先日読んだ『原発を止めた裁判官による 保守のための原発入門』(岩波書店)の著者・樋口英明さんは、同書の中で司法に対してと同時に、ジャーナリズム特に大手マスコミに対して、政府に忖度せずに独立の気概を持って使命を果たすことを期待してます。裏返せば、原発についてマスコミが重要な事実について報道していないため、何が重要な事実であるかは、マスコミが何を報道するかを見るのではなく、何を報道しないかを見れば分かるからだと言います。さらには、「嫌なことは知りたくない、嫌なことは考えたくない」という国民と、都合の悪いことを隠したい政府の意向は合致しやすいという点もあると、指摘しています。
では、原発に限らず何が重要な事実であるか、何を報道していないかを知るためには、どうしたら良いのでしょうか。これは逆説的になりますが、報道に接するのが第一になるかと思います。報道に接するだけでなく研究者の論考に接する、ナマの資料・現場に接する、周囲の人々と語ってみるというのが次にあるかもしれません。これが順番を間違えると、たいへんなことになります。国籍や民族ヘイトに染まっている人の発言の根拠を探ってみると、同類の人の発言の受け売りであることが多く、日頃新聞さえ目を通していないように感じます。情報源の質が悪く、事実に基づかない妄想ほどタチの悪いものはありません。
何を報道していないかを知る素材として、先月、NHKのラジオ国際放送の中国語ニュースで、中国籍の外部スタッフが尖閣諸島を中国の領土と原稿にない発言をしたことが報道された例を挙げてみます。9月8日の朝日新聞での後追い報道では、同スタッフが所属先と結んでいた業務委託契約書には、日本の公的見解を伝えることが定められていましたが、近年は日中間で争いのある話題の原稿を読まされることに不満をもらしていたとありました。
この報道では触れてありませんでしたが、中国における反スパイ法が在外中国人に与える警戒感や心理的影響の大きさを考えると、そのスタッフにとって日中間で争いのある話題について日本の公的見解を口にさせられるのはかなり危険な行為になります。あえて中国の公的見解を口にして自分の身を保護したとも考えられます。中国の反スパイ法は同国外の外国人つまり日本人にさえ適用されるものですから、業務委託者側があらかじめ日中間で争いのある話題の読み上げに中国籍のスタッフを関与させないような人権的配慮を行うべきだったのではないかと思います。もしそうしていればこうした事故は防げたのではないかと思います。一応、先の記事内にも「日頃から、日本政府の見解を伝えることに支障がないか、明確に確認する必要があった」との委託元関係者の反省の弁らしい発言を載せてはいます。
近年は権威主義体制に疑問を持って中国から日本へ経営や就労の在留資格を得て移住する「潤」(※)と呼ばれる人たちの存在も注目されています。これらの人たちは、難民申請に至らない富裕層や知識人らからなります。これら自立した中国の中間層の移住は、日本の国益にとって損にはならない存在だと考えますので、本国から不当な弾圧を受けないよう擁護することが重要です。
※「潤」:中国語の発音のローマ字表記は「run」であるため、「(生活が)潤う」とともに「(国外に)逃げる」という意味と重なるという。
続いて話はそれるかもしれませんが、報道ではなくてスポーツの世界での裏読みについてです。以前、木村県知事が10代の頃の愛読書として野村克也の『裏読み』と川北隆雄の『大蔵省』だと明かしていた文章を読んだことがあります。対戦相手を出し抜く技量や財政を握って権勢(県政?)を振るうことへ憧れを子ども時代から抱いていたとは、読書傾向が異なりますが私と同様にずいぶんとヒネた子どもだったのだなと、感じた覚えがあります。そういうワケで、裏読み=ノムさんのイメージがあります。
しかし、ノムさんが裏読みせざるを得なかった事情は、最初に監督を務めた南海の弱さにあったのだろうと、つい最近、江本孟紀氏のインタビュー記事(現在朝日新聞で連載中の「語る 人生の贈りもの」)で知りました。江本氏が投手として南海に在籍した当時、捕手であるノムさんが出すサインはかなり複雑だったそうです。ベンチから攻撃の際にバッターへ出すサインもダミーを混ぜるだけでなく回ごとに内容を変える念の入りようでした。ところが、江本氏が阪神へ移籍して最も驚いたのは、南海で行われていたことは何もしていなかったということでした。吉田監督に南海でのサイン見破り方法を話したら、「はあ? まさか」と返ってきただけ。法政大学で江本氏の1学年先輩にあたる捕手の田淵氏に複雑な投球サインを提案したら、「そんな難しいことできるか!」と一蹴されたそうです。何もしないのに阪神がリーグで2位や3位になるので「なんて強いチームなんだ」と思ったと語っています。南海の裏読み野球は、強者に勝つための、弱者の知恵と工夫だったと江本氏は評しています。
私自身、ずっと阪神が好きですし、サインを駆使する小賢しい野球を見て何が面白いのかと、ボヤきたくなります。ですが、強者にダマされないためには、必要不可欠な民衆知なのでしょう。