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飼い犬か義勇兵か

朝ドラ「虎に翼」の本日放送回での主人公の「寅子」による「生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない男か女かでふるいにかけられない社会になることを私は心から願います。」との毅然とした決意表明と、女性の服装を揶揄する司法試験の面接官に「トンチキなのはどっちだ。はっ?」と言い放った「よね」の信条の崇高さには、たいへん感動しました。司法の分野はもちろんですが、当時は女性に選挙権がありませんでしたから立法分野の国会議員、行政分野の大臣として女性が活躍できる場はなく、そのことだけでも国民の半数以上が虐げられていた時代がつい80年ほど前まであったことを思い起こさせました。しかしながら、現在の立法や行政の分野に携わる者の資質に接すると、ガッカリさせられることが多いですし、そのような資質の人物をのさばらせる国民の資質も問わなければなりません。
じっさい、水俣病患者団体と環境大臣との懇談会で、環境省職員がマイクの音声を切り団体側の発言を封じた、いわゆる「マイクオフ問題」を巡って、あろうことか患者団体側に非難の電話をかけるトンチキな方々がいることを、本日(5月10日)の熊本日日新聞が報じていました。環境大臣やその場にいて善処に動かなかった熊本県知事の「飼い犬」を自ら買って出るとは、なんとも下劣で哀れな行動としか言えません。おそらくは、水俣病の被害がいかに拡大し、多くの被害者が救済されずに死ぬのを待たされ続けている歴史に無知なのだと思います。
たとえば、3月の熊本県知事選挙を前に、水俣病の患者・被害者計7団体でつくる連絡会が知事選立候補表明者へ公開質問状を出したことがありました。その際の現知事の回答を要約すると、「国の患者認定制度の見直しは求めない」「公害健康被害補償法で対応し、特措法での救済漏れには対応しない」「健康調査の実施は考えない」の「ないないづくし3点セット」でした。そのときこのような環境省の意向に沿ったゼロ回答をした候補は他にいませんでしたが、この回答が何を意味するかも先の飼い犬たちには理解する力がないのだと思います。
一方で、冒頭の「寅子」や「よね」と同様に、世の中の不条理に対して闘う人物が常にいるのも希望です。水俣病裁判闘争の初期のころ、「義によって助太刀いたす」と患者支援に行動した、水俣病を告発する会の代表だった本田啓吉先生(2006年没)を、私は思い起こします。先生とは機関紙『水俣』編集を通じて生前お会いする機会がたびたびありましたが、いつも穏やかで激しい物言いをされる方ではありませんでした。だからなのか、時折この「義勇兵宣言」が気になります。何の義理がなくても不条理な環境に置かれた出来事があれば、黙って見過ごさない人間でありたいと思います。
なお、熊本県知事の職分の名誉のために付言すると、福島譲二知事(1999年没)と本田啓吉先生は、旧制五高時代に学生寮で同室の仲でした。片や大蔵官僚、片や高校国語教師と、進まれた道は異なりましたが、大義とは何かを思索し行動に移す真のエリート知識人の気概は共有していたと思います。

よく言った

本日(5月9日)の熊本日日新聞社説より。
よく言った。「虎に翼」の笹寿司のおやじさんのセリフに、そんなのがありましたね。
「懇談には熊本県の木村敬知事ら県幹部も同席していた。だが、環境省の対応に異は唱えなかったという。国はもちろん、熊本県も水俣病問題の当事者だ。適切な対応だったとはとても言い難い。」

熊本県知事は環境大臣の飼い犬か

このところロアッソ熊本の戦績の不甲斐なさに閉口し、ローカルのスポーツ関係のニュースは見ないよう努めています。ですが、水俣病犠牲者慰霊式後に伊藤信太郎環境相と懇談した患者団体の発言が環境省職員によって打ち切られた一件については、憤りを覚える気持ちが収まらず、報道を追いかけています。今月26日に開かれる相思社(水俣病患者連合事務局を担当)の理事会にも出席しますが、本件についても議事に上ると思います。
本日(5月8日)の熊本日日新聞社会面では、本件をめぐる熊本県知事の対応について以下のように触れていました。「1日の懇談には、熊本県の木村敬知事や県幹部も出席。団体側の発言が打ち切られても、善処を求める言動は一切なかった。水俣病保健課は『環境省が運営している場に参加させてもらっている県として、何か言うことは難しい』と説明。懇談後の記者会見で木村知事は『忙しい大臣が例年通り時間をつくってくれた』と謝意を示した。」。見出しなしで記事本文の半ばに記されていましたので、大半の読者は見落とす可能性があるかもしれません。しかし、県民の権利を守ることをせず、来水した大臣に謝意を示す能しかなかった知事に阿ることなくその不甲斐なさの一端を晒してくれたように思います。
同じくけさの朝日新聞読者投稿欄(「声」)に、今春に31歳で東京都職員を早期退職した現在自営業の男性の投書が載っていて、興味深く読みました。それによると、投稿者は公務員時代の自身を「飼い犬」と評し、現在は「野良犬」としてエサは与えられなくとも本当の自由がある爽快さを語っていました。「野良犬も悪くない。」と文章は結ばれていて、25年間の会社員経験後に自由業に転じた私には共感できる内容でした。
この投稿と併せて先の地元紙の記事を読むと、まるで熊本県知事は環境大臣の「飼い犬」だなと、本当の「飼い主」である県民の一人として感じてしまいます。

