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『地域と人口減少の経済学』読書メモ

先月刊行されたばかりの『地域と人口減少の経済学 スマート・シュリンクという選択肢』(中公新書、900円+税、2026年)の著者・小峰隆夫氏は、2001年に国土交通省の国土計画局局長(現在は国土政策局)を務めた元官僚の人物。国土行政、地域政策に携わった経験をもつ方が、今までのような国が魅力的なスローガンを打ち出せないばかりか、スローガンを見いだせる時代ではなくなったと認めていることがまず新鮮でした。
ところが、未だに国土強靭化の夢物語が語られていたり、かなり特異な地域の劇場型成功事例をもてはやそうとしたりしています。人口データには出生と死亡による自然増減と国内外の移住による社会増減があります。それらのデータは冷徹な将来予測を示します。人口という視点では、個人が見えませんが、進学・就職・結婚・出産など、いずれも個人の選択を伴いますので、人の増減や移動は自発的・自然なものであり、特定の場所に人口が集積してその場所にしか集積の利益が生まれないのは当然です。よって、それぞれの自治体の首長や議員、職員には、それらの現実を見極めてなおかつ将来世代のためを考えて政策を立案実行しなければならない能力・器量が求められます。
そこで、著者はスマート・シュリンク(賢く縮む戦略)を提唱しています。これまでの地域政策といえば、いきおい出生率の上昇を目指したり、定住人口を増やしたりすることに重点が置かれ、ばら撒き型の短期的には受けの良い政策が行われがちです。しかし、人口減少は必然ですので、将来維持管理のツケが大きくなる社会資本を増やし続けるのがはたして賢明であるかは議論があるかと思います。
自治体による面白いメッセージの伝え方の例として損失回避バイアスを利用した八王子市の大腸がん受診率向上策を示しておきます。それによると、「今年度がん検診を受診された方には、来年度検査キットをご自宅にお送りします」では受診率22.7%だったのに対し、「今年度受診されないと、来年度、ご自宅に検査キットをお送りしません」としたメッセージの受診率は29.9%だったといいます。つまり、利得を強調するよりも損失を強調した方が、効果が大きくなるというものです。モノは言いようとも取れますが、国任せでなく、住民も頭使って暮らす自治体を選べよというのが、本書から学べたことかなと思いました。

『日露戦争』読書メモ

千葉功著『日露戦争』(吉川弘文館、3000円+税、2026年)を手に取ったきっかけは、4月4日の朝日新聞読書面に載っていた吉田裕氏による書評でした。同書評の言葉を借りれば、日露戦争の全体像を解明した意欲作で、政治史・外交史の分野での通説批判が鮮やかとありました。本書の目配りは多岐にわたり、アイヌや沖縄出身を含む兵士の立ち位置から浮き彫りにした戦場の記憶、教育や文化を通じた戦争観の変遷などに触れてあります。それこそ大半の国民が「坂の上の雲」のイメージに留まっている歴史観を洗い流す、研究者の視点の広がりを存分に感じる著書でした。本書は吉川弘文館の「日本歴史叢書(新装版)」シリーズの一角ですが、巻末に当時の日本歴史学会の代表者・児玉幸多氏による同シリーズ刊行時の辞が載っています。著者の千葉氏は学習院大学教授なのですが、児玉氏はかつて学習院大学の学長を務めておられたのを思い出しました。
それはさておき、「日露戦争は日清戦争と違って、日本が西洋の帝国主義列強と本格的に戦った最初の事例」(p.4)です。だからこそ、「日本が戦争を遂行するにあたり、どのような軍事・政治・経済的施策が取られたのか」「どのような戦時国民動員が行われて、それが社会にどのような影響を与えたのか」「日本の帝国化ないし一種の大規模な異文化接触がどのような現象として表れたのか」(p.5)を知る意味は大きいと思います。
戦争のリアルさという点では、かなり無謀な戦争であったということが改めて理解できた思いがしました。とりわけ陸軍の戦死者・戦傷病者といった損耗率は高いものがありましたし、戦費の調達のため国内経済にも多大な負担を与えました。一方で、メディアの戦意高揚ぶりや兵士の日記・手紙に見られる戦地での朝鮮人や中国人に対する蔑視記述など、現代にも共通して懸念される武力重視の対外強硬思想や外国人差別感情といった醜悪な国民統合の土壌を見る思いがしました。
81年前の敗戦だけでなく120年前の戦争の実相からも学ぶべき点が多々あるのを感じます。

『日本社会と外国人』読書メモ

5月19日の朝日新聞オピニオン面に「最高裁判断を国際水準に」と題する対談記事が載っていて、その中で最高裁の調査官や事務総長などを経て最高裁判事を務めた経験のある泉徳治さんが、「裁判官は(国際)人権条約についてきちんとした教育を受けておらず、民事や刑事事件で目にすることはほとんどありません。条約は「国と国の約束」で、法的効果を国民一人ひとりに与えるものではないという誤った観念が強いのだと思います。」と率直に語っていました。裁判官ですら、そうですから、出入国管理政策を担う行政庁の水準も推して知るべきで、外国人をその労働力で役に立つ存在かどうかでしか判断せず、人権の観点からその扱いぶりはどうなのか疑問です。
その思いを、朴沙羅著の『日本社会と外国人 入管政策が照らす80年』(中公新書、1200円+税、2026年)でさらに強く感じました。一例を挙げると、第二次世界大戦以前から日本に居住し、サンフランシスコ平和条約の発効によって日本国籍を離脱した旧植民地出身者およびその子孫が保持する特別永住者という在留資格がありますが、これについて「欧州各国では、居住国生まれの三世以降が外国籍のまま参政権を所持しないことを人権侵害だとみなし、重国籍や地方参政権付与などによって問題を解消する傾向にある。それに比して、かりに、日本では民族浄化を目的とした極右排外主義団体のデマや誣告に乗せられる形で、滞在資格を「特権」として議論しようとしているとすれば、民主主義を標榜する法治国家としてあまりにも情けないことではないだろうか」(p.180 出典は金明秀の2014年の論考)という指摘もあります。日本は1995年に人種差別撤廃条約へ加入しましたが、国内に人種差別を禁じる法律はいまだありません。今年で成立して10周年(2016年5月24日)になるヘイトスピーチ解消法も、「人種差別そのものを罰したり禁じたりしたものではなく、差別的な言動を防ぐための教育や啓発に重点を置くもの」(p.184)となっています。

