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言葉は残る

柳美里さんの著書を初めて読みました。氏名の読みが「ゆうみり」さんということも初めて知りました。2002年4月から朝日新聞で長編小説『8月の果て』の連載をしていたことも記憶にないですし、その前に1994年9月号の『新潮』に掲載された『石に泳ぐ魚』がもとで出版差し止め請求の訴訟となったことも覚えがありません。不思議なほどに接点のない作家の一人でした。
今回読んだ作品も小説ではなく、著者の人生史となっていて、辿ってきた生活環境があまりにも違い過ぎるので、なんで記されたような言動をとるのかと、付いていけない部分もありました。
そんななかで、著者とかかわりのあった人物の言動においては、覚えておきたい部分がありました。一人は、著者がミッション系中高一貫校に在学していた中学3年の卒業間際のとき、素行不良を理由に高校への進学が認められそうにないところを止めた化学教師がいました。長くなりますが、著者が当時、担任教師から聞いた話を引用します。「結論から言うと、なんとか高校に進学できることになりました。今日の職員会議では、柳さんには高校でどこか他に転校してもらいましょうっていう先生方が多かったんだけど、木田先生が抗議をされたの。『聖書にはある人に100匹の羊があり、その中の1匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出掛けないであろうか。もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる99匹のためよりも、むしろその1匹のために喜ぶであろう。そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父の御心ではないとあります。聖書の教えを生徒たちに伝えるミッションスクールが、群れからはずれて苦しんでいる柳さんを退学にするのはおかしい』と温和な木田先生が珍しく強い口調でおっしゃって、それで職員会議の流れが変わったのよ」。
しかし、著者が高校1年の1学期に家出をして警察に補導され停学処分を受けます。このときも前述の木田先生が退学に反対しますが、もう誰も味方をする教師はおらず、校長室で退学の手続きをするよう告げられます。その翌日、著者が父親と校長を訪ねたとき、カーネル・サンダース人形そっくりの校長は、次のように言ったそうです。「お父様のお気持ちは良く解りますがね、娘さんは他の生徒に毒をばらまいているんですよ。段ボールの中に腐った林檎がひとつあると、他のなんでもない林檎まで腐り始めます。だから、腐った林檎は取り除かなければならないんです」。
3.5%の力をもつ化学教師と実は腐った林檎は校長かもしれないというところが、実に印象深いエピソードでした。

在宅研修がスタンダードに

昨日、パソコンを新調しました。セットアップは当日中に行う気力はなく本日の午前中ひと段落してから取り掛かり昼過ぎに終わりました。使う人の能力低下ぶりとは違ってとにかくパソコンの反応が速くくなったのと、音も静かなのに驚きました。デスクトップながらWebカメラも内蔵で付いているので、そのままオンラインセミナーの受講参加にも使えます。最近はこうしたオンラインでの受講機会も増えてきました。主催者からすれば会場を用意しなくて済みますし、受ける側も往復の時間と費用がかからず助かります。学校での外部講師を招いての研修もオンラインで実施してくれると講師も感染リスクがなくていいと思うのですが。

知のオープン化

たまにいろんな大学のホームページを眺めてみると、オンラインでの公開講座などの情報に接することがあります。わざわざ外出する必要がないので、かえって多くの知に触れる機会が得られている気がします。ただし、ライブだと視聴日時が自分の予定との重なりをどうしても受けてしまいます。それと、同時アクセス数の制約があり、事前登録制をとっているものが多いように感じます。大学としては、有料であってもそれだけの価値がある内容であれば、積極的に活用してみて存在を示してみてはと思います。

どう学ぶべきか

昨日の首相の記者会見を聴いていたら、核兵器禁止条約への日本政府の対応を質問していた記者がありました。答えは予想された通りの後ろ向きの内容でしたが、いい質問でした。コロナと同じく全人類に対する危機への向き合い方、つまりリーダーとしての資質をあぶりだすことに成功したと思いました。翻って権力を監視するジャーナリズムの資質も示されたと思います。
ところで、緊急事態宣言によって首都圏の大学では休校こそありませんが、対面での授業や課外活動が制限され、異常な大学生活がやがて1年間となります。実際、私の家族もその弊害を受けています。私が大学生当時だった1980年代前半は今よりももっと反核運動が盛んだった覚えがあります。大規模な集会や原子力空母の入港についての社会の関心も高かったと思います。関連する場所を訪れたり、冷戦時代の旧ソ連から日本へ留学していて交流したことのある大学生が米国へ亡命したこともありました。そういうナマの体験や議論の機会が減っている中で学ぶことの制約はいかがばかりかと思います。一方で、技術の進展はありましたが、人の考える能力というのは当時と今とでもそう変わりはないのではと思います。

