月別アーカイブ: 2020年12月

半世紀後は

来月久々に高校生向けの就職支援の仕事に携わります。彼らが定年退職の時期を迎えるのはおおよそ半世紀先になります。そのころの脱炭素社会のありようはどのようなものなのか。現在の大企業が確実に存在しているとは限りません。現在募集される職種の大半がなくなっている可能性は高いということもあります。その意味では何をもって就職が成功したとか失敗したとかいえるのかと思います。どのような会社に入りたいというよりもどのような社会に暮らしたいか、作っていきたいかを、本当は高校生に考えてもらいたいと思いますが、それを考える必要のない大人がテキストを作っているので、そこは難しいものがあります。

開催方法の工夫はある

来月の成人式が県内各地の自治体で中止が相次いでいます。私の地元では今のところ開催予定です。参加にあたりさまざまな対策を講じてその協力を求めています。県外からの帰省自粛が求められていますので、例年よりは参加者も少ないでしょうし、十分準備したうえでの開催はありえるのではないかと思います。

日常の優生思想

けさの地元紙で写真の本が紹介されていてさっそく注文しました。著者は学生時代に政治社会学者の栗原彬氏に師事したと記事中にあったのも決め手です。栗原氏の講義は、私も学生時代にモグリで聴講していましたので、懐かしく思ったせいもあります。さらに、記事には「先天性の障害のある胎児性患者に対して反公害運動がはらむ日常の優生思想を追及している」ともありました。これも気になりました。

私の3点

本日の朝日新聞読書欄には恒例の書評委員全員による各自が勧める3点の書籍が紹介されていました。残念ながら今年は1冊もこの中にある本を読んではいません。どちらかというと、書評委員が勧める書籍はそれぞれの分野の専門書であることが多く、価格も高めということもあります。限られた時間ですから、どの本を読むかという選択は重要になります。おすすめ本のエッセンスは、今後の委員の書評の中から読み取ろうと思います。ところで、私の3点は、特定の書名ではなく、今年関心を持った分野を挙げておきます。一つは、東アジアの歴史、二つめは国際人権法、三つめは、宗教と科学といったところだと思います。

来年限りの祝日の変更について

私が毎月出席している行政委員会の来年の会議日程が知らされました。その際に来年限りの祝日の変更についても案内を受けました。東京五輪の開閉式日程に合わせて、海の日、スポーツの日、山の3つの祝日が来年に限って移動します。本来の日は平日扱いとなるので要注意です。すでに入手されているカレンダーや手帳の記載は、法律改正前に印刷されたものだと思われますので、各自訂正しておかないと混乱するかと思います。さすがにネット上のカレンダーは改正内容が反映されていましたが、グーグルカレンダーだと本日現在でスポーツの日が以前の呼称の体育の日となっていました。なぜだかわかりませんが、いつ訂正されるか気になります。それと、もしも五輪自体の開催がなくなる場合はまったく間の抜けた祝日になることは確実です。写真は投稿とは関係ありません。

ブランド価値と使用価値

斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』は、たいへん新しい視座をもたらす刺激的な本でした。氏は、無限の経済成長を断念し、万人の繁栄と持続的可能性に重きを置くという自己抑制こそが、「自由の国」を拡張し、脱成長コミュニズムという未来を作り出すと主張しています。脱成長コミュニズムが世界を救うというわけです。そして、脱成長コミュニズムの柱として以下の4つを提唱しています。①使用価値経済への転換②労働時間の短縮③画一的な分業の廃止④生産過程の民主化がそうです。具体的にどういうことか、使用価値についていえば、高価格のSUVも低価格の軽自動車も人の移動手段として見るならば、大差がありません。違いはブランド価値であってそれが商品価格の違いにも大きく反映されます。消費者が考え方を変えれば、社会はかなり意味のない競争のために働いていることが多いことに気付きそうです。
同書では、エネルギーが無償の水力から移動が可能な石炭・石油といった化石資本に変わったことが、立場の弱い労働者を生み出したとの記述がありました。この部分で、水俣病の原因企業のチッソが九州各地の大型河川に水力発電設備を作り水俣まで送電してそれで化学肥料などを生産していたことを思い出しました。イギリスとは異なる日本型の資本主義形成の姿がそこにはあったと思います。

