月別アーカイブ: 2024年3月

特定活動の対象に高度専門士を追加

「特定活動の対象に高度専門士を追加などの見直し」について、【出入国在留管理庁からのお知らせ】メールマガジン(20240329)より引用してお知らせします。

【出入国在留管理庁からのお知らせ】(20240329)

外国人留学生の就職促進に向けて、在留資格「技術・人文知識・国際業務」の運用を見直すとともに、大学卒業者と同等と認められる者について、在留資格「特定活動(告示第46号)」の対象に追加しました。
詳細はこちら
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/10_00188.html

無知は無恥

台湾出身で日本在住の芥川賞作家の李琴峰さんが、本日の朝日新聞国際面で台湾の人々の政治意識を語る中で、日台の関係はいびつだと指摘していました。日本国内の保守派による台湾に関する言説についても冷ややかに捉えてました。やや長い引用となりますが、次のように述べています。「日本の保守派はよく「台湾が好き」と言いますが、その言説を観察すると「日本の植民地時代のおかげで台湾が近代化した」「だから台湾人は日本が好き」などと紋切り型の表現を使います。植民地支配の歴史を正当化するために台湾を都合良く使っているだけではないでしょうか。」。台湾の人々が抱く日本の工業製品や文化商品に対する親しみの感情は確かにあると思います。しかし、かつて日本の植民地であったことを良かったと考える台湾人は皆無に近いのではないでしょうか。統治対象であった本省人の末裔もいれば、日本の侵略対象となった中国本土から渡ってきた外省人の末裔もいるのですから、容易に解りそうなものですが、あたかも植民地統治時代からも台湾の人々が「親日」的だと都合良く考える日本人がいたとしたら、無知で無恥だと言わざるを得ません。
もっとも、台湾の人々の中にも、日本との政治的あるいは経済的な協力関係を重視するあまり、リップサービスで「親日」を強調する向きがあるかもしれません。今週、熊本県内の技能実習生監理団体で働くインドネシア人の方の話を聞くセミナーの機会がありました。イスラム教の戒律をめぐる情報は非常に役立ちましたが、それと共にインドネシア独立の際にオランダと闘った残留日本兵の存在を引き合いに、その方がインドネシア人の「親日性」を語ったので、他の無知な受講者をミスリードしないかと気になりました。
1942年3月から1945年8月までの日本軍による軍政下におけるインドネシア人に対する非道な支配の犠牲者は国連の報告によると約400万人といわれます。そういう史実を知らないまま相手先の人々に接すると恥をかくことを忘れてはならないと思います。30年以上前に一度インドネシアを訪ねたことがあります。日本軍による多くの犠牲者が眠る場所近くは下車する勇気がなくタクシーで付近を通ってもらって眺めるだけにしました。
写真は、ジャカルタ市内。1991年7月撮影。

知事の顕「過」碑も必要では

本日(3月14日)の朝日新聞「耕論」では、群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」から朝鮮人追悼碑を今年1月末に撤去した群馬県の過ちについて3人の識者(小田原のどかさん、中沢けいさん、李鍾元さん)の受け止めを示していました。当コーナーではテーマをめぐって賛成・反対・中立のように、3つの見方を載せることが多いように思いますが、今回は群馬県の行政による、歴史や県民、東アジア周辺国・地域へ向き合う姿勢に問題ありとしている点で、3者の見方は一致していました。私も3者の意見には賛同します。
https://www.asahi.com/articles/ASS3D5W9QS34UPQJ00T.html
戦時中に多くの朝鮮人や中国人、捕虜を劣悪な環境の下、働かせた事実は、各地にありました。そうした負の歴史を隠すことは、真実を知らない無教養な国民や真実を語ることができない権力に従順な国民ばかりなっていくことにほかなりません。自国民の名誉をかえって汚して国際的な信頼も崩すまったく国益に反する行為です。
今回、群馬県知事は、最高裁のお墨付きを得たかのような論理で、追悼碑の撤去を進めました。しかし、裁判所の判断は、県立公園内における碑の設置期間の更新不許可処分は違法でないというだけであり、碑の撤去を命じるものではありません。さらに、勝手に撤去しながら、その高額な費用を市民団体へ請求して弾圧する気でいます。
100年前の関東大震災後の混乱の中での朝鮮人虐殺を認めたがらない無恥な知事もいますが、こうした知事の過ちを明らかにした碑もどこかに必要なのではないかと思います。
写真は、大牟田市にある、徴用犠牲者慰霊塔。朝鮮半島を望むよう西向きに建てられています。アジア太平洋戦争末期、三池炭鉱などがある大牟田地域では、朝鮮人や中国人、捕虜など約2万人が労務動員されていました。2023年8月撮影。

