関輝明行政書士事務所」カテゴリーアーカイブ

『介護格差』読書メモ

淑徳大学総合福祉学部教授・結城康博著『介護格差』(岩波新書、1000円+税、2024年)より印象に残った点をメモしてみました。知っているのか否かで介護生活の差があるので、元気なうちからの「介活」を勧めています。
●介護と経済的側面からの格差問題→金銭的余裕の有無で状況が変わる
・裕福な高齢者ほどケチ。1円単位で請求書・明細書の問合せが多い。
・夫も妻も国民年金受給者(月10万円層)だと生活が厳しい。
・医療や介護の負担がゼロの生活保護受給者は「最下位層」ではない。
●頼れる人がいるか否かで明暗が分かれる
・家族等が面会に来る高齢者は介護生活も充実。若いときから「人付き合い」を心がける。
・身元保証人がいないことを理由に入居を法令上断れないが、空きがないと別の理由で断られる。
・成年後見人制度は限界がある。医療行為への同意に応じる権限までは法律的に付与されていない。
●医療と健康格差
・人はなかなか死なず、認知症や介護状態となって晩年を生きてから最期を迎えるのが現実。
・将来の「介護生活」を見込んでコミュニティの輪の中でうまくやっていくには現役時代の話を出さない。
(男性は職歴や学歴の話を出しがちだが、女性から煙たがられる)
・統計学的には、年齢を重るにつれ、認知症となる確率が高くなる。
(75-79歳:10.4%、80-84歳:22.4%、85-89歳:44.3%、90+歳:64.2%)
・要介護認定申請と主治医 普段から関係が深いかかりつけ医の意見書>受診歴が少ない総合病院の意見書
●介護人材不足と地域間格差 2024年改正介護保険制度の問題点と格差是正のための処方箋は?
・介護人材不足による深刻さ 介護事業所閉鎖(2023年510件が倒産・休廃業・解散と過去最多)
・訪問介護サービスの基本報酬引き下げにより在宅介護は幻想化する。
・中山間地域といった過疎地域での在宅介護はサービス供給面から困難になっている。
・離島では介護サービスが存在せず介護保険料だけが徴収されている事象も発生している。
・住む市町村による法令解釈の違いで制度も異なる。介護保険料の地域差(小笠原村3374円~大阪市8749円)
・住む市町村により要介護認定率・介護度判定に差がある。
・男性は口数が少ないため調査員が書く調査票特記事項に問題点が拾い上げられにくい。家族同席したがいい。
・介護保険以外のサービス格差が自治体でも民間市場でもある。
・尋常ではない訪問介護の人材不足の要因は給与や職場環境の格差がある。
・ケアマネジャーも不足。5年ごとの更新研修の負担や受験資格の厳格化も要因。
・市町村の財政力と首長次第という地方政治の差もある。千葉県長柄町ではヘルパー資格を無料で取得できる。
・元気高齢者の就業率上昇がボランティアや民生委員の人材不足深刻化を招いている。
・団塊ジュニア世代の介護危機
・地域包括支援センターは介護予防プランに追われ総合相談や地域ネットワーク作り、医療介護連携が疎かに。
・旧「措置制度」の評価を見直すべき! 自治体責任を低下させない。
・介護は「雇用の創出」 ヘルパーの公務員化を進めるべき  10%程度の介護報酬引き上げを!
・財源としては法人税引き上げと資産に基づく負担増を 介護は経済政策(「負担」ではなく「投資」)
●介護は情報戦→知っているか否かで違う→「介活」で格差を乗り切る
・「介活」をやってみよう!
①支えられ上手に ②ハラスメントの加害者にならない ③良し悪しは「口コミ」から
④元気なうちから親子で考えよう ⑤介護相談機関などを調べておこう ⑥「かかりつけ医」を持とう!
⑦元気なうちは働こう! ⑧避難行動要支援者名簿への登録に同意する(同意しないと要支援の対象外)

『環境とビジネス』読書メモ

現在、慶應義塾大学総合政策学部教授とアジア開発銀行研究所(ADBI)のサステナブル政策アドバイザーを務める、白井さゆり氏が著した『環境とビジネス』(岩波新書、920円+税、2024年)は、これから政治や経済の場で世界的に活躍したいと考えている若者にはぜひ手に取ってもらいたい書籍だと思いました。
白石氏によると、世界の投資家が重視しているのが、温室効果ガス排出量の測定だと言います。それなしには削減目標も立てられませんし、削減貢献量もアピールできません。企業は自社の排出量が、スコープ1(企業が事業活動から自ら直接排出した量)、2(他社から購入した電力消費や熱・蒸気使用による間接的な排出量)、3(1と2を除く、上流から・下流までの過程における排出量)のそれぞれでどれだけあるかを把握し、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の基準に沿った開示が必要となります。企業の内部統制として、排出量の監視や評価がきちんと行われるような組織や人材の配置が重視されることとなります。
実際、米国ではカリフォルニア州(GDP世界5位に相当)を中心に、スコープ3を含む温室効果ガス排出量の開示の義務化の動きがあります。同州では2023年10月に州内で事業を行う年間売上高10億ドル以上の企業を対象に、気候関連の情報開示を義務づける法案が成立。日本企業がすべきことは進出先のくにでどのような開示要件が義務付けられようとしているのかを調査することとなります。すでにEU(GDP世界3位に相当)、豪州、カナダ、英国、ASEAN、香港、韓国、ブラジルが義務づける意向を発表していて、それが世界トレンドになっているそうです。
興味深いのは、米国共和党のトランプ大統領候補を支援するイーロン・マスクが代表の、EVメーカー最大手テスラが成長した一因に、民主党地盤のカリフォルニア州が行う自動車排ガス規制対策としてのクレジット制度があるという事実です。EVだけを製造するテスラが2022年に販売したカーボンクレジットの収入は17億8000万ドル(約2770億円)に達していて、この仕組みは他の民主党地盤の州を中心に取り入れられているとのことです。なお、テスラは世界最大のEV販売市場である中国でも生産を行っています。
著者は、「世界の大企業や大手金融機関は、気候変動・環境リスクの管理が、企業の取締役会と経営者にとって最も重要な決定になると肌で感じとっている。企業は生産・営業活動からの温室効果ガス排出量を減らしていかないと、いずれ株価や市場価値が大幅に低下したり、格付けや資金調達費用が高まっていく可能性がある」と記しています。さらに、この世界のトレンドは大企業だけでなく中小企業や上場していない企業にも影響があると示しています。それが商機と捉えられる人材を確保できた企業が利益を拡大できるのかもしれません。熊本県も半導体生産ばかりでなく環境経営に強い人材の育成にも力を入れたがいいと思います。