環境省の悪だくみが露見

4月16日に環境省職員による「水俣病は他の公害病と比べて恵まれている」発言は「あった」というのが、やはり事実だと落ち着きそうです。
この発言をめぐる水俣病患者連合発の文書は、以下の3点となっています。
(1)5月1日付け要望書…発言が「あった」。
(2)5月3日付け声明文…環境省を通じて発出。会長補佐が「発言があったとは認識していない」と否定。
(5月12日の環境相記者会見でも「事務方に確認し、不適切な発言はなかった」と石原氏が述べる。)
(3)5月13日付け声明文…発言が「あった」。3日の声明は会長の確認を得ておらず「無効」。会長補佐も謝罪。
上記(2)の文書発出の背景に環境省による被害者分断工作があったと考えるのが自然ではないでしょうか。
環境省の職員は、一時は患者連合の一部役員を手なずけてシメシメと悪だくみが成功したかに見えましたが、結果的に自分たちの親分(大臣)にもウソを言わせてしまったことが明るみに出ました。
(1)~(3)の文書は、行政が国民との向き合い方で陥りがちなミスを省みる資料として、ぜひ展示されるべきです。
https://kumanichi.com/articles/1990727

『世界』2026年6月号より

本号掲載記事から気になる情報をメモしました。

○松野誠也「日本軍毒ガス弾製造工場で何が起きていたか――新資料が示す実態」
・東京第二陸軍造兵廠曽根製造所(現在の北九州市小倉南区下吉田)では、毒ガス(広島の大久野島で製造)を充填して毒ガス弾を製造する作業(填実という)や発煙弾・焼夷弾の製造を行っていた。同製造所では計148万発の毒ガス弾を製造した。
・国立公文書館が所管する曽根製造所調製「軍需動員実施ノ概況及意見」は、1941年度の要員増強と毒ガス弾製造量の増大が確認できる唯一の資料である。
要員人数:1941年6月373名→同年9月590名→同年12月628名→1942年3月945名
毒ガス弾検査合格数:1941年4-6月103,112発→同年7-9月109,087発→同年10-12月153,517発→1942年1-3月148,447発
・曽根製造所では原始的な方法で毒ガス充填作業が行われていた。工室内の空気は蒸発したびらん剤によって汚染されていることから、排風機が設置され、風道から排風塔(陸自小倉駐屯地曽根訓練場に4本現存)から排出していた。だが、通気不完全な劣悪な労働環境であり、工員が中毒被災した事故発生の記載も上記資料にはある。さらには製造した毒ガス弾からの漏洩や噴出事故が発生していた事実も記載されている。
・慢性気管支災や肺がんなどに苦しむ元曽根製造所関係者に対する「毒ガス障害者対策」(健康診断、健康相談、医療費や各種手当の支給など)が始まったのは1993年からだった。実態把握は関係者の証言によるしかなかった。上記資料が国立公文書館へ移管されたのは2017年度であり、それまでは陸軍省・第一復員省の流れをくむ厚生労働省内で死蔵されていた。もっと早くに公開されていれば対策の実現も早まった可能性がある。
※旧軍の毒ガス弾は製造当時の国際法においても使用が禁止されていましたたが、実戦使用したことが分かっています。敗戦前後にこの国際法違反を隠ぺいするために国内外で廃棄・遺棄しました。そのため、戦後も国内外で有毒成分に暴露したことによる被災事件が発生しています。莫大な日本の税金を投じて中国国内での処理事業が続けられてきましたが、被害を受けた中国の国民へ日本政府が補償を行うことはありませんでした。曽根製造所における毒ガス弾製造については、北九州市平和のまちミュージアムの展示や江浜明徳著『九州の戦争遺跡』の記述にもなかったので、本記事に触れるまで承知していませんでした。排風塔の存在と合わせてもっと知られるべきだと思います。円筒状の排風塔はグーグルマップの航空写真で確認できます。

○吉田敏浩「ルポ戦争準備国家」
・健軍配備の長射程ミサイル「二五式地対艦誘導弾」(配備完了の3月31日に合わせ「一二式地対艦誘導弾能力向上型」から改称)と静岡県の富士配備の地対地弾道ミサイル「二五式高速滑空弾」はともに三菱重工の開発によるもの。
・戦前・戦中の軍隊直轄の国営軍需工場を工廠と称したが、三菱重工などは現代版工廠としてミサイル特需で潤う。長射程ミサイルの開発・量産などの費用は、今年度予算で約9733億円に達する。
※敵基地攻撃能力を持つことは相手にとっては脅威でしかないので、そうした兵器は保有しないというのがつい3年半前までの政府見解でした。相手にとって保有基地は最前線となるわけで、そのことからも、抑止力になるどころか、大枚をドブに捨ててまで基地周辺住民を危険に晒す愚策でしかありません。

○内田聖子「軍拡はAIからはじまる」
・「QuitGPT」(ChatGPTを解約しよう)という運動が2026年1月から始まっている。トランプ政権下のICE(移民関税執行局)による移民排除や不当逮捕にはOpenAI社が開発したChatGPT利用の監視技術が使われている。同社の社長夫妻は、トランプの支持基盤MAGAInc.へのテック業界最大2500万ドル(約40億円)の寄付者である。市民がChatGPTのサブスクに支払ったお金でOpenAIは莫大な利益を得て、それがトランプへの献金となり、同社の技術は移民の弾圧や排除に使われている。その連鎖を断ち切り、トランプとICEに対抗するために、OpenAI社が開発したChatGPTを解約しようというものだ。
・この運動は米国とイスラエルによるイラン攻撃後さらに広がった。この作戦に米国防総省がアンソロピック社のAIモデル「Claude」を使用していたので、同社が国防総省に対して自社のAIを使用することを禁じた。アンソロピック社が同省のサプライチェーンから排除された代わりに同省との契約にすかさず名乗りを上げたのがOpenAIだった。倫理よりも利益を求めるOpenAIへの批判が一気に高まった。3月初旬時点でQuitGPTに賛同し解約またはボイコットした人は400万人と推計されている。OpenAIでは社員が大量に離職し、契約を破棄する企業・団体も多数現れた。GoogleとOpenAIの従業員1046人が、アンソロピック社への連帯を示す公開書簡に署名した(4月13日現在)。
※ChatGPTに今年の東大の入試問題を解かせたら数学は満点なのに、世界史の正答率は25%と、「(AIの)知識量は豊富だが、論述を適切に構成する力がなかった」(朝日新聞東京本社版5月8日夕刊)ようです。AIには効率一辺倒の正答を求める技術はあっても歴史から何を学ぶかといった、倫理判断の力は弱いので、AIを使う人間の能力が試されると感じます。主権者による権力者に対する監視の力を日頃から養い、不当な権力の行使をさせないよう行動することが重要です。

水俣病70年と昭和100年

5月6日(水)午後10:05放送の「斎藤幸平が掘る!日本の現場 ~水俣病の70年~」が、「らじる☆らじる」で2026年5月13日(水)午後10:55まで聴けます。
特に地元紙の元論説委員長の高峰武さんが、なぜこの事件が終わらないままになっているのか、過去の流れを分かりやすく語っているので、良質の番組でした。
この放送を聴くと、先日の「昭和100年記念式典」での首相の式辞の内容がいかに薄っぺらいものだったかと改めて思います。まさに「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を伝えることが大切」です。
https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=MZNLX8Y17X_01_4314940

