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『日本軍の治安戦』読後メモ

8月19-31日の間、熊本県立美術館分館において、(一社)くまもと戦争と平和のミュージアム設立準備会主催による「戦時下の市民の暮らしと文化 ~記憶を未来へ 平和のバトン~」という企画展が、開催中です。先日、同展を観てきました。日中戦争およびアジア太平洋戦争の時代の子どもたちが接した教材やおもちゃが展示されていて、それらは日本軍の戦いぶりを讃え、軍に進んで協力する国民へ子どもたちを誘う内容で彩られていました。当然のことながらそれらを手に取った当時の日本の子どもたちは、たとえば中国大陸で日本軍がどのような行為に及んだのか、中国の人々がどのような苦痛を味わったのか、を知る由もなかったかと思います。本企画展には、戦争協力に向かった日本国民の姿を思い起こさせる意義を認めますが、戦地における加害者と被害者の実相を伝えるものではないため、これだけで戦争を知った気になってはならないという思いもしました。
単行本としては2010年5月に岩波書店から出版され、2023年12月に岩波現代文庫版として出た笠原十九司著の『日本軍の治安戦 日中戦争の実相』は、ぜひ多くの現代日本人に読んでもらいたい本です。上記企画展が取り扱っていない側面の理解の助けになります。本書は日中戦争時に「第二の満州国化」と続いて「対米戦争の兵站基地」を担わされた中国華北における日本軍の治安戦の通史となっています。証言や史料は日本側・中国側の両面から突き合わされて構成されているため、実相と称して問題ない研究成果となっています。「天皇制集団無責任体制」に基づく無謀なエリート軍人による作戦指導、それによる日本軍兵士自体の被害、中国人被害者の中国国内における二次被害や「漢奸」の戦後にも紙幅を割いています。
ところで、中国共産党はなぜ中国革命に成功することができたのでしょうか。誘因の一つは日中戦争時の日本軍による残虐・虐殺行為にあったと、本書から学ぶことができます。日中戦争開始期に日本軍の北支那方面軍が華北一帯を軍事占領するのにともなって多くの町や村で住民を殺戮し、掠奪、放火、強姦などの残虐行為をはたらいたことが、民衆を憤激させ、自分や家族、親戚、地域の人々の命を守るために、抗日ゲリラ闘争、抗日根拠地へ参加させずにおかなかったことがあります(p.126参照)。前半期は主に中国の国民党軍との戦闘でしたが、追撃の掃蕩作戦に民衆を巻き込んだことが、後半期に開始された中国共産党の八路軍による百団大戦の要因となりました。この百団大戦で甚大な被害を受けた北支那方面軍は、対共産党軍認識を一変させ、反撃と報復のための大規模な燼滅掃蕩作戦を展開します。それは、八路軍の根拠地を燃えかす同様になるまで徹底的に破壊して消滅をはかれという作戦であり、中国側のいう三光作戦の本格的な開始であり、日本軍の性犯罪はもっとも非道・残虐になりました(p.127参照)。
本書で紹介されているチャルマーズ・ジョンソンの『中国革命の源流』にも、「一般的にいって、共産党は日本軍を直接経験しなかった地域では、ゲリラ基地を建設できなかった」「日本の侵略に伴う破壊と収奪が、北方中国人の政治的態度を激変させてしまった。華北の農民は、戦時中、共産党の組織的イニシアチブに、きわめて強い支持を与え、共産党のゲリラ基地は、華北の農村で最大の数を記録した」と書かれています。1944年1月24日に支那派遣軍に命じられた一号作戦(大陸打通作戦)で、日本軍は膨大な犠牲を強いられますが、日本軍の予期しなかった皮肉な戦果として、国民政府軍に大打撃を与えた結果、共産党軍の対日反抗に有利な条件を作り出し、北支那方面軍が大動員された間隙を利用して八路軍が抗日根拠地を拡大することができた点も触れておきます(p.169参照)。
なお、終戦後4年間、共産党軍と内戦を戦うため、山西省に残留して国民党軍に組み込まれた2600人の日本軍将兵がいたことも、p.303で触れられています。この部隊は最終的には550人の犠牲を出して共産党軍に敗れますが、陥落が予測された2カ月前に司令官の澄田中将と参謀長の山岡少将の2人だけが部下を見捨てて帰国を果たしています。1956年の衆議院「海外同胞引き揚げ及び遺族援護に関する特別調査委員会」において澄田と山岡の2人が「残留は自願によるものであり、彼らは現地除隊の手続きもとり軍籍はなかった。なかには逃亡者も混じっていた」と証言したために、同年以後帰国しはじめた「山西残留部隊」の兵員には、軍人恩給、傷痍軍人手当、亡くなった兵士の遺族年金も支給されなかったという史実もあります。
山西残留部隊については、その生存者に取材したドキュメンタリー映画作品である池谷薫監督「蟻の兵隊」(2006年公開)があります。関連記事が2025年8月29日の朝日新聞夕刊(東京本社版)に掲載されていました
https://www.asahi.com/articles/DA3S16291357.html