議員と政府の資質を問え

「政治資金オンブズマン」代表を務めながら「政治とカネ」にかかわる告発を100件超も行っている、闘う憲法学者の上脇博之氏が、5月4日、自身のXに「長年裏金をつくり続けてきた自民党議員らによって政治資金規正法はザル法の状態のままにされてきた。そのザル法にさえ違反したのが、派閥の政治資金パーティー裏金事件。その裏金議員らがさらに暴走できるようにするために日本国憲法をザル憲法にしようとしている。そうさせないのが真の主権者国民!」とポストしていました。まさにその通りで、そうした連中には憲法は言うまでもなく、一切の法律審議を行う資格はないと考えます。
さらに、議院内閣制であるため、資質を欠く議員らの一部から成り立つ政府についても、その資質についてよく見極める必要があります。上脇氏と同じ憲法学者である長谷部恭男氏が、「世界」(2024年6月号)において集団的自衛権の行使の解釈変更にかかわる2014年の閣議決定の判断能力について正常さを失っていると指摘していました。存立危機事態の存立可能性が実に謎めいた判断となっていて、「たとえ話に即して言えば、外出先と同時に自宅にもいるという事態を想定」していて、「同様に、他国が攻撃されたにもかかわらず、日本が直接攻撃されたのと同様の深刻で重大な被害を受ける事態があり得ると想定」することとなっています。このような存立不可能な事態であれば、集団的自衛権の行使は現実的には不可能(だから先の解釈変更が明白に違憲であると断定することができないというのが2023年12月5日の安保法制違憲訴訟仙台高裁判決の結論)になるのですが、「募っているけど募集はしていない」という謎答弁ができる想定外のあるいは異次元の能力の持ち主レベルの政府だったら、集団的自衛権の行使を思い止まらないでしょう。そうした危うさに国民の生命は晒されているのだと思います。
写真は記事と関係ありません。2024年5月4日撮影。
たとえ話
個別的自衛権の行使のルール(2014年7月の閣議決定前) 牛肉麺を食べるのは日本にいるときだけ。台湾では牛肉麺を食べないことにする。
例外的に集団的自衛権を行使できるルール変更(2014年7月の閣議決定以降) 台湾にいると同時に日本にもいるという例外的な場合には、台湾でも牛肉麺を食べても良いことする。
・原告団の立場 台湾と同時に日本にもいることはできない。こんなおかしなルール変更はできない。
・判決の立場 台湾にいると同時に日本にもいることは現実的に不可能。ルール変更後も台湾では牛肉麺を食べてはならない。実はルールは変わっていない。

再々コメント

知り合いの地方議員からけさも5:22に返信コメントがありましたので、私からも以下の通り再々コメントを投稿してみました。一部伏字にしています。
先方へは最初に私からの質問が不快なら回答に及ばずと申し出ているのですが、律儀に返信をいただきましたので、こちらも礼を尽くしたいと考えています。
【以下が再々コメント】
連日早朝からの返信コメントありがとうございます。
Yさんは、地方議員とはいえ政治家でおられるので、日頃から自身の政治信条を明らかにされることが、少なくとも自身の選挙区民に対しては誠実であると思います。そうでなければ、選挙区民は候補者を正確に評価した上での投票行動をとることができません。
私自身はT市民ではありませんので、投票に参加することはできませんが、政治家・YK氏がどのような信条や資質を持たれているのか興味があり、質問を投げかけてみました。
Yさん自身がここ数日投稿された内容を私なりにまとめてみると、以下のようになると思われました。
1.財務省やグローバル勢力(中身がやや判然としませんが)の意に沿った政治を行っている自民党政権が日本を没落させた。ご承知の通りここ40年で最も長らく首相の地位にあったのは安倍晋三氏。消費税を上げる一方で、その還付を受ける輸出企業は潤い、国民の所得は減った。
2.「大東亜戦争」に敗けて「東京裁判」で悪人とされた日本は、米国に今も支配され虐げられており、独立国ではない。沖縄の米軍基地は日本を威嚇するためにある。
これまでの国政選挙におけるYさんの投稿では政権与党の候補者を支援する内容が多かったと思いますが、それだと、日本を貧しくし続け、新たに米軍のために辺野古基地上納を進めているように見える勢力に加担することになりませんか。そのあたりの整合性がどうしたらとれるのか、フシギに感じました。