日本国憲法の読み方2026

祝日法第2条によれば、5月3日の憲法記念日は、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。」と定められています。したがって、憲法をめぐる学説の積み重ねや政府の解釈を振り返り、国の成長につながらない動きには抗うように心を新たにするのが、同法の定めに沿った、その日の過ごし方なのかもしれません。ちなみに同条では、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と定める建国記念の日は、「政令で定める日」となっています。2月11日というのは歴史的な根拠がないばかりか、法律で定めたものではないので、政令を改正すれば変えられます。たとえば1952年の、日本国との平和条約の発効日である4月28日とかは候補の一つになると言えるでしょう。
さて、話を5月3日の過ごし方に戻すと、最近重宝しているデモカレンダーの案内で知った、第42回憲法をまもる熊本県民のつどい「日本国憲法の読み方2026」に参加しました。講師は地元国立大学の憲法学者・德永達哉氏が務められ、資料として日本国憲法全文7ページと第9条解説14ページの提供がありました。たいへん充実した内容で、ありがたく感じました。
講演の内容は、自己紹介(祖父は自民党の政治家)に始まり、憲法の前文(国民主権、平和主義)、第99条(天皇・国務大臣・国会議員・裁判官・その他の公務員の憲法尊重擁護義務)、第9条(戦争の放棄)の解説と進んでいきました。
以下は、9条をめぐる講演のポイント。
・9条が放棄したものは、「武力の行使」とその実行部隊であり、それが日本の最大の特徴。1929年の不戦条約を前提として憲法に戦争放棄条項を持つ国は約150カ国(約30カ国は軍隊を持たない非武装国家)あり、戦争の放棄を定めた憲法を持つ国が主流。同条約は当時の日本も締結していたので、日中間の戦争を「事変」と称していた。戦後の学説と政府は、9条の全体で、侵略戦争も自衛戦争もその他の戦争もすべて放棄したのだとしている。
・警察権力の範囲に留まる最小限度の実力(殺傷を目的とするのではなく妨害排除執行権限に留まる暴力)の行使は、「武力の行使」には直ちにあたらない。その発想から「自衛隊」の前身である警察予備隊が誕生した歴史がある。海上自衛隊も国境警察の規模なら許容できるという論理。「自衛隊」が違憲とならないための解釈の積み重ねがあった。
・政府の解釈では、現存の「自衛隊」を合憲であると説明しなければならない立場にある。そのため、「自衛隊」については、憲法が禁止する「戦力(敵兵の殺傷)」には至らないレベルの実力・暴力・武力の行使は、決して禁止されているわけではないと論じている(1980年政府答弁)。それが「自衛のための必要最小限度の実力」という解釈である。
・9条改憲の着地点が何かを政府は説明しなければならない。仮に、「自衛隊」を、敵兵の殺傷を業務とさせる公務員組織へと作り変えるとなれば、その公務員を担う若者をリクルートし、職務命令により、業務に服務させるために必要な手続きを構築し、その上で、暴走を制限する規範を設け、裁判制度を見直し、良心的兵役拒否など従事する公務員の尊厳を護る制度を拡充する必要が出てくる。それらの段取りも整った上で、改憲せざるを得ない旨を説明しなければならない。
こうして講演を振り返ると、いま与党が訴えていることは、とにかく9条を改憲することが目的化した歪な状況です。憲法に自衛隊を明記しないと違憲になる立法事実が何かを正直に誠実に説明すべきです。自衛隊は、本来、人命救助であるとか、国民の保護に資するよう設計されてきた公務員組織であったはずです。ハーグ条約では、敵兵の殺傷することを仕事とする公務員組織を軍隊と定義します。公務員には憲法尊重擁護義務がありますから軍隊という組織に変わるのであれば、それに属する国民は敵兵の殺傷に従事する義務を負います。そんな仕事に従事したい国民を少子高齢化が進行する国で現実的に確保できるのでしょうか。国の成長を期するのであれば、もっと賢明な道へ向かうべきです。

『球磨川流域豪雨とダム問題』読書メモ

清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会編『球磨川流域豪雨問題とダム問題』(すいれん舎、2000円+税、2025年)を、編者の会の共同代表の一人である緒方俊一郎氏から頂戴して読んでみました。同会は、発足して30年以上。川辺川ダム建設は、たとえ流水型であっても球磨川流域の豪雨災害を防ぐことはできず、川辺川沿いの脆い地質の山地の岩を崩し、川底に堆積した土石により清流を濁水化させると考え、反対しています。反対するのは流域の地形や地質、人吉市に氾濫を起こした洪水の原因分析など、専門的な検証結果の積み重ねによります。その論拠の強さや確かさは、本書を読むとよく理解できましたし、これまで国交省は説明会でも質問に答えず、時には事実の捏造を繰り返してきた歴史が明らかにされています。
たとえば、2020年7月に発生した豪雨災害後、国交省は「川辺川ダムがあれば浸水は6割防げた」と主張し、当時の熊本県知事に流水型のダム建設へ舵を取らせました。しかし、この豪雨災害時に、川辺川流域に局所集中豪雨が降ったわけではありません。球磨川の中流域の山地へ局所集中豪雨が降り、人吉市街地で球磨川がまだ氾濫しない時刻に支流の山田川や万江川が氾濫して多くの命が奪われています。人吉市街地を襲った大洪水は球磨川からでも川辺川からでもなく合流点でつくりだされたものでした。合流点の直上の低地は丸太の集積場となっており、膨大な丸太が貯木されていました。洪水によってそこから流れ出した丸太が流木となって第四橋梁にたまりダム化し、その後崩壊したのが要因と考えられます。
既存の治水ダムも豪雨時にはダムを守るために緊急放流を行い、かえって下流域に洪水災害を起こす危険性があるものです。災害を防げず清流も維持できないものに多額の税金をつぎ込んで新たに造る価値があるのか、よくよく考える必要があります。
球磨川と言えば、私が住んでいる宇土市を始め、宇城市や上天草市の上水道の水源です(水に恵まれないがゆえに半導体工場やデータセンターの立地進出がない、乱開発リスクが少ないというのがメリットではあります)。下流の八代市から上天草市までは実に122kmに及ぶ送水管でつながっており、まったく縁がないわけではありません。この水の恵みに関心を持ち続けたいと思います。
https://tewatasukai.com/
https://suirensha.co.jp/pages/56/detail=1/b_id=326/r_id=331/#block326-331