ないないづくし3点セット

本日(3月7日)の朝日新聞熊本地域面に、水俣病の患者・被害者計7団体でつくる連絡会が知事選立候補表明者から得た公開質問状への回答について載っていました。
注目したのは、現知事から「県政の良き流れ」を継承する候補と推された人物の回答内容です。予想通りのゼロ回答でした。要約すると、「国の患者認定制度の見直しは求めない」「公害健康被害補償法で対応し、特措法での救済漏れには対応しない」「健康調査の実施は考えない」の「ないないづくし3点セット」でした。
こと水俣病問題対応については県政の悪い流れにしか遭ってこなかったであろう患者・被害者ならびに支援者にとっては、明確な判断材料になったかと思います。
写真は、水俣病歴史考証館内に展示されている丸木位里・俊画「水俣の図」。2023年12月撮影。

自分の国語力を省みろ

昨日(3月5日)と本日(3月6日)の朝日新聞紙面に、国語力について参考になる記事があり、印象に残りました。
まず昨日の方は、私より少し若い方だと知ってその驚きもありましたが、TVでもロシア問題の解説で顔を見る機会が多い、駒木明義論説委員が「新聞記者の文章術」欄で書かれた記事です。そこでは、「自分が書いている文章がわかりやすいかどうか自信が持てないときに、時々私が試してみることがある。それは、外国語に移してみるという方法だ。」とありました。確かにネット上の自動翻訳を利用してみると、原文の言わんとするところが不明瞭であれば、変てこな訳文しか返ってきません。このように、自分の国語力の検証方法として有益だと感じた経験が、私にもあります。加えて、大学時代の所属ゼミの教授も同じようなことを言われていた覚えがあります。その教授は、日本語訳本で意味が通らない箇所を原書で当たってみると、だいたい原文そのものに問題があるものだと、言われていました。言いたいことが多すぎて一文が長すぎると、結局何を伝えたいのかわかりませんし、トランプ流に短く断言しすぎても、前提や周辺の情報が伴っていないと、単なる遠吠え的な発言に終わってしまうかもしれません。トランプの言葉は単純で平易であり、その言葉を信奉者らと共に口にさせることで、一体感に酔わせるだけが目的のように思います。バイデンではなく、あえてオバマを例に取り上げると、彼の言葉は含蓄に富み論理的ですが、あまり理知的ではない国民が大勢を占める社会では通じないのかもしれません。
次いで本日の記事の方ですが、内田伸子お茶の水女子大学名誉教授に聞いた、シリーズ「早期教育へのギモン」の5回目の見出しには「英語読解 日本語の読み書きが土台」とありました。「早く英語に取りかかればいいというのは誤解だと考えています。カナダ・トロント大の言語心理学者らがかつて、日本からカナダに移住した子どもを10年間、追跡調査したことがあります。」として、「学業成績が一番高かったのは中学から行った子どもたちでした。」と紹介していました。つまり、国語力が「考える力」の土台というわけです。
どの言語であれ、自分の国語力を公開する行為というのは、自分の「考える力」の度合いを晒しているのと等しいということになりますから、SNS投稿もリスクがあるかもしれません。かといって国語力に自信がないからと、むやみに写真や動画をアップすると他人の権利を侵害することもありえますから、とにかく用心することです。
写真はワシントンD.C.のホワイトハウス。2000年5月撮影。

