様なチャンネルを閉ざさないことが重要だと思いました。トークでは、長崎の原爆被災者の子孫と原爆を投下した米軍爆撃機搭乗員の子孫同士との交流についても紹介されていました。

思い出した知識・経験など。
・台湾有事発言後に長崎の中国人墓地を日中共同で清掃活動するニュースがありました。長崎の総領事が冷静な挨拶を行っていました。
・渡来人が倭にさまざまな文化をもたらしたことが脳裏に浮かびました。
・イースター島のモアイの巨石文化のルーツは1万5000km先の台湾にあるのが通説なんだそうです。NHK「3か月でマスターする古代文明 第9回オセアニア海を渡った人類と謎の巨石」より。他にも同様の石文化があるミクロネシア、メラネシア、ポリネシアは、台湾の先住民が起源と考えられるオーストロネシア語族といいます。たとえば、数字の「5」は、「リマ」で共通。
・28年前に上海へ旅行したとき高層ビル建設現場で竹材の足場が組まれ命綱なしの作業員が働いているのを見て驚きました。先日の香港の火災のニュースでそれを思い起こしました。台湾先住民の巨石文化に対して大陸の竹利用というのが興味深いです。
・岡本太郎は、戦前、パリ大学で人類学者のマルセル・モース(暴力革命を否定してロシア革命の国際主義を批判)に学び、オセアニアの民族学にも明るかったのではないかと思います。反戦や民族差別反対の信念は一貫しています。

戦争遺跡「荒尾二造」見学記

第12回空襲・戦跡九州ネットワーク荒尾集会に伴い実施された、荒尾二造の見学会に参加する機会を得ました。荒尾二造の正式名称は、東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所。ここは、戦時中、日本有数の大規模な火薬生産工場でした。原料の石炭酸は隣りの大牟田から運ばれ、1944年の黄色火薬の月間生産量は全陸軍の3割近くを占めたといいます。勤労動員学徒も含め約3000人が働くその用地の広さは、現在の荒尾市の5%超に及び、万田駅(現荒尾駅)から工場までは5.2kmの専用鉄道も敷設されていました。現在も跡地内にさまざまな建造物・工作物が残っています。
掲載写真順に示すと、火薬庫、廃液路、検査掛棟建物(岱志高校の部室・トレーニングルームとして現在も使用)、変電所(284とあるのは米軍接収番号)、官舎建物、陸軍境界石、廃液路溜桝などがあります。火薬製造や保管にかかわる施設はいずれも堅固な鉄筋コンクリート構造となっていました。その反面、強酸性の廃液処理は中和しただけでそのまま有明海へ流すという環境被害を一切考慮しない乱暴なものでした(当初は処理をしないまま流していたので魚介類が死滅したそうです)。
戦時中、荒尾二造の北に隣接する大牟田はたびたび空襲を受け多大な犠牲が出ましたが、二造については1945年6月18日の第1回目の空襲で1棟が全焼、同年7月27日の第2回目の空襲でも1棟が全焼したものの2回とも人的被害はなかったそうです。これは、米軍側が戦後接収して再利用を目論んでいたため、あえて空爆を控えたという説があります。一方で二造以外の現荒尾市内では46人の死者と295人の負傷者、878戸の罹災が記録されています。
これらの戦争遺跡のうち民有地にあるものは徐々に姿を消しているのが実情です。戦争の狂気に社会全体が覆われた痕跡を保存しなくていいのか、住民や行政の意識が問われていると感じました。

見学会には、空襲・戦災を記録する会全国連絡会議の事務局長・工藤洋三氏も参加されていました。工藤氏からのご案内により同会主催の「第44回空襲オンライン学習会」にも参加することにしました。今回は、『東京大空襲を指揮した男 カーティス・ルメイ』(ハヤカワ新書、2025年)の著者・上岡伸雄学習院大学教授が、自著をめぐって報告する合評会となっています。同書は私も読んでずいぶん参考になりましたので、内容を期待しているところです。

