藤尾慎一郎著の『弥生人はどこから来たのか』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、1700円+税、2024年)を読み進めてみると、先史日本の姿を知るには、古気候学や人類学(しかも形質人類学から分子人類学へ)の分野の貢献が大きいことが理解できます。歴史というと、つい人文科学というイメージが強いのですが、自然科学の手法を使って解明できる点が多く、もっと学際的なものなのだなと認識を新たにできました。昭和やへたすると平成年代に先史日本の歴史教育を受けた国民の知識と令和以降に受けた国民のそれとでは大いに常識が異なることがあるかもしれません。
本書で出てくる科学用語と中身を以下にメモしてみます。
・AMS-炭素14年代測定法…炭素14という、時間の経過とともに規則的に窒素14(N14)に変化していく放射性炭素(C14)を使って年代を測定する方法。炭素14は約5700年で濃度が半分になるので、炭化米や土器に着いたススなどの炭化物中に残っている炭素14の濃度を調べることによって、何年前(ただし数十年から数百年単位)にできた炭化物なのかを知ることができる。
・酸素同位体比年輪年代法…時間の経過とともに変化することのない、安定同位体である酸素16と酸素18の比率の1年ごとの変化をもとに湿潤の変化を調べ、気温の変化を知る方法。特にその年の梅雨が空梅雨だったか、雨が多い梅雨だったのかを知ることができる。現在、約4000年前の縄文後期から現代までの酸素同位体比の標準年輪曲線が1年単位で整備されている。
・DNA分析…ミトコンドリアと核にあるDNAを使う。骨や歯の中に残っているコラーゲンからDNAを抽出し、ミトコンドリアDNA分析では母系を、核ゲノムでは母系に加えて父系とY遺伝子の関係を知ることができる。縄文人(=日本列島で最も古い約3万7000年前の後期旧石器人(※熊本の「石の本遺跡群」)はつながっていない可能性がある)のミトコンドリアDNAには、西日本型、東日本型、北海道型という3つのハプロタイプがあること、渡来系弥生人と同じミトコンドリアDNAをもつ縄文人は1人も見つかっていないことが知られている。
※DNA:アデニン・グアニン・シトシン・チミンの4つの塩基からなり、それらの配列がタンパク質の種類を決める情報となった二重螺旋状の構造体。ミトコンドリアと核にあるので、それぞれミトコンドリアDNA(約1万6500の塩基の連なりからなる:数が少ないので解析が容易)と核ゲノム(32億の塩基の連なりからなる:集団比較に効力を発揮するSNP(1塩基多型)解析が主流、全ゲノム解析はまだ費用が高く解析に長い時間がかかる)と区別して呼ぶ。
※ゲノム:ある生物がもっている遺伝子(ヒトは約2万2000からなる)の総体。
・レプリカ法…縄文土器や弥生土器の表面に見られる凹みや孔に樹脂を詰めて、樹脂に写し取られた圧着面の模様を電子顕微鏡で観察することによって、土器に着いていたのが何かを推定する方法。コメ・アワ・キビといった穀物に限らず昆虫も考察の対象になる。