行政書士倫理綱領を正しく理解したい

行政書士である当職は、以下の倫理綱領を意識して活動しています。

行政書士は、国民と行政とのきずなとして、国民の生活向上と社会の繁栄進歩に貢献することを使命とする。
一、行政書士は、使命に徹し、名誉を守り、国民の信頼に応える。
二、行政書士は、国民の権利を擁護するとともに義務の履行に寄与する。
三、行政書士は、法令会則を守り、業務に精通し、公正誠実に職務を行う。
四、行政書士は、人格を磨き、良識と教養の陶冶を心がける。
五、行政書士は、相互の融和をはかり、信義に反してはならない。
上記の通り5項目ありますが、数字が若い項目が優先されます。
たとえば、「二」に関連して、町に対する賠償責任が法的に確定しているにもかかわらず、その義務を履行していない会員の事案があったとします。これでは、町民の権利が侵害されたままですし、賠償を踏み倒している会員は、義務の履行に寄与しているとは言えないと思います。こうした事案があれば、遡って、「一」の行政書士の名誉を汚し、町民の信頼に応えていないと考えられないでしょうか。
ですが、こうした事案をしでかした会員で、自分の行動は棚に上げて、いきなり「五」の相互の融和を取り上げて、協調を求めている人がいて、たいへん驚きました。
綱領の「一」~「四」の遵守ができている会員であれば問題ないのですが、そうでない会員とまで仲良くなりたいとは思いません。これからも公益性のある情報発信に努めて、国民の権利擁護を推進していきます。

専門家選びは難しい

熊本県弁護士会所属の若手弁護士の方がこのたび日弁連ゴールドジャフバ賞を受賞されたと、本日(3月3日)の地元紙が報じていました。この方は、元技能実習生死体遺棄事件で、被告の主任弁護人として最高裁で昨年3月24日逆転無罪判決を勝ち取っています。私もこの方の存在については、事件発生直後の2020年11月から救援に動いていた先輩行政書士の方の講演で聴いて知っていました。最高裁の自判無罪判決を得るのは稀有なことで、本件は戦後25件目にあたります。2018-2022年の最近5年間の最高裁の事件処理件数に限っても、高裁から最高裁への上告件数は1万件ありますが、そのうち最高裁が弁論決定したのが16件(0.16%)、破棄自判無罪となったのは2件(0.02%)に過ぎません。ただでさえ支援が行き届かない技能実習生制度のもとでの孤立出産が罪に問われた事件から被告女性を救った活躍は素晴らしいと感じます。
日常生活において多くの人は裁判とは縁がありませんが、いざ係争となると、いかに仕事ができる弁護士と出会えるかが重要です。私も会社員時代に法務的業務に従事して、顧問を委嘱する弁護士を探したり、はたまた解嘱したりした経験があります。今回の受賞報道に接して、法務担当時、世話になったある優秀な弁護士を思い出しました。その方は、1993年3月25日の水俣病第三次訴訟2陣熊本地裁判決において、チッソ・国・熊本県に勝訴の判決を得た際の弁護団の若手弁護士の一員として活躍されています。その判決は賠償金の仮執行と仮執行の免税がついているものでした。弁護団は事前に周到な準備を進めて、和解に応じようとしなかった国に打撃を与えるため、国に賠償金を支払わせる仮執行に成功しています。国が執行金相当額を熊本法務局へ先に供託すれば、仮執行が免税されますが、判決直後に国の現金が保管してある熊本中央郵便局へ執行官と弁護士が出向いて差押えれば、仮執行が可能になるというものでした。しかも、執行金を預金する先の銀行から金銭をカウントするプロと紙幣をカウントする機械も伴っています。そのあたりの攻防の模様は、水俣病訴訟弁護団編『水俣から未来を見つめて』(1997年刊)に書かれていますが、このように鮮やかに国の現金を差押えする前例はなく、読むと法廷ドラマのようなドキドキ感があります。
ただ一つ残念なのは、私が世話になり、上記の手記を執筆した弁護士とは別の方ですが、同じ当時の若手弁護士のメンバーの一人で、先ごろまで全国B型肝炎訴訟熊本弁護団長だった人が、口座の預かり金から約9000万円着服したという報道が今年ありました。30年後にこうした事件を自らしでかしてしまう弁護士もいるわけで、資格だけで資質を体重みたいに推し量ることはできず、弁護士など専門家選びはなんとも難しいものです。
写真は記事と関係ありません。ウィーン市内で見かけたコイン式体重計(1993年1月撮影)。同種のものは昔モスクワ市内でも多数見かけたことがあります。
https://kumanichi.com/articles/1345422
https://kumanichi.com/articles/1314340