回答を得ての再コメント

昨夜、知り合いの地方議員に質問をしたところ、翌朝5:45に返信を得ました。同議員の情報源や思考力が垣間見れました。
【以下は、回答を得ての私からの再コメントです。同議員の回答内容がある程度推察できると思います。】
ご多忙のところ回答いただき、ありがとうございました。
まず、日本のGDPの件ですが、40年前と比べてドル建て名目の総額は下がってはいませんが、世界での順位は総額あるいは国民一人当たりの額ともに確かに下がってきています。インドやインドネシアなど人口大国にいずれ総額で抜かれるのは必至です。戦争によってGDPが上がることもありますから、尺度や内容を見ないと単純に評価できないのでお尋ねしてみました。
次に日本を貶めるために頑張っている勢力についてのお答えの中に、財務省やグローバル勢力からの影響を大きく受けている自民党の総理大臣とありました。となると、長らく首相を務めた故安倍晋三氏は当然入りますか。外務大臣や防衛大臣経験者である河野太郎氏は中国からの援助を受けているというお答えがありましたが、外国人からの政治献金は禁止されていますので、具体的にどのような援助を指しておられますか。経団連に属する大企業は、フリーメーソンの方々や自分たちの利益を国とは関係なくもとめている勢力に入りますか。だとすれば、経団連に属する企業団体から多額の政治献金を得ている自民党は、日本を貶めるために頑張っていることにならないでしょうか。
A級戦犯合祀が明らかになった後に、昭和天皇は靖国神社参拝を行わなくなり、以後、皇室からの参拝はありません。このことについて何か意見を持たれていますか。

反応が楽しみ

知り合いの地方議員が、意味不明瞭なことをSNSの友だち限定で投稿していたので、以下のようなコメントを投稿してみました。どんな反応があるのか楽しみです。特に3の答えは、米国? 経団連? 統一教会?
【以下、当該議員宛のコメント】
「知っている」とのことなので、質問いたします。
(質問がご不快であるとか回答に及ばずということでしたら、FB友だちから削除いただいてかまいません)
1.「40年前に日本のGDPは下がると書いていた情報源」を教えてください。GDPの世界順位のことなのか、ドル建て名目のことなのかも知りたいと思います。
2.「(1の未来予測を実現するよう)日本を貶めるために頑張っている勢力」が、政治やマスコミの中枢に入り込んでいるとのことですが、具体的に誰なのか、その所属機関名(よほどの権力がある?)と合わせて教えてください。
3.安倍元首相が抗いきれなかった「巨大な力」とは、何を指すのか教えてください。
4.「グローバル化を進めたい勢力」とは、何を指すのか教えてください。
5.10年前に当時の安倍首相が靖国神社を参拝したとき、米国政府(オバマ政権)は「日本は大切な同盟国であり、友人です。しかしながら、日本の指導者が隣国との緊張を悪化させる行動をとったことに、米国は失望している」「米国は、首相が過去への反省と平和に対する責任の再確認を表明するか注視している」と、安倍首相の参拝を非難する声明を出しました。この声明については、当時のバイデン副大統領が主導したとされていますし、以後、日本の首相が参拝することは止めています。米国が日本へぐずぐず(?)言ってきたのは、どうしてですか。これも追加で教えてください。

戦雲(いくさふむ)

三上智恵監督作品の映画「戦雲」をDenkikanで観てきました。2016年から2023年にかけて与那国島、石垣島、宮古島、沖縄本島には実に多くの自衛隊基地・弾薬庫が設置されました。さらに防衛目的の空港拡張や港湾整備が進められようとしています。与那国町の場合、住民の1割近くが自衛官となっており、基地のある離島は文字通り不沈空母状態となっています。有事の際には国民保護の名の下、島民全員を九州など島外に避難させるということですが、原発が立地している周辺住民の避難計画と同様、気象条件その他が必ずしも良好とは限りません。たとえ避難できても作物や家畜は置き去りですし、避難民は生業を捨てなければならないことになります。そもそも基地があるから攻撃を受ける可能性を高めているばかりか、全国民的にも巨額の国家予算を投入しなければならなくなったわけで、何を何から守るのかわからなくなったように見えました。
石垣市においては2015年自衛隊基地配備計画の賛否を問う住民投票条例制定請求の署名が市自治基本条例の規定を超える有権者の4割に達しました。しかし、市議会が住民投票条例案を否決し、さらには市自治基本条例から住民投票実施規定の条文を削除する蛮行に出て、現在それが裁判になっていることも映画で紹介されました。住民投票の手段を取り上げるなど、地方自治を自らの手で抹殺することにほかならず、それに加担する有害な首長・議員を生まないように、住民の不断の監視が必要なことを感じました。
※裁判についての補足:市民らは2019年9月、住民投票の義務付けを求める訴訟を起こしましたが、2021年8月に最高裁で敗訴が確定しています。2021年4月に地位確認の当事者訴訟を提起し、2023年5月(同年3月に基地開設)の一審判決は、住民投票の実施を規定する条例文が削除されたことから訴えを却下しました。2024年3月の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部は、「確認の利益はあると認められる」とも判示しつつも、控訴を棄却しています。
映画を観る前に、本日の朝日新聞オピニオン面に掲載された元防衛官僚の柳沢協二さんのインタビュー記事を読みましたが、以下の発言が印象に残りました。「台湾の領土や政権を守るために自衛隊員や国民に犠牲が生じることを、日本の有権者として受け入れるのか否か。そのことを国民は考える必要があるのだと思います」「こういうとき気をつけなければいけないのは、英霊思想の台頭です。(中略)国家のために犠牲となることは有意義だとする、英霊の思想です。そこには、他者の人生を自分の道具と考える政治指導者のおごりがあります」。
https://www.asahi.com/articles/ASS4L2TMNS4LUPQJ00NM.html