脳の世界モデル

8月24日の朝日新聞読書面の「売れてる本」欄において、脳科学者の毛内拡氏が補足説明しているヒトの脳のしくみの話がたいへん興味深く印象に残りました。説明によると、「脳はとにかく省エネがしたい臓器」とのこと。「過去の記憶や経験からあらかじめ『世界のモデル』を作っておき、その世界を見る」のだそうです。そのため、「私たちは脳が作った仮想世界を生きている。生の情報は使わずに、見たいと思ったものだけを見る。多くのすれ違いはここから始まる」といいます。それぞれの人が脳の中にもつ「世界のモデル」が違うのですから、そもそも分かり合えるはずもない、それよりも分かり合えないことを認め合うことが重要と書いてありました。
本稿ではありませんでしたが、もともと私たちの眼で捉えた映像情報が脳に伝わるまでは、時間差があります。地上波TVと衛星放送TVで同じライブ放送内容を視聴すると、衛星放送の映像が地上波のそれより遅れているのと同じで、常に過去しか実は見ていません。それだけではなく、脳の情報処理自体が仮想世界で実行されていると知って、ライブやリアルの世界は実は脳の外にしかないという気がして、これまた面白いと思いました。
ところで、本稿で紹介されている本は、日経BPから出ている、今井むつみ著の『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』。読んだことのない本でしたが、評者の毛内氏の上記の補足説明と提言(短絡的に答えを求める誤った効率主義ではなく、試行錯誤を許容する社会を求める)で十分満足したので、読むのはよそうと思います。
SNSに巣食う一部のレイシストや陰謀論者たちの脳の世界モデルあたりは、さぞかし最先端の省エネタイプ(※速い思考)なんでしょうけど、機知にとんだ言葉や視覚情報でもって上書きしてやるのを楽しんでみます。
※速い思考:心理学者のダニエル・カーネマンが指摘する概念。人間の脳は迅速で能率的な判断をするようにできていて、そのために一部の選択にバイアスがかかることを明らかにした。自分の脳がゆっくりと合理的に問題を考えていると自覚しても、私たちの頭は近道をし、感情に影響されている。自己中心主義(エゴセントリック)、可用性(アベイラビリティ)バイアス、確証バイアス、(快感を求め不快感を避ける)動機付け、情緒が特徴。対立概念は、意識的、論理的で、熟慮を伴う「遅い思考」。
さらに、昨夏読んだ、クリストファー・ブラットマン著『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』(草思社)に載っていた「平和工学者のための十戒」を以下に示します。
1.容易な問題と厄介な問題を見分けなさい
2.壮大な構想やベストプラクティスを崇拝してはならない
3.すべての政策決定が政治的であることを忘れてはならない
4.「限界」を重視しなさい
5.目指す道を見つけるためには、多くの道を探索しなければならない
6.失敗を喜んで受け入れなさい
7.忍耐強くありなさい
8.合理的な目標を立てなければいけない
9.説明責任を負わなければならない
10.「限界」を見つけなさい
※写真は記事と関係ありません。島根県観光キャラクター「しまねっこ」。

山陰の旅

これまで足を運ぶ機会がなかった島根・鳥取の旅を先日堪能してきました。とはいっても鳥取は境港や米子といった県の西部の一部だけ、山陰全域を訪れたわけではありません。それでも、行ってみて初めて知ることやある程度の知識はあっても改めて重みを知ることがあります。ここでは、島根県安来市にある足立美術館創立者の足立全康と、鳥取県境港市にある水木しげるロード・水木しげる記念館に名を残す水木しげるという二人の人物を取り上げてみます。共通するのは、観光名所の創出に貢献した点、さまざまな職業体験を経ながら大成したのは中高年期を過ぎてからと遅咲きだった点、亡くなる間際まで好きなことを続けて悔いを残さない人生を送った点を感じます。
まず、足立全康氏(1899-1990年 享年91歳)。今でこそ庭園日本一で知られる足立美術館ですが、その基礎となるコレクションの横山大観の絵に大阪・心斎橋脇の骨董店の店先で出会ったのは48歳のときで、その頃まで本人美術品蒐集の趣味があったわけではありません。しかもその大観の絵を初めて購入したのは、58歳のとき。「いつか必ず大観の絵を買ってやるぞ」と決心してから10年後のことです。本格的に美術品蒐集に力を入れるようになったのは、自身が不動産投資事業へ進出した59歳からで、さらに美術館設立に着手するのはそのまた10年後、71歳(1970年)にして開館に至ります。しかし、入館者が伸びずに10年以上思い悩む中、施設の規模を拡大し、大観コレクションの拡充を進めます。その後、開館20周年を迎える頃には年間50万人を超える人気館となり、91歳の生涯を終えます。
出口治明編『戦前の大金持ち』(小学館新書)でも氏の生涯が取り上げられていますが、その中で印象深いのが、当人は常々「自分には学がない」と言っていたようです。そこには変なプライドよりも自分が好きなことを優先する潔さを感じます。お金が活きる使い方と笑顔も大切にしていたようです。これほど果てしなく自分の夢を追求した人物はなく、波乱万丈ではあっても幸せな人生を送ったに違いないと思います。その夢の結晶を誰もが鑑賞できる機会を提供してくれているのですから、特に若者たちには庭園や展示絵画と同時に創立者の生涯に何かを感じてみるにもいい場所だと思いました。
次に、水木しげる氏(1922-2015年 享年93歳)。幼少期に鳥取県境港市で育ちました。旧日本陸軍兵士としてアジア太平洋戦争に従軍し、1944年、22歳のとき、赴いていたニューブリテン島において受けた負傷が元で左腕を失います。記念館では、従軍中の体験の過酷さやその後の人生に与えた影響の大きさがよく理解できる展示となっていました。もともとは画家志望でしたが、貧窮のため、その道は諦めますが、絵に関係した仕事として漫画家としての生活を始めます。商業誌デビューを果たしたときには40歳代を迎えていました。
代表作は、『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』など。妖怪漫画の第一人者というだけでなく、本人の特異なキャラクターと、その数奇な人生が知られ、世間から注目を受けるようになりました。1993年(71歳)、鳥取県境港市の町おこしに協力し、水木しげるロードの建設が開始され、2003年(81歳)に水木しげる記念館の開館によって完成します。2010年(88歳)、妻の武良布枝氏(現・島根県安来市出身)の著書『ゲゲゲの女房』がテレビドラマ化され、本人は鳥取県名誉県民、文化功労者となります。同年、通称「米子空港」が愛称「米子鬼太郎空港」となります。
水木しげる氏の生き方を辿ってみると、しっかり睡眠(1日10時間)をとり、食欲が旺盛であり、来客者との会話を楽しみ、家を改築するのが好きということでした。基本的にストレスが少ない人ではなかったのではと思います。戦時中にマラリア熱で倒れ、衰弱で栄養不足になっていたときに、現地住民の助けで生活した経験があったといいます。相手に警戒されずに受け入れられる不思議な人間的魅力が若いときからあったのではないかとうかがわせるエピソードだと感じます。足立氏と同様、水木氏もたいへん興味がそそられる人生を歩みました。ぜひ若い人たちこそ記念館を訪ねてみてほしいと思います。

