水俣病」カテゴリーアーカイブ

帝国の計画とファシズム

これから読む本は、1963年生まれの米国人の歴史学者であるジャニス・ミムラ著の『帝国の計画とファシズム 革新官僚、満洲国と戦時下の日本国家』(人文書院、4500円+税、2021年)。現在のクレムリンの行動を帝国日本がたどった道になぞらえた言論をムキになって否定する手合いがあるようですが、振り返りたくないものを第三者の目を通じて考えることは重要です。時代や地域は変わっても権力者やオルガルヒのような取り巻きの思考や行動のパターンは似通っていて、不幸にしてその場に居合わせた人たちは騙されないようにしないと、最悪生命の危機にさらされます。15日、一部の全国紙に、千葉工業大学による「科学者へ告ぐ」という広告が載り話題になりました。科学者が生み出す先端技術が人々を不幸にする戦争に利用されないように戒める内容でした。戦争に限らず環境破壊によって人を不幸にするの技術もあります。水俣病の原因企業であるチッソ(日窒)も帝国日本統治下の朝鮮半島にあってはオルガルヒ的存在そのものだったと思います。

メーデー

このところニュースで取り上げられることの多いロシアやウクライナにかかわる経験を思い出すことが多くなりました。あんまりモノにはならなかったロシア語学習の最初の気づきは、動詞の変化で出てくるのが「働く」であることでした。フランス語の初級テキストだと、動詞の変化で出てくるのが「愛する」なので、ずいぶん違うなあと感じたことがあります。働くといえば、5月1日はメーデーです。ソ連時代末期のレニングラード(現・サンクトペテルブルク)でその日を迎えたことがあります。街中が華やかに飾られ、通りに掲げられた横断幕に「平和(ミール)」の文字があったのが今も印象に強く残っています。同じく広場で見かけた市民が掲げる旗には「民主主義(デモクラシー)」の文字があって、これも意外なことで興味深い体験でした。ということで、それぞれの言葉を理解するというのは、重要なことで、相手に対する訴求力を持ちます。その点、中国だと中国語を学んだ経験はありませんが、漢字である程度の意味はわかります。たとえば、通信会社のHUAWEIを漢語表記は「華為」です。これは、文字通り中国の為にある会社ということが、社名からも明らかで、どう接するべきか考える起点になります。
あと5月1日は水俣病にとっては公式発見の象徴的な日であることも忘れてはなりません。

過ちを繰り返すことなかれ

3月30日に出た、水俣病第二世代訴訟の熊本地裁判決における原告の全面敗訴を受けて、控訴に向かう記者会見が昨日ありました。しかし、司法に対する信頼を失わせる一審の判断を踏まえると、先行きはたいへん厳しいのではないかと思います。本来は自らの良心に従い独立して判断を行うべきこの国の裁判官らが権威主義国家の役人と同様に、権力者に媚びへつらう輩に成り下がっていると思えるからです。
原因企業のチッソは、不知火海沿岸住民だけを殺してきただけではありません。水俣病が公式に確認される以前から自社の従業員に対する仕打ちも悲惨なものでした。たとえば、アセトアルデヒド製造は、1935年以前から行われていましたが、母液の残留アルデヒド量や酸分の分析にために、従業員にピペットで母液1~5ccを吸わせてビーカーへ移す作業を行わせていたといいます。この回数が少なくとも1時間に1回、ひどいときは10分毎だったそうです。ピペットは口にくわえて吸って用いますので、必然的に母液に含まれる水銀ガスを吸入することになります。この作業に携わっって2~3年の21~22歳の若者が立て続けに3人死亡してしまったことがあったといいます。それに限らず勤務中の事故で死傷するあるいは病気にかかることが多い危険な職場であり、人命軽視の企業体質であったことが今では判明しています。