「4年生大学」の誘致って何だよ

一昨日告示の県南の市長選挙の選挙公報をわざわざ閲覧したのですが、誤記をさっそく見つけてしまいました。「4年制大学」とあるべきところが、「4年生大学」となっています。
これとは別の話ですが、昨日財布の落とし物を見つけて交番に届けました。係の方から拾得物件預り書を受け取りました。後でよく読んでみると、物件リストに「運転免許証 ○○○○名義 熊本県公安委員会甲府」と印刷されていました。こっちは珍しい公文書なのでそのまま保管しています。

過ちに学ばない不名誉な国民に成り下がるな

8月17日の朝日新聞記事に、各地の公的機関が運営するミュージアムで戦時中の日本の加害行為の展示をめぐって、撤去・縮小へ向かう動きがみられることを報じていました。過ちを直視してそれを反省し教訓とすることは、それだけ賢い国民を育成し、ひいては国益になることなのですが、誠に嘆かわしい限りです。権威主義国家における公的ミュージアムではしばしば国威発揚が目的のプロパガンダ施設になりがちですが、最近では米国でもあまり賢くなさそうなトップが、自身の見解に沿った展示に見直すよう国立スミソニアン博物館等に通告したという報道もありました。権力者やその取り巻き連中にとっては、愚かな国民ほど都合がいいという風潮は、このようにスキを見ていつでも顔をのぞかせるものだと思います。
○(戦後80年 記憶の先へ)日本の加害、縮みゆく展示
https://www.asahi.com/articles/DA3S16282957.html
○「党派色排除」迫る米政権 スミソニアン博物館、展示見直しへ 「歴史を正確に描く」主張
https://www.asahi.com/articles/DA3S16281089.html
ここ数日で、笠原十九司著『南京事件 新版』(岩波新書、2025年7月刊)と吉見義明著『日本軍慰安婦』(岩波新書、2025年7月刊)を読んでみました。たいへん貴重な知見を得ることができました。同時にこれら書籍の内容を、とりわけ公的なミュージアムや文科省検定済み教科書から得られるかというと、現状甚だ乏しいのではと感じます。いずれも戦時中に軍など国の組織の関与が認められる加害行為だっただけに、組織としては変わっても先人たちの過ちに触れたくないのでしょう。しかし、国の内外を問わず被害を受けた側にとってはけっして忘れられない記憶としてあるので、不都合な史実ほどを後世へ継承しなければ、国民が同じような過ちをいつか繰り返してしまうことになりかねません。それこそ学ぶことができない国民であることは、不名誉極まりないと考えます。