心配だけなら無用だ

明日(8月17日)に、水俣市の水俣病センター相思社において同法人内に事務局を置く水俣病被害者団体である水俣病患者連合と木村熊本県知事との懇談会が開かれます。患者連合からは約20人が参加して同団体側から提出した要望書について意見交換する予定となっています。
今回の懇談前日となる本日の地元紙に「県政特集」と称する広告特集もどきの別刷が折り込まれていて、その3面に水俣病問題についての知事インタビューの回答が載っており、「県としても被害者が置かれている状況に目を向け、心を配っていく必要があると改めて痛感しました。今ある制度でできることはないか、改善すべきことはないか、常にアンテナをしっかり張っていきたいです。」と発言していました。見出しには、「被害者と向き合い心を配る」とありましたが、知事には今ある制度の枠内で考えるのではなく、制度そのものの見直しに向き合ってほしいと思いました。心を配るだの、寄り添うだの、そういう上っ面の言葉を被害者は求めてはいないはずです。心配だけなら無用だと言われてしまうと思います。
今月4日にも水俣市で知事と水俣病被害者・支援者連絡会との懇談が開かれていますが、この席で知事は「(患者の)認定基準は国の事務」と述べ、認定制度の見直しに県は踏み込まない姿勢を貫きました。被害者側からは「国から言われっぱなし」「県民の命を守るのが知事の責任」と批判されました。
今も続く裁判では加害企業のチッソと同じく後から被害を訴えてきた人は一切救済しないことを求める「除斥期間」の適用を主張するなど、知事の一連の姿勢は、認定患者をこれ以上増やさないことだけに邁進しているようにしか見えません。
明日は知事が逃げずに、自分の職業的使命が何なのかしっかり理解できるまで語り合ってほしいと願っています。

論文の要件

「先端教育アウトリーチラボ(AEO)高校生研究員2024夏期集合型プログラム2024 8/2」の動画を視聴していたら、「論文の要件」として以下の3要件が示されていたので、思わずメモしてしまいました。
①独創性:これまで誰も言っていないことか? 新しいチャレンジになっているか?
②有用性:社会の何かに役立つ内容になっているか?
③論理性:誰もが納得できる形で客観的に示せるか?
この要件は、SNSのようなパーソナルメディアにおける言説の発信についても当てはまると思います。日頃、パーソナルメディアにしても一部マスメディアにしても、以上の要件から外れたプロパガンダあるいはゴミのような言葉に接することが多いだけに、読む価値を判断する基軸になると思います。
逆に言えば、この要件を満たした言説をもって世の中に発信していけば、私たちの誰もが社会をよくするメディアになり得るということにもなります。改めて学ぶことの重要性を知りました。
最後に下世話なことですが、皇位継承順位2位の高3生の方が、どこの大学へ進むにしても、このプログラムに参加したら役立ったのではと思いました。

伝説ネタの物語に流されるのは無教養

8月14日の熊本日日新聞文化面に元NHKディレクターの馬場朝子さんと京都大学名誉教授の山室信一さんとの対談記事「昭和100年語る 中」が掲載されています。そのなかで満州国を研究してきた山室さんが、国家という空間と国家(えてしてそれは専制者そのもの)が国民に求める愛国心の物語の本質を突いた発言をされているのが、目に留まりました。
やや長い引用になりますが、重要なので以下に示します。「国家とは『想像の共同体』と定義されるように、基本的に想像の所産です。(中略)国家という空間は伸縮するわけで、どこが郷土で、何が守るべきものなのかということも社会変動とともに変わっていくはずなのに、あたかも古代から同じような国家があり、ずっと守ってきたという伝統の歴史が作られ、それを信じる子どもたちを作る愛国心教育が各国で行われています。伝統と見なされるものの多くは国民国家を形成するために『想像=創造』されたことは現在の歴史学界の通説です。」「国家というものは作られるものであり、滅び、消えて無くなるものだという視点の重要性です。(中略)日本人は、国家が古くから自然にあり、永久に続いていくと思いがちですが、国民が日々作っていくのが国家だというのが近代国家の前提なのです。」。
この発言を読んで感じるのは、しばしば伝統と称されるものが、伝説ネタに起因するものであり、日本の場合は明治以降に流布されたものが多くあるという事実です。それは、子どもたち向けの愛国心教育に限らず、日常生活のなかで目にするさまざまな言説のなかにしばしば顔を出します。この対談記事の冒頭には戦前の「京大俳句事件」で弾圧逮捕された俳人・渡辺白泉のことが山室さんによって取り上げられていますが、8月8日付け同紙の文化面に寄稿していた長谷川櫂氏の「故郷の肖像④第1章 海の国の物語 天皇と『海の民』の縁」は、同じ俳人の振る舞いとしては興ざめの連載回でした。今回稿では神話(現実の変容)の話と断りつつも景行天皇(西暦71年~130年在位? 143歳で崩御?)の九州巡幸路の図まで載せて想像たくましく海の民と陸の民との権力闘争関係を描いておられるのですが、その意図が正しく読者に伝わるだろうかと思いました。神話のエピソードが荒唐無稽の、換言すればエンターテイメント性の高いネタなのでウケを狙ったのかもしれません、考察文としては失敗作なのではなかろうかと感じました。これに留まらず、昨日届いた所属団体の広報誌に仁徳天皇(西暦313年~399年在位? 142歳で崩御?)の「民のかまど」の逸話を引き合いに書かれた文章を見つけてため息が出ました。都合のいい見立てを述べたいときに実在が疑わしい人物が描かれた神話に依拠して書くというのが、それなりに社会的地位を築いている人にも見られる現象をどう考えたらいいのか悩みますが、厳しい言い方をすれば無教養のそしりを免れないのではと思います。
そうこう朝から考えていたら8月14日の朝日新聞では、「海自実習幹部、靖国神社の『遊就館』を集団見学 今年5月に研修で」の記事が載っていて、失敗を失敗として捉えることができない非科学的な学びから作戦能力は養成できない現実も見てとれて、歴史学界の通説をもっと学んだらと感じました。
写真は、『「戦前」の正体』の裏表紙。

