歴史」カテゴリーアーカイブ

レイシズム政策としての入管法

『レイシズムとは何か』でいう「1952年体制」について読書メモとしてまとめてみました。日本政府による在日コリアンへ対するレイシズム政策としての入管法制としての視点に立っています。
まず戦後日本がGHQ占領下から独立したのは、サンフランシスコ講和条約の発効日である1952年4月28日です。この日をもって在日コリアンや台湾出身の漢民族は、日本国籍を喪失しました。しかし、本書の著者はこの1952年からの体制は、それ以前の植民地支配時代のレイシズム体制の継続と考えます。
植民地支配時代の朝鮮人支配の法的枠組みは次の3つになります。1.1910年の韓国併合を根拠にした帝国臣民への包含。2.朝鮮に国籍法を施行しないことによる朝鮮人の日本国籍離脱防止。3.朝鮮人戸籍と日本人戸籍とを峻別することによる被支配民族と支配民族との差異づけ。国籍の壁に囲い込むことで義務は押し付けながら戸籍の壁によって権利ははく奪して差別するやり方をとったというのです。戦後の1945年12月の選挙法改正で戸籍法の適用を受けない者は参政権が停止されます。旧植民地出身者(沖縄も)は排除されることになりました。新憲法施行前日の1947年5月2日に天皇最後の勅令として制定された外国人登録令は、朝鮮戸籍令の適用を受けるべきものを当分の間外国人とみなすとされました。
サンフランシスコ講和条約発効時に日本政府は外地戸籍者を一律日本国籍喪失させたことは、冒頭触れた通りですが、その根拠は1952年4月19日付の法務府民事局長通達によるものです。通達は条約が朝鮮の独立を認めているから原状復帰の必要があり国籍も元に戻すとしていますが、そもそも条約にはなんら在日コリアンの国籍規定がありませんし、講話会議に一人の朝鮮人も出席しておらず意思の反映はありませんでした。国籍選択権が一切認められていませんし、法律で国籍を定めるとした憲法10条にも違反するものでした。
結果、在日コリアンは無国籍者扱いの外国人となり、在留すれば指紋押捺と外国人登録証常時携帯が強制され、些細な口実で強制送還を強いられる難民以下の法的地位に落とされました。国籍と戸籍を恣意的に使い分けられ、官憲の広範な裁量に依拠した不安定な立場に置かれ続けることとなりました。2009年の改正で外登法が廃止となり、入管法に一本化されました。現在、指紋押捺はありません。特別永住者という在留資格をもつ外国人ということになります。

1952年体制の問題について

『レイシズムとは何か』は、私たちがいかに反レイシズムを行ってこなかったを知る好著だと思います。常日頃入管法を意識する行政書士ならば、在留資格についていくらか明るいかもしれませんが、その成立の背景やレイシズムに連なる問題点についてはあまりにも無知です。ましてや法務行政に係る職員や民間人でも人権擁護委員でもそうかもしれません。本書で紹介されていますが、1949年に当時の首相がGHQの最高幹部へ送った書簡には、たいへん驚くべき記述があります。当時はまだ日本国民であった朝鮮半島出身者を全員強制送還させたい旨を進言しているのです。全員強制送還こそありませんでしたが、1952年には個人の選択なしに一方的に日本国籍を奪い、事実上の国内難民化を実行しています。入管法の仮面を被ったレイシズム政策の歴史が残っています。

15分の1と考えてみると

国内有数の企業グループである三菱が創業150年を迎えたと先日の朝日新聞経済面に載っていました。約600社で構成されており、中でも三菱商事と三菱UFJ銀行と三菱重工業が御三家なのだそうです。かたや当方は創業してやがて10年となります。売上や社員数などでは宇宙史における人類史の割合ぐらいにまるで比較にならない存在ですが、15分の1の歴史を持つと考えれば、なあんだと思います。GAFAに至っては2分の1の域に達するので、時間軸ではだれが何をしてもせいぜいとかたかだかとかの世界なのかもしれないと思います。

レイシズムとは何か

次に読む本は、ちくま新書から出ている『レイシズムとは何か』。人種という概念や民族という概念で人間を区別することにも歴史的な変遷があり、それにとらわれるあまりさまざまな差別が起きています。少なくともホモサピエンスというくくりで言えば、人種なるものはありません。肌の色は身体的特徴の一つですが、生物種としては単一です。