気骨のない裁判官は法律家に非ず

一昨日(3月30日)、悪い予想通りの「水俣病第二世代訴訟」熊本地裁判決が出ました。1953~1960年にかけて不知火海沿岸地域で生まれて感覚障害など症状がある原告7人全員を水俣病患者と認めない=救済しないという司法判断を示したのでした。原告たちが生まれたころは、チッソ水俣工場においてアセトアルデヒド製造を行っていて、その工程において触媒水銀を使用し、メチル水銀を含む廃水が無処理で海へ放流されていました。チッソの社内研究として1957~1962年の5年間に、838匹のネコと106匹のラッテを使い、動物実験が行われました。中でも1959年の、廃水を直接エサに混ぜて投与した結果、発症が確認されたネコ400号実験は有名です。実験結果を見ると、発症を確認する前に衰弱死する動物も多く出ていることが分かります。それだけ毒性が強い物質を口にしたということが言えます。

問題は、原告たちがそうであるように、多くの人間が高濃度のメチル水銀に曝露させられる生活環境があったということであり、そうした人間は、自分では何が健康で何が健康的に異常なのかを分からないで過ごしてきたということです。

裁判官らは原告のもつ症状が他の疾患による可能性を否定できないと言いがかりをつけておきながら、メチル水銀曝露の影響も否定できずに口をつぐんでいます。国に歯向かえば上級裁判所の判事になれないことを恐れているのでしょうか。これでは、法の支配を認めない権威主義国家の役人となんらかわりありません。もしも法律家を自任しているなら人格を疑いたくなります。この先、連中が最高裁判事にでもなったら罷免させたいものです。

写真は、次に読む予定のジェフリー・ケイン著の『AI監獄ウイグル』(新潮社、2200円+税、2022年)の表紙です。

チッソ社内研究の検証本

水俣病研究会編『<水俣病>事件の発生・拡大は防止できた』(弦書房、2000円+税、2022年)を著者からいただきました。1957-1962年の「チッソ社内研究」を丹念に追跡して、遅くとも1963年の時点では、<水俣病>の原因がメチル水銀であることを工場の技術陣が知りえたとしています。それにもかかわらず患者発生、被害拡大を防止しようしなかったのが、チッソという企業でした。ここまでくると、過失責任などというレベルではなく、まさに殺人・殺人未遂のレベルの犯罪に加担したといわざるをえません。

鬼塚巌記録展

2月15日まで水俣病センター相思社において鬼塚巌記録展が開催されています。生前の同氏にお目にかかった経験はありませんが、同氏が水俣を撮った代表的な作品アルバムは拝見した思い出があります。1986年に「水俣病を告発する会」が出していた『水俣』の縮刷版を刊行することになり、当時編集に携わっていた私と出版社(葦書房)の久本三多氏(故人)とで、表紙写真に載せる2点を選ぶときのことです。結果、1枚は光り輝く不知火海に浮かぶ船と漁師のシルエットの写真をオモテから背にかけて大きくあしらい、もう1枚はウラにチッソ工場全景を載せることに決めました。海と工場、結果と原因を象徴する組み合わせで、我ながら満足できる選択でした。記録展では海の生物の写真も多く展示されているようです。なお、本投稿記事の写真は東京湾です。

相互監視による自浄作用

昨夜放送のNHK・Eテレの番組「ズームバックオチアイ」が取り上げていた環境論に石牟礼道子さんの作品が紹介されると知って見ました。その作品のインパクトから生まれた環境運動についてはそうなのかもしれませんが、現代のSNS社会で生じる「相互監視による自浄作用」についての言明が印象に残りました。たとえばSDGsに反した企業活動を行っている企業の商品を買わないというのは大きな力です。環境汚染はつまるところ生命への危機、これは人権侵害にほかなりません。したがって環境汚染につながらなくても人権を侵害された労働者が製造している製品を利用した商品を売っている企業もなくしていかなくてはなりません。汚染水と処理水、廃水と排水のようにちょっとしたカムフラージュに国民は騙されやすいものです。相互監視といえば聞こえはよくありませんが、相互学習につながるものだと思えば効用に対する見方も変わります。
こうした用語の問題と伝統かどうかの問題もあります。婚姻カップルの氏のことを考える際も安易に「伝統」に依拠してはならないと思います。本当にそれは伝統なのか、守るべき価値があるのかどうかを、学問的に考える必要があると思います。そんなわけで、次に表紙写真の本を読む予定です。

