日別アーカイブ: 2024年9月22日

お出かけ知事室登壇記

9月21日に宇土市民会館大ホールで開かれた「お出かけ知事室~ともに未来を語る会~in宇土市」に質問者の一人として登壇しました。その記録と所感を掲載します。
なお、本企画の質問者は宇土市在住か同市内勤務の住民に限られますが、県政に関してなら質問テーマは限定されないこととなっています。
【私の発言要旨】
(冒頭宇土市とは直接関係ないテーマでの質問を行うので休憩離席を客席に呼びかける)
・木村熊本県知事の師匠である蒲島郁夫前知事が1988年に著した『政治参加』(東京大学出版会)の記述を紹介(下記)しながら本企画の意義や市民の政治参加の重要性を述べた。政治エリート(県で言えば知事や職員など)は国家的な大きな目標を追求しがちであり、そのため市民の政治参加の拡大をなるべく後回しにしようとする。市民の声を聴かずに過去の問題について決着をつけられないで未来を語る資格はないとして、水俣病被害者救済(今現在の問題でもあるが…)について質問のテーマとすると述べた。
「政治参加は市民教育の場としても重要。市民は政治参加を通して、よりよい民主的市民に成長する。自己の政治的役割を学び、政治に関心を持ち、政治に対する信頼感を高め、自分が社会の一員であること、正しい政治的役割を果たす。」
「政治システムへの帰属を高め、政治的決定が民主的に行われた場合、たとえそれが自己の選好と異なっていても、それを受け入れようとする寛容の精神を身につける。市民は他人の立場に大きな配慮を払う思慮深い市民に育っていく。」
・本年5月の環境大臣と患者団体との懇談会のマイクオフ事件を受けての再懇談以降の知事の発言に接しても、知事就任前の公開質問状に対して示した「国の患者認定制度の見直しは求めない」「公害健康被害補償法で対応し、特措法での救済漏れには対応しない」「県としての健康調査の実施は考えない」旨の考えから今も変わりないように見受ける。この3点の見直しに向き合わずして、今後患者団体との協議機会を増やしても信頼関係を築けないし、なんら根源的な解決策にはならない。
・個別具体的に指摘するが、1点めは、公健法での患者認定条件が不当だということだ。医学的には食中毒症の一つである水俣病か否かの判別はシンプル。原因食品である汚染された不知火海産の魚介類を食べ、手足の感覚障害など関連症状のいずれかがあれば患者と言える。環境疫学の知見によれば、メチル水銀汚染地域の寄与危険度割合を用いてメチル水銀食中毒症との因果関係を推定するのが国内外で確立したルールだ。たとえば水俣市の寄与危険度割合は99%だから、汚染地域で症状がある人は100%患者認定して医学的に問題ない。疫学の専門家がいない委員だけで構成された審査会も問題だ。被害者を診るのではなく補償負担のことばかり加害者たちが脳裏に描いているので、認定が歪められている。認定条件を見直す考えはないのか。
(このあたりから会場客席からパタパタと何かを叩きつける苛立った物音が聞こえてきた)
・2点めは、特措法での救済もれの件だ。裁判では後から救済を求める被害者に除斥期間の適用を加害者が主張して、著しく正義・公平に反する姿勢を続けている。これは後から被害に気付いた人に救済を求める権利はないと言っているようなものだ。すでに除斥期間の適用を認めない判決もある。県民の生命と財産を守る立場にある知事なら、このような不正義・不公平な主張を即刻取り下げるべきだ。その考えはないか。
(会場客席から「宇土市に関係ない質問はするな」というヤジがあったので、私から「県政にかかわる質問をしている。聞きたくないならどうぞ休憩してください」と返して、暗に退席を求めた。その後、ヤジは止んだ)
・3点めは、健康調査の件だ。国が2年以内に開始する予定の検査手法では1日最大5人しか検査できない。汚染地域居住歴のある人数を47万人とすると、257年かかる意味のない検査方法だ。福島第1原発事故後に福島県が202万人に行ったような調査を本県独自でも実施してもらいたい。以上3点について明確な回答をお願いしたい。
【知事の回答】 ※私の所感
1点め「患者認定条件の見直しについて」…最高裁判決に則って行い、見直す考えはない。
※寄与危険度割合といった地元紙報道で触れられる疫学の知見・用語について理解していないと思われた。
2点め「特措法での救済もれ被害者への除斥期間の適用撤回について」…係争中なので申し上げられない。
※裁判対応を県職員や代理人弁護士に任せっきりで当事者意識が感じられない。法律論として除斥期間適用の主張はもちろん可能だが、正義・公平に反するか否かを判断するのが政治家の仕事である。やはり除斥期間が争点になった旧優生保護法訴訟では最高裁判決後に首相が適用の主張を撤回し和解が成立したように、政治決着させる器量がほしい。
3点め「県独自の健康調査の実施について」…国に実施してもらい県独自では行わない。
※257年もかかる国の検査方法では被害者救済に結び付かない。国の検査体制の問題点も地元紙報道で知られている事実だが、そうした問題点を把握していないのではと感じられた。知事には良きブレーンはいないのか。
【まとめ】
知事の回答を受けて国や県職員の声ばかりを聴くのではなく、被害当事者の声をこれからも聴き続けてほしいと要望した。それについては知事から続けるとの返答があった。
水俣市ではない本市ですら、いまだに水俣病被害者救済を口にすると、会場内から(どこの誰だか知らないが)下劣なヤジがあった。およそ「他人の立場に大きな配慮を払う思慮深い市民」とはいえない、卑怯者が残念ながら本市にいることも事実だ。しかし、私としては「政治参加」の意欲が大いに湧きたった。これからも不当に人権が蹂躙されている人たちのために声を上げていく決意が高まった良き日だった。

(追加)
本企画についてうがった見方をすると、公費を使っての任期中の支持集めの事前運動とも言えます。質問者は地元各界でリーダー的な役割を担っている方が多く、実際半数以上は以前から名前を知る人ばかりでしたし、登壇のきっかけが地元市からの声かけだったと明らかにする方も多数いました。
そのためか、質問内容には思いつき的提案ネタが多く、質問者の発言時間は短めなのに対して、回答者の知事の発言時間が数倍長く、聞かれてもないエピソード話やリップサービスが展開されるようなこともありました。確かに鳥取県観光課長や消防庁防災課勤務の経歴があるので、観光やスポーツ振興、防災といった得意分野では饒舌ぶりが発揮されていました。
ですが、水俣病被害者対応のように当事者間に明らかに分断がある問題に対する質問回答は、予想していたとはいえまるっきり素気ないもので、不用意なことは一切語らないという態度が、対照的でした。知事と市民が対話する機会そのものは歓迎しますが、問題が複雑で専門知も必要なテーマについてはやはり短い時間での一問一答では掘り下げた議論はできません。これについては、当事者間で継続的に時間をかけて対話できる場を求めていくしかないと考えます。