春節祭で賑わう長崎への行きかえりの電車の中で、戦後、戦争史研究を切り拓き、牽引した藤原彰著の『中国戦線従軍記 歴史家の体験した戦場』(岩波現代文庫、1120円+税、2019年)を読みました。本書の大部分は書題の通り著者の従軍経験に基づいた兵士論・戦場論となっています。著者が中国との戦争に決定的な疑問を持つようになったのは、華北に駐留中の1943年3月、飢えてやせ細った中国人の母子の姿を目の当たりにしたときの体験です。「日本軍はアジア解放のため、中国民衆の愛護のために戦うのだと教えられたのに、貧しい農民たちは飢えに追いやられているではないか。それを討伐するのが皇軍の姿なのか、という疑問をもった」と記しています。大陸打通作戦に参戦した第二十七師団から転属して、敗戦間際には米軍の九州上陸を迎え撃つ機動師団の大隊長に任じられます。そのため、現在の熊本県山鹿市来民地区(敗戦直後の混乱で276人の集団自決した満州開拓民を出した地域でもある)において武装解除と復員の命令を受けたという熊本との縁もあります。
著者が歴史を学ぶことにしたきっかけは、戦場での体験にほかならず、誤った戦争をなぜ起こしたのか、その原因を究明したいという一念に駆られたからでした。軍事史研究においては旧陸海軍の資料が重要となりますが、これらの資料は敗戦後、米国が押収します。一部は後に返還されますが、これが防衛庁の戦史室に入ったままで、一部の人間以外には非公開とされます。このため、「新憲法のもとで、旧軍とは何の関係もないはずの防衛庁が、旧軍の文書を抱え込んで独占していることは筋違い」だとして、著者は米国に対する押収文書の返還と防衛庁に対する史料公開を要求する運動を1970年代の初めごろ起こします。この運動の成果で返還文書が国立公文書館に入るのですが、今度は「プライバシー」などと理由が付けられて相当の部分が非公開になってしまうといういきさつがありました。
こういった流れを見てみると、政治というか行政機関はというものは、声をあげないと動かないし、情報は出さないということが、よく分かります。最近、熊本県内においても熊本市や八代市で住民投票を求める声が上がりましたが、いずれもその実施が否決されました。ことにワンイッシューについては住民の大多数の声と首長や議会構成の多数とズレが出る可能性はあると思います。首長や議会の多数は住民投票の結果を恐れて実施しないのではなく、まず住民に賛否を問うという姿勢があってしかるべきなのではないかと思います。住民投票の結果が、首長や議会多数派の意向通りの結果となれば、手順的には最もわだかまりが残らないことになるわけで、住民投票実施の直接民主主義コストを惜しむよりも、まず声を聴く姿勢が大切だと思います。
もうひとつは政治・行政機関の説明責任です。それらが保有する情報は国民(住民)の共有財産です。可能な限り開示して、説明責任を果たすべきです。これも最近の地元の例ですが、熊本県がTSMCの工場稼働に合わせて実施する水質調査について、調査対象とするPFAS名の開示を「差し控える」などと、ふざけた回答をしたとの報道がありました。不都合なことを隠す政治や行政機関は必ず過ちを繰り返すというのが、歴史の教訓です。「声を聴いているか」、「説明を尽くしているか」が肝要だと思います。