図書無料頒布会の恩恵に与かる

専修大学大学院の科目等履修生で良かった点として、11月11~18日の「図書・雑誌無料頒布会」の恩恵に与かれたことでした。これは、専修大学図書館所蔵の図書・雑誌のうち登録抹消したものを、学生や教職員に限って無料で入手できるというものです。大学側の案内によると、生田キャンパスで700冊、神田キャンパスで500冊が対象になっていました。そこで、頒布会最終日の夕刻に神田キャンパスを訪ねて、以下の書籍をいただいてきました。
■神田分館
実務公法学会編『実務行政訴訟法講義』(民事法研究会、6700円+税、2007年) ※カバーなし
■Knowledge Base
松浦寿輝『名誉と恍惚』(新潮社、5000円+税、2017年) ※カバーなし
甘耀明『鬼殺し 上・下』(白水社、各2800円+税、2017年)

上記のように新刊本で入手しようとすれば計2万円相当もする書籍ですから、たいへんありがたい機会でした。歳を重ねてくると、専門書はともかく、どうしても未知なる作家の文学作品を手にとるのは、ふだんないものです。このように無料で入手できるのであれば、あえて読んでみようかというきっかけにもなります。

すでに『名誉と恍惚』は、読み終えました。765ページにわたる長編ですが、ぐいぐい読ませる力を持った作品です。舞台は1937~1939年の上海。日中戦争が泥沼化していく時代の、ある日本人青年が謀略戦に巻き込まれ転落していくさまと、その後の結末が描かれています。著者の松浦寿輝は、1952年生まれのフランス文学者、東京大学で教授をしていた人です。
作品中で一つ気になったのは、p.71の記述で、「韮菜炒牛肝」に「ニラレバ」ではなく、天才バカボンのパパが広めた「レバニラ」という振り仮名があったことです。「豚肝」ではなく「牛肝」というのも引っ掛かりましたが、1937年の上海租界の日本人同士の会話では、時代考証的に果たしてどうだったのかと、気になりました。
なお、本作品は、昨年2月に文庫化され、現在は岩波現代文庫から上下2巻で刊行されています。作者が昨今の新潮社のスタンスに何かわだかまりを持っていたのかどうか、いきさつも多少気になりました。

そして、今読んでいるのは、1972年生まれの台湾在住の作家・甘耀明著の『鬼殺し』です。この作品の舞台は、日本統治時代の1941年12月から戦後の国民党軍による二・二八事件までの台湾の架空の客家の村。そこで生きる怪力の少年と祖父の物語となっています。どちらも日中関係の歴史を考える際の一助になるかもしれません。

神保町カレー店めぐり

神保町カレー店めぐり

10月、11月と神保町を訪ねる機会があり、ランチは必ずカレーにして味比べを行っています。11月後半は以下の4店へ行ってみました。

インドレストラン マンダラ https://mandara.westindia-group.com/
入ったその日の日替わりカレーが、エッグ(ゆで玉子入り)、マトン(羊肉)、シュリンプ(エビ)、チキンバターマサラ(トマト味のチキン)の4種から1種を選ぶ形でしたので、マトンを注文しました。マトン特有の香りを生姜がいくらか抑えつつ互いの味が調和したうまいカレーでした。辛さは普通のみで選ぶ必要はありませんでした。フルーツヨーグルトのデザートが付いて値段は1300円でした。

欧風カレー ボンディ 芝浦店 https://bondy.co.jp/web/
本当は神保町本店で食べたかったのですが、入店待ちがまさに長蛇の列でしたので、田町駅南側の芝浦店で味を確かめてみることにしました。注文したのはメニューの1番上に載っているビーフカレーです。辛さが3段階選べるというので、家庭用の辛口に相当するという「中辛」にしました。注文すると、最初に「付け合わせ」と称して、ふかした小ぶりのジャガイモ2個にバターが添えられて出てきます。駿河台下交差点に近いカレー店「エチオピア」でも同様に、ふかしたジャガイモが出されたので、このシステムはどこが最初に始めたのだろうと思いました。違いは、「エチオピア」はおかわりができますが、バターが付いていません(塩はテーブルにあります)。
続いてルウとごはんが別で出てきます。ごはんの上にはチーズと梅干ときゅうりの漬物が載っています。熱いルウをごはんにかけると、チーズが溶けていい香りがしました。テーブルには、薬味として干しブドウ、らっきょう、福神漬けが備えられていました。値段は1700円、これに100円のアイスコーヒーを付けたので、他店よりは高めですが、人気店を実感できる美味しさでしたので、価格は納得です。なお、支払いは現金かPayPay限定でクレカは使えません。店員は日本人だけでした。