無知は無恥

台湾出身で日本在住の芥川賞作家の李琴峰さんが、本日の朝日新聞国際面で台湾の人々の政治意識を語る中で、日台の関係はいびつだと指摘していました。日本国内の保守派による台湾に関する言説についても冷ややかに捉えてました。やや長い引用となりますが、次のように述べています。「日本の保守派はよく「台湾が好き」と言いますが、その言説を観察すると「日本の植民地時代のおかげで台湾が近代化した」「だから台湾人は日本が好き」などと紋切り型の表現を使います。植民地支配の歴史を正当化するために台湾を都合良く使っているだけではないでしょうか。」。台湾の人々が抱く日本の工業製品や文化商品に対する親しみの感情は確かにあると思います。しかし、かつて日本の植民地であったことを良かったと考える台湾人は皆無に近いのではないでしょうか。統治対象であった本省人の末裔もいれば、日本の侵略対象となった中国本土から渡ってきた外省人の末裔もいるのですから、容易に解りそうなものですが、あたかも植民地統治時代からも台湾の人々が「親日」的だと都合良く考える日本人がいたとしたら、無知で無恥だと言わざるを得ません。
もっとも、台湾の人々の中にも、日本との政治的あるいは経済的な協力関係を重視するあまり、リップサービスで「親日」を強調する向きがあるかもしれません。今週、熊本県内の技能実習生監理団体で働くインドネシア人の方の話を聞くセミナーの機会がありました。イスラム教の戒律をめぐる情報は非常に役立ちましたが、それと共にインドネシア独立の際にオランダと闘った残留日本兵の存在を引き合いに、その方がインドネシア人の「親日性」を語ったので、他の無知な受講者をミスリードしないかと気になりました。
1942年3月から1945年8月までの日本軍による軍政下におけるインドネシア人に対する非道な支配の犠牲者は国連の報告によると約400万人といわれます。そういう史実を知らないまま相手先の人々に接すると恥をかくことを忘れてはならないと思います。30年以上前に一度インドネシアを訪ねたことがあります。日本軍による多くの犠牲者が眠る場所近くは下車する勇気がなくタクシーで付近を通ってもらって眺めるだけにしました。
写真は、ジャカルタ市内。1991年7月撮影。

知事の顕「過」碑も必要では

本日(3月14日)の朝日新聞「耕論」では、群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」から朝鮮人追悼碑を今年1月末に撤去した群馬県の過ちについて3人の識者(小田原のどかさん、中沢けいさん、李鍾元さん)の受け止めを示していました。当コーナーではテーマをめぐって賛成・反対・中立のように、3つの見方を載せることが多いように思いますが、今回は群馬県の行政による、歴史や県民、東アジア周辺国・地域へ向き合う姿勢に問題ありとしている点で、3者の見方は一致していました。私も3者の意見には賛同します。
https://www.asahi.com/articles/ASS3D5W9QS34UPQJ00T.html
戦時中に多くの朝鮮人や中国人、捕虜を劣悪な環境の下、働かせた事実は、各地にありました。そうした負の歴史を隠すことは、真実を知らない無教養な国民や真実を語ることができない権力に従順な国民ばかりなっていくことにほかなりません。自国民の名誉をかえって汚して国際的な信頼も崩すまったく国益に反する行為です。
今回、群馬県知事は、最高裁のお墨付きを得たかのような論理で、追悼碑の撤去を進めました。しかし、裁判所の判断は、県立公園内における碑の設置期間の更新不許可処分は違法でないというだけであり、碑の撤去を命じるものではありません。さらに、勝手に撤去しながら、その高額な費用を市民団体へ請求して弾圧する気でいます。
100年前の関東大震災後の混乱の中での朝鮮人虐殺を認めたがらない無恥な知事もいますが、こうした知事の過ちを明らかにした碑もどこかに必要なのではないかと思います。
写真は、大牟田市にある、徴用犠牲者慰霊塔。朝鮮半島を望むよう西向きに建てられています。アジア太平洋戦争末期、三池炭鉱などがある大牟田地域では、朝鮮人や中国人、捕虜など約2万人が労務動員されていました。2023年8月撮影。

ないないづくし3点セット

本日(3月7日)の朝日新聞熊本地域面に、水俣病の患者・被害者計7団体でつくる連絡会が知事選立候補表明者から得た公開質問状への回答について載っていました。
注目したのは、現知事から「県政の良き流れ」を継承する候補と推された人物の回答内容です。予想通りのゼロ回答でした。要約すると、「国の患者認定制度の見直しは求めない」「公害健康被害補償法で対応し、特措法での救済漏れには対応しない」「健康調査の実施は考えない」の「ないないづくし3点セット」でした。
こと水俣病問題対応については県政の悪い流れにしか遭ってこなかったであろう患者・被害者ならびに支援者にとっては、明確な判断材料になったかと思います。
写真は、水俣病歴史考証館内に展示されている丸木位里・俊画「水俣の図」。2023年12月撮影。