『暴力とポピュリズムのアメリカ史』読書メモ

11月に行われる米大統領選挙に向けた運動が今展開していますが、民主党の副大統領候補の経歴に州軍(ナショナル・ガード)勤務歴が20年あるとありました。しかし、他国の国民からすれば、この州軍がいったいどういう組織なのか、米国の歴史の中でどのような経緯で存在しているのか、ほとんど知らないと思います。そうした疑問に答えてくれるのが、専門の研究者であり、実にありがたいものだと思って、中野博文著の『暴力とポピュリズムのアメリカ史 ミリシアがもたらす分断』(岩波新書、940円+税、2024年)を読み終えました。
かつての帝国日本が満州へ送り込んだ初期の開拓移民は武装移民でしたが、米国の歴史をさかのぼると独立以前から武装の歴史があり、米国陸軍の始まりは独立前にあります。いわば、武装の権利がかなり強く保障される基盤があったようです。独立戦争や南北戦争、共和党と民主党、白人と黒人をめぐる歴史も、米国における武装組織とのかかわりで見ていくと、ずいぶん現代と見え方が異なる印象を受けました。現在は大きく分けて正規軍(連邦軍)、州軍、民間ミリシア(正規軍と国内外で行動を共にする民間軍事会社もあれば、国内での政治的主張をもった民間団体もある)とがあります。意外だったのは、正規軍は現在最小限の規模に留め、その人員確保のために一定の軍歴を果たせば大学学費免除や医療などの福利厚生の優遇を図っている点でした。米国では、軍隊が低所得層にとって社会保障が充実した職場の選択肢としてあるようです。ひとつに徴兵を行うと、地域社会で排除されやすい人材が集まりやすくなるため、その手段は避ける考えが定着しているようです。いずれ日本の自衛官募集も米国のように高等教育と福祉をエサに要員確保に動く政策が出てくるのではないでしょうか。

『「戦前」の正体』読書メモ

神話に支えられた明治維新から戦前までの近代日本の国民的ナラティブを一望し理解できる著作として、辻田真佐憲氏による『「戦前」の正体』(講談社現代新書、980円+税、2023年)は、たいへん読みやすく、広く教養書として手に取ってほしいと思っています。著者の辻田氏の名前は、私の地元・熊本県の熊本日日新聞の読者であれば、月1回「くまにち論壇」欄に登場しているので、見知った方も多いのではないでしょうか。年齢的にも30代でありながら近現代史研究者として熊本にかかわりのある人物の足跡を深く掘り下げていて、いつも「お主デキるな」と、その切れ味ある論考に魅了されていました。
本書のp.268には「明治の指導者たちは、神話を一種のネタとわきまえたうえで、迅速な近代化・国民化を達成するために、あえてそれを国家の基礎に据えて、国民的動員の装置として機能させようとした。その試みはみごとに成功して、日本は幾多の戦争に勝ち抜き、列強に伍するにいたった。しかるに昭和に入り、世界恐慌やマルクス主義に向き合うなかで、神話というネタはいつの間にかベタになり、天皇や指導者たちの言動まで拘束することになってしまった。」とあります。その明治の指導者として共に熊本出身であり、やはり共に教育勅語の起草に携わった井上毅と元田永孚がいます。本書ではp.98-100で今も熊本県内の主要な神社には教育勅語の記念碑が建てられており、教育勅語に熱心な熊本県としての紹介記述もあります。井上や元田はたいへん実直な人物でありその人間性には好印象を持っていますが、後年、ネタがベタとなる利用のされ方をしてしまった点は、起草当時の両人らにとっては思いもよらないことで、今も熊本県内で続けられている顕彰をどう思っただろうと気になります。
最近、戦時下の子どもたちの周囲に存在した資料展示を観る機会があったのですが、神話国家を支えたのは「上からの統制」だけでなく「下からの参加」もあり、そのことを資料から強く感じました。本書p.284では時局に便乗して軍歌を多数世に出したレコード産業を例にとり、プロパガンダをしたい当局と、時局で儲けたい企業と、戦争の熱狂を楽しみたい消費者という3者にとってWIN・WIN・WINな利益共同体の存在を指摘しています。なお、本書の出版元の講談社の前身も子ども向けに国威発揚の教育雑誌を盛んに刊行し儲けていました。
けっきょく日本神話に登場する伝説をネタとして知ること自体は一つの教養と言えるかもしれません。しかし、南九州に金属器が存在しない時代に鏡や剣の鋳造、造船(木の切り出しを伴う)をなし得ることはできません。渡来系弥生人が伝える前の時期に稲穂が登場するのも辻褄が合いません。神話を史実だとベタに信じ込んでいる人がいたら、はなはだ失礼ながら無教養人だと言わざるをえません。
今後ルーツが異なる人々との共生が必然になる中で、どのような統合の物語が必要なのか、戦前の有り様から学ぶことは多いと思います。