スマトラカレー共栄堂 https://www.kyoueidoo.com/
ここではメニューの1番上にあるポークカレーを注文しました。ごはんの量は選べますが、辛さは選べないようになっています。ルウは自分でかける形式で、ルウは黒っぽいスープ状でした。カレーの味はありきたりで特別美味しいとは感じませんでした。セットで出てきた豆スープの味の方がよほどいけていました。来店者はそれなりに多く相席を求められました。なぜか焼きりんごにも力を入れているようで、それを食べている客も見かけました。メニューに店の由来が書かれていて日本人が創業したとあり、店員も日本人ばかりのようでした。値段は1300円でした。内容的に見合わない気がしました。

&スリランカTOKYO https://www.instagram.com/andsrilankatokyo/
会計を済ませてから店の案内で知ったのですが、本店は福岡の中洲でした。FC店が熊本市南区良町にもあるということでした。店名は、スリランカとありますが、店舗は日本人スタッフだけで運営していました。注文したのは、豚肩ロースステーキカレー。通常は1500円ですが、ステーキの量が半分のを頼んだので値段は1200円で済みました。辛さ0倍もできるというので、それにしました。ルウはスープ状でした。盛り付けた見た目も写真映えして美味でした。

他にも店の場所は確認できていても、入店待ち客が多かったり、訪ねた日が定休日だったりしてまだ食していないところがいくつかあります。楽しみはまだとってあります。
https://kanda-curry.com/%e3%82%ab%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%97%e3%82%81%e3%81%90%e3%82%8a/
欧風カレー ガヴィアル、ベンガル料理 トルカリ、まんてんカレー。
「札幌スープカレー」や「すき家」もありました。

東京大学生産技術研究所S棟1Fギャラリー

東京大学生産技術研究所S棟1Fギャラリー https://sites.google.com/view/connecting-artifacts/05
「Connecting Artifacts05 つながるかたち展05」
開館日の時間に訪ねてみましたが、なぜか入口が閉ざされていたので、外からとインスタとで見ました。
駒場Ⅱキャンパスは、駒場博物館のある駒場キャンパスと異なり、教育拠点というより研究拠点という色合いが濃く、キャンパス内の人通りは少なく、オフィスビル風の施設が目立ちます。それでも、シンボルのイチョウの木があるのは共通で鮮やかに色付いていました。
写真はどちらかというと、先端研のが多いです。西門の前に太陽光発電の自販機が設置されています。

日本近代文学館

日本近代文学館 https://www.bungakukan.or.jp/
2025年度秋季特別展「滅亡を体験する 戦渦と文学 1936-1950」
タイトルから期待して訪問してみましたが、思ったよりも1936~1950年の歴史解説に重きが置かれて、そのため展示資料も新聞・雑誌の方が目立ち、当時の報道ぶりは理解できても、肝心の同時代の文学人たちの発言や思いが何だったのかが伝わりにくい構成になっていたように感じます。原稿が掲載された雑誌や図書の実物が展示されていても、ショーケース越しに閲覧するとなると、文字も小さいですし、何か書いてあるよなあ程度にしかなりません。
せっかくのコレクションがあっても図画とは異なり発言が伝わらなくては…。なんだかもどかしい展示でした。

駒場博物館

駒場博物館 https://museum.c.u-tokyo.ac.jp/
秋季特別展「世界をビジュアル化する 未完の地図製作史」
当然のことですが、初期の地図は図も地名文字もすべて手書きでした。それと、影響力を行使したい相手先の詳細な地理情報を手に入れるのがいかに価値の高いものであったか、良く言えば交易、悪く言えば資源収奪の歴史と共に精緻化されていったんだなあと感じました。