処理水を飲んでみるとは言えないのか

東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出をめぐる、財務相と周辺国政府の発言に引き寄せられます。13日に財務相が「あの水飲んでもなんちゅうことはないそうですから」と海洋放出に問題はないとの認識を示したところ、翌日、中国外務省は「太平洋は日本の下水道ではない」「飲んでも問題ないと言うのであれば飲んでみてほしい」などと批判しました。これを受けて16日に財務相は「じゃあ(太平洋は)中国の下水道なのか。みんなの海じゃないのかね、と思うね」と答えていました。この点は応酬のように見えて海洋は人類共通の資産なので一国による勝手な汚染は許されないとの認識が示されていて、日中の違いはないとも受け取れます。ここは「飲んでみてほしい」という要望に応えて「飲んでみる」と言ってみる器量がほしいと思いました。ただ、先日の投稿にも示した通り責任ある立場の人物が本来飲んで見せるべき水を飲んでくれるとは限りません。国民をだましていないならその姿勢を2年後に示してほしいと思います。

飲んでもなんてことないそうですから

きのう政府は2年後をめどに、福島第一原発のトリチウムを含む処理水を海へ放出する方針を決定しました。財務相は会見で「科学的根拠に基づいて、なんで早めにやらないのか。よく私どもとしては、もうちょっと早くやったらと僕は思っていましたけど、いずれにしても(海洋放出)やられることになったんで、別に、あの水飲んでもなんてことないそうですから」と述べました。
それで思い出したのが、水銀を除去できないサイクレーター(浄化装置)の完成式で装置から出る廃水を飲んで見せたチッソ社長のサル芝居でした。1959年当時、水俣病の原因はチッソの工場廃水に含まれる水銀だと考えられていたので、チッソとしては水銀を除去して海洋放出していると見せかける必要がありました。しかし、完成したサイクレーターには水銀を触媒として使う工程での排水が入らない経路となっていました。完成式に出席した知事も後でだまされたと語っています。
チッソは創業者が電気工学の技術者であったことからももともと東京電力と同じく電力会社です。今も各地に水力発電所をもっていますが、その発電能力を利用して肥料成分である窒素を製造したので、電力会社から化学メーカーへ転換したわけです。
確かに原発の処理水をタンクでため続けることも電気使用者の負担になっていますが、安全な処理ができるのか、東電と政府関係者が飲料水に使ってみてくれないと信用できない気がします。

うーばんぎゃーは嫌いではない

(一財)水俣病センター相思社発行の『ごんずい』(160号)の中で、ある東京生まれの方が親族も仕事のアテもなく水俣に住みつくことになったと、石牟礼道子さんに話したら、「それは、うばんぎゃあな話ですねえ」としみじみと言われたと書かれていました。久々に出合う言葉で懐かしく感じました。熊本弁の「うーばんぎゃー」には「おおざっぱだ」という意味があるとされていますが、けっして非難されるような「杜撰さ」ではなく、笑って許してもらえる愛される「緩さ」を伴った人柄の行為に評される言葉のような気がします。義侠心にかられて拙速に動く古い熊本の人々に多い気質を指しているともいえます。「うーばんぎゃー」が嫌いではない自分を感じた次第でした。