自分の国語力を省みろ

昨日(3月5日)と本日(3月6日)の朝日新聞紙面に、国語力について参考になる記事があり、印象に残りました。
まず昨日の方は、私より少し若い方だと知ってその驚きもありましたが、TVでもロシア問題の解説で顔を見る機会が多い、駒木明義論説委員が「新聞記者の文章術」欄で書かれた記事です。そこでは、「自分が書いている文章がわかりやすいかどうか自信が持てないときに、時々私が試してみることがある。それは、外国語に移してみるという方法だ。」とありました。確かにネット上の自動翻訳を利用してみると、原文の言わんとするところが不明瞭であれば、変てこな訳文しか返ってきません。このように、自分の国語力の検証方法として有益だと感じた経験が、私にもあります。加えて、大学時代の所属ゼミの教授も同じようなことを言われていた覚えがあります。その教授は、日本語訳本で意味が通らない箇所を原書で当たってみると、だいたい原文そのものに問題があるものだと、言われていました。言いたいことが多すぎて一文が長すぎると、結局何を伝えたいのかわかりませんし、トランプ流に短く断言しすぎても、前提や周辺の情報が伴っていないと、単なる遠吠え的な発言に終わってしまうかもしれません。トランプの言葉は単純で平易であり、その言葉を信奉者らと共に口にさせることで、一体感に酔わせるだけが目的のように思います。バイデンではなく、あえてオバマを例に取り上げると、彼の言葉は含蓄に富み論理的ですが、あまり理知的ではない国民が大勢を占める社会では通じないのかもしれません。
次いで本日の記事の方ですが、内田伸子お茶の水女子大学名誉教授に聞いた、シリーズ「早期教育へのギモン」の5回目の見出しには「英語読解 日本語の読み書きが土台」とありました。「早く英語に取りかかればいいというのは誤解だと考えています。カナダ・トロント大の言語心理学者らがかつて、日本からカナダに移住した子どもを10年間、追跡調査したことがあります。」として、「学業成績が一番高かったのは中学から行った子どもたちでした。」と紹介していました。つまり、国語力が「考える力」の土台というわけです。
どの言語であれ、自分の国語力を公開する行為というのは、自分の「考える力」の度合いを晒しているのと等しいということになりますから、SNS投稿もリスクがあるかもしれません。かといって国語力に自信がないからと、むやみに写真や動画をアップすると他人の権利を侵害することもありえますから、とにかく用心することです。
写真はワシントンD.C.のホワイトハウス。2000年5月撮影。

人気度と政治能力は別

本日(2月25日)の朝日新聞1面トップ記事は、宮沢喜一元首相の40年間に及ぶ大学ノート185冊の日録発見のニュースでした。1966年から2006年が記録されたそのノートは、戦後政治を検証する第一級の資料であると思います。元首相の選挙区だった広島県福山市には、今年5月25日に「宮沢喜一記念館」がオープンしますが、存命中、岸信介が「人の世話をしないから子分がいない。頭がいいものだから、人がみんな馬鹿にみえるんだよ」と評したように、けっして人気がある人物ではありませんでした。東大出でも法学部卒の人しか相手にしない性分もあって、エリート意識が強かったエピソードが豊富です。英語力も抜群で、日頃から人前でも英字新聞を読んでいて、英語がまるでダメな「ハマコー」からいちゃもんを付けられた際には、「国会議員なんだから、浜田さんも英字新聞ぐらいはお読みなさい」とやり返しています。「ハマコー」もこれには感化されて、息子の浜田靖一(現自民党国対委員長)をアメリカのカレッジに留学させたといわれています。嫌味がある人物のイメージが付いて回りましたが、教養や知性にあふれた人物であったことは間違いなく、ハーバード大学教授から外交官へ転身したキッシンジャーが最も対話してきた日本の政治家だったこともその証しです。
この宮沢元首相が武蔵高-東大法の学歴ですが、県副知事を今年辞めたばかりの人も同じです。ただし、後者の読書遍歴はビジネス書のたぐいがほとんどで教養やら知性はうかがえませんでした。
そういう意味では、学歴だけでは、教養やら知性が備わっているかは、判断できません。判断する側にもそれらが備わっていなければ、単なる人気度の評価しかできないと思います。手始めに、水谷千秋著の『教養の人類史』(文春新書、1200円+税、2023年)に記されている程度の知識は、理解しておきたいものです。