とはいえ、現状の公的ミュージアムは、ことに近現代史の扱いに及び腰なので、引き続き笠原十九司著『日本軍の治安戦 日中戦争の実相』(岩波現代文庫、初版2023年12月刊)と吉見義明著『草の根のファシズム 日本民衆の戦争体験』(岩波現代文庫、初版2022年8月刊)を読んでみることにします。
『南京事件 新版』では、「広義の南京事件」(新版)と「狭義の南京事件」(旧版)が示されていましたので、以下に紹介します。戦時中に米軍から日本が受けた都市空襲や原爆使用は無差別爆撃だったわけですが、その始まりを日本軍の行為にも見ることができるので、広島や長崎の原爆資料館ではやはり南京事件について触れる必要があると考えます。東京都江東区にある民間の東京大空襲・戦災資料センター(館長:吉田裕氏)の展示では、日本軍による錦州爆撃、南京渡洋爆撃、重慶爆撃が都市空爆の口火として示されています(辻田真佐憲『「あの戦争」は何だったのか』p.256-258参照)。これは稀有な例です。
○東京大空襲・戦災資料センター 館長から皆様へ
https://tokyo-sensai.net/archives/category/director
■南京事件の定義:日本の海軍ならびに陸軍が、南京爆撃と南京攻略戦ならびに南京占領期間において、中国の軍民(中国軍兵士と民間人、市民)にたいしておこなった戦時国際法に違反した不法残虐行為の総体のことをいう。
■広義の南京事件(新版)の開始時期・期間:1937年8月15日の海軍航空隊の南京渡洋爆撃に始まり、9月、10月、11月、12月とつづけられた海軍機の南京爆撃を下記狭義の期間に含む。
■狭義の南京事件(旧版)の開始時期・期間:日本の大本営が南京攻略戦を下命し、中支那方面軍が南京戦区に突入した1937年12月4日前後からからはじまる。終わりについては、大本営が中支那方面軍の戦闘序列を解いた1938年2月14日が南京攻略戦の終了にあたるが、南京における残虐事件はその後もつづいたので、日本軍の残虐事件が皆無ではないまでも(近郊農村ではあいかわらずつづいていた)、ずっと少なくなった3月28日の中華民国維新政府の成立時と著者は考えている。
※事件の期間と地理的範囲の定義によって犠牲者概数の計算は異なるが、著者の結論は旧版と同じで「十数万以上、それも20万人近いかあるいはそれ以上の中国軍民が犠牲になったことが推測される」(p.209)としている。
本書では、南京事件のような大虐殺事件の犠牲者数は概数の推定で十分であり、根拠を示して算出し、一番実態に近い概数を通説化していくことが重要としています。日本軍が戦場においてどのような虐殺をおこなったかという歴史実態を知ろうとしない者に限って、概数でしか記すことができないからと事件の存在を否定したり矮小化したりしがちに感じます。不都合な歴史から逃げて学ばない者は、いつかその者自身も騙されるなど不利益を被るのではないかと思います。実に哀れで気の毒です。