道徳が教科なのはおかしい

地元の小学校教員が児童の個人情報が入った私物のUSBメモリを勤務先の学校で紛失事件が10月にありました。本来はそうした私物のUSBメモリに校内の情報を入れて持ち帰ること自体が服務規定に反しているため、それらことが報道発表されました。発表時には教育委員会側から再発防止に努めるとの発言があったそうですが、現場の教員が自宅に児童の個人情報を持ち帰って仕事をしないと、終わらない実態を見ないでそうした発表の仕方をするのが茶番劇に見えて仕方がありませんでした。事実、その後の市議会で明らかになったことは、教員にアンケートをとった結果、実に44%の教員が私物のUSBメモリを使って情報の自宅持ち帰りを行っていると回答していました。これも正直に答えた教員の数字がそうであって、実際はそれ以上、つまり虚偽の回答も多かったと思います。つまり、規定違反ということと、虚偽回答ということが、教員の中に日常的にあると思われることです。そうした人に「決まりを守る」とか「嘘をついてはいけない」とかいう道徳教科を扱わせることほど不道徳な話はないのではないかと思います。あまりにも滑稽な話です。まず行わなければならないのは、規定や働き方の見直しです。ハナから守れない規定の下で働かせられて何も言わない被治者しか育てられない学校はいらいないと思います。

不快な童話作品

学校現場で実施される人権教室の教材に「こねこのしろちゃん」という紙芝居童話作品があるのを知りました。あらすじとしては、黒毛の母ネコから産まれた5匹の子ネコのうち4匹が黒毛で1匹だけ白毛だったのですが、その白毛の子ネコが黒ペンキを塗ったりしてなんとか黒毛になろうと努力するのですが、最後は白毛の父ネコと出会って自身が白毛であることを誇らしく思うという内容です。これこそは人の肌の色の違いを連想させ、黒人の母から産まれた子どもが白人で良かったと言っているようで、たいへん不快な話だと思いました。昨今では、国内の化粧品のCMでも美白効果をうたうことはなくなりました。ましてやこの童話作品をいまなお人種差別が激しい米国などで知られたら国際的な批判を浴びることは必定だと思います。ながらくこうした作品が人権教室で使用されていたことに、またそれにかかわる関係者の無感覚さにたいへん驚きました。
もう一つ、やはり人権教室で使用されるアニメ作品に「とべないホタル」というのがあるのですが、こちらは羽根が短くて飛べないホタルが擬人化されて、仲間のホタルの助けを借りて天敵にも捕食されない一方、身代わりで仲間のホタルが子どもに捕獲されます。ある小学校長経験者が原作者らしいですが、これなどは、自然淘汰の原則を完全に無視しています。ホタルが仲間同士で助け合うことなどはしません。子どもに人権のことを考えさせるなら人間以外の生物で示すのではなく、人間でその事例を示すべきだと思います。人間は身体的不自由があっても、医療や介護、合理的配慮を受けられますが、昆虫がそれを受けることはありません。自然の生態を無視して事例を示すまさに子ども騙しの手法は子どもにたいへん失礼だと思います。それこそが子ども扱いする人権侵害なのではないかと思います。私も子ども時代に学校現場でこのような馬鹿げた教育をさんざんバカな大人から受けさせられた無駄な経験を思い出しました。
けさの朝日新聞天声人語で一昨日亡くなられた、物理学者の小柴昌俊さんが一時期教えた中学校で「この世に摩擦というものがなくなったらどうなるか記せ」という試験問題を出した逸話を紹介していました。正解は「白紙答案」。なぜなら、摩擦がなければ紙に鉛筆で字が書けないからだそうです。科学とは、子どもの人権とはを考える際に、最高の教育の一例ではないかと思います。