熊本に設立が必要な戦争ミュージアム

8月7日、「2024年夏の街かど戦時資料展」が開かれている街角サロン「馬空」を1年ぶりに訪ねて、展示品を提供されている高谷和生さんにこれも1年ぶりにお会いし、楽しい時間を過ごすことができました。
私は、高谷さんたちが構想されている「くまもと戦争と平和のミュージアム」の設立実現を切に望んでいます。
高谷さんにも紹介させていただきましたが、7月に岩波新書から刊行された、梯久美子著『戦争ミュージアム』を最近読みました。同書で感じたのは、戦争体験者が減ってきていますので、「戦争を伝える物の展示」と「展示物がもつ意味を解説できる学芸員の存在」の重要性です。そうした機能を有するのが、まさに戦争と平和のミュージアムであり、まだそれがない熊本にぜひとも必要だと考えています。
高谷さんによれば、10月13日(日)に、隈庄飛行場や松橋空襲の戦争遺産を巡るツアーを計画されているということでしたので、そちらも参加したいと思います。
『戦争ミュージアム』では、14館のミュージアムを取り上げていますが、そのうちの一つに長野県上田市にある「戦没画学生慰霊美術館 無言館」(1997年開館)があります。そして、同館に展示されている佐久間修さんの絵や手紙のことが紹介されています。東京藝術大学美術学部の前身である東京美術学校の油画科を出て熊本県立宇土中学校教諭となった佐久間さんは、生徒を引率した勤労動員先の第21海軍航空廠(現在の長崎県大村市)で、B29の直撃弾を受け、妻と2人の子どもを残し、29歳の若さで亡くなっています。展示されている油彩画とデッサンはいずれも妻の静子さんを描いたものであり、静子さんが戦後50年間、自宅に飾っていたものが同館へ託されたのだそうです。

『写真が語る満州国』読書メモ

私の小中学生時代は戦後30年足らずということもあって満州からの引き揚げ経験がまだ遠くない教員がいました。特に中学時代の数学の先生が授業中に語った混乱の最中の体験談は壮絶で今も記憶が残っています。中学生時代に読んだ五味川純平の『人間の條件』『戦争と人間』もその時代を描いています。後年読んだ熊本出身の山室信一氏の『キメラ 満洲国の肖像』(中公新書)や一昨年に読んだジャニス・ミムラ著の『帝国の計画とファシズム』(人文書院)も満州国の実像を理解するのに大いに役立ちました。
さて、太平洋戦争研究会が著した『写真が語る満州国』(ちくま新書、1200円+税、2024年)は先月刊行されたばかりの新書ですが、これまで満州国の歴史を知らない世代にとっては、理解が進む格好の歴史教科書的存在の本だと思いました。関東軍や日系官吏、新興財閥の中心人物「二キ三スケ」(東条英機、星野直樹、鮎川義介、岸信介、松岡洋右)をはじめ戦後の日本に大きな影響を及ぼす実力者たちは、俗に「満州人脈」と称せられます。本書では触れられていませんが、その人脈は9000人以上の開拓移民を送った熊本にも残っています。前熊本県知事の蒲島郁夫氏の父は満州で警察官でしたが、無一文で引き揚げて蒲島氏の祖母の家に転がり込みます。その家の地主は、父の同級生であった元熊本市長の星子敏雄氏でした。星子氏自身は満映理事長で敗戦時に服毒自殺した甘粕正彦(憲兵大尉時代に関東大震災が起きその混乱の中で大杉栄・伊藤野枝らを虐殺した)の妹を妻にもち、満州国警察トップを務めました。蒲島氏の父の満州行きも星子氏の誘いがあったからだそうです。
本書の内容に話を戻すと、大戦勃発で頓挫したとはいえユダヤ人定住計画があったことは、初めて知りました。それと、100万戸・500万人の農業移民計画の目的が、当時の貧困な日本の農村の人減らし対策であったことも理解できました。しかし、先住農民の土地を安く買い上げていわば追い払うようにして入植したわけですから、追い払われた側に憎しみが生まれたのは否めません。そのことが敗戦時に被害者から加害者である開拓団民が受けた悲劇を増幅させた面があります。

熊本大空襲

今月は5日まで長崎県諫早市に滞在していました。熊本へ戻って感じるのは過酷な暑さ。初老の身にはこたえます。
そんななか、熊本市役所本庁舎1階ロビーで開催中の熊本大空襲「平和啓発パネル展」を観てきました。1945年7月1日深夜の「熊本大空襲」による死者は469人、罹災者は4万3千人とのことですが、私の母たちは、その空襲の前に当時住んでいた水前寺から現在の宇城市不知火町へ避難していたので、かろうじて難を逃れました。放送局勤務の親族らから軍都・熊本の中心部に留まるのは危ないので疎開するよう強い勧めを受け、私の祖母(祖父はすでに戦没)がそれを受け入れたからと聞いています。
避難した先の宇土・松橋地域もその後(1945年8月10日)に空襲を受けましたので、どこに住んでいても落命の危険はありました。じっさい現在の宇土市にあった父の実家はそのときに焼失しています。戦後、父方の私の祖母は、焼夷弾の部品を漬物石代わりに使っていたのが、今も私の記憶に強く残っています。今回のパネルで確認すると、漬物石として再利用していたのは、「M69焼夷収束弾(親焼夷弾)」の尾翼部分か先端部分にあたるドーナツ状の金属でした。私の父方の祖母はブラジル移民帰りのたくましい人でしたので、災いをもたらした敵の落とし物を生活の道具に利用して生き抜くしたたかさがあったように思います。
パネルの説明文で初めて知ったことは他にもあります。空襲があった当時、現在の熊本市役所本庁舎が建つ場所は、一面焼け野原となった花畑町や安政町一帯よりも一段低い場所であったため、瓦礫が持ち込まれて埋め立てられたとありました。つまり、現在の熊本市役所本庁舎は、戦禍の瓦礫の上に建っているというわけです。これはこれで戦後復興のシンボルなのかもしれません。