ミュージアムめぐりの楽しみ

『忙しい人のための美術館の歩き方』(ちくま新書)という本が、今年7月に出て現在4刷1万9千部を数え、11月22日の朝日新聞読書面「売れてる本」欄で取り上げられていました。その本は書店で手に取ったことがあり、目次だけ流し読みしたことがあります。結局、私の場合は、読者として想定されているほど忙しないわけじゃないし、日頃から機会があれば美術館へ足を運んでいるので、いまさら必要ないかなと買いませんでした。
そこで、私の場合は、何が面白くてミュージアムめぐりを続けているかを振り返ってみます。突き詰めると、自分の好み・興味は何なのかを確認したい、自分の価値観を知りたいということなのではないかと思います。自分にはない才能の発露・知見の結晶を発見することで、より広く、より深く、自分を再発見する楽しさがあるのではないかと思います。それが世の中の役に立つかと言われれば、そもそも作品化・展示化した側だってそういう功利的な野心で表現・出品したとは限りませんから、観覧する側もそのつもりはありません。
それで、数あるミュージアムや展示の中からなぜそこを選んで訪ねるのかという理由もさまざまです。好きな作家の作品が出ているからというのが大きいですが、テーマ・企画意図が気になってということもありますし、ハコそのものへの興味ということもあります。同じ作家でも時期によって作風が異なることもありますし、さして好みではない作家でも題材次第では気になる作品があるということもあります。そうした点は文学その他の作家作品や日常の人付き合いでも同じなのではと思います。
今月後半だけもさまざまな会場を訪ねました。順不同ですが、葛飾北斎、岡本太郎、浜田知明、奈良美智、山口晃あたりが気になる作家だなと思いました。テーマでは、戦争や猫をけっこう気にしているなあというのが見えてきます。
写真(左) すみだ北斎美術館から見える東京スカイツリー。
写真(右) 清澄白河駅から東京都現代美術館へ向かう途中で見かけた石柱。「出世」を考えなくて済む気楽な稼業がいいねと思って撮りました。

調布市武者公路実篤記念館

調布市武者公路実篤記念館・実篤公園 https://www.mushakoji.org/
秋の特別展「細川護立と武者小路実篤 同級生、信頼の軌跡」
同館の成り立ちは実篤の死去後に遺族から愛蔵品や自宅建物・土地を調布市へ寄贈したことにあります。旧宅および敷地はそのまま公園となっています。今回の特別展は学生時代より実篤の活動を資金面で支援した護立との友情の歴史を辿るものでした。互いに信頼し合い、自由に文学と芸術に取り組んでいたことが理解できました。

府中市美術館

府中市美術館 https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
「フジタからはじまる猫の絵画史 藤田嗣治と洋画家たちの猫」
アクセスは、府中駅(あるいは東府中駅)から30分間隔で運行している、「ちゅうバス」を利用すると、館の目の前で乗降往復できるので便利です。運賃も100円で済みます。
藤田嗣治については、正直なところ大して好みの画家ではないのですが、猫には罪はなく、猫が描かれた絵には関心があるので、つい足を延ばしてみました。11月19日の朝日新聞1面のコラム「天声人語」でも本展について触れてあり、それも後押しになりました。
会場ではフジタの猫の前史として菱田春草の「猫」の展示がありました。春草の「黒き猫」は10月に永青文庫で観覧しましたが、やはり日本画の猫が、味があります。加えて言うなら江戸時代の浮世絵に出てくる猫たちの方がさらに愛らしいと思いました。2年前に太田記念美術館で観覧した「江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし」展は、今思い返しても至福の時間でした(図録も大切に保管しています)。
ただし、本展の企画実現の熱意は大いに感じました。各地から猫の絵を交渉して掻き集めてくるのですから学芸員が相当猫好きでないとできない仕事ではないかと思いました。それと初めての来館でしたが、セットで観覧できるコレクション展が充実していて満足しました。府中と言えば三億円事件の被害を受けた東芝の工場で有名ですが、これほどの収蔵品を持てるとは財政が豊かなのかなと羨ましくもありました。