南京事件前哨戦を知る

先月末に岩波新書から笠原十九司著の『南京事件 新版』が出ています。1937年の南京事件を発生させた日本陸軍による南京攻略戦には熊本で編成された歩兵第一三聯隊が属する第六師団も参加しており、けっして無縁ではない史実です。戦後の南京軍事法廷では事件当時の師団長であった谷寿夫元中将が死刑判決を受け同地で処刑されています。このことからも陸軍による戦争犯罪のイメージが強いのですが、新版の本書では冒頭の2章を割いて海軍による前哨戦となった渡洋爆撃についても戦争犯罪として焦点を当てています。
宣戦布告なき首都南京爆撃が始まったのは1937年8月15日からでした。海軍木更津航空隊所属の九六式陸上攻撃機(中攻)20機が長崎の大村基地を発進、南京に向けて初出撃したとありました(南京への空爆は同年12月13日の占領に至るまで50数回、延べ900余機、数百トンの爆弾投下に及んだ)。この空爆の背景には、海軍内の主流の「艦隊決戦派」と、戦艦無用をとなえる山本五十六(のちに第六師団が組織的戦闘能力を失ったブーゲンビル島で戦死)、大西瀧治郎(のちに特攻隊起案し終戦翌日自決)、源田實(東京大空襲を指揮した米空軍カーチス・ルメイ将軍とともに戦後の航空自衛隊の生みの親とされる)らの「航空主兵派」との対立があり、渡洋爆撃決行は航空が実績をあげてみせる千載一遇のチャンスだったとされます。実際、攻撃翌月に開かれた帝国議会で決定した臨時軍事予算において「軍艦ではなく飛行機で予算獲得に成功した」(田中新一『支那事変記録 其の二』)とありました。
のちに南京安全区国際委員会の委員長となるドイツ人ジョン・H・D・ラーベの報告によれば、都市空爆前の1937年7月当時の南京の人口は約135万人、空爆開始後は数十万人が南京から避難しました。しかし、残っている大多数は民間人であり、無差別爆撃により、多くの民間人が命や家屋財産を失いました。現在のガザを彷彿とさせる惨劇も事件の一環としてみなければなりません。そして、海軍の行為は当時においても明確な国際法違反でした(今年米国がイランへ行った空爆も想起されました…。)。
本書の冒頭の2章だけを読んでもこれは現代につながる話だと思いました。しかも、イスラエルやロシア、米国と言った他国だけに限った話ではありません。今日この熊本に長射程ミサイルが配備されるかもしれないという話を聞くと、そのミサイルが向かう先には民間人がいる可能性が十分あります。発射の判断を誤れば国際法違反の可能性も十分あります。自国を守るための迎撃ミサイルならいざ知らず、もっぱら敵基地攻撃のための兵器の存在は堅固な地下基地にこもれる自衛隊は守れても周辺住民は危険にさらされるだけということが明らかです。

『「あの戦争」は何だったのか』読後メモ

近現代史研究者の辻田真佐憲氏が7月に出版したばかりの新著『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書、1050円+税、2025年)を読了しました。同氏の著書を手に取ったのは、『「戦前」の正体』(講談社現代新書、980円+税、2023年)、『ルポ国威発揚』(中央公論新社、2400円+税、2024年)に続いて3冊目になります。近現代史研究者というと、史料読み込みや当事者・関係者取材が主な手法になるかと思います。ですが、辻田氏自身が最近「週刊文春電子版」で告白していたように、歴史をA面(表)からだけでなくB面(裏)からも探求することを大切にしていて、その姿勢が著書では存分に発揮されています。
※「辻」:正しくは辺の「しんにょう」の「点」の数は1点。
前に読んだ『ルポ国威発揚』では、「偉大さをつくる」「われわれをつくる」「敵をつくる」「永遠をつくる」「自発性をつくる」という5つの国威発揚要素が存在する、国内外の約35カ所もの愛国スポットを紹介していました。今度の『「あの戦争」は何だったのか』では、東条英機が首相時代に繰り広げた「大東亜外交」で巡回した以下のアジア各地を著者もたどり、同地にある歴史博物館において、戦争の記憶がどのように継承されているのか、それぞれの「国民の物語」を明らかにしてくれています。
いずれの場所も日本から行けないことはありませんが。パック旅行で気軽に立ち寄れる観光施設ではありません。時間も経費もかかるので、よほど変わり者の個人でない限りおいそれと行けないところばかりです。それだけに、本書に書かれていた情報は貴重でした。
■シンガポール/シンガポール・ディスカバリー・センター
■インドネシア・ジャカルタ/国立歴史博物館
■インドネシア・バレンバン/モンペラ ※この地への侵攻作戦は高木東六作曲の軍歌「空の神兵」や鶴田吾郎の戦争画「神兵、パレンバンに降下す」としてプロパガンダの材料となった(p.172-173