『定本 力と交換様式』読書メモ

今年3月に岩波現代文庫から出た、柄谷行人著『定本 力と交換様式』は、世界史の構造を規定する物神的な謎の力を著者独自の交換様式論で展開する骨太の著作です。その理論自体が鮮やかで魅了されると同時に、そこへ考えが到達した過程を追えるのがそれ以上に刺激的でした。本書では古今東西の先哲の思想を読み漁りかつ読み解いた軌跡が存分に示されています。それら先哲の思想には読み手である私自身も触れたものもありましたが、そうでないものも多くあります。著者の華麗な読み解きにより、すでに触れた思想に対する新しい解釈や世間一般的に未知の思想への目配りがなされ、未来への知を獲得する醍醐味を感じました。
私の読書記録で確認すると、2010年にやはり岩波書店から刊行された同氏の著書『世界史の構造』を確かに読んではいるのですが、特に読書メモを残していないところを見ると、なんかモヤモヤした読後感に終わったからなのだろうと思います。それは、著者の交換様式論にもまだモヤモヤさがあったからだったに違いないと、今回思いました。
人類は世界宗教を発明し、あの世に国家も資本もない平等な人間社会を求めてきた一方、現世にポスト資本主義社会の実現を求める思想の科学を生んできた歴史があるんだなあと思いました。そこでいくと、宗教と科学が目指すものは案外近しいのかもとこれまた面白く感じました。
さて、本書を読みながらもう一つ感じたのは、当然のことながらAIにはけっして生成できない知があるということでした。AIが生成の源にするものには本書で取り上げられた先哲の著作も含まれるかもしれませんが、AIには字面を読むことしかできません。字面を再構成してなにがしかの文章要約を論理的に発出することはできても、先哲の著作が生まれた時代背景や人的交流の影響、それらによる思考の変遷までも読み解くのは難しいのではないかと思います。AIは間違いとか失敗を犯さず瞬時に正答を出すことには長けていますが、人間のような意識や感情、つまり楽しさも苦しみもないわけなので、ズレや独自性を創造するのは不得意なんではなかろうかと思います。
というわけで、本書で展開される理論についてのメモはほとんど含めないヘンテコな投稿になりましたが、この一冊で先哲の真髄に広く接することができることだけは請け合います。1800円+税というのは、ずいぶんお得です。
https://www.iwanami.co.jp/book/b10159289.html

『独裁者の倒し方』読書メモ

独裁者の失脚のさまを見るのは、その体制で甘い汁を吸っている取り巻き以外の人にとっては痛快なのだろうと思います。ドラマの世界ならなおさらそうだと思いますが、得てして現実はそれら取り巻きを含めた新しい独裁者に取って代わられるのがオチで、なかなか民主化へ進むのは歴史的にもレアです。ことに外国に強制された政権交代の実績は惨憺たるもので、過去100年間に米国が行った政権交代作戦の11%ほどしか民主体制の確立につながらなかったと以下の書のp.237にあるくらいです。
マーセル・ディルサス著の『独裁者の倒し方 暴君たちの実は危うい権力構造』(東洋経済新報社、2200円+税、2026年)を読んでみる気になったのは、3月21日の朝日新聞に掲載された書評がきっかけです。評者は同紙文化部記者で、本書を身近な話として読める部分があるとして、「忠実に見えるという理由で無能な役人たちを独裁者が昇格させると、政権の上層部は権力にけっして近づくべきでない人だらけになる」(p.68)を引用し、「あなたの会社に、そんな社長はいませんか」と結んでいました。ひょっとしたら、評者の勤務先に対するグチなのかと勘繰りました。
確かに会社にも独裁者はいるでしょうが、権威主義国家と異なり社員の命を取る暴力装置まで備えているのはさすがにないでしょうし、私服を肥やしし過ぎると市場からも見離され、会社自体の存立が行き詰ってしまいます。私企業の独裁者を倒すのははるかに容易だと思います。
そうした中、本書で紹介している希望が持てる情報としては、抵抗運動の「3.5%ルール」というものがありました。これはハーヴァード大学のエリカ・チェノウェスが命名した法則で、「戦闘や一般大衆によるデモ、その他の大規模な非協力的行動のような、観察可能な突出した出来事に国民の3.5%が積極的に参加したときに、失敗した革命は1つもない」(p.165)というものです(ただし、1962年のブルネイでの叛乱と2011-14年のバーレーンでの抗議活動は例外的に失敗したともチェノウェス自身が指摘しています)。
ところで、一応民主主義国家である日本国内における政治参加というのは選挙での投票行動だけとは限りません。他にも手軽で楽しい方法があるものです。
https://democalendar.jp/

『古代の天皇制』読書メモ

今年3月に文庫化されて出た、大津透著の『古代の天皇制』(岩波現代文庫、1600円+税、2026年)の補章の「天皇号の成立と唐風化」だけでも読んでおくと、日本史のたしなみがある人物かそうでない人物かぐらいの判別を付けられるようになるかと思います。
天皇号がいつ成立したかについての研究では、推古朝説と天武朝説が有力で、最近の教科書では、天武朝説が取り上げられることが多いそうです。
著者自身は、天皇号は、7世紀初めの推古朝に成立し、8世紀初めの大宝律令で制度化され、「スメラミコト」と読まれていたと考えています。詔書というミコトノリで読み上げる主体であり、謚号も和風でした。8世紀中葉から漢字二字の漢風謚号が成立し、同じ天皇号でも礼制を中心とする中国国制の影響を強く受けたものに変質(唐風化)していったと考えています。
古代中国には「皇帝」と「天子」の二つの君主号がありますが、日本での君主号は「天皇」で一つです。その契機となったのが607年の隋の煬帝の激怒にあります。第二回遣隋使が携えた国書の中に、倭王が「天子」と名乗った箇所があり、「天子」は世界に自分一人しかいないとする煬帝からすれば無礼と大いに不興を買ったわけです。以後の国書からは「天子」という記載が消えます。
たとえば、735年に唐から日本への国書には宛名を「日本国王主明楽美御徳」としています。これはその前に日本から唐へ送られた国書にそういう記載があったからと見られます。唐にとっては「日本国王」以外はあり得ないので、「天皇」と書いても受け入れられません。そこで、和語で王の姓名らしく「主明楽美御徳(すめらみこと)」とごまかしてみたわけです。考えようによってはかなりしたたかな外交を展開していたとも言えます。このような外交の才に恵まれた例としては、豊臣政権や江戸幕府と朝鮮王朝との間の国書偽造・改竄(はては朝鮮国王印の偽作まで)にかかわった対馬の宗氏を思い浮かべます。無用な争いを避け、通交で互恵をもたらすお家芸を、現代人はバカにはできないかもしれません。
本書の補章以外の部分の読書メモは、本投稿に加えませんでしたが、「第六章 クラとカギ――クラの思想」など、それこそ歴史教科書では目にすることができない分野の論述に触れられて奥深かったです。「大蔵省」「監物(けんもつ)」「典鑰(てんやく)」といったワードが出てきます。