「風よ あらしよ」は見て損はない

先日、本渡第一映劇まで「ほかげ」を観に行ったおりに予告編で「風よ あらしよ 劇場版」を知りました。熊本県内では2月16日からDenkikanで公開されるということでしたので、さっそく初日に鑑賞してきました。
この映画は、大正時代の女性解放運動家の伊藤野枝の生涯を描いたものです。彼女の最期は関東大震災後の混乱のなかでパートナーの大杉栄とともに憲兵大尉の甘粕正彦らの手によって殺害されるという悲劇に見舞われていますが、なんといっても100年前のことですし、あまり一般には知られていない人物かもしれません。私もどちらかというと、故・松下竜一さんの著書『ルイズ 父に貰いし名は』の影響もあって、大杉栄と伊藤野枝の遺児で1996年に亡くなられた伊藤ルイさんの活動についての方が、松下さんとルイさんが共に九州在住ということもあり、見聞する機会が多かったように思います。
ところで、映画作品についての感想ですが、安直な物言いですが、見て損はないと思いました。人間としての尊厳や自由について考えさせられますし、男性視点からするとなんだかんだいって女性のことを理解できてないダメさ加減をこれでもかと突きつけられる思いを受けます。映画の中で、足尾鉱毒事件における谷中村の棄民政策について大杉栄が「自分の原点」という意味合いの言葉を発しますが、どこかの県知事がやはりある公害事件を「政治の原点」といっていたのを連想し、軽々しく「原点」という言葉はつかえないなと思いました。
ほかにも「センチメンタリズム」「奴隷」「権力のイヌ」というキーワードが印象に残りました。ロシアや中国といった権威主義国家の外へ出て自国内にいる同胞へ発言を続ける知識人が数多くいますが、彼らが現在置かれている立場に近いものも感じました。
一方で、前述の「原点」に関連するのですが、差別の問題についていえば、やはり軽々しく理解した気に陥るのも危ないのではないかと思います。今読んでいる本は、中国系ベトナム人難民の娘としてオーストラリアで育ち、現在は米国の大学で哲学の教員をしているヘレン・ンゴ(呉莉莉)氏の『人種差別の習慣 人種化された身体の現象学』(青土社、2800円+税、2023年)なのですが、なかなか難解です。人種化する眼差しを持っている人はたいてい差別する意図はないと語りがちですが、身体行動には差別の現象があります。それを人種化される眼差しを受ける人は差別として確実に感じ取ります。世界をいかに解釈し、世界をいかにより良きものに変えていくか、それこそが哲学の役割なのですが、いつの時代も世界のどこでも課題はつながっているという思いもしました。

フタをすることだけが早業だった

現県知事が「政治の原点」とかつて口にした割には、こと水俣病問題解決に向かってこの16年間、県政の良き流れがあったとはとてもいえません。本日の熊本日日新聞1面の「点検 県のチカラ」の7回目記事にあるとおり、2013年の最高裁判決や国の不服審査会裁決が示した感覚障害のみの患者認定の判断、あるいは2023年の大阪地裁が示した水俣病特措法の救済漏れを認めた判決などに、一貫して背を向けてきたのは明らかでした。
その一方で、チッソが1968年まで有機水銀を垂れ流した、百間排水口の木製樋門(フタ)を水俣市が撤去する計画が持ち上がり、現地から反対の声が上がった際には、いち早く知事が県の予算で現場保存に昨年7月乗り出したことがありました。そのフタは、工場廃水が流れていた当時のものではありませんし、新たに設置されるレプリカのフタ自体には水理機能上の意味もないものです。被害拡大の事件史的視点から言えば、百間排水口から一時期変えた、水俣川河口近くのチッソ八幡プールの排水路からの有機水銀流出がより悪質だったわけで、私自身はフタ保存の必要性をさほど感じていません。むしろフタをすることで被害者に寄り添う格好のポーズ作りの材料にさせられただけだったと考えています。
※写真は記事と関係ありません。パリのポンピドゥーセンター(1991年12月撮影)。当時は広場で火を噴く大道芸人がいましたが、今はどうなのでしょうか。

本と美術の楽しみ

どのような社会づくりを私たちは目指すのか。それには技術発展の基礎となる理工系の学問は重要ですが、それとともに新しい価値を作り出す人文・社会科学系の学問も重要です。異文化が交錯するところ、多様な文化的背景をもつ人や土地との出会いから視野が広がり、さまざまな価値に気づくことがあります。その手っ取り早い方法は、旅行であるとか留学などがそうです。時間や金銭的制約を考慮すると、本や美術に接するのもいいと思います。食事は人が生きるために必要不可欠ですが、私にとっては読書や美術鑑賞もアタマのための食事です。つまり本や美術は食べ物です。
そんなこともあって他人がどんな食事をしているかよりも、どんな本を読んでいるのか、どんな美術作品に接しているのかという方に興味が湧きます。だいたいそれでその人となりが知れます。
昨日のBSフジの番組で、中国・南京出身のエコノミスト、柯隆さんが、都内にリベラルな中国関連書籍を扱う書店があって、中国出身の知識人が日本に呼び寄せられる要因になっているというようなことを言っていました。これまでそうした書店はロンドンやニューヨークにはありましたが、東京にも新しい華人ネットワークが形成されることは、むしろ望ましいことだと思います。
一方、ついこの前まで副知事を務めていた方の10代の頃の読書遍歴の記述を目にしたのですが、野村克也の『裏読み』と川北隆雄の『大蔵省』を挙げていて、ちょっとどうかなと思いました。対戦相手を出し抜く技量や財政を握って権勢(県政?)を振るうことへ憧れを感じて官僚を目指されたように感じました。
ちなみに私の10代の頃の読書遍歴で印象が強い作品としては、ソルジェニーツィンの『収容所群島』であるとか、五味川純平の『戦争と人間』あたりでしょうか。お互いヒネたガキだった点では似ているともいえますかね。
写真はロンドンのウィンストン・チャーチル像。1993年12月撮影。