経済成長は約束できない

『人新世の「資本論」』を読むと、これからの政治家は安易に経済成長を約束することはできないとの思いを強くします。どうしてもバラ色の将来を見せなければ、人気を取ることはできないかもしれませんが、こうした強迫観念から出た言葉は、いずれウソをついていたということになるのが、自明のものになるかもしれません。ただいつの世も見たくないものを見ない、知りたくないものを知ろうとしない、先送りに終始する人が多いのも事実です。

冬の狩人

年末には久々に小説を読む予定です。『冬の狩人』の著者・大沢在昌氏は数々の警察モノを世に出していますが、その時代ごとの日本社会の変容を反映していてリアリティーを覚えます。前回読んだ同氏の『新宿鮫』の最新巻では民泊施設が舞台になっていました。かつて海外に舞台を求めた日本人作家としては、故・船戸与一が秀逸で、民族や宗教、政治体制など、血腥い国際社会が描かれており、生きた国際政治の教科書的存在でした。このように時代の変化を読むということは、優れて知的訓練になると思います。しばしばセンセイと呼ばれる人たちの言動を追うと、時代の変化に対応していないと思うことが多々あります。前例踏襲主義で当時は効果があったり、正しかったりしたことが、今ではそうではないことを知らないのか、思い込んで頑として曲げない愚かさに接することがあります。始末に悪いのは往々にしてそれらの行為が善意という思い込みです。

転移を疑ってみる

今読んでいる斎藤幸平著『「人新世」の資本論』には、ドキリとさせられる指摘が満載で面白いです。地球の将来を憂う気持ちがあるなら、新技術の効果について鋭敏な理解が必要だと思いました。そうでなければ、往々にして善意の人が良かれと思って実は子孫の首を絞めているということになりかねません。政府が進める脱炭素社会の手法が本当に正しいのか、実は危機便乗型のビジネスにうまく乗せられているのではないかを疑ってみる悪意が重要ではないかと思います。この書籍に載っている例ではありませんが、環境汚染対策としてひところアクリルたわしを使う運動があり、それを編んで製作する方がいました。それが、今では台所から下水を通じて海洋へのマイクロプラスチック汚染につながるということで、使用を普及させる運動は大半なくなったのですが、ある高齢の先達が弊害を指摘されても聞き入れず今も製作している例がありました。こうなりたくはないなと思います。ガソリン車から水素エンジンの燃料電池車へ移行しても燃料電池の製造工程を考慮すると二酸化炭素の排出量削減の効果はきわめて限定的というデータもあるようです。マイカーを減らして生活できる社会への転換がはるかに効果的です。

高齢者宅訪問

地区の福祉活動の一環で高齢者宅を訪問しました。訪問とは言っても現在のコロナ禍にあっては玄関先で顔色をうかがう程度です。こうした時期ですので、最近は自宅訪問型の悪質商法は少ないようですが、どのような手口が増えるのか、それはそれで気になるところです。一昨日開かれた市の養護老人ホームと軽費老人ホームがそれぞれ定員割れしているということでしたので、入居者募集の案内を活動参加者に周知しました。

ウェーバーの主張

宇野重規著『民主主義とは何か』のp.180~p.181にドイツの社会学者マックス・ウェーバーが政治家に対して求めたことがコンパクトにまとめられています。ウェーバー自身はワイマール憲法の起草にも影響を及ぼした人物でしたが、ナチスの台頭を見る前に当時流行していたスペイン風邪で亡くなっています。彼は、政治家に3つの資質を求めます。それは、情熱と責任感と判断力です。政治家は他人を動かす権力をもっていることを自覚し、それに溺れることなく、責任を果たさなければならないと考えました。政治家には、自らの職務に対する献身を求めています。政治家は、自分の行為の結果に対して責任をもつ必要があるとしています。自分の信じていることは正しかったが、結果がたまたまうまくいかなかった、という言い訳は、政治家には通用せず、重要なのは結果であるとしています。主観的に自分が正しいと思う信条(心情)倫理だけではなく、結果に対して責任をもつ責任倫理が不可欠だと強調しています。政治によって生きる、つまり生活の糧として政治に携わる職業政治家ではなく、政治のために生きる、政治を使命として政治にかかわること自体を目的とする政治家を重視しています。やはり著者は日本学術会議会員としてふさわしいのではないでしょうか。