 

米国の不思議

米国の大統領選挙の州ごとの勝敗色分けを見てみると、驚くほど地域や都市規模の違いを鮮明にしています。東部や西部の海岸に面する州は民主党が強く、中部や南部といった内陸の農村を抱える地域は共和党が優勢です。支持者の宗教勢力にも違いが見られます。一口に聖書を絶対視する人々は、おおざっぱに言えば科学的に無知な人々です。聖書の記述の中には、時代考証的にさまざまな矛盾が含まれています。実際米国にある聖書を信奉する人々が設立した博物館では展示の中に進化の考え方ではありえない生物も登場させています。文化の多様性を尊重することも政治では重要ですが、その社会で生まれた子どもがどのような価値観を身に着けていくか、それを親が強いるとなれば、個人の権利の侵害となります。中国国内における同化政策のように強権的に行うと、この問題が発生します。しかし、米国では個人の権利を尊重するように見えてある社会の内部での同化が頑なに継続されているのだとすれば、それは個人の選択を潰すことになり、果たして人権擁護の観点からどうなのかと思ってしまいます。宗教を必要としない気楽さについては日本は比較的ある方なのかもしれません。

 

Goodbye God

高橋和夫著『国際理解のために』を読んでからリチャード・ドーキンス著の『さらば、神よ 科学こそが道を作る』を読むと、後者の主張の歴史的・文化的背景が前者によって解説を受けているために、理解しやすい効果を生んでいます。読んでいてこれが読者に受け入れられるかどうかという問題があります。それはある教徒の家庭に生まれた子はどうしてもその宗教の影響を受けて育つので、科学的真実を受け入れることへの反感が起こりえると思います。こうした部分は本来は公教育でなされるべきですが、世界の経済的な先進国においてもかなり難しいとも思いました。かなり宗教について寛容な社会からの発信が重要だと思います。

新人大会

久しぶりに審判に携わりました。出場選手が減って寂しい大会でしたが、新記録も出た点は報われました。
令和2年度熊本県高等学校ウエイトリフティング競技新人大会兼全九州高等学校ウエイトリフティング競技選抜大会熊本県予選競技記録(令和2年11月1日(日)10:00~10:50、熊本県立八代農業高等学校)
男子2名、女子1名が標準記録を突破しました。
https://attempt.co.jp/wp/wp-content/uploads/2020/11/20201101r.pdf
熊本県最高記録表を更新しました。2020/11/1現在
https://attempt.co.jp/wp/wp-content/uploads/2020/11/kwarecord20201101.pdf

信仰の自由と科学的真実との対立

偶像崇拝を禁じるイスラム教預言者の風刺画を授業で題材にしたために、フランスのパリ近郊の中学校教員が殺害される事件が先日起きました。信仰の自由も権利の一つですが、特に公教育の現場では、科学的真実と対立することがあります。同様の衝突は、先進国とみられている米国でも抱えています。人類の起源を突き詰めていくと進化の歴史に出会いますが、神が創造したとする反進化論の考えに立つ信仰の厚い人たちの勢力は意外に大きく、公教育で進化論を学ぶ機会がないのがほとんどとされます。日本においても先の大戦の時期まで特別科学学級に属するスーパーエリートの子どもを除いて神国日本を信じ込ませるでたらめな教育をしていたのですから、どこにでもあったともいえます。信仰の自由は権利の一つといいましたが、科学的真実を追求する学問の自由も同様に権利の一つです。あらゆる宗教には神話があり、科学的真実に照らすと、しばしば荒唐無稽な物語となりますが、尊重することも重要です。それを信じない人への攻撃がない限り権利を踏みにじらない寛容さが必要です。国家や民族・人種というのは約束事に過ぎなく地球上の人類はすべて同じ人間です。どう共存したらいいのか、難問です。

