東大先端研のエネルギー国際安全保障機構に所属する研究者たちが書いた『エネルギーの地政学 エネルギートランジションと日本の戦略』(勁草書房、3000円+税、2026年)を読みました。化石燃料主体のエネルギーシステムから再生可能エネルギー主体のエネルギーシステムへのシフトが、文字通りエネルギートランジションということになります。資源小国である日本にとり、脱炭素化を進めながら、エネルギー安全保障を高めていく上で、水素エネルギー関連技術の果たす役割がとりわけ重要になっていることを認識しました。
水素を燃焼したときに発生するのは水のみ、つまり温室効果ガスの排出がゼロという特性があります。カーボンニュートラル社会の実現に向けて不可欠で重要な役割を果たす次世代エネルギーキャリアと考えられています。水素エネルギーの利点は、その多様性と柔軟性にもあります。太陽光や風力といった出力の変動性が高い再生可能エネルギーによって生成された余剰電力をグリーン水素として貯蔵でき、変動電源の調整力として機能させることができます。液化水素やアンモニアに変換して輸送も可能です。蓄電池と比較すると大規模・長期間の貯蔵にも適しています。
日本は国内の化石燃料資源に乏しい国です。原油の99.7%、天然ガスの97%を海外からの供給に頼っています。これら化石燃料は、数億年から数千万年の地球の活動によって生成されたもので、ここにはコストはかかっていませんが、原油埋蔵量の47.3%(2015年時点)が中東地域と、資源の賦存(ぶぞん)が地域的に偏っていますし、現時点でもおおよそ50年前後の可採年数が確保された有限資源であるということを認識すべきです。
一方、太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、無尽蔵かつ無料の資源です。EEZを含めた面積では日本は世界で第6位の、資源ポテンシャルがあります。転換期においては輸入水素に頼らざるを得ない課題もありますが、国産電源で安価な水素生産を実現するのは決して幻想ではないと感じました。福島県浪江町などでは水素エネルギー自立コミュニティモデルの運用が始まっており、これなどは自治体の生き残り戦略としても有為な情報かもしれません。
もちろん課題がないわけではありません。再生可能エネルギー技術の設備や機器には、化石燃料を利用する従来の技術に比べて、重要鉱物の使用量が多いという問題があります。銅やレアアース、シリコン、リチウム、コバルト、黒鉛、ニッケル、プラチナ、イリジウムの採掘・製錬において特定の国・地域のシェアが高いとか、大量の電力を必要とするとか、環境汚染や労働者・周辺住民の健康被害といった人権侵害を伴う負の側面があります。
この点については、供給源を多様化する外交努力や重要鉱物の使用量を減らす技術開発が必要となります。たとえば水素製造に際してPEM型水電解装置の触媒には高価なプラチナやイリジウムを使いますが、固体酸化物型電解の触媒は安価なペロブスカイトを使います。その主材料はヨウ素なので、これは日本国内で調達可能です。
産業のサプライチェーンのボトルネックを握る、いわば技術的覇権の追求という現実もあります。(半導体産業を例にとると、半導体製造に欠かせない化学品であるフッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素については日本企業が90%近いシェアを持っており、これらの供給がなければ海外メーカーは半導体生産ができないのだそうです。)