■マレーシア・クチン/ボルネオ文化博物館
■マレーシア・ラブアン/ラブアン博物館 ※日本占領期の初代ボルネオ守備隊司令官を務めたのは、加賀藩主の家系を継ぐ侯爵・前田利為(駒場公園に今も邸宅が残る。陸士で東条と同期)。1942年9月、ラブアン飛行場開場式に向かう途上で搭乗機が墜落し死亡。事故後、ラブアン島が「前田島」と改称された(p.180)。戦争末期には2434名の英軍・豪軍捕虜を虐待した「サンダカン死の行進」があった。生き残れた者は途中で逃亡した6名のみだったという(p.195-196)。
■タイ・アユタヤ(東条が訪問した地はバンコク)/アユタヤ歴史研究センター別館
■中国・長春(新京)/偽満皇宮博物院
■中国・瀋陽(奉天)/九・一八歴史博物館
■中国・南京/侵華日軍南京大屠遇難同胞紀念館 ※資料掲示には、第一一軍司令官、北支那方面軍司令官、支那派遣軍総司令官などを歴任した岡村寧次の記録「派遣軍第一戦は給養困難を名として俘虜の多くは之を殺するの悪弊あり、南京攻略時に於て約四、五万に上る大殺戮、市民に対する掠奪強姦多数ありしことは事実なるか如し」(『岡村寧次大将陣中感想録』1938年7月13日)など、日本側の資料も積極的に用いられている(p.216-217)。南京事件の生存者の李秀英の言葉「歴史をしっかり銘記しなければならないが、恨みは記憶すべきではない」も展示されている(p.221)。
■フィリピン・マニラ/サンチャゴ要塞 ※フィリピンでは「許そう、だが忘れない」が戦争の記憶と継承を考えるうえで重要なキーワードとなっている(p.223)。「忘れない」という「物語」を共有し、そのことばを介して手を握るほうが、より健全な関係の構築につながる(p.226)
■ベトナム・ホーチミン、台湾・台北、台湾・屏東 ※これらも東条の訪問地だが本書では割愛。『ルポ国威発揚』に詳しい。
上記に限らず世界の多くの国々には大規模な国立の近現代史博物館があり、それぞれの国の「国民の物語」が明確に展示されていますが、日本においては国立近現代史博物館が「不存在」となっています。つまり、「あの戦争」をいかに描くべきかについて、いまだ社会的合意が成立していないと、本書は指摘しています。そのため、日本では民間の歴史博物館が公的な博物館に代わってはっきりとした歴史観を提示することが多いとも指摘しています。例として「靖国神社遊就館」と「東京大空襲・戦災資料センター」について触れられていますが、後者の展示構成は小規模ながら公立の機関のモデルになると受け取れました。著者は「あえて65点くらいを目標とする」(p.271)という言い方もしています。
本書を読むと、書名にある「あの戦争」は何だったのかということがA面テーマで、実は公立の歴史博物館と私立の歴史博物館の存在意義・役割を考えることがB面テーマだったのではと思います。どちらかといえば、このB面テーマについての考察の方が関心をそそられました。
ところで、本書p.213には、展示説明に接して「きたな」と思い、苦笑するというくだりがあります。ミュージアムフリークには必ずそういう沸点の瞬間があるものですから、案外そんな性分の面で著者とシュミが合うのかなという思いも受けました。

