日別アーカイブ: 2024年11月21日

『歴史学はこう考える』読書メモ

松沢裕作著の『歴史学はこう考える』(ちくま新書、940円+税、2024年)を読んでみてまず思うのは、自称歴史家はいるけれども、まっとうな歴史家かどうかの判別は、やはりその書きぶりで可能だということでした。歴史を語りたがる自称作家・ライターのたぐいはいますが、その手合いで多いのは、語りたいことが先に立ち、根拠が不明確であったり、手前勝手な想像の膨らみでしかなかったりするように思います。
本書のタイトルは「歴史学はこう考える」ですが、本書の中身は「歴史家はこう考える」ともいえます。「それぞれの歴史家がどのようなタイプの史料を読んでいるのか、歴史家はどのような問いを立て、それにどのように答えているのか」(p.270)という、まっとうな歴史家の頭の中を覗き見る思いをしました。このところ、量任せの不確かな情報拡散による投票行動への影響が懸念されています。まともに言葉を交わせる共通基盤がともすれば損なわれている社会に危惧を抱いています。まっとうな歴史家が備えている考え方の価値をだれもが理解・尊重する社会の形成に向けた教育・啓発が今ほど必要な時代はないと考えます。
なお、一口に歴史といっても政治史や経済史、社会史など、さまざまな分野があります(本書ではそれらの論文を題材にしています。政治史:高橋秀直「征韓論政変の政治過程」、経済史:石井寛治「座繰製糸業の発展過程」、社会史:鶴巻孝雄「民衆運動の社会的願望」)。これは同時に、歴史家それぞれが持っている、どのような政治や経済、社会が望ましいのかという将来像と密接にかかわっていると、著者は述べています。
本書では「近代」をめぐる議論も紹介されていたのですが、著者は個人的に、自身の大学生時代に、社会史の論文例で取り上げた鶴巻孝雄氏の影響を受けたと書いていました。その鶴巻氏は東京経済大学の色川大吉ゼミの出身だそうですが、私の大学生時代には、その色川氏編の『水俣の啓示 不知火海総合調査報告』(筑摩書房、1983年)に影響を受けましたので、変なところで縁があるなと思いました。