古気候学や人類学の知見

藤尾慎一郎著の『弥生人はどこから来たのか』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、1700円+税、2024年)を読み進めてみると、先史日本の姿を知るには、古気候学や人類学(しかも形質人類学から分子人類学へ)の分野の貢献が大きいことが理解できます。歴史というと、つい人文科学というイメージが強いのですが、自然科学の手法を使って解明できる点が多く、もっと学際的なものなのだなと認識を新たにできました。昭和やへたすると平成年代に先史日本の歴史教育を受けた国民の知識と令和以降に受けた国民のそれとでは大いに常識が異なることがあるかもしれません。
本書で出てくる科学用語と中身を以下にメモしてみます。
・AMS-炭素14年代測定法…炭素14という、時間の経過とともに規則的に窒素14(N14)に変化していく放射性炭素(C14)を使って年代を測定する方法。炭素14は約5700年で濃度が半分になるので、炭化米や土器に着いたススなどの炭化物中に残っている炭素14の濃度を調べることによって、何年前(ただし数十年から数百年単位)にできた炭化物なのかを知ることができる。
・酸素同位体比年輪年代法…時間の経過とともに変化することのない、安定同位体である酸素16と酸素18の比率の1年ごとの変化をもとに湿潤の変化を調べ、気温の変化を知る方法。特にその年の梅雨が空梅雨だったか、雨が多い梅雨だったのかを知ることができる。現在、約4000年前の縄文後期から現代までの酸素同位体比の標準年輪曲線が1年単位で整備されている。
・DNA分析…ミトコンドリアと核にあるDNAを使う。骨や歯の中に残っているコラーゲンからDNAを抽出し、ミトコンドリアDNA分析では母系を、核ゲノムでは母系に加えて父系とY遺伝子の関係を知ることができる。縄文人(=日本列島で最も古い約3万7000年前の後期旧石器人(※熊本の「石の本遺跡群」)はつながっていない可能性がある)のミトコンドリアDNAには、西日本型、東日本型、北海道型という3つのハプロタイプがあること、渡来系弥生人と同じミトコンドリアDNAをもつ縄文人は1人も見つかっていないことが知られている。
※DNA:アデニン・グアニン・シトシン・チミンの4つの塩基からなり、それらの配列がタンパク質の種類を決める情報となった二重螺旋状の構造体。ミトコンドリアと核にあるので、それぞれミトコンドリアDNA(約1万6500の塩基の連なりからなる:数が少ないので解析が容易)と核ゲノム(32億の塩基の連なりからなる:集団比較に効力を発揮するSNP(1塩基多型)解析が主流、全ゲノム解析はまだ費用が高く解析に長い時間がかかる)と区別して呼ぶ。
※ゲノム:ある生物がもっている遺伝子(ヒトは約2万2000からなる)の総体。
・レプリカ法…縄文土器や弥生土器の表面に見られる凹みや孔に樹脂を詰めて、樹脂に写し取られた圧着面の模様を電子顕微鏡で観察することによって、土器に着いていたのが何かを推定する方法。コメ・アワ・キビといった穀物に限らず昆虫も考察の対象になる。

観覧予定の展示

来月観覧したいと考えている3つの展示です。

○夏の平和展2024 子どもたちが見た戦争
◆日時:7月23日(火)~8月31日(土)の9:00~17:00 月曜・祝日の翌日は休み
◆会場:玉名市立歴史博物館こころピア エントランスホール
◆観覧:無料

○2024年夏の街かど戦時資料展
◆日時:7月31日(水)~8月19日(月)の11:00~17:00 火曜は休み
◆会場:街角サロン「馬空(ばくう)」
◆観覧:無料
※リンク先は2023年の紹介記事

○熊本大空襲「平和啓発パネル展」
◆日時:8月5日(月)~8月16日(金)の8:15~17:15 土曜・日曜・祝日は休み
◆会場:熊本市役所本庁舎(中央区手取本町1番1号)1階ロビー (正面玄関横)
◆観覧:無料

パレスチナのガザ地区で現在も続くジェノサイドが示す通り戦争の犠牲者は、戦闘員だけでなく子どもたちも例外ではありません。たとえ命を失わなくとも心に負った傷が消えることはありません。
わが宇土市では例年4月に「戦没者合同慰霊祭」と称して軍人軍属の戦死者だけを対象にした慰霊式典が開かれています。なぜ式典の名称が「追悼式」や「平和祈念式典」ではなく「慰霊祭」であり、その開催時期が8月ではなく4月なのかというと、靖國神社の春の例大祭に合わせているからです。先の大戦では空襲などにより居住地で命を落とした民間人も多数いますが、それらの人々が追悼されることはなく、忘れられています。

『弥生人はどこから来たのか』読書メモ(巻頭部分)

藤尾慎一郎著の『弥生人はどこから来たのか』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、1700円+税、2024年)を手に取ってわずか1割程度しか読み進めていないところの投稿なので、本稿は正確には読書メモとは言えないシロモノです。ですが、初っ端から何かメモを残しておきたい衝動に駆られるほど、本書は新しい知見を示してくれて大いに刺激感を覚えさせてくれました。
本書は冒頭、2023年4月から高校で使われている日本史教科書が60年ぶりに大きく改訂されたことを明らかにしています。具体的には、土器の出現を指標とする縄文時代と水田稲作の始まりを指標とする弥生時代の開始年代が大きく引き上げられ、それぞれ約1万6000年前(約3500年古くなる)と約2800年前(約400年古くなる)となったということでした。この時代の開始年代が大幅に遡ることになった要因は、AMS-炭素14年代測定法や酸素同位体比年輪年代法、DNA分析、レプリカ法といった先端科学技術の手法の導入によるものとされます。ちなみに弥生時代の前半期は前10世紀~前4世紀の約600年間にあたりますが、わずかな青銅器の破片を除き金属器はほぼ存在せず、基本的に石器だけが利器とされた石器時代だったとされます。なお、この時代の韓半島南部社会はすでに青銅器時代でしたし、メソポタミアでは楔形文字文明で知られるアッシリア帝国が滅亡へ向かっていた時期が含まれます。
ここでふと珍妙に感じたのは、歴史学の非専門家が出版にかかわった『国史教科書 第7版』(売価税込2000円)なる書籍が、紀伊國屋書店新宿本店の7月24日調べの週間売上ランキング3位に名を連ねている現象でした。第6版までのそれは文科省の中学歴史教科書検定不合格を続けてきたようなのですが、第7版になって初めて表紙に「合格」の宣伝文句が刷り込めたようです。同書の版元によると、今のところ紀伊國屋書店とアマゾンでしか取り扱われていない同人誌扱いの出版物とのことですが、皇統譜など伝説のたぐいの資料を掲載してそれを史実と思わせることを目的とする実に変わった読み物です。しかし、まともな歴史教育に接したことがない読者には、めでたくも歴史を学べたと喜ばれているのでしょう。
すでに触れたとおり弥生時代前半期半ばの前7世紀頃の日本列島には青銅の鏡も鉄の剣もない時代です。三種の神器どころか文字もなかった時代に覇権をなした勢力が存在しようもありません。要するに国史とは呼べず先史にあたる時期を、ある方向へ無理やり導くことが果たして学問と言えるのかということです。
自称「国史」に税込2000円を捨てるような愚かなマネは止めて、2000円もしない『弥生人はどこから来たのか』を読んで、未来ある中学生が歴史学習の道を踏み誤らないよう賢明な大人が導いてあげたいものです。