反知性主義なのか

日本学術会議から新規会員として推薦された105人うち6人の学者が任命されなかったことが問題になっています。これまでこの機関の存在や役割をあまり承知していなかったのですが、これを機会に同機関のホームページを見てみると、さまざまな報告や答申、勧告、要望を出す活動をしていることを知りました。一例を挙げると、刑法改正についても国際基準と照らし合わせた傾聴すべき勧告を出していました。一般に行政運営の手法として審議会の活用があります。有識者とされる人をメンバーに入れて政策の方向付けをする際に使われます。こうした場合、行政としては望む結論が先にあるわけですから、空気を読める「御用学者」をメンバーに入れて審議会を構成するのが常道です。しばしば、その御用学者が座長となって事務局が作成したシナリオに沿って答申をまとめることが多いとされます。一応体裁を整えるために、というかガス抜きのために、反対意見を唱える学者をメンバーに入れることもありますが、御用学者だと思ってメンバーに入れていたら、あにはからんや反対意見を唱える「誤用学者」が紛れ込んでしまうということもあります。こうした手法は、行政学のテキストには載っているものですが、今回の問題は、政府から独立機関である同会議の会員を審議会と同等と扱ってしまったことにあります。学者のむき出しの知性に恐怖するコンプレックスさえ感じてしまいました。任命を拒否された学者は、それだけ恐れられたというわけで、逆説的な意味で名誉なことです。

母校出身の教科書執筆者

昨日の朝日新聞社会面と本日の地元紙社会面で源了圓東北大学名誉教授(宇土市名誉市民)の訃報を知りました。享年100歳とのことでした。専門は日本思想史ですが、宇土高校時代に学んだ「倫理・社会」の教科書は、同氏の執筆によるものでした。旧制宇土中学のご出身で、この教科の教師が同氏と同級の法泉先生でした。ともにご実家はお寺で源氏のお寺は高校の正門のすぐ近くにあります。母校の先輩で誇れる方は数少ないですが、源氏はそのひとりでした。

明るい選挙啓発書道作品に接して

小・中学生・高校生に明るい選挙に関するポスターや書道、標語作品を作成してもらい、選挙に関心を持ってもらうコンクールが毎年開かれています。地元市での作品推薦選考会に参加しました。初めての参加でしたが、応募作品数が多いのにまず驚きました。秀作ぞろいでどれも選外にするのが心苦しいばかりでした。全応募者に記念品が贈呈されるので、がっかりせずに、有権者となったおりには、ぜひ投票をしてほしいと思いました。

オンラインの良さ

コロナ禍の教育のあり方として全国的にも注目を浴びた取り組みとして熊本市のオンライン授業がありました。それに対応できない家庭のフォローは大切ですが、登校にこだわらない教育の方法として評価すべきだと考えます。コロナ禍という状況がなくてもオンラインと集合型授業を組み合わせることで高い教育効果を上げることができるのではないでしょうか。それと今一つはオンラインでの授業コンテンツをオンデマンドで視聴できる環境を用意することで、ライブでは受講できなくても補習ができる、あるいは繰り返し視聴学習ができれば、なおいいと思います。教育だけでなくさまざまな事業でもZOOM活用が進んでいますが、特に全国規模の事業であれば、時間と交通のコスト削減になり、利用者にとってはたいへんありがたいものです。不要不急の移動が少なくなることは事故リスクや二酸化炭素排出の低減にもなります。

相互理解を深める

このところ読んでいた『現代東アジアの政治と社会』からはいろいろな知識を得ました。まず重要なのは、歴史認識です。これは言い換えれば、歴史を知るということです。自国の歴史を知り、周辺国・地域の歴史を知ることが非常に大切です。たとえば、戦後50年の1995年に出された村山談話の歴史認識は、中国が現在でも高く評価されており、日中の信頼関係の基礎になっています。しかし、1990年代半ばには日本の歴史教科書から従軍慰安婦の記述の削除を求める勢力の動きがありました。旧軍の不名誉な歴史を葬り去りたいのでしょうが、これは中国の歴史教科書で第2次天安門事件について記述しない中国共産党の意向に似ているものを感じます。まず自らそして相互に歴史を理解して東アジアにおける共生を図るべきだと思います。
次に大切なことは、人権です。米国のような黒人に対する白人による肌の色の違いからの人種差別は、東アジアでは顕著ではないかもしれませんが、同じ肌の色でありながら愚かしい民族差別・出身地差別が強い風潮は感じます。歴史的にも日本の場合は、旧植民地出身者に対する賠償について放置してきました。これも同様に中国では少数民族に対する同化政策という弾圧が続いています。人権侵害については、不干渉主義を強弁するのは誤りという認識を持つべきだと考えます。国や地域という枠組みを外して互いに人として尊重して交流することから力による対立がいかにばかげているかが自明のこととなると思います。

