日別アーカイブ: 2021年10月15日

親ガチャと格差の自動化

今年から目にするようになった用語に「親ガチャ」なるものがあります。子どもの貧困が、子どもが選べない親の経済力などの資質に起因することを受けて、自分の親の当たりはずれを揶揄する表現としてあるようです。確かにさまざまな先行研究で親の学歴や蔵書数の違いが子どもの学歴の高さと比例する関係にはあります。結論から言えば、どのような親の子どもとして生まれてきても教育や福祉の機会が受けられる社会創造に政治(立法と行政)の役割があり、その実現に向けて子どもの有無にかかわらず大人が行動する責任があります。表紙の写真は次に読む本で、サブタイトルには、「デジタル化がどのように貧困者をプロファイルし、取締り、処罰するか」とあります。米国の警察モノのTVドラマでは、犯罪発生後に市民の個人情報が捜査当局にいとも簡単に把握され、容疑者や証人の確保に役立つシーンがしばしば登場します。その点では、米国と対立する権威主義国家と同様以上の管理社会の姿が見えてきます。所得の再分配に寄与するデジタル化なら理解できますが、支配を容易にすることだけなら考えものです。