ほかげ

塚本晋也氏が脚本・監督・撮影・編集した映画作品「ほかげ」を観たさに、初めて本渡第一映劇という名の小さな映画館を訪ねました。席は50ばかり。昔ながらのカーテン幕が左右に開くスクリーン、左右の壁には高倉健主演作のポスターが掲示されています。塚本作品の上映にふさわしい味わいのあるミニシアターでした。
作品に登場するのは、戦争未亡人や戦争孤児、帰還兵。戦争は終わっても心に闇を持ちながら生きている人々です。79年前、誰しもがそういう境遇に置かれたわけですが、それは日本にとどまらず、アジアやヨーロッパほか世界各地の人間が受けた心の傷であったはずです。今まさに戦禍の真っただ中にある地域もあります。「ほかげ」で描かれた人々がこれからも常に存在する現実から目を背けてはならないし、そうした人々を生まない世界に変えなければならない責任が一人ひとりにある、作品のメッセージはただ一つなのではないかと感じました。
無理を承知で言えば、プーチンやらネタニヤフやらといった戦争犯罪人に観てもらいたい作品です。

おまけ。帰路にロフトという酒店で、天草クラフトビールを買ってきました。ロアッソ熊本の開幕戦の前祝で賞味してみたいと思います。

「世界」2024年3月号読後メモ

例年この時期は大学入試の真っ盛りです。来年度から大学入学共通テストの制度が変更されることもあって浪人回避の意識行動がいつもよりも強いようです。ですが、受験の根本にあるのは、将来どのような分野の世界に進みたいか、その準備としてどのような分野の理を学びたいかについてです。そのきっかけは何か、それは人さまざまだと思います。
私の場合は、当初社会学に関心があって現役生のときはそうした学科へ進みたいと考えていましたが、浪人生のときに大江健三郎さんの作品と出会ってから氏の同時代に対する発言に共感を抱くようになりました。それと同じころに共同通信配信の論壇時評を後に恩師となる河合秀和先生が書いておられ、社会の実態を知るだけでなく社会そのものを変えていく政治学に関心を覚えるようになってきました。
そんなこともあって大学は河合先生が所属する政治学科のある学習院へ進みましたし、入学当初から岩波書店の「世界」は欠かさず購読していました。実はここ10年ほど深い理由もなく定期購読をやめていましたが、リニューアルした2024年1月号を手に取り、同号で伝えていたガザにおけるジェノサイドは人道の危機というよりも「人類の危機」という思いを持ちましたし、やはり同号で再録されていた大江健三郎さんが大切にしている「持続する志」の必要を感じて購読を再開することとしました。
もともとこの「世界」の成り立ちには、安倍能成や清水幾太郎、久野収ら学習院関係者らがかかわっています。そのあたりのいきさつは2024年2月号の石川健治氏の「『世界』の起源」で明らかにされていますが、この部分でも今にして思えばつながるべくした縁かもしれません。
写真は「世界」とは関係ありませんが、博士号取得率の国際比較を載せておきます。人文・社会科学系の博士号取得者は人口100万人に対してわずかに10人程度。しかも減少しています。率でこそ中国を上回っていますが、人口規模が日本の10倍以上ですから絶対数では少ないのは明らかです。こんなありさまなので政治にかかわる人材の知的レベルが国際的にも劣っていると思われます。当然社会は良くなりません。博士号を取得する人材を増やすと同時に、そこまでは求めないにしても国民の学びが必要です。
さて、本題の最新号3月号の読後メモを記しておきます。
・コンスタンチン・ソーニンとゲオルギー・エゴーロフによる論文「独裁者と高官たち」によれば…「独裁の権力が個人に集中すればするほど、有能で機転のきく人間よりも無能で忠実な人間が高官になる。」
・日本は二流国へなりさがった。2023年、日本の名目GDPは、人口が日本より少ないドイツに抜かれて4位に下落。一人当たりGDPも24位(2020年)→27位(2021年)→32位(2022年)へと低下。労働生産性は、OECD38カ国中28位(2021年)→30位(2022年)へ低下。正社員の男女賃金格差は35位。世界経済フォーラムによるジェンダー・ギャップ指数は世界120位(2021年)→116位(2022年)→125位(2023年)と低迷。男性の平均賃金が韓国に抜かれ、ベトナムにも抜かれそうになった。日本は移民受け入れ国どころか、移民送出国になるかもしれない。
・TSMCは正式発表していないが、熊本進出に際して第四工場までは建設が既定路線で進んでいる。熊本の第一工場で製造される半導体は12ナノのオールド世代、第二工場では6ナノを生産する可能性がある。TSMCは最先端の2ナノの開発に成功しているとされるが、その製造はいま台湾高雄市(本誌中では「高尾市」と誤り?)で建設中の最新工場で量産化の計画。優秀な台湾人エンジニアがいる台湾でしか最先端の半導体製造ができない実情がある。台湾の新卒就職市場では、一流が平均年収2000万円超のTSMC、二流がその他の半導体メーカー、三流がシャープを買収した鴻海(ホンハイ)に行くといわれる。
・TSMCの生みの親は、蒋介石の息子で二代目総統の蒋経国。若いときは父親に反抗し、共産主義に傾倒しモスクワ留学した。結婚相手はロシア人。留学中に鄧小平と出会い親交があった。鄧小平が台湾の「一国二制度」を唱えていたのも、相手のトップが蒋経国だったため。蒋経国が、台湾が韓国のように高成長を続けるためにハイテク産業育成の号令をかけたのは1974年。工業技術院を作り、院長にテキサス・インスツルメンツ副社長の張忠謀(モリス・チャン)を招いた。
・TSMC創業者のモリス・チャン氏は浙江省寧波市生まれ。国共内戦中の1948年頃に香港に逃れ、米国留学した。ハーバード大学に進んだが、マサチュ-セッツ工科大学へ編入し、学士号および修士号を取得。テキサス・インスツルメンツ在職中にスタンフォード大学で博士号を取得。TSMCは官製プロジェクトから民間企業として1987年に起業された。製造受注型(ファウンドリー)としては初だが、第2号にあたる。第1号は半導体メーカーの聯華電子。TSMC躍進の要因は、製品の不良化率の低さにあった。委託元のAMD(CEOのリサ・スーは台湾系米国人)が一貫生産のインテルを脅かすまでになった。
・2023年11月に中国のファーウェイ製スマートフォンに7ナノの半導体が搭載されていることが判明した。それを製造したのは中国の中芯国際、開発したのはTSMCの元技師長・梁孟松。米国のF-35戦闘機には7ナノ半導体が搭載されている。米国が台湾へ中国への先端技術漏出阻止を求めるとともに、生産を米国内にするよう求めると考えられる。
・文化人類学者のD・グレーバーは『ブルシット・ジョブ』で、仕事の社会的価値と支払われる報酬の間は「倒錯した関係」があると指摘している。実際に日本でも、エッセンシャルワーカーであるほど、」給与水準が低い状況が30年以上続いている。ドイツでは、日本のような正規・非正規といった処遇の区別がない、非正規雇用がそもそもない。何時間働くか、どの時間帯で働くかなど、働く側の希望で決められる。働く側の意に反した転勤を強いることも違法とされる。