HACCP普及の好機なのだが

首相が高齢者主体の5名以上の会食に参加して感染防止に逆行するのではと、注目を集めています。そのことよりも会食場所の衛生管理がどのようであったかが気になります。飲食業で導入が義務化されたのにもかかわらず業界では負担だけが大きいと後ろ向きです。このようなときにこそ積極的に導入して多人数の会食も受け入れながら感染防止に成功したとなれば、HACCP普及の追い風にもなるだろうにと思います。あんまりそうしたPRに長けたブレーンがいないのでしょうか。

今年も残り半月

今年も残り半月となります。そろそろ年賀状の準備にかかろうかと思います。年賀状印刷の手配自体は今年はいつもよりは早く行いました。コロナの1年に見舞われたのですが、そうしたメッセージは控えたシンプルなデザインのものにしました。不要不急とは何かを考えさせられた年でした。私個人としてはまさしく不要不急の読書に時間が割けられ充実した思いがあります。年明けには法人と個人の確定申告が控えていますが、こちらも人を雇っているわけでもなく、事業的にも静かな1年でしたので、割とスムーズに書類準備が進みそうです。

 

様変わり

今年は忘年会参加にする機会が格段に減りました。感染していない参加者だけならもともとは何も心配しないで済むのですが、参加数日前の生活状況がわからないので一律に中止となるのは仕方ない状況です。

人新世の次の時代は

今月読む予定の本に斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社新書、1020円+税、2020年)があります。この書名の一部にある「人新世」という用語ですが、知るようになったのは割と新しく放送大学の講座「人新世時代の文化人類学」でした。ところで、この用語の意味は、地球の地質区分の名称で、人類の存在が生態系や気候に影響を与えるようになった新しい時代のことを指します。日本でも脱炭素社会が叫ばれ2035年にはガソリン車の新規販売はなくなるのではと見られます。ですが、影響を与える最大の要素は核兵器という気もします。全世界的に使用されたら地球上の人類自体の存続にもかかわりますから、その後の時代区分はまた新しい名称が必要になるかもしれませんが、その用語を使う機会のある人類がそのときに存在し得るのかという問題もあります。

国籍差別の実態に目を向けるべき

日本に限らず外国籍の労働者が在住国内でさまざまな不利益を得ています。特に日本においては立場の弱い技能実習生は隠された奴隷制ともいえる状態で、人権侵害が甚だしいと思います。国籍差別はかつての日本人が海外移民先でも受けた歴史があり、同じような過ちを今日の日本国民が犯すべきではありません。

社会とのつながりを保つ

コロナ感染防止の最大の対策は人同士が接触しないことと分かってはいますが、認知症予防対策の面から見ると、社会とのつながりを保つことは重要です。経済との両立というよりも人として生きる楽しさとの両立を図りたいものだと思います。

じゃがいも収穫

J3のロアッソ熊本は昨日ゲーム終了時点で残り2試合を残していますが、J2昇格の残り1枠となる2位との勝ち点差が7となり、今季の昇格復帰はなりませんでした。昨年同様リーグ後半戦にめっぽう弱いのでどうしようもありません。その残念さを払拭しようと、午前中、遊休農地解消活動の一環で農業委員らが作付けしたジャガイモの収穫に行ってきました。農地近くの保育園児らも参加して子供たちが大きいイモをたくさん持ち帰りました。おかげで委員の持ち帰り分はわずかなものでしたが、子どもたちに喜んでもらえたのが何よりでした。

会議が多い月

12月は各種団体の会議が多い月です。書面開催から対面開催が復活することが多くなりましたが、開催する側も出席する側もいろいろと気をつかいます。WEB会議への移行が可能ならば、それを行うのもお勧めだと思います。写真は投稿と関係ありません。