東アジアの人口問題

人口問題は、そこに暮らす人々の将来社会を左右する重要な要素です。『現代東アジアの政治と社会』に記載のデータから触れてみたいと思います。まず世界全体の人口は飛躍的に増加しています。1800年:約10億人→1930年:約20億人→1975年:約40億人→1999年:約60億人→2019年:約75億人→2030年予測:約86億人→2050年予測:約98億人→2050年予測:約98億人→2100年予測:約112億人という具合です。当然地球の生態系に深刻な影響を及ぼすと考えられます。地域別には、アフリカとアジアではインドとパキスタンが人口増加の中心になるとみられています。一方で、東アジアでは少子高齢化が進むと見られています。
日本は、2004年をピークに人口自然減少へ転じていて、人口構成で65歳以上の高齢者率が21%を超える超高齢社会となりました。東アジアでは、2022年過ぎに韓国、台湾、香港が、2030年前後には中国が超高齢社会に突入すると予測されています。生産年齢人口の増加率が人口増加率よりも高くなる、いわゆる人口ボーナスの状態であれば、自然と高度な経済成長が望めますが、この逆である人口オーナスの状態であれば、GDPは下がり、国民は貧困化し、高齢者に対する医療費と年金の負担が生産年齢人口を直撃することとなります。
東アジアでは非婚率の向上と晩婚化現象により少子化が加速していますが、それへの対策が貧困です。これには旧態依然とした家族主義から脱却できていない未成熟な社会という側面もあります。先進国は概ね少子化に悩んでいますが、フランスは「子どもは社会が育てる」という思想と支援による少子化対策が進んでおり、先進国の中では出生率が高いとされています。
もう一つ考えなければならないのが、格差問題です。特に教育の格差は社会的な格差につながります。東アジアにおいて日本の高等教育機関への進学率(2017年度大学短大進学率57.9%)は、台湾の約90%、韓国の約93%と比較すると低い位置にあります。台湾では仕事に就いている女性は90%超ですし、会社の幹部に昇進している数も多い特長があります。
これらのことを考えると、これから先、どういう社会を作っていくべきなのか、たいへん悩ましく思います。近隣の超高齢社会の国・地域でお互い覇権主義的行動をとるのはまずたいへん愚かしいといわざるを得ません。子育て負担を軽くしないことには生産人口の増加は望めません。そのためには保育に始まり高等教育まで含めた完全無償化を進めるしかありません。無駄な軍事的な力の負担を減らせば、それはすぐにでも可能ですし、教育の無償化は子どもの人権のためにも実現しなければならない、もともと国際基準です。