石牟礼展から

作家・石牟礼道子さんの足跡を辿る展示が、くまもと歴史・文学館で開かれていて、先日近くに用があった際に見てきました。石牟礼作品についてはもちろん評価する人は多いと思いますが、私にとってはかなり苦手な作家です。とてもではないですが、私だったら書き尽くせない表現力をもっていて、それこそ現世を超えたところがあるためです。かつてそれを評して石牟礼巫女説もあったのを記憶しています。石牟礼氏の功績として水俣病被害の実態に衆目を集めたこともありますが、その後の行政や司法との関係でどれほどの力があったかというと、評価はまた別だと思います。とにかくシステム社会で通用する言葉を繰る方ではないので、被害者救済の旗手として何かを求めるのはもともと無理な話だと思います。
今、森本あんり著の『不寛容論』を読んでいるのですが、日本にとって最も関係性の深い国家である米国の歴史についてどれほど知っているかというと、黒船来航以来がほとんどで、せいぜいが独立宣言以後だと思います。英国の植民地時代の入植者たちにどのような思想があったのか、考えたことのある日本国民は少ないと思います。
石牟礼作品では、水俣の漁村民の暮らしを描いていますが、米国建国前の入植者たちの世界と同じで、水俣に暮らす人たちの世界観を初めて言葉にした衝撃を感じます。語弊があるとは思いますが、どの時代、どの地域の民衆にも思想があるということすら、現代人は知らないし、驚きなのかもしれません。

そんなバナナの話

1983年11月の大学祭において社会学者の鶴見和子氏の話を聴く機会がありました。そのときも和服姿でした。同氏も不知火海総合学術調査団の一員として参加執筆された『水俣の啓示』(筑摩書房)を同年夏に読んでいた私は、その読後感(内発的発展論)も含めて講演後に質問をしました。その際に、氏から受講者の中に同書の読者がいたことを知って本日来た甲斐があったとすごく喜んでくれてずいぶん恐縮しました。同時にその講演の際に、氏は従弟の人類学者である鶴見良行氏がやはり前年8月に出した『バナナと日本人』(岩波新書)を紹介されました。また、この本に影響を受けて、バナナを食べないようにしたことを披露されました。鶴見和子氏にいたく褒められた私もその日を境にバナナを食べることを止めました。もちろん『バナナと日本人』も読みました。一日本人がバナナを食べなくなったからといって生産輸出する多国籍企業には痛くも痒くもない話ですし、フィリピンの農民が救われることにつながったか、因果関係を証明することは不可能であることは重々承知です。しかし、真実を知ってそれに対して何か行動をするという学者の信念の強さとか清々しさに当時の私は触発されたのは事実です。きょう朝から農業のことに思いを馳せる時間があって、今も食べないバナナのことを思い出しました。

成長や美が必要か

先日NHKのEテレである学者が写真の本をお勧めしていました。今度読んでみようと思います。それにしても『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』は、ずっと重いテーマをもたらしてくれました。時間をかけて考えていきたいと思います。反公害運動の中に潜む障害者を生んではならないという優生思想との指摘にははっとさせられました。成長や美を競うことを人はしがちですが、それらが必要なのかについても根本から考え直してみてもいいかもしれません。

何から手をつけるべきか

相変わらず『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』を読んでいます。何度も記しますが、重たいテーマです。本書では、患者認定された胎児性患者の自立について問うていますが、同じ世代の患者であっても行政が認定しないために、司法認定を求めて今も裁判で闘っている人がいます。認定されても救いにはならないのですが、同時期に同じような生活歴がある人が認定もされず棄てられたままとなっている現実もあります。支援に順番をつけるのはできませんが、問題を提起し一人ひとりの尊厳を回復するには多くの力を必要とします。これは誰かがやらなければ永遠に棄てられる話です。

障害者の自立

引き続き『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』を読んでいます。章ごとのページ数はさほど多くはないのですが、読みながら立ち止まさせられる重い本です。補償や支援が不十分なせいでそのことに目を奪われがちでしたが、生まれながらにして患者である人たちの声をどれほど聴いてきたのか、心もとなく思います。労働コロニーを目指してスタートした相思社も最初は患者も職員としていましたが、今は姿を変えてきています。胎児性患者も高齢化していていわゆる生産人口の世代から脱していくようになります。自立について取り組まないまま問題を消滅させることになりかねません。