『みんなの政治六法』読後メモ

全国霊感商法対策弁護士連絡会のメンバーとして著名な紀藤正樹氏のX(旧ツイッター)投稿はフォローしていてよく目にしていましたが、同氏の著書を手にしたのは、今回読後メモを残す『みんなの政治六法』(青春新書、1100円+税、2025年)が初めてです。まず、「政治六法」なる用語自体が目新しいので、何なのかと単純に興味が湧きました。それもそのはず、著者独自の造語で、本書によれば「政治にまつわる法律(公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法、刑法、国会法、地方自治法)と、これらの法律の大前提となる日本国憲法」の呼称とのことです。でも、これ数えたら七法になるのではと、突っ込んでみたくなりましたが、しっかり「ある分野に関する複数の重要な法律をあつめたもの」(p.6)は一般名詞として「6つでなくても六法とよぶ」(p.6)とありましたので、この丁寧な書きぶりにすっかり好感を抱き、「好感商法」を受容してみることにしました。
さて、本書の中心をなすのは、政治家の政治活動や選挙運動に絡んだ事件・疑惑と密接な法律でありながら、国民・有権者にとってなじみが薄い公職選挙法や政治資金規正法の解説です。私自身は、地元市の選挙管理委員を務めた経験がありますので、いくらかは公職選挙法や地方自治法については親しんだことがありますが、それらの法律については『ポケット六法』程度では全条文収録されていませんし、条文だけを読んだとしても内容が理解しづらいと思います。公職選挙法は、立候補予定者あるいは投票管理者向けに提供される詳細な手引き書を読み込んで初めて分かることが多いものです。
しかし、本書でも触れてあることですが、たとえば公選法違反の疑いで問われるのは「故意か過失か」がです。立候補にあたっては書類の事前審査もありますから選挙運動のルールは知っているのが前提となります。知らなかった、うっかりミスの場合は、単純なウソなのか、本当に知らなかったのかのレベルが問われ、許されるとしても初回だけです(それでも政治責任は問われます)。近年事件や疑惑となったニュースを例にして何が問題だったのか書かれていますので、すごく短時間で読み終えることができました。
以上のことからもしも立候補に興味のある方がいれば、本書を先に読んでいれば、陥りがちなうっかりミスはなくせると思いました。実際のところ著者のねらいは、政治を良くするために立候補を決意する人が多く出てくることへの期待です。そのこともあって、選挙運動にかかわる公費負担の仕組みの解説もページが割かれています。3カ月間以上の住民要件不要の選挙に資質がない人物が立候補を繰り返す弊害も現実にはありますが…。最後に、それとは逆に選挙区内の推している政治家・立候補予定者に寄付を求めたりしていないか、住民側の注意も必要です。

核廃絶の道しかない

昨夜のNHK「クローズアップ現代」では長崎出身の福山雅治さん、そしてけさの朝日新聞オピニオン面には広島出身の吉川晃司さんが登場していました。2人は共に被爆2世です。歌手である彼らが、それぞれどのような心境を経て反核・反戦メッセージを込めた作品を発表するに至ったかを語っていました。まず共通するのは、訴えたい思いや使命感は前から抱いていても、それを言葉と行動にするまでは相当の時間を要したということでした。歌手・俳優として活躍する稀有な才能をもつ2人にとっても生半可な考えでは言葉で表現できない重要なテーマだったのが理解できます。それだけにその結晶である、福山さんの「クスノキ」と吉川さんの「リトルボーイズ」は、長崎や広島を始め多くの人々の心に響くのだと思いました。
核廃絶へ向かうためには思慮深い言葉による政治が求められます。ところが、周囲の政治家を見渡すと、福山さんや吉川さんとは比較にならない軽い言動をとる者をしばしば確認します。
昨年9月の地元市議会の例とはなりますが、「日本政府に核兵器禁止条約の参加・調印・批准を求める請願」に不採択の意思表示を行う者がほとんどでした。不採択とした者たちは、請願者の支持政党だけを判別し、請願内容が意味する言葉を理解できる能力すらないのかもしれません。なお、その翌月に日本被団協がノーベル平和賞に選ばれたことが報道されました。
自身の認知症予防のためにも、身近な所で起きているみっともない例を絶対に忘れず、福山さんや吉川さんの言動に学ぼうという思いを強くしました。