教育の無償化という国際人権問題

何度も繰り返しますが、『国際人権入門』では、さまざまなことを学びました。条約機関の審査において協議資格をもつ国際NGOが活躍していることもその一つでした。条約機関へ寄せられる締約国の政府による報告というのはどうしても甘口になります。その報告内容が実態を正しくとらえていないことには、条約機関も適正な審査が行えません。ここに国際NGOの出番があるわけです。条約機関からの勧告を締約国は尊重しなければなりません。たとえば、かつての日本政府は、国内には少数民族がいないとしていたのですが、今ではアイヌの人々や朝鮮半島にルーツをもつ人々の存在を認め、少数民族の存在を認めています。
さて、昨日は連続在任日数の最長記録を立てた日本の首相が辞任を表明しましたが、自らの実績の中に「不完全な」高等教育の無償化を上げていました。実は、教育の無償化も国際人権問題となっています。日本では貸与型の給付金も「奨学金」と称されていますが、金融機関が扱う同様のサービスが「学資ローン」あるいは「教育ローン」と称しているとおり、国際基準では「奨学金」には当たらず、あくまでも「借金」です。本当の「奨学金」である2018年度の給付制奨学金(毎年2万人)の予算は105億円とされていますが、これは米国から買わされる(?)最新鋭戦闘機F35Aの1機約116億円に満たない額です(空母に離着できるF35Bはさらに高額)。
国際人権規約の一つである社会権規約は13条で、「教育についてのすべての者の権利」を認め、教育が人格の完成と人格の尊厳についての意識の発達を指向するものだということに締約国は同意するとしています(1項)。そして、2項では、この権利の完全な実現を達成するため締約国は次のことを認める、として、初等教育については義務的かつすべての者に無償とすること((a))、中等教育(中学・高校)については「すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものにすること」((b))、高等教育については「すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること」((c))と規定しています。子どもの権利条約の28条でもほぼ同様の規定が置かれていますが、社会権規約2条1項は、「締約国は、立法措置などのすべての適当な方法によりこの規約で認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な資源(左記は著者訳。日本公定訳は「手段」)を最大限に用いることにより(中略)措置を取る」としています。
ところが、日本で2020年4月から実施されている「高等教育無償化」は、世帯の年収で支援率が異なり、大学院生は対象とはしていません。低水準で不完全な導入に留まっています。
こうして見ると、国内向けには「施し」として「高等教育無償化」が実施されていますが、国際的には完全実施しなければならない義務があることを国民の目から隠しているといってもいいかもしれません。教育を受ける権利が家庭の所得の違いによる自己責任とされるのは間違っています。

クレメント・アトリー

大学時代の恩師・河合秀和先生の最新著『クレメント・アトリー』(中公選書、2000円+税、2020年)の読書に取り組み始めました。先生は1933年生まれですので、御年87歳です。今も現役の研究者でおられることに、まず読み手の方が姿勢を正さずにはおれなくなります。
現在では、歴史に埋もれてしまったできごとですが、第二次世界大戦末期から戦後まもなくの期間、日本を支える優秀な科学者や技術者の育成を目的として「特別科学学級」という英才学級が設けられていました。IQ150以上の全国から選抜された児童・生徒が高度なエリート教育を受け、結果的に敗戦後の高度経済成長を牽引する人材として、理工系をはじめ各界で活躍しましたが、先生も京都師範学校附属国民学校(現:京都教育大附属京都小中学校)と京都府立第一中学校(現:京都府立洛北高)のなかに設置された学年定員30名の特別科学学級に在学されました。映画監督として活躍した伊丹十三と同級生でした。他に湯川秀樹の長男湯川春洋や、貝塚茂樹の長男で経済学者の貝塚啓明、日本画家の上村淳之がいます。京都における設置にあたっては、京都帝国大学の湯川秀樹博士の意向が働いています。湯川がじきじきに旧制高等学校(現在の四年制大学教養課程)レベルの物理学の授業を行うこともあったようです。物理・化学の実験や、生物の実習などにも重点が置かれました。授業の内容は数学や物理学や化学はいうに及ばず、当時敵性語だった英語、さらには国語・漢文・歴史にもわたっており、当時、治安維持法下の禁書とされていた津田左右吉の『古事記及び日本書紀の新研究』を題材に用いるなど、当時の軍国主義的イデオロギーにとらわれない高度な内容の授業で進み方も速かったといわれます。特別科学学級の児童・生徒は学徒動員が免除され、学習を継続しうる特権を持つとともに、上級学校への進学が保証されてもいました。現在のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)構想には、その精神が受け継がれているといえます。
当時の国民学校の歴史教科書を紐解くと、神国日本を刷り込む教育が行われていたことが明らかですが、一方のエリート教育では科学的リアリズム重視だったわけで、この対比から統治者と被治者の教育は別立てだったということがよく理解できます。