古地図で知る熊本

細川藩時代や明治期の熊本の古地図の展示が「くまもと文学・歴史館」であってたので寄ってみました。かつて川だった場所が現代では市街地になっていた地図からは、震災の記憶と結びつくものを感じました。西南戦争後に熊本城周辺の家屋焼失被害状況を記録した地図もありました。焼失の原因は、薩軍が家屋に潜むのを防ぐために官軍が火をつけたことによるものという説明があり、驚きました。軍隊は住民を護るためにあるのではなく、軍自身を護るためにあるのが、国内戦でも明治期からあったわけで、それでいて熊本が軍都として栄えていった不思議さも感じました。

米国の不思議

米国の大統領選挙の州ごとの勝敗色分けを見てみると、驚くほど地域や都市規模の違いを鮮明にしています。東部や西部の海岸に面する州は民主党が強く、中部や南部といった内陸の農村を抱える地域は共和党が優勢です。支持者の宗教勢力にも違いが見られます。一口に聖書を絶対視する人々は、おおざっぱに言えば科学的に無知な人々です。聖書の記述の中には、時代考証的にさまざまな矛盾が含まれています。実際米国にある聖書を信奉する人々が設立した博物館では展示の中に進化の考え方ではありえない生物も登場させています。文化の多様性を尊重することも政治では重要ですが、その社会で生まれた子どもがどのような価値観を身に着けていくか、それを親が強いるとなれば、個人の権利の侵害となります。中国国内における同化政策のように強権的に行うと、この問題が発生します。しかし、米国では個人の権利を尊重するように見えてある社会の内部での同化が頑なに継続されているのだとすれば、それは個人の選択を潰すことになり、果たして人権擁護の観点からどうなのかと思ってしまいます。宗教を必要としない気楽さについては日本は比較的ある方なのかもしれません。

 

Goodbye God

高橋和夫著『国際理解のために』を読んでからリチャード・ドーキンス著の『さらば、神よ 科学こそが道を作る』を読むと、後者の主張の歴史的・文化的背景が前者によって解説を受けているために、理解しやすい効果を生んでいます。読んでいてこれが読者に受け入れられるかどうかという問題があります。それはある教徒の家庭に生まれた子はどうしてもその宗教の影響を受けて育つので、科学的真実を受け入れることへの反感が起こりえると思います。こうした部分は本来は公教育でなされるべきですが、世界の経済的な先進国においてもかなり難しいとも思いました。かなり宗教について寛容な社会からの発信が重要だと思います。

りんどうの活動を知って

ハンセン病問題に関する相談・支援等についての人権研修を受ける機会に恵まれました。ハンセン病問題に関する差別の歴史や国賠訴訟については、それなりに理解していましたが、県内に回復患者やその家族の相談・支援を行うセンター「りんどう」があることは、初めて知りました。本県では、社会福祉会が熊本県の委託を受けてその事業を行っているそうです。そうした事業を行う公的センターは他に大阪府にしかなく、熊本のセンターへ寄せられる相談も県内外からあるということでした。回復患者が暮らす施設の歴史をたどると、現在の入管施設において外国人を不当に長期間収容したり、職員によって過剰な制圧行為が行われていることを思い出しました。人権侵害はいつの時代にどこでも発生しています。

宗教についての理解メモ

『国際理解のために』から一神教の系譜や気を付けるべき戒律などをメモとしてまとめてみました。
唯一神=God=アッラー モーゼなどの預言者は同じ 聖地エルサレムは共通
●紀元前10世紀~ユダヤ教(旧約聖書)・・・代表的な預言者:モーゼ
旧約聖書という呼び方はキリスト教徒によるもの。
安息日(「シャバト」と呼ぶ。金曜日の日没から土曜日の日没まで):労働をしてはいけない。
食べて良いものはコシェルと呼ぶが、血を抜いていない肉や豚肉、ウロコのついていない海産物(例:エビ、カニ)は食べてはならない。乳製品と肉を一緒に食べてはならない。
◇紀元前6世紀のバビロンでゾロアスター教徒とユダヤ教徒との出会いがある。バビロン捕囚~キュロス大王のユダヤ教徒解放。
◇現在のインドで最も富裕な家族はパールシー(グジャラードの言葉でペルシア人を意味する)のタタ家。パールシーとは10世紀中頃にペルシアを脱出したゾロアスター教徒。
●約2000年前~キリスト教(新約聖書)・・・自ら神の子と名乗る預言者:イエス
ユダヤ教徒やイスラム教徒(アラビア語ではムスリム)はイエスを神の子とは認めていない。あくまでも人間。したがって、ユダヤ教徒やイスラム教徒はクリスマスを祝わない。
休日は日曜日。
●約1400年前~イスラム教(コーラン)・・・最後にして最大の預言者:ムハンマド
モーゼはアラビア語ではムーサ。イエスはアラビア語ではイーサ。
休日は金曜日。
豚肉やアルコールなど口にしてはならない食べ物・行為をハラームと呼び、逆に許されているものをハラールと呼ぶ。

