10年前あるいは今年発生した熊本地震のような巨大地震では、地殻変動により水平方向あるいは垂直方向に地表が移動します。たとえば、法務局で熊本県内の字図を取得するとほとんどの場合、「(注)国土交通省国土地理院が公表した座標補正パラメータ(kumamoto2016_BL.par)による」という注意書きが載っているはずです。これは地震前より数10cm~1m超動いたことを示しています。すでに今年発生の熊本地震による座標補正パラメータも9月25日に公開されていているので、今から取得する字図には、上記の注釈文がkumamoto2026_BL.parとなっているかもしれません。私の自宅付近だと今度は50~60cmは動いたことになっています。
https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/sokuchikijun41012.html
そんなわけで、地球の地表の位置が永久不変ということはありません。にもかかわらず一般人が所有地の微々たる境界の違いをめぐってもめ事を起こす姿ほど醜悪なものありません。同様に国家間の境界争いも似たような側面があって、歴史的に統治の範囲・境界線には曖昧なものがあるので、グレーな部分をあえて残した方が無益な紛争にならず平和が保たれていいのではと思うことがあります。ましてや海を挟んだ近隣の国・地域と無用な争いを起こすのはバカげています。
岡本隆司著『琉球・台湾とつなげて学ぶ日中全史』(東洋経済新報社、1800円+税、2026年)を読むと、海域でつながる東アジアの歴史を振り返る大切さを感じました。現在の国家の枠組みに縛られた思考では相隣関係に禍根をもたらしかねない危うさを感じます。
本書に出てきた言葉を以下にメモします。
「独立」…「地域以上・国家未満」で表現されるそれには一般的な意味合いとは違う文脈・含意がある。例:自治、自己決定、自律性。
「両属」…近代の1872-1880年、琉球は日中の両方に属した。ただし、日中双方が了解した、コンセンサスの取れた両属とは言い切れない。
「附庸(ふよう)」…近世の1609-1871年、琉球は薩摩に従属していた。しかし、明朝や清朝に対して隠蔽していた。
「港市(こうし)」…港での貿易に従事することに特化したような国家。
「互市」…明朝の朝貢一元体制に代わって、朝貢を残しながらある程度の交易を認めた清朝のシステム。
「北虜南倭(ほくりょなんわ)」…明朝に対する北のモンゴル遊牧民による脅威と東シナ海での倭寇による朝貢貿易の秩序破壊。
「因俗而治(いんぞくじち)」…在地在来のやり方に任せる清朝の統治姿勢。
「異国」…和製漢語。江戸幕府にとって朝鮮は対等の純然たる異国だったが、琉球は従属の関係にある異国だったので附庸とした。
「外国」…「中国」と対になる言葉。「中華」に対する「外夷」の言い換え。
「冊封」…「朝貢」と対をなす。君臣の上下関係を示す。1872年の明治天皇による琉球藩王への組み入れもそう称された。
「生蕃(せいばん)」…「化外(統治範囲外)」の生粋の野蛮人という意味。中華文明を多少なりとも持ている野蛮人は「熟蕃」と清朝では呼んでいた。
「両岸三地」…大陸と台湾、香港を指す。「一国二制度」が使われるようになってから死語化した。
「光復」…すっかり元どおりになる意味。
「藩部」…チベットや新疆ウイグル、モンゴルを指す。漢人の住地・明朝の流域は直省。
「瓜分」…スイカを切り分け割るように国土が分割されるという意味。
その他のメモ。
○17世紀の日本を世界史的に見れば、秀吉による九州平定と秀吉に続いて家康が受け継いだキリスト教の禁教が重要な出来事。海外と深くつながっていた九州を秀吉も家康も警戒していた。海外からの政治的または文化的な影響を阻止しながら、経済的な利益を確保しようとした。徳川日本の凝集性・一体性はきわだって奇異。
○清朝の中国ではアヘンが通貨の役割をはたしたという仮説(p.167)。塩取引のライセンス状が株券のように売買されていた(p.168)。
○英語の中国語表記は広東語に由来するものが多い。例:マクドナルド=麦当労(広東語読み:マック・トーン・ロウ、北京語読み:マイ・ダン・ラオ)。
○中国の中央政府にとって、やっかいなのが広東人。香港人がその典型。民族的には漢民族でありながら、発想や行動がほとんど西洋人と変わらない。明朝・清朝の時代から彼らが「倭寇」の一派となり、政府非公認の貿易に従事してきた。