歴史認識に誠実さが求められている

中国や韓国・北朝鮮、ロシアとの関係を語るときに、ここ150年間足らずの史実を知らずに語っていれば、これほど無知をさらけ出すみっともなさはないという思いを最近強くしています。
たとえば、日清戦争(1894-1895年)は、清朝の冊封体制にあった朝鮮を、日清のいずれかが支配するのかという覇権争いにほかならない戦争でした。その朝鮮支配をめぐる覇権争いにおいて、清朝に代わる競争相手がロシアであり、日露戦争(1904-1905年)は、日露のいずれの領土でもない朝鮮(当時:大韓帝国)や満洲(当時:清)を戦場とした戦争です。こうした基本的な関係を押さえただけでも中国や南北朝鮮の今に連なる人たちの記憶がどのようなものかを認識すべきだと思います。
戦争だけでなく、現代では大半の日本人が忘れている事件も数多くあります。日清戦争後に清から日本へ割譲された台湾では、日本の領有に反対し、さらには清朝からの独立を目指して台湾民主国が樹立されましたが、日本は台湾に5万人派兵して「消滅」させています。同じ年に清に独立を認めさせた朝鮮において親露派の国母・閔妃を殺害する事件が民間日本人(熊本県出身者が多数を占めています)の関与により起きています。1900年に起きたブラゴヴェシチェンスク事件は、最大2万5000人まで諸説ありますが、清国人がロシア軍によって大量虐殺され、黒竜江(ロシア名:アムール河)に葬り去られた事件です。当時、世界最大の陸軍国であるロシア戦に備えて現地で諜報活動を行っていた石光真清は、「老若男女を問わぬ惨殺死体が筏のように黒竜江の濁流に流された」(『曠野の花』)で語っています。旧制一高寮歌「アムール河の流血や」として当時の日本の人々の心をとらえました。
日露戦争に際して、国力と軍事装備において劣っていた日本がとった戦略は、援軍が到着しない前にロシア軍に大打撃を与えて外債を獲得し、戦況が有利な段階で英米などに講話斡旋を依頼して早期に戦争を終結させるものでした。その外債の募集には高橋是清が渡英して動き、それに応じたのがニューヨークの投資銀行経営者であったヤコブ・シフでした。ユダヤ人であるシフがなぜ日本を援助したかというと、当時の帝政ロシアでは世界の約3分の1に当たるユダヤ人が強制移住や改宗強要、虐殺などの迫害にあっていたからでした。
日本で持たれた恐露感の一方、ロシアでも東方の民族である日本に対する潜在的な恐怖感が13世紀のモンゴルの支配に起因してあります。ヨーロッパではモンゴル系の人々を、ギリシャ語で「地獄の住人」を意味するタルタロスに重ね合わせて、タタールと呼びました。15世紀末まで続いたモンゴルによるロシア支配を指して「タタールの軛」と称しています。野蛮な黄色人種が白色人種のキリスト教文明国の脅威となるという黄禍論については、ドイツのヴィルヘルム2世が、ドイツが東アジアにおいて軍事的な拠点を得るために日本の進出を牽制するとともに、ロシア皇帝ニコライ2世に日本と対抗させて東アジアに目を向けさせ、ドイツへの軍事的圧力を避けさせるためにも大いに利用されました。
歴史、特に戦争は、憤怒と侮蔑の連鎖から起きます。理解と敬愛の連鎖からしか、非戦平和の歴史は築かれないものです。日清戦争・日露戦争の時代に生きてこのことを理解していた日本人も少なからずいました。当初、日清戦争を義戦と唱えた内村鑑三は、戦後(1905年)、それを「略奪戦」だったと考えを変えます。さらに日露戦争後の演説で「日清戦争はその名は東洋平和のためでありました。然るにこの戦争は更に大なる日露戦争を生みました。日露戦争も東洋平和のためでありました。然しこれまた更に更に大なる東洋平和のための戦争を生むのであろうと思います。戦争は飽き足らざる野獣であります。彼は人間の血を飲めば飲むほど、更に多く飲まんと欲するものであります」と、覇権主義の暴走を批判しています。日本最初の社会主義政党を結成した安部磯雄も「日清戦争といい、日露戦争といい、その裏面にはいかなる野心の包蔵せられあるにせよ、その表面の主張は韓国の独立扶植であったではないか。しからば戦勝の余威を借りて韓国を属国視し、その農民を小作人化せんとするが如きは、ただに中外に信を失うのみならず、また我が日本の利益という点より見るも大いなる失策である」と、1904年記しています。歴史認識に対する誠実さをもつ深い賢さが必要な気がします。