円筒印章とイシュタル門

髙橋和夫著の『改訂版 国際理解のために』を読み進めています。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、実は兄弟宗教であり、聖地はいずれも中東です。そしてこの三つの宗教に影響を与えたのが、ゾロアスター教で、それはアケメネス朝ペルシア帝国の支配下で広がりました。この帝国の統治方法は現代の視点からみても非常に注目すべき点があります。それは、信仰の自由を保護した点です。そのことにより被征服民の反抗が生まれず、経済が発展し、帝国が長続きすることとなりました。この時代を象徴する遺物として「キュロス大王の円筒印章」があります。信仰の自由を保障する内容の勅令が刻まれていて、現在のイラン人が世界最古の人権宣言として誇るものですが、実物は大英博物館にあるのを見たことがあります。実に見ごたえがあります。さらに帝国の遺物としては現代のイラクに建設されていた「イシュタル門」が著名ですが、これも実物はドイツ・ベルリンのペルガモン博物館にあります。同館を訪れてそれを眺めたことがありますが、壮麗なレンガに圧倒されます。いずれも2千数百年前の文化の中心はオリエントにあったのですが、その栄華を物語る痕跡はヨーロッパの博物館に収まっているわけです。

世界の宗教を知る

放送大学のラジオ講座でも聴講できる高橋和夫著『改訂版 国際理解のために』を読み始めています。テキストを実際に手に取ってみると、著者のなみなみならぬ動機を「まえがき」で知ることとなります。「日本が滅びるのではないかとの危機感が本書執筆の動機である。日本人は、あまりにも世界を知らない。これでは世界の中で生きて行けない。心配である。」とあります。自分が信仰する宗教についてだけでなく、世界の主要な宗教について知らないと、日本に限らず命取りになることがあります。本書では、一例として2001年の米国での同時多発テロ後のテロとの戦いを新しい「十字軍」と、当時の米大統領が言及してしまった無知ぶりを挙げています。中東においては、十字軍とは途方もなく否定的な言葉とされています。ヨーロッパのキリスト教徒からなる十字軍がエルサレムを征服した際に、イスラム教徒、ユダヤ教徒、現地のキリスト教徒を虐殺した歴史があります。とりわけ指導者に歴史的教養が欠けると、国民は多大な犠牲を支払う危険がもたらされることを示しています。

多文化共生vs.同化

中国国内でのモンゴル族やウイグル族など少数民族に対する同化政策へ国際社会の厳しい目が向いていますが、こうしたことはどこの国もかつて行ってきました。またそのことにより弾圧に動いた側の犠牲も大きいものがありました。たとえば、日本の台湾統治に伴い出した戦死者は日清戦争をしのぎます。アメリカがスペインから割譲を受けてフィリピン統治で払った犠牲者数は米西戦争のそれを上回ります。台湾、フィリピンそれぞれに独立志向が高い現地の人々の激しい抵抗を受けた歴史があるのですが、現代の日本人や米国人の多くはそれについて深く知らないのではないでしょうか。地上や海上にどんなに境界を引いても文化を一つに塗り替えることは、世帯内でも難しいことを知っているはずなのですが、国家や民族の偉大さという幻想に指導者が酔いしれてしまうと、言葉や宗教、法律の縛りを一元化します。すると必ずうまくはいかないものです。

8000代を経て

以前から名前は存じ上げていましたが、単独著書としては意外と初めて手に取った長谷部恭男氏の『戦争と法』が読み物として面白いと感じています。戦争の進み方と当時の指導者の描写が鮮やかで今さらながら頭脳のデキが凄いのだなと思いました。
先日の投稿で人類の起源は500万年前と書きましたが、現代の地球に暮らす人間であるホモサピエンスに至っては、わずかに20万年前ということでした。1世代が25年だとすると、1万年間では400代、さらにその前は世代の間隔年が短いかもしれませんが、せいぜい8000代前はみんなアフリカ大陸の樹から降り立ったばかりだというのに、頭脳のデキ、不デキは違うものですし、デキが良くても指導者にはならないから、戦争は起こり得るのだなと思いました。

China Demonstration

けさの新聞で近藤等則さんの訃報を知りました。30年ほど前に八代であったライブを聴いたことがあります。その後に発表された「China Demonstration」が私の中では代表作です。第二次天安門事件へ抗議した数少ないアーティストの一人だったと思いますが、この点に触れた論評は見かけないです。享年71歳とあります、もっと年長に感じていましたが、一回りしか違わないというのも少し驚きでした。