エセものではない科学と歴史を学べ

水谷千秋『教養の人類史』(第七章 現代史との対話――明治維新と戦後日本)読書メモより。
・p.239-240見田宗介(読売新聞2018.1.25)…「僕の考えでは、平成の始まりは明治維新と並ぶ、大きな歴史の曲がり角です」「二つは対照的です。明治は坂を上り始めた時代、平成は坂を上り終えた時代」「消極的にとらえる必要はありません。日本は富国を成し遂げたと考えるべきです。この先、谷底に下りるのではなく、高原を歩き続けられるようにすることが大切です。地球環境・資源に限りはありますが、無理をしなければ、今の相当豊かな生活をほぼ保つことができるはずです。どうやって高原の明るい見晴らしを切り開くのか、それが日本の課題です」。
・p.241吉見俊哉(『平成時代』2019.5)…「(平成とは)グローバル化とネット社会化、少子高齢化の中で戦後日本社会が作り上げてきたものが挫折していく時代であり、それを打開しようとする多くの試みが失敗に終わった時代であった」。
・p.243福沢諭吉(『学問のすすめ』)…「学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」。
・p.254半藤一利(『昭和史1926-1945』)…「(日露戦争勝利で)日本人はたいへんいい気になり、自惚れ、のぼせ、世界中を相手にするような戦争をはじめ、明治の父祖が一所懸命つくった国を滅ぼしてしまう結果(になった)」。
・p.259司馬遼太郎(『「昭和」という国家』)…「(昭和の初年からの20年、この国は)日本の軍部に支配される、というより占領されていたのだろう」。
・p.265水谷千秋(堺女子短期大学「短大通信」2020.8)…「ポストコロナ世界はモラルなき乱世の時代、と見る識者も多い。しかしこれからの時代(それは気候危機の時代でもあろう)を、ただ世間の動きに順応し生き延びていくのではなく、どういう世界を創っていくべきかを考え、主体的・自覚的に生きていくには、やっぱり私たちは科学や歴史を学ばなければならない。大学は何よりもそのための場である。」。
水谷千秋『教養の人類史』(第八章 人類史と二十一世紀の危機)読書メモより。
・p.270-271長谷川眞理子(『進化的人間考』)…「(ヒトは生後9か月を過ぎると)自分が興味を持ったものをさしたり、母親の前に差し出したり、さらに手渡したりするようになる」。「三項表象」の理解=「共同注意」の発生。人間だけが三項表象を理解し、美の観念を持ち、言語を持つ。
・p.275水谷千秋…「現代に起きていている問題はすべて過去の歴史にその源があるのであり、その解決への道も歴史が教えてくれるはずであることが垣間見えてきます。枢軸時代(カール・ヤスパースが名付けた、今から2500年くらい前のヘレニズム文化、ヘブライズム、仏教、儒教といった思想が生まれた時代)の先人たちの教える人間愛と人生への態度、そして近代科学の教える合理主義と科学精神のもたらす成果が、私たちに未来を指し示してくれるはずなのです。これから待ち受ける不安な未来に対し二十一世紀の人類が駆使できる叡智は、この二つ以外には存在しません。決して偏見や憎しみ、科学に基づかない思い込み、呪術、差別、偏狭な愛国心、また富への執着といったものに頼って判断してはならないのです。今世紀から来世紀に向けて人類の生存はそこに懸かっているのではないか、と私は思います。」。→p.287人間の尊厳というものへの理解がまだ日本では不足している。
・p.277-278斎藤幸平(『人新世の「資本論」』)…「資本主義こそが、気候変動をはじめとする環境危機の原因にほかならない」「資本は無限の価値増殖を目指すが、地球は有限である」。→p.283「コモンズ」=p.282宇沢弘文「社会的共通資本」
・p.278水野和夫(『資本主義の終焉と歴史の危機』)…「資本主義は『中心』と『周辺』から構成され、『周辺』つまりフロンティアを広げることによって、『中心』が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステム」「地理的な市場拡大は最終局面に入っている」「地理的なフロンティアは残っていません」。→p.281新自由主義の失敗、一部の特権階級だけが富を独占、格差の拡大。