『食べものから学ぶ現代社会』読書メモ(前半)

平賀緑著『食べものから学ぶ現代社会』(岩波ジュニア新書、940円+税、2024年)の副題は「私たちを動かす資本主義のカラクリ」とある通り、食べものを通じて現代社会のグローバル化、巨大企業、金融化、技術革新を解明してくれた書です。私たちの食事のありようは食料安全保障とも密接なのですが、本書を読むとそれらはなるべくしてなった、つまりそう行動させられているワケがあるのだなと思いました。
以下、本書の前半部分から印象に残った記載をメモしておきます。近代日本において軍部と財閥系総合商社や食品製造業が密接に関与していた歴史とそれに現在も連なる業界地図の風景には興味深いものがありました。本書後半についてはここには記していません。どのようなパラダイムへのシフトが望ましいかを著者は提言していますが、私自身でも答えを考えてみようと思います。
・はじめにⅵ:ジョーン・ロビンソンという有名な経済学者は、経済学を学ぶ目的は、経済を語る者にだまされないようにするためだと言った。
・はじめにⅸ:「経済学」の世界に入ったら、どうもセオリーとリアル社会との間にズレがあるように(著者は)感じている。巨大企業が圧倒的に強い、競争なんてできない社会。経済の「金融化」、取引のマネーゲーム化。
p.9:「使える」価値より「売れる」価値。
p.13:売らなくては儲からない、売り続けなくては成長できない。
p.19:需要は供給側が促し、取引はマネーゲーム化。「投機筋」が9割方動かしている。
p.20:資本主義的食料システム~食も農も資本主義のロジックで動いている。
p.31:小麦、コメ、トウモロコシという、たった3種類の作物が、世界人口のカロリー摂取の半分以上を占めている(2022年)。
小麦生産割合% 中国18,欧州連合17、インド14、ロシア11、米国7、カナダ5、パキスタン3、ウクライナ3
トウモロコシ生産割合% 米国31、中国22、ブラジル9、欧州連合6、アルゼンチン5、インド3
p.40、94:日本では1885年ごろから機械製粉の小麦粉輸入が急増。主要商品は軍用パンやビスケット。現在まで続く製パン業・製菓業の大企業が誕生。明治製糖(1906年)、森永商店(1910年)、味の素(1907年 創業時は鈴木製薬所)、日清豆粕製造(1907年 現・日清オイリオグループ)
p.41、95:日本の製粉業や製糖業、製油業(植物油)における財閥系大企業による寡占(1937年)。
製粉業% 日清製粉(三菱)38、日本製粉(三井)30、日東製粉(三菱)7
製糖業% 台湾製糖(三井)27.8、明治製糖(三菱)20.2、大日本製糖(藤山)26.4
製油業 日清製油(大倉)、豊年製油(南満州鉄道中央試験所→鈴木商店)
p.96-97:日本の食料自給率が低い要因には、日本の大企業が輸入原料を多用する食料システムを牽引していたことが影響している。輸入には総合商社が参画。
製粉業 日清製粉(←丸紅が投資)、ニップン(元・日本製粉←伊藤忠商事・三井物産が投資)
製糖業 DM三井製糖HD(←三井物産・三菱商事が投資)、日新製糖(←住友商事が投資)
製油業 日清オイリオグループ(←丸紅が投資)、J-オイルミルズ(←三井物産)
三菱商事…(三菱食品、日本食品化工、東洋冷蔵、伊藤ハム米久HD、ローソン、ライフコーポレーション、日本KFC)
三井物産…(三井食品、三井農林、DM三井製糖HD、)
伊藤忠商事…(伊藤忠食品、日本アクセス、ドール・インターナショナル、プリマハム、不二製油グループ、ファミリーマート)
p.98-99 巨大企業が求めた、原料の大量調達と商品の大量販売
明治期~帝国日本 近代化を急ぐ政府が新旧財閥を保護しながら大企業を中心に発展→帝国日本が支配していたアジア地域を含む海外から調達した原料を多用しながら築き上げる。
第二次世界大戦後 その多くが総合商社と大手食品企業として存続→主に米国産の穀物・油糧種子を輸入しながら再強化→輸入原料に依存した加工食品・畜産・外食の一体化(集積)を形成。