ウォームハートとクールヘッド

日本学術会議会員への任命が拒否された学者6人のうちの1人である宇野重規氏が書いた本を読んだ経験としては、3年前に刊行された『大人のための社会科』があります。同書は4人の学者による共著です。宇野氏は「第6章 私 自分の声が社会に届かない」「第8章 信頼 社会を支えるベースライン」「第12章 希望 「まだーない」ものの力」の執筆を担当されています。希望という温かい心(ウォームハート)は、私たちのなかにすでにある力を顕在化させると、説いています。そしてそのような力をはっきり見定めるために、社会科学という冷静な頭脳(クールヘッド)の力が必要だとも説いています。希望が見えないと自助・共助はありませんし、希望を見えるためには社会の過去と現代の問題を正確にとらえる科学的思考が必要です。信頼もないのに上から自助・共助を求めても無理な話です。反知性主義に陥った政治に愛を感じるバカはいません。

クールに考えれば任命拒否は愚策

このたびの日本学術会議の会員への任命が拒否された加藤陽子氏の著作の読後感について記した投稿が4年前にありました。同氏は1930年代の日本近代史を専門とする歴史家です。学べば得ることが多いのですが、その気がない人が権力だけもって無学であるということは、不幸です。

自分たちの歴史をつくる

君塚直隆著『悪党たちの大英帝国』を読了しました。帝国を形作った7人の人物に焦点をあてた著書でいわばこうした伝記は読んでいて非常に面白いと感じました。特に今年はチャーチルとも政治家としての活躍期間が重なるクレメント・アトリーについての書籍を手にしたことがあるだけにより重層的に英国の政治を学ぶことができました。
ところで、本書の「おわりに」の章でカール・マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』(1869年)のなかで述べられた以下の言葉が紹介されていました。なるほどと思いましたので、触れてみます。「人びとは自分たちの歴史をつくる。けれども好きな材料でつくるわけでも、自分で選んだ状況でつくるわけでもない。自分たちの目の前にあり、自分たちに与えられ、手渡しされた状況でつくるのである。」。
現実的にはそうだろうと思います。そして作られた歴史を修正する行為もしばしば発生します。「女性はいくらでもウソをつける」と発言したことを最初は言ってないとしていた女性国会議員が、その発言を認めたニュースがありました。これなどは、図らずも自分がそうであると実践してみせたケースで、こうした歴史の作り方もあるようです。また、少子化対策担当の新大臣が婚外子の存在を週刊誌で指摘されましたが、否定しています。否定することで、さらに不名誉な歴史を作っているわけで、認めても不利益はないのに不思議でなりません。
さて、宇土市内の正代関の大関昇進を祝う懸垂幕が昨日から掲げられました。優勝祝賀の懸垂幕よりも少し大きくなりました。一方所属部屋の親方が不祥事で二階級降格の処分を昨日受けました。この部屋にはほかにも今年7月に二階級降格の処分を受けた年寄がいます。それこそ新大関本人が選んだ状況にはない環境で歴史をつくっていくことになります。十分に気をつけてほしいと思います。

母校出身の教科書執筆者

昨日の朝日新聞社会面と本日の地元紙社会面で源了圓東北大学名誉教授(宇土市名誉市民)の訃報を知りました。享年100歳とのことでした。専門は日本思想史ですが、宇土高校時代に学んだ「倫理・社会」の教科書は、同氏の執筆によるものでした。旧制宇土中学のご出身で、この教科の教師が同氏と同級の法泉先生でした。ともにご実家はお寺で源氏のお寺は高校の正門のすぐ近くにあります。母校の先輩で誇れる方は数少ないですが、源氏はそのひとりでした。

イギリス史への誘い

『悪党たちの大英帝国』で知るイギリス史が新鮮です。日本の立場で知っているつもりのイギリス史というと、近代日本との出会いの関係からいって19世紀後半のことが中心になります。ことにアジアとの関係でもインドを植民地としてもっていたイギリスの中国への野望が日本の近代化を進めた要因の一つだと思いますし、現在の中国のありようについてもイギリスが関わる部分はあります。逆にイギリスがヨーロッパの中でもまだ影響力が小さかった時代のことはあまり知らないで過ごしてきました。カトリック教徒との関係やヨーロッパ大陸諸国との関係はよく承知をしないままでいました。ましてや大陸に領地をもっていたことやしばしば外国人の王を戴いたことについてです。税負担の考え方もイギリスとフランスではずいぶん異なり、イギリスでは富裕層が、フランスでは庶民が税を負担するという考え方の違いから、両者のパワーバランスも随分と違ったものになった歴史がありました。結果的にイギリスが隆盛した秘密がいろいろありそうです。