WHAT MUSEUM

WHAT MUSEUM  https://what.warehouseofart.org/
「諏訪敦 きみはうつくしい」
本展についての記事が朝日新聞東京本社版の11月11日夕刊に載っていて、それで興味を覚えて行ってみました。場所は、天王洲アイル駅より徒歩5分、東京湾岸の物流倉庫が立ち並ぶ一角にあり、美術館の施設自体も運営会社の「寺田倉庫」の一区画を占めています。倉庫の特性を活かしてスペースが広く天井も高い展示会場でした。公立では大きなハコの美術館は珍しくないですが、私立のギャラリーとしては開放感があり大作の展示にも向いている会場だと思いました。
会場内では諏訪敦自身が登場した、2025年作の「汀にて」の制作過程を追った映像の放映があって、作家本人の対象への向き合い方の変遷が示され、作品に込めた意味が理解できる助けとなりました。
諏訪敦は、身近な人間の死に、人が物体化していく汀(みぎわ)を感じるのだと言います。死期が近まり病室に横たわる自身の父親や母親を間近に見て表現した作品もありましたし、満州開拓団の一員であり、帰国前に外地の難民収容所内で亡くなった、父方の祖母の場合は、現地取材して追想をつかみ作品化したものもありました。

福澤諭吉記念慶應義塾史展示館

福澤諭吉記念慶應義塾史展示館 https://history.keio.ac.jp/
2025年秋季企画展「北澤楽天と近代日本」
私が大学生時分に大学新聞の印刷所が田町にあったので、慶應義塾三田キャンパス正門の前を通った記憶はありましたが、敷地内へは今回初めて足を踏み入れました。展示館は東門に近い図書館旧館2Fにあるので、このたび晴れて東門をくぐって入館しました。この建物については、先日、NHKBSの「美の壺」で取り上げられていました。その番組で紹介されていたステンドグラスの実物を拝見すると、確かに見応えがありました。
ところで、企画展自体は、案内リーフレットで想像していたよりも、かなり扱いが小さく、ショーケース1台に収まる規模でした。その名の通り義塾の歴史の展示施設ということで福澤諭吉の足跡を辿る展示がほとんどでした。福澤諭吉の出身地である大分県中津市の記念館を訪ねた経験がありますが、中津に比べると三田の方がはるかに充実していることは確かでした。
展示を子細に見ると、福澤諭吉にとって青年期の三度の海外経験で触発されたものが大きかったのだろうと感じました。門閥を嫌い、無位無冠を良しとする福澤諭吉の気風が草創期の義塾にあったとされますが、果たして現在はどうなのかと思わないでもありませんでした。

東京都現代美術館

東京都現代美術館 https://www.mot-art-museum.jp/
開館30周年記念展「日常のコレオ」、開館30周年記念MOTコレクション「9つのプロフィール1935>>>2025」
今回同時開催中の2つの企画展を観てきました。
「日常のコレオ」展の出品アーティストは30名(組)超。初めて見る作品ばかりでした。最も印象に残ったのは、インドネシアのジュリア・サリセティアティ&アリ・“ジムゲッド”・センディのビデオアート作品でした。日本で働くことを希望するインドネシアの若者が出国前に日本語教育を受ける様子を収めた内容となっていました。タイトルは「振り付けられた知識」。
「MOTコレクション」展については、1935~2025年制作の国内作家中心の作品の展示となっています。時代ごとの社会の空気をどう作家がとらえたのかが、振り返れます。戦争の時代の中にあっても権力に迎合せず陰の部分を表現した作家がいたことが新鮮でしたし、基地を多く抱える沖縄をテーマにした作品が見応えありました。
都の施設ですが、学芸員たちの攻めた構成・作品解説文が心地よかったです。熊本関係では浜田知明の作品展示もありました。岡本太郎の戦後復員間もない時期の作品も見ることができました。

すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館 https://hokusai-museum.jp/
特別展「北斎を巡る美人画の系譜」
つい最近某ホームセンターのオーナーが北斎の肉筆画「雪中美人図」を6.2億円でオークション落札したことが報じられました。間が悪いことに直後の経済ニュースでは本業の業績でかなりの赤字が出たことも目にしました。確かに北斎の肉筆画を所有したい気持ちも分からないでもありません。それだけ魅せられる力をもった作品です。(前置きが長くなりましたが)ここを訪ねたときも、海外からの来館者が多く、世界的にも北斎の名声は高いのだろうと感じました。
であればこそ、北斎の作品は誰の目にも触れられるこのような美術館で展示されるのが望ましいと思いました(さて6.2億円の絵は陽の目を見るのでしょうか)。会場では、北斎の作品だけでなく、師匠や弟子、ライバルのそれも展示されていました。そのため、北斎の足跡だけを辿りたいのなら、特別展の図録よりも定番の図録『葛飾北斎 すみだが生んだ世界の画人」をミュージアムショップで買った方が値段的にもお得です。実際、それを買い求めたのですが、特別展にも出品されていて同図録p.23掲載の「風流なくてななくせ遠眼鏡」の構図は現代にも通じる斬新さがあって気に入りました。