鬼畜同然の物言い

81年前のサントス事件など第2次世界大戦中と戦後にブラジルで日系移民が受けた迫害に対して、同国政府が初めて謝罪したことが、けさの新聞で伝えられていました。ブラジルではこれまで日系迫害について歴史教科書での記述はなかったことから、今回の謝罪が積極的な歴史教育への出発点になることが期待されているとも報じられていました。
さて、地元熊本県に目を転じると、昨日の知事の定例記者会見での発言に憤怒の念を抱きました。内容は、県が除斥期間を主張している水俣病訴訟での対応について問われた際の回答です。旧優生保護法訴訟最高裁判決で被告である国が主張した除斥期間の適用について著しく正義・公平に反するとして退けられ、判決後に首相も主張を撤回する考えを示しました。ところが、知事は、「旧優生保護法と水俣病の問題を一律に議論するのはふさわしくない」と鬼畜同然の物言いを行っています。
不法行為から20年の経過で損害賠償請求権が消滅する除斥期間の主張をするということは、後から被害を訴えた患者は一切救済せずに切り捨てると述べるのと同じです。この一点だけでも「県民に寄り添う」という日頃の知事の言葉が、いかに口先ばかりか、棄民政策の実行者に過ぎないかということを示していると考えます。付け加えて記すと、水俣病原因企業のチッソも現在進行中の訴訟で除斥期間の適用を主張しており、チッソ代理人弁護士は適用を認めない判決を「民事司法の危機」、適用を認めた判決を「信頼を回復した」「極めて正当」と表現し、加害者にもかかわらず不誠実で傲慢な態度を取り続けています。つまりは、県の姿勢はチッソと変わりないのです。まったくもって不正義です。
頑なに除斥期間の主張を続ければ、仮に将来実施する汚染地域居住歴のある住民対象の健康検査で見つかった患者は救うけれども、自ら被害を訴えて名乗り出た患者は救わないという不公平も生じかねません。逆に考えると、そうした不公平が出ないように患者を見つけない健康検査しか行わないつもりかもしれません。
冒頭歴史教育について触れましたが、本日の朝日新聞「交論」欄において、大学教養課程の年齢層の若者の歴史観を問われた歴史学者の宇田川幸大氏が次のように語っていました。「『時間切れの現代史』と言われるように、高校で戦争や植民地支配のことをあまり教えられていないので知識不足が目立ちます。何も知識がないまま、インターネットやSNSに広がる歴史修正主義にさらされるのは、あまりに危険です。その意味で、歴史教育はますます重要になっています」。
それは、いい歳した大人、たとえば知事職にある人物の資質にも言えると思います。地元紙の報道では、水俣病未認定患者の救済に国や熊本県とは対照的に積極的に対応していると、新潟県知事を評価しています。一方で、同知事は、ユネスコの世界文化遺産登録が目指されている佐渡鉱山への朝鮮人の強制連行を記述した「県史」を尊重しようとしていないと指摘する歴史学者(外村大氏)もいます。
知事の経歴は一般的に外形的には立派な人物が多いように思いますが、ときに判断を誤ることもあると思います。どのような歴史教育を受けてきたのか、今も歴史に学ぶ器量があるのかを、県民は見極める必要を感じます。
写真は記事と関係ありません。パリ・ロダン美術館(1991年12月撮影)。

山僧活計茶三畝 漁夫生涯竹一竿

高校生たちの科学研究に協力している漁協の事務所に写真の扁額が掛かっているのを見つけて意味を調べてみました。
そうすると、禅林句集が元ネタのようです。下記の通り上下一対の句となっています。
山僧活計茶三畝 漁夫生涯竹一竿
物欲に超然として清貧簡素な生活に甘んじ、悠々と自適する禅者・真の風流人の境涯を、山僧と漁夫とに託して頌じたものであり、わびの真境をよく詠じた句とされます。
その大意は、「托鉢で得た財物で正常な毎日をすごす山僧には、これといった財産もないし、またいりもしない。財産といえばわずかに、庵前の三畝歩ほどの茶畑にすぎない。漁夫もまた同様でただ一本の釣り竿でのどかに暮しをたてている。それは一見まことに貧しく不風流にみえるが、心豊かな彼らはけっこう『風流ならざるとこ処、また風流』と、その自由な境涯を楽しみ味わっている。」というようなこと、と西宮市立中央図書館のレファレンス事例にありました。
扁額を書かれたのは、半世紀以上も前に当時文部大臣だった国会議員の方ですが、いまどきの裏金議員連中には到底思いも付かない言葉だなとしみじみ思いました。

救済されていない現実

けさの熊本日日新聞1面では、水俣病患者団体との懇談に臨んだ中で熊本県知事が見せた、救済に対する消極姿勢について報じていました。一方、本日夕方のNHK熊本放送局のニュース番組では、被害を訴えて環境大臣や知事との懇談に参加した女性のことを取り上げていました。この女性は、不知火海(八代海)沿岸地域出身の62歳の方です。診察した医師からは胎児性水俣病の疑いが濃厚と言われたそうです。この方の亡き母親は鮮魚商を営んでいたこともあり、チッソがメチル水銀を含む排水を流していた頃、不知火海で獲れた魚を食べる生活を送っていました。この女性は患者認定申請を行いましたが、熊本県は因果関係を認めず救済されないままとなっています。
今から64年前の1958年9月、チッソはメチル水銀を含む工場廃水を水俣川河口に流すように変更しました。これが汚染地域を拡大する悪因となりました。翌1959年12月に浄化装置を取り付けるのですが、その装置のメチル水銀化合物の除去効果は不完全であり、1966年6月まで排水の海への排出が続きました。
汚染地域に居住し、汚染海域で獲れた魚を食べた母親から産まれた娘であり、自身もそうした魚を食べて育ったので、因果関係があるのは明白なのですが、国や県はとにかく被害者を患者と認めたくない、患者数を増やして補償をしたくないという姿勢を崩しません。これほど人権を蹂躙した不正義はありません。

キース・ヘリング展を堪能

お気楽な旅で重宝する「旅名人の九州満喫きっぷ」を利用して、現在福岡市美術館で開催中の「キース・ヘリング展」を昨日観てきました。往路の電車車中では、伊勢崎賢治著の『14歳からの非戦入門』(ビジネス社、1700円+税、2024年)を読了しました。ガザのジェノサイドその他紛争地域で日々生命が失われている愚行を一刻も早く止めるための交渉が必要です。それと、戦争が終わってからの統治がいかにたいへんかということを、本書で改めて学ばされました。有事を煽る勢力に乗せられることは危険です。在日米軍が自由に第三国へ出撃できる有事巻き込まれの危険性や自衛隊員の活動にかかわる法制の不備など、国内で論議すべき課題が多いことも指摘していました。
さて、「キース・ヘリング展」についてですが、彼は1980年代を代表するポップアーチストであり、同世代の人たちの記憶に残っている作品が多いのではないかと思います。リアルな肌の色や性別など外見の要素を取り払い、ベイビーや皮膚の下にある人間の姿を描いた作品からは、それこそ愚かな戦争や差別とは無縁の希望の力が感じられ、優しい気持ちになれます。
ニューヨークの地下鉄駅のポスター掲示板に残した初期の素描作品を紹介するコーナーでは、現地の街の音を流していて雰囲気を出していました。平日の昼間ということもあって意外と館内は空いていて、許可された写真撮影も楽しめました。
曲がりなりにも反核機運が高かった80年代初めの日本と、2000年に一度だけ訪ねたニューヨークを懐かしく思いました。