研究の動機

『胎児性水俣病患者たちはどう生きていくか』を読んでいます。考えてみれば胎児性水俣病患者の自立についての研究をして食べていけるか不安ではないかと思います。研究してもどこからか高い報酬が得られるとは限りませんし、ポストに恵まれるとも限りません。こうした書籍に触れるときに著者の研究の動機はなんだったのか気になります。

日常の優生思想

けさの地元紙で写真の本が紹介されていてさっそく注文しました。著者は学生時代に政治社会学者の栗原彬氏に師事したと記事中にあったのも決め手です。栗原氏の講義は、私も学生時代にモグリで聴講していましたので、懐かしく思ったせいもあります。さらに、記事には「先天性の障害のある胎児性患者に対して反公害運動がはらむ日常の優生思想を追及している」ともありました。これも気になりました。

救済か補償か

写真の本書の刊行についてけさの地元紙が取り上げていました。焦点は病名呼称をめぐる考察論文を執筆した著者についてでした。同書については、共著者がほかにも4人おり、地元紙記者が「水俣病特措法の成立とその後」について書いています。法成立後当時の環境大臣に対してある被害者団体の幹部は「救済とは施しなのです。被害者は損害を受けたのだから、これからは補償という言葉を使ってください」と訴えましたが、この発言は、政府の施しによる救済はしてやるけれども患者としては認定しない=認定申請を金輪際させないという同法の本質を的確に言い当てていると思いました。この法律をめぐっては、原因企業の会長が「水俣病の桎梏から解放される」と社内向けに表明した経緯もあって、被害者の救済よりも加害者の救済を目指しているのではという声も当時からありました。こうして当事者の生の声を記録することで、何にどういう問題があるのかということが明らかになりますし、発言する言葉には日頃の思考の根底がやはり現れるものだという思いがします。

病名問題について

『日本におけるメチル水銀中毒事件研究2020』の第1部「「工場廃水に起因するメチル水銀中毒」を名付ける行為についての試論」をまず読み終えました。水俣病という病名改称を求める動きは、過去長らくあります。割と新しい動きとしては、2019年3月に「メチル水銀中毒症へ病名改正を求める水俣市民の会」が国道沿いに看板を設置し始めたことがあります。患者運動の側からは、かつてこうした動きには、被害者を差別してきた市民側から出たものとして反対したり、原因企業の責任を忘れさせないために逆に「チッソ水俣病」を用いる動きがあったりしました。病名変更を求める理由としては、しばしば市のイメージダウンになるとか、出身者が就職や結婚で差別を受けることが挙げられました。しかし、メチル水銀中毒症という名称では、チッソの工場廃水に含まれた水銀に曝露した魚介類を経口摂取してその症状が出た被害者とそうではない経路で水銀を体内に取り込んで同じ症状が出た人を区別することはできません。水銀曝露の経路がまったく異なる中毒症状についてチッソや国・県の責任を問うことはさすがにできないと思います。それと、被害者多発地域だからといって水俣出身者が不当に差別されること自体があってはならない人権侵害問題です。そうした醜い差別や偏見は地名が付いていようがいまいがなくなる社会をつくるべきです。公害病に限らず広島や長崎の原爆被爆者に対する差別や偏見の問題がそうですし、全世界で感染者が出ている新型コロナウイルス感染症陽性者・濃厚接触者に対する問題も同根だと思います。水銀規制をめぐる国際条約にも水俣の地名が入っているなかで、病名改称の必要はなく、むしろ過去の過ちと今も続く不当な差別と偏見を取り除くために、そしてたえずその認識を忘れないためにも地名は残す方が賢明だと考えます。