ミニシンポジウム参加に際して

戦争遺跡保存全国ネットワーク・広島主催ミニシンポジウム「ヒロシマ、ABC兵器をめぐって―原爆被害と毒ガス加害―」が4月12日、広島平和記念資料館で行われるので、参加を予定しています。内容は、いずれもジャーナリストである辰巳知二氏の講演「今なお残る毒ガスの爪痕~禁止条約でも消せぬ戦争責任」と佐田尾信作氏による報告「軍都・軍港と西瀬戸内海の戦争遺跡」となっています。会場である資料館の展示についてもしっかり見てこようと思います。
https://sensekinet.jimdofree.com/
https://hpmmuseum.jp/
戦争は水や土壌、大気を汚染し、ひいてはCO2排出による気候変動をより深刻化させる、最大の環境破壊であり、同時に生命・身体・財産が奪われる人権侵害です。戦時はもちろんのこと、戦後の復興期についても言えることです。広島においては、原爆被害が象徴的ですが、旧日本陸軍が大久野島(日中戦争勃発後は地図から消されていました)で化学兵器を製造していたことによる被害はあまり知られていません。製造された化学兵器の多くは、配備された国内外の駐屯地近くの地中や川、海中に戦後遺棄されました。したがって、戦後それとは知らずに曝露しての被害も国内外で起こり、とりわけ国外における被害者救済が不十分であることも知られていません。
その大久野島には現在「大久野島毒ガス資料館」があり、その概要については、梯久美子著の『戦争ミュージアム』(岩波新書、2024年)で読んだことがあります。同書ではこの資料館が最初に紹介されています。悲惨なのは毒ガス製造のために働いた人(13~14歳の動員学徒1100人を含む)の中から慢性気管支炎、肺気腫、肺炎、肺がんといった健康被害に遭い、亡くなる人や後遺症に苦しむ人が多発したと言います。動員学徒に対して医療手帳の交付と医療費の支給が行われるようになったのは、1975年のことであり、棄てられた存在でした。
https://attempt.co.jp/wp/wp-content/uploads/2026/04/kakehashi.pdf
https://www.takeharakankou.jp/spot/7202/
日中戦争の時代においてすでに毒ガス兵器の使用は国際法的に禁止されていました。それを中国に配備していた旧日本軍は、国際的非難を避けるためにポツダム宣言にも違反して、終戦前後に組織的に遺棄隠匿しました。戦後になっても日本政府は被害の発生を防止するために中国へ情報提供をせず、放置してきました。そのため、たとえば川の浚渫作業中に遺棄された化学兵器を引き揚げてしまい、その作業にあたった中国国民が健康被害に遭うという事件が起こり、日本に対する国家損害賠償請求訴訟がなされたこともあります。原告の代理人を務めた南典男弁護士が実務広報学会編『実務行政訴訟法講義』(民事法研究会、2007年)の「第10章 国家賠償訴訟」やNPO法人化学兵器被害者支援日中未来平和基金のHPで、この遺棄毒ガス訴訟を取り上げているのを読みました。原告の主張を認めた一部の判決がありますが、総じて司法も救済に後ろ向きで、つくづく戦後責任を果たそうとしてこなかった国の不正義・無情さを覚えました。
https://attempt.co.jp/wp/wp-content/uploads/2026/04/kokubai.pdf
https://www.miraiheiwa.org/

職場の対話をよくする鍵は

NHKのEテレで本日放送の「視点・論点」のテーマは「職場の対話をよくする鍵は」。実に面白い内容でした。
番組に出演した解説者が所属するシンクタンクの調査によると、職場で本音を話せる相手について「1人もいない」という回答が堂々の最多で、回答者の50%を超えるそうです。
これは個人のコミュニケーション能力の優劣ではなく、コモン・センス(社会全体の共有前提)の弱まりが背景にあって、対話が深まらなくなっていると、解説者は言っています。
その対策として、組織としては対話を増やす前に「対話の前提を整える」ことを勧めています。たとえば集合型の会議や社長からのメッセージなど、同じ情報を複数の人が同時に見聞している「広いメディア」をうまく使うとか、対話やコミュニケーションを「直接の目的」にしすぎないことを提案していました。また各個人としても相手方の「知識の共通の土台」を確認しながら話すと対話が深まるそうです。
なにしろ、信頼度が低い言説にハマることはあっても、一応ウラは取った新聞やTVに接しない人は多く占めています。そういえば、金間大介氏の『無敵化する若者たち』(東洋経済新報社、2026年)でも「大学生に通じないネタ・トップ5」は、第1位:テレビコマーシャルネタ、第2位:ドラマネタ、第3位:サッカーネタ、第4位:相撲ネタ、第5位:野球ネタ、と書かれていたのを思い出しました。
ところで、総理大臣の職場の一つは、官邸だけでなく国会なんだろうと思います。ですが、今その任にある方の行動を見て見ると、どうも「知識の共通の土台」を国民の代表者たちから確認されるのがよほど恐怖なのか、審議に応じる時間を短くすることにご執心のように見受けます。国民の代表者と対話する気があんまりない人は、別の職業を選んだがいいんじゃないかと思います。
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-Y5P47Z7YVW/ep/V3Q9MX3GJR

入場無料で街歩きを楽しむ

いくつか見てみたい入場無料の展示会が熊本市内で開催中なので3時間ほど街歩きを楽しみました。まず向かったのは、展示会ではなくて「平和憲法を活かす熊本県民の会」や「くまもと9条の会」が毎月3日に下通入り口(HAB@前)で行っている「9条を守れ!憲法をいかせ!スタンディング」。署名したら「NO WAR 9条は世界の宝」とプリントされたワッペンをいただきました。実はこうした抗議活動は全国各地で開かれています。足を運んでみたいのなら「デモカレンダー」のサイトが参考になります。
https://democalendar.jp/
次に向かったのが、3月20日にリニューアルした熊本県伝統工芸館。同館入り口前には熊本城を背景に「くまモン」像が撮影できるスポットができていました。入館すると、1階正面には「宇土の雨乞い大太鼓」が陳列されているのも目をひきました。もっともお目当ては、熊本県出身であり、ミニチュア写真家・見立て作家として世界的に活躍する田中達也氏の作品が展示開催中の「ミニチュアくまもと旅するモン」。熊本県の特産品の風景に見立てたミニチュアアートの世界を堪能してきました。
https://kumamoto-kougeikan.jp/spexhibition/r7ex1.html
それから電車通り沿いに歩き、白川沿いの満開の桜が見える大甲橋を渡った先の九品寺にある「Iso Books」を初めて訪ねました。ここは、元酒屋さんを改装して昨年8月にオープンした書店&ギャラリーです。大型冷蔵庫をそのまま書棚として活用していたり、外観に酒屋時代の看板を残していたりと、なかなか風情があります。今はなき喫茶カリガリの店主の娘さんが、この書店&ギャラリーのオーナーです。ご本人が美大出ということもあって書籍の品揃えは美術書関係が多いです。あと水俣関連の本も扱っているので、最新刊の熊本学園大学水俣学研究センター編著『水俣病 これまで・今・これから』(熊本日日新聞社、800円+税、2026年)が置いてあれば買おうと思っていましたが、あいにくそれはなく、熊本駅ビルにある書店で求めて帰りの電車内で読み終えました。4月2~15日の間は、同ギャラリーで、たなかみさきさんの「他人の服が似合う人」作品展(頒布可)が開かれていたので、それも観てきました。
https://www.instagram.com/p/DVadmA4AGWH/
入場無料の展示鑑賞の3カ所めは、くまもと文学・歴史館です。ここでは「来熊130年記念 漱石とその時代」が開かれていて、漱石が熊本で過ごし英国留学するまでの4年3カ月間の創作を振り返る内容となっていました。来熊した130年前と言うと、1896(M29)年、漱石が29歳のときです。私生活では結婚し長女も誕生します。展示で印象に残ったものとしては、正岡子規との交流関係の影響で俳句の創作に熱意を傾けていたことがうかがえました。書簡は毛筆でくずし字がほとんどですが、原稿用紙上のペン書きの字はマス目の小ささもあって割とちんまりした楷書で同一人物の筆跡とは思えない多重性を覚えました。展示チラシにも掲載されていますが、漱石の手による猫のスケッチ画も珍しくて見入ってしまいました。熊本では旧制五高の英語教師だったわけですが、漕艇部顧問もしていて展示品の中に同館と水前寺児童公園の間に今もある砂取橋から船で江津湖へ向かう途中の風景の記述もありました。その砂取橋の下を流れる加勢川の水鳥も同じ風景を見てるのかもと写真を撮って帰りました。
https://www2.library.pref.kumamoto.jp/bunreki