看板に騙されない目を養える企画展かも

2025年8月6日(水)~8月11日(月)、イオンモール熊本 2階中央 イオンホールにおいて、熊本県社会福祉課援護恩給班の仕切りによる「戦後80年 未来へつなぐ戦争の記憶展」が開催されます。この企画展は、表向きは同課の主催ですが、実際は以下の9つの民間団体が参加出展するもので、それぞれ各団体の取組紹介パネル、遺品等の展示、関連DVD上映、語り部による講話等があるようです。
●一般財団法人熊本県遺族連合会【熊本市中央区】
●全国強制抑留者協会熊本県連合会【熊本市中央区】
●荒尾二造市民の会(東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所平和資料館)【荒尾市】
https://araonizou-rikugunkayaku.localinfo.jp/
●くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク【玉名市】
https://kumamoto-senseki.net/
●菊池飛行場の戦争遺産を未来につたえる会(菊池飛行場ミュージアム)【菊池市】
●一般社団法人くまもと戦争と平和のミュージアム設立準備会【熊本市中央区】
●火の国平和祈念さくら館を建設する熊本県民の会【熊本市中央区】
●社会福祉法人天草市社会福祉協議会牛深支所(軍艦長良記念館)【天草市】
https://amakusa-shakyo.jp/
●山の中の海軍の町 にしきひみつ基地ミュージアム(錦町立人吉海軍航空基地資料館)【錦町】
https://132base.jp/
県のホームページにおいては、これら参加団体について「戦争の悲惨さや平和や命の尊さを次の世代に語り継いでいく活動を行っている民間団体等」と紹介していましたが、果たしてすべてそう断言していいものなのか、大いに疑問に感じます。一例を挙げると、上記参加団体の上から7番目にある団体の事務局長には、極右団体である日本会議熊本の副会長が就いていて、本企画展プログラムを確認すると、同人物も講話を行うようです。彼らが建設を意図する「平和祈念」施設とは、靖国神社遊就館の熊本地方版であることが明白です。団体発足にあたり「後世に英霊のご事績を正しく遺し、英霊の偉業を歴史に刻む」と、自身のSNSで露にしています。なお、同団体の特別顧問には蒲島前知事が就いていて、憲法改正発議研究会メンバーの法律家(消費者トラブル・多重債務が専門らしい)らとともに発会式で挨拶しています。ついでにこれも書いておくと憲法改正発議研究会サイト掲載名簿の最先頭には旧統一教会関連団体の代表理事をしていた法律家の名を確認できます。
さらに8月17日には極右政党シンパのライターを招いた発会記念講演会を開催企画し、「国の為に命を捧げられた英霊の記憶を永遠に」残したいようですから、本企画展をその宣伝に利用することも予想されます。講演会の後援には、熊本県、熊本県教育委員会、NHK熊本放送局、RKK、FM791、(熊本では流通稀少な)産経新聞社がついているのも注目です。
団体名に「平和」の文字が入っていても実際の活動が真っ当ではない例として、旧統一教会を思い浮かべますが、物が言えない戦没者を利用して侵略戦争の歴史を美化したい願望いっぱいの団体も「平和」の文字を表看板にしています。県民はもちろんのこと、行政や地元報道機関もそうした勢力に騙されないように思慮深くあってほしいと思います。
それを見極める機会として玉石混交の本企画展を訪ねてみるのもいいかもしれません。
https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/34/234735.html

それは体裁ビジネスによる体裁行政

2025年8月3日の熊本日日新聞読書面に載っていた香山リカさんよる『過疎ビジネス』の書評が読ませる内容でした。書評対象の本は、河北新報記者の横山勲氏の手によるものですが、地方の弱小自治体を「食いもの」にしているコンサルのやり口を明らかにしているとのことです。「行政機能をぶんどる」「議会も制圧できる」といったコンサルの自惚れた発言記録もあるとか…。自治体の首長・職員、議員、ましてや住民なんてハナからコケにされているのがありありです。貧困な人々につけいる貧困ビジネスがあるように、過疎に悩む自治体につけ入る過疎ビジネスが跋扈していることに、なんとも暗澹たる気持ちになります。
ですが、現在、市レベルのある程度の規模の自治体でもコンサルが入り込んでいるように感じています。非正規の職員比率が高く、専門性を兼ね備えた政策立案能力のある職員はごくわずかというのが実感です。さまざまな分野の地域計画の原案作成にコンサルの関与があり、住民参加のワークショップの仕切り役がコンサル関係者ということもあります。これでは茶番ではないかと思えることが実際あります。それは、字面だけを整えることに長けた体裁ビジネスのコンサルに丸投げのあげく、やってる感だけを発信することに汲々とした体裁行政しかできない自治体へ成り下がる道にほかなりません。それを止められるか(→カネをドブに捨てさせないことにもなります)は、住民の資質次第でもあります。