+DA.YONE.GALLERY

+DA.YONE.GALLERY https://dayonegallery.com/
HA HYESOO&ERIKA NAKANISHI DUO EXHIGITION TORATOPIA
韓日の2人の芸術家が虎を共通のモチーフにした作品を展示していました。私の中高大を通じての先輩・米原康正氏がプロデュースしているギャラリーで開かれていました。場所は有楽町の阪急メンズ東京の7Fです。ポストカードをもらってきました。

物流博物館

物流博物館 https://www.lmuse.or.jp/
同館の前身は、日本通運(現NX)の通運史料室ということで、同社提供の史料が多く占めますが、鉄道・トラック・船舶・航空すべての貨物輸送の歴史と現状が学べる施設となっています。歴史の部分では牛馬や人力による物流の姿についても触れています。
場所は高輪台駅あるいは品川駅から徒歩で7分ぐらいの位置にあります。入館料が一般でも200円と激安です。映像教材が充実しているので子ども連れに向いているかもしれません。
働く人の29人に1人の割合で物流業界は成り立っています。平時も非常時も物流が止れば人は生きていけないわけですから重要な業界です。
ひとつ初めて知った意外な事実として戦前の日本ですでに電気自動車が実用化されていました。

山種美術館

山種美術館 https://www.yamatane-museum.jp/
特別展「日本画聖地巡礼2025―速水御舟、東山魁夷から山口晃まで―」
同館は恵比寿駅から徒歩で向かうとなると、次第に上り坂となり10分超かかります。駅前から日赤医療センター前行の都バスが頻繁に出ていて、これを利用すると、広尾高校前下車すぐの立地なので便利です。訪ねたときの往復とも美術館利用者がかなり乗車していました。館内も人が多く、すみだ北斎美術館と同様、海外からと思われる来館者の多さが目立ちました。
今回訪問の最大の動機は、同館が所蔵することとなった、山口晃の作品「東京圏1・0・4輪の段」との1年ぶりの再会を果たしたいからでした。前回は昨夏、佐賀県立美術館で開かれていた「ジパング 平成を駆け抜けた現代アーティストたち」で出合っています。この作品は、金栗四三が主人公となったNHK大河ドラマ「いだてん」のタイトルバック画として採用されたことでも有名です。ただし、山種に展示された作品は本年も手を入れた作品で、絵の中の東京の街中を走る四三たち人物は描かれていません。佐賀での展示ではガラス越しだった一方、山種では直に鑑賞ができました。そのため写真撮影は不可でしたので、特別展図録を買い求めました。
山口晃の活動が興味深い点は、こうした日本画制作のみならず、緩めの風合いのイラスト制作やエッセイ執筆もあります。館内のショップには、『すゞしろ日記』や再新著『ヒゲのガハク ごはん帖』(集英社)も販売されていました。後者は夫婦合作エッセイとなっていて、画が山口晃、文筆は妻の梅村由美によるものです。
特別展出品作のほとんどが東山魁夷や奥村土牛、平山郁夫など誰もが知る巨匠たちの中にあって、現役の山口晃の作品がそれに伍して輝くを放っているのを見ると、なぜかしら小気味いいものです。

郷さくら美術館

郷さくら美術館 https://www.satosakura.jp/
「現代鳥獣戯画」展
現代日本画作家たちが鳥獣を題材に描いた作品を集めた企画展となっていました。
画家の名前から代々画家という作家もあって画風の異同も楽しめました。反面美し過ぎるというか整い過ぎていて面白みに欠けるところもありました。それと、ハコの問題もあって天井が低くてスペースが狭い都心の私立の施設だと、大作の鑑賞は難儀だなと感じました。
同館は中目黒駅から目黒川を渡ってすぐのところにあります。桜の花見シーズンはどうしているんだろうといらんことも考えてしまいました。