『仮放免の子どもたち』読書メモ

3月21日の朝日新聞読書面に、ノンフィクションライターの安田浩一氏による、池尾伸一著『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(講談社、2000円+税、2026年)の書評が載っています。川口在住のクルド人に対する差別問題を取材されていた安田氏が、その書評の冒頭で「やりきれない。本書を読み終えた直後、憤りが胸の頂を突き上げた。だって、ひどいじゃないか。日本で生きていく「資格」がないと、国から宣告される人たちがいるのだ。一体、何をしたというのか。」とやり場のない怒りをぶちまけています。私も本書を読み終えて同じ感情を抱きました。
本書では、「「母国に帰れ」とヘイトスピーチを浴びせられ、暴力を振るわれた子ども。重病でも病院に行けない子ども。就職が決まったと思ったら取り消された若者。親と無理矢理に分断された子ども。言葉も分からない「母国」に強制送還させられた若者……。」(p.309)が、東京新聞編集委員の著者の読みやすい筆致でルポルタージュされています。それを通じて見えてくるのは、子どもたちが置かれた理不尽な境遇を理解しようともせず、逆に陰湿に貶めて攻撃する腐った日本人の姿であり、そういう醜い日本人の顔色を窺いながら外国人管理を行おうとするこれまただらしのない政権や入管行政の実態です。
本書の優れた点は、現場目線の記述だけでなく、詳細解説された周辺情報です。この部分の拾い読みだけでも価値があります。たとえば、クルド人とはどのような苦難を負った民族なのか、日本の難民認定審査がいかに国際基準から外れているか、教育を受ける権利や家族が一緒に暮らす権利を保障する子どもの権利条約に対する理解がいかに浸透していないか、無国籍者を保護する制度の不備について取り上げられています。さらに、著者は行政の問題だけでなく、裁判官の国際人権条約に対する理解の低さ、国内人権機関の不備といった面にも目を向けています。そのように甚だしく国際的に立ち遅れている人権感覚に警鐘を鳴らしています。
外国人の人権を蔑ろにするようでは自国民の人権もどこか蔑ろにされる社会しか生まれない思いをします。

戸籍制度の要否から考えてみる

日本独自の国民管理制度である戸籍を政治学の視点で研究する遠藤正敬氏の著書としては、過去に『戸籍と無戸籍 「日本人」の輪郭』(人文書院、2017年)と『新版 戸籍と国籍の近現代史 民族・血統・日本人』(明石書店、2023年)を読んだことがあります。たいへん読み応えのある刺激的な本です。おそらく唯一の、そのマニアックな学究ぶりからどんな人柄なのだろうと興味をかねがねもっていました。そしたら、日本記者クラブにおいてつい一昨日、講演に登壇されている動画があるのを知り、普段なら2倍速で視聴するところを等倍でたっぷり90分聴き入ってしまいました。私よりも10歳若い方なので、事前のイメージでは生真面目で繊細な研究者を想像していたのですが、動画でお目にかかると語り方にも老成感があり昔風の大人に出会った懐かしさを覚えて不思議な魅力がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=LOiUjOgMz0E
今回の動画では冒頭司会者から2025年10月に集英社インターナショナル新書から刊行された同氏の著書『戸籍の日本史』について紹介されていました。上記2つの本は分厚い本なので、同氏の研究成果を気軽に知りたい向きにはそちらをお勧めします(ちなみに私は目次だけ見てこちらは購読していませんが…)。
さらに、今回の動画について言えば、ぜひ夫婦の氏姓を考える上でも必要な常識が得られるので、その点に限っても有益です。たとえば、選択的夫婦別姓制度の導入に否定的な国民の無知さが鮮やかに解き明かされます。たとえば、明治憲法施行以前の日本ではむしろ夫婦別姓が伝統でしたし、明治憲法の起草者であった井上毅自身に至っては、妻が夫の姓を名乗るべきではないとさえ考えていました。これは法務省も認めていることですが、夫婦同姓を法的に義務付けている国は世界で日本だけです。
他にも明治の戸籍制度が始まる以前、アイヌの人たちに氏姓はありませんでしたが、無理やり漢字表記の氏姓を創らされ登録されましたし、琉球人の氏名表記は元々ファーストネーム→ファミリーネームの順番だったのを逆に変えさせられました。制度の目的は臣民への画一化にあったとうかがえます。戦後の日本国憲法施行後は、GHQから戸別単位ではなく個人単位の管理制度に変えたらという提案(=もはやそれは戸籍ではない)もあったそうですが、当時の司法省の役人が紙不足を理由に棚上げしてしのいだという裏話にもビックリします。
結局のところ、個人の市民権を保障する世界基準の趨勢は、国籍から定住地、国民から住民を重視へ移行しているので、戸籍制度は段階的にあるいは選択的であってもいいですがもはや廃止してもかまわないのではないかというのが、これまでの著書や今回の講演を通じての遠藤氏の考えです。それに廃止すれば行政コストが削減できるメリットもあります。制度を所与のものと考えずに歴史的経緯・捻じれまで知って判断することの大切さを改めて感じました。