忘れやすい主権者でいいのか

大学同窓にあたる田中信孝さんの著書『行政はあなたの命を守れない』(熊日出版、1500円+税、2023年)の紹介記事が本日(1月28日)の地元紙読書面に掲載されていました。これによると、球磨川水害における事前避難の重要性を訴えられているようです。本書を読んではいないので今後の減災対策についてはどう考えておられるのか不明ですが、少なくとも浸水リスクのある土地に住宅を再建する愚は避けたがいいと思います。しかし、現実はそうした土地に現防災担当相の兄が代表を務める建設会社が災害公営住宅を建てたとかいう話もあって、どんなものなのかなと感じます。
以前著者ご自身からは同書で県政批判も盛り込んだとお話を伺ったことがありましたが、本日は奇しくも現知事の77歳の誕生日になります。なぜそれを覚えているかといえば、ロアッソ熊本のホームゲーム観戦のためスタジアムへ来場されたおりは、必ずナンバー28のレプユニ着用だったからです。なんでもその数字は自分の誕生日であり、ラッキーナンバーだからだと伺ったことがありました。ともかく記事は隠れたバースデープレゼントになったようです。
それでもって、スタジアムといえば、隣県の長崎市においてサッカースタジアムを中心とした大規模複合施設「長崎スタジアムシティ」が今年完成します。施主はTV通販大手企業ですが、施工には「頭悪いね」発言で有名な、先日議員辞職した方が会長を務めたこともある建設会社も加わっています。本人がすっぱり辞めたのは定数減で次回は小選挙区から出られないのもあったでしょうが、創業会社の事業への悪影響を一番に考えたのではないかと思います。前議員は、政治資金パーティー収入において4000万円超の裏金のキックバックを受けたと、東京地検特捜部から政治資金規正法違反の容疑で略式起訴されたわけですが、冒頭の現防災担当相も熊本地震前の2016年1月に3500万円の寄付不記載で同法違反の疑いで告発を受けた報道があったことを思い出します。
大きな自然災害があると、その対応に紛れてその他の問題を忘れてしまうのもなんだかバカにされた話だなと思います。

学際的な改革の視点

憲法学者の木村草太氏著の『「差別」のしくみ』(朝日選書、1800円+税、2023年)は、法律家が陥りやすい、法制度の形式に注目する狭いギョーカイの視点に留まらず、社会心理学や哲学・法哲学の分野の研究成果を見渡した論述が豊富な本でした。おかげで、差別の仕組みの悪性がより複眼的に解明されて、政治や司法判断の足りない部分の理解も進みました。さまざまな法制度を所与のものとしてその枠内で斬った張ったの立ち回りも重要ですが、取りこぼされた正義はないのか、考察して社会を変革していく行動も一方において必要です。そのための材料を提供していくのが、研究者の務めですし、それを学んだり伝えたりする役割はフツーの市民にもできそうです。革命家とまではならないにしても、だれしも学際的視点をもった社会変革運動をもっと気軽に行いたいものです。