『これからの世界の紛争』読後メモ

作家にして元外務省主任分析官の佐藤優氏監修の『これからの世界の紛争』(新星出版社、1500円+税、2026年)をつい先日買って読んでみました。購入のきっかけは、同氏が月1で登壇する動画で紹介していたからです。同氏の発言はその動画以外にも朝日新聞電子版でのコメントでも日頃接します。もっとも最初に氏の存在を知ったのは鈴木宗男事件に連座する形で逮捕される以前の時期に、雑誌『世界』(岩波書店)の「世界論壇月評」を寄稿されていた頃からなので相当長いですが…。それはともかく、氏の現在発する意見のすべてを首肯するものではないですが、国際関係に対する俯瞰力の広さや歴史や思想に対する造詣の深さには敬服するところがあります。それでいてこれまで同氏の著作は一度も手にしたことがありませんでした。言うなればこれまでほとんど無償に近い形でしか氏の言説に接してこなかった不義理に対するほんの僅かなお返しの意を込めて入手してみた次第です。
さて、本著についてですが、「サクッとわかるビジネス教養」のシリーズ本と謳っているだけあって、図解資料が多く、1時間ほどで読み終えるというか眺め終わることができました。取り上げられている紛争についてはすべて承知しているものばかりでしたので、特に新鮮な情報はありませんでした。しかし、特定の紛争のニュースに接したときに関係国・機関・人物や経緯の正しい情報を即座に確認したいときは、辞書的機能があって便利な代物(まるで教科書副読本みたいな!)ではあるかなと思いました。欲を言えば、アフリカ地域における紛争の取り上げ方が少ない印象を受けました。もっと広範な紛争情報について手軽に知りたければ、『分離独立と国家創設 係争国家と失敗国家の生態』の著者・ジェイムズ・カー=リンゼイ氏(英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス欧州研究所研究員)のビデオレターはたいへん有益です。興味を持たれた方は、この動画チャンネルへアクセスしてみるのもいいと思います。
https://www.youtube.com/c/JamesKerLindsay/Join
佐藤監修本の内容について話を戻すと、途中に挟まれているコラムの方が、同氏の識見の本領発揮という思いがしました。たとえば、p.112では1932年の、フロイトとアインシュタインの往復書簡「ひとはなぜ戦争をするのか?」を取り上げています。ここでフロイトは「(戦争を防ぐために)優れた指導層をつくるための努力をこれまで以上に重ねていかなければならないのです」と書いています。紛争の現状把握だけでなく、そうした人類がこれまで積み上げてきた知の蓄積についても目を向けてみることが必要なのだと思います。
(p.117に掲載のグラフの記載で誤記を1か所見つけ出版社に知らせたところ、翌日返信をいただきました。丁寧な対応に感謝します。)

『イスラームが動かした中国史』読書メモ

国際関係や外国人問題について論じられるときに、その対象について狭隘な先入観や断片的な知識しか持ち合わせていない人物の発言は、まずそれを疑ってみるに限ると考えます。その世界的な代表格が現在の米大統領ですし、わが国の現在の首相もまともな学習経験があるようには感じません。その手の人物というのは、ただただ大きな権力がある地位に就いてみたいだけで、行動が場当たり的で、先行きを見誤ることぐらいしか能がないのだと思います。ですが、皮肉なことにそういう手合いに共感する国民が多いからこそ、彼らに権力を与え振り回されているのだと思います。
さて、海野典子著の『イスラームが動かした中国史』(中公新書、1300円+税、2025年)は、隣国中国のムスリムの人々の歴史を描いた著作です。現代中国の国民において回族とされる人々はムスリムの子孫とされますが、彼らの風貌は漢族と変わりないですし、日常会話も漢語ですし、必ずしもすべて回教徒ではありません。もともと漢族だった人が民族登録を回族としていることもあります。「馬」姓を名乗る回族は比較的多いとされますが、なんせ1400年も激動する中国社会を生き抜いてきたコミュニティーです。その人口は1000万人以上ですから中国国内では少数民族と言っても規模が違います。中国には、他にウイグル族などのイスラーム系民族がいて、それらを含めると、人口は2500万人を越えます。本書を読むと、とにかく中国国民全体や各民族個々をステレオタイプ化して理解するのは見当外れも甚だしいことに気づかされます。
歴史を振り返ると、さまざまな文化が交流融合したり、人材登用され社会が発展したりした側面と、少数異質のコミュニティーが不当な弾圧を受けて社会が混乱疲弊した側面とがあり、実に複雑です。それと、宗派は異なっても世界には多くのムスリムがいて、そのことによる国際関係、絆の強さを無視してはならないと改めて感じました。
最後に1点だけ指摘すると、本書は日本の研究者だからこそ書けた、日本だからこそ出版できた面もあると感じました。一つひとつの記述が政府の考えと異なると潰されるようでは国の発展はありません。一方、そういう政府の国であったならどうやって生き抜いていくべきかの知恵も本書は示しています。今度都内に出たら回族出身者が経営するハラール料理店を訪ねてみたいと思います。

『朝鮮の王朝外交』読書メモ

森平雅彦編著の『朝鮮の王朝外交 ”ややこしさ”からの気づき』(集英社新書、1060円+税、2026年)は、朝鮮王朝が隣りの大国とだけでなく周辺諸国といかにしなやかに賢く渡り合ってきてたかを知ることができる、好著だと思いました。片や今日の日本は、ともすれば米国という大国の冊封体制に組み込まれた外交マインドでしか動いていない面が多いのではと感じます。本書でも触れてありますが、かつての日本には対馬の宗氏のお家芸である文書改ざんという知恵もありました。歴史の中に埋もれている知恵に学んでみると、米国と並ぶもう一つの大国である中国との付き合い方を含めて、もっと国際関係は良くなるのではと思います。
編者の森平雅彦氏は、本書のむすびで以下のように書いています。「他者に内在する論理が見えてくるとき、またはこれを見ようと努めるとき、それは、自分のなかの論理では見えていなかった物事に気づき、自分の論理が絶対ではないこと、あるいは、それが不十分な部分を省みるきっかけになる。他者の論理に向き合うことは、それまで自分になかった目線を手に入れ、自分の近く世界を広げ、豊かにする作業だ。それはもはや、他者を理解するためというより、自分のためにほかならない」(p.318-319)。
上記のモノの見方を考える具体的例として森平氏は、本書の序文でなんと草食動物のヌーを取り上げていました。ヌーという動物を肉食動物に捕食されるモノとして見るだけでなく、視力が良くないので視力に優れたシマウマと行動を共にして警戒を補う生存戦略などを示して誘ってくれました。
以下に興味深く感じた事例を列記してみます。一部は朝鮮王朝ではなく、対馬の宗氏の事例。
・モンゴル(元)の支配下でも高麗が独自の王国として存続できたのは、元の対日戦略を担う征東行省の名義利用があった。名目上は地方統治機関だが、実質的には高麗王が統治する高麗政府であり、元の直轄統治とはならなかった。
・小国が大国に事(つか)える、事大主義の冊封体制下で宗主国に無断で隣国に交わること(交隣)は、「私交」とされ、問罪の対象となった。しかし、朝鮮の第4代国王世宗は、宗主国の明に対して室町幕府の日本との私交を、「礼」には「礼」をもってする「交隣の礼」だと正当化して対処した。なお、世宗は第3代国王太宗の三男だが、長男や次男と異なり「天性が聡敏で大変に学を好む」と評価されていたので、「賢を択(えら)ぶべし」の方針にもとづき王世子となった経緯がある。
・1443年に結ばれた癸亥約条では、対馬の宗氏の年間渡航船数は50隻と定められた。宗氏はその制限を突破させるべく、博多商人とも協力して偽名義の使者を仕立てた。見かけのうえでは、上は室町将軍から下は瀬戸内の小島の領主までこぞって通交したかの観を呈した。
・16世紀末、日本国内の統一を果たした豊臣秀吉は、朝鮮を服属させて大陸に出兵し、明を征服することを目論んだ。その交渉を命じられて苦慮した宗氏らのはたらきかけで、朝鮮からは天下統一祝賀の名目で通信使が訪日した。これを朝鮮の服属表明と勘違いした秀吉は、明出兵の手引きを要求する。宗氏はこれを仮道(朝鮮国内の通過許可)にすりかえて朝鮮と交渉したが、朝鮮側は拒絶した。(p.237-238)
・朝鮮貿易を死活問題とする対馬は、壬辰戦争後ほどなく、その復活のために国交回復を朝鮮側に求めてきた。朝鮮もまた北方における女真の台頭をうけ、日本との和解に合意し、1607年、朝鮮使節が正式に江戸幕府を訪問した。当初朝鮮と幕府の間では国交再開の条件がおりあわず、交渉は難航した。そこでこのとき対馬が、お家芸である偽使のノウハウを駆使して双方の国書を偽造・改竄して修交を実現させるアクロバットを演じたことは有名である。(p.239)
・前述のように、当初は対馬が国書の偽造によって通交をスタートさせたため、それをとりつくろうべく、最初の3回までは引き続き対馬が国書を偽造・改竄していた。しかし1631年、対馬のお家騒動からこの事実が幕府に露見した。幕府ではこれを穏便に処理し、引き続き対馬に朝鮮外交の窓口役を任せたが、対馬現地で外交文書を担当する僧侶(以酊庵僧)を幕府が任命し、対馬がひそかに文書の偽造・改竄をおこなえないようにした。(p.243)

関連メモ
九州国立博物館開館20周年記念特集展示「豊臣秀吉とアジアの外交」では、宮内庁書陵部所蔵の「朝鮮国王李昖(宣祖)国書・別幅」(豊臣秀吉宛各1通)が出品されていました。面白いことに、この国書と進物目録は、対馬の宗義智(そう よしとし)が改ざんしたものです。本来は日本国書への返信(奉復)であるところを、先に偽の国書を送ったことが露見しないよう「奉復」の字を「奉書」と変えてあります。国王印も偽造印となっていて、まさに宗氏の諜報外交能力は職人技です。
同展では、5点の国宝指定された品が展示されていましたが、いかに歴史的・学術的価値が高くとも偽造品である限り国宝指定とはならないのでしょうか。「”正真正銘”の国宝級の偽造品」だけに、なんとも複雑な感じです。なお、宗氏偽作の朝鮮国王印(九州国立博物館所蔵)は、偽造品ながら重要文化財指定となっています。

『ナショナリズムとは何か』読書メモ

1月23日から動画がネット公開されている「先端研クロストーク」(2025年11月7日実施)の中で、登壇者の一人である中井遼氏(東大先端研教授)の存在を知り、同氏近著の『ナショナリズムとは何か 帰属、愛国、排外主義の正体』(中公新書、1100円+税、2025年)に興味を覚えて読んでみました。
https://www.youtube.com/watch?v=_3swK2zGynA
これだけ大きなテーマを新書1冊で解き明かせるものなのかという疑いをもって最初は手に取りました。ですが、読み進める中で、国内外の膨大な先行研究を狩猟し咀嚼したうえで論述した労作というのが伝わり、疑念はきれいに晴れました。著者も「科学とは人類によるチーム戦である」(p.229)と書いています。何がわかっていて、何がわかっていないのかを、知っていないと、社会は貧困になり、さまざまな争い(最悪は戦争)が生まれるということを、本書で感じました。そのためにも本書で紹介されている実証研究の成果が社会一般に共有されることが重要です。
時に帰属意識や愛国心、排外主義をくすぐるナショナリズムは、政府や政治家にとって都合にいい武器になります。これはファシズムだけでなくてリベラリズムや環境保護運動との相性の良さもあり、多面的です。皮肉なことにナショナリズムは、学校や軍隊、鉄道、出版印刷文化が発達した時代から登場した面もあります。
本書で紹介されていた実証研究やデータの中で知っていて損はないトリビア的なものをピックアップしてみます。
・デンマークやアメリカでは、国への帰属意識が強い人ほど、同時に排外意識が強いが、カナダやイタリアでは逆の相関関係で帰属意識が弱い人ほど、同時に排外意識が強い。
・サッカーW杯の予選をギリギリ勝ち抜いた国とギリギリ敗退した国では、前者のほうが2~3年後に戦争を開始する確率が有意に高い。
・イギリスのサッカーのクラブチームの地元回答者を対象にした分析では、中東にルーツを持つ選手の入団後、体系的にイスラム教徒への偏見が減ずる現象が確認されている。
・バルト三国の「歌う革命」。「歌うことは抵抗すること」であり、1990-91年にソ連からの独立を回復した。エストニアで1988年に行われたイレギュラーな祭典では全人口の役5分の1が1か所に結集した。「太陽・雷・ダウガワ川」が歌われた。
・アメリカにおいてはアイルランド系移民やイタリア系移民が歴史的にはしばしば非白人グループに属するとみなされてきた。
・日本では、高学歴層のあいだで、表立って回答する際には一定の反中反韓的な態度を表明することが規範的なふるまいになっている傾向にある。
・19世紀、プロイセンに敗北したフランスが下士官の指揮と意思疎通能力を高めるために急速に言語統一を推し進めた。日本も黒船襲来やアヘン戦争による国際危機認識のもとでの近代化(明治維新)の中で学校教育と共通言語教育を普及させた。
・インドのヒンドゥー教徒を対象にした実験で、ヒンドゥー教徒の多い地域の災害情報とイスラム教徒の多い地域の災害情報を見せてそれぞれの寄付額を聞くと前者が多くなるが、インドの国土と国旗の情報を先に見せてから両方の地域の災害情報を見せると寄付額が同じ程度になった。
・第二次大戦終結後から1999年までに発生した国家間戦争の死者数は約330万人である一方、同じ期間に発生した内戦の死者数は約1620万人であり、およそ5倍である。
・かつてリトアニアの最大都市のビリニュスは北のエルサレムと呼ばれ19世紀頃まで同地最大の民族集団はユダヤ人であったが、現在は同地にユダヤ人はいない。第二次世界大戦の際に、約20万人前後のほとんどのユダヤ人がナチスドイツの侵攻前後に現地協力者とナチスの手によって殺された。当時のリトアニア住民は、ユダヤ系住民をリトアニアの独立を奪ったソ連の味方だと観念し、敵に通じていると想定していたからである。現在、リトアニアではこの経緯が高度な歴史認識問題となっている。
・国民の祝日の30日後に国家間紛争に至るリスクはそれ以外の時期より2~3割高くなっている。
・国外に同民族問題を抱える国において、比例代表制をとる国が失地回復戦争を起こす確率は1.2%であるのに対し、小選挙区制をとる国では5.8%となる。軍事独裁国家のある国がある年に同様の紛争を起